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彼女を恋愛脳にする方法  作者: 冬馬亮
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とりあえず教えておくよ


買い物の前、アデラインと僕との二人で、僕の生家に遊びに行った時の事だ。



「そう言えばさ」



手土産として持って行ったマカロンに手を伸ばしながら、セシリアンの二番目の兄トルファンが口を開いた。



幼い頃は病弱でベッドで寝てばかりだった次兄だが、少しずつ体が丈夫になっていき、今では寝込む事もほとんどない。



トルファンはセシリアンより二つ上の17歳で、父親似のセスとは違い、母に似ていた。



長兄アンナスは既に結婚し、後継として父の補佐をしている。


仕事絡みなのか、今朝は早くから父母と一緒に外に出ているらしい。



だから今日は、トルファンと末の弟アリシエと合わせて四人でのお茶会となったのだ。



「セス、お前覚えてるかい? 昔、近所に住んでいたヤンセンさんの家族のこと」



振られた話題が昔すぎたのか、セスは少し首を傾げながら考えた。


「ヤンセンさん?」


「ほら、そこの子が、よく家に遊びに来てたじゃないか」



そう言うと、トルファンは自分の横で黙々とマカロンを頬張る末弟に目を向ける。



「お前はあの頃生まれて間もない頃だったから覚えてないよね」


「? ・・・うん」



年の離れた弟アリシエは、意味も分からずに頷きながらマカロンを頬張る。



お菓子に夢中の弟の頭を、トルファンは笑いながらくしゃりと撫で、それからまたセスに視線を向けた。



「随分とお前に懐いてたんだけど。栗色の髪の子でさ」



それでも何も思いつかないセスの様子に、トルファンは呆れたように眉を上げた。



「思い出せないのも仕方ないか。お前はいつも愛しい婚約者殿の事で頭が一杯だものな」



いきなり話の中に自分の名前が出て、アデルは思わずカップを取り落としそうになる。



「トル兄。僕は構わないけど、アデルを困らせるような事を言わないでくれる?」

「ははっ、ごめんごめん。えっと、アデライン嬢もごめんね?」



甘い笑みを浮かべながら謝られて、アデラインはいいえ、と首を振る。



「それでさっきの話だけど、そのヤンセンさんさ、商会を営んでるんだよ。で今回、仕事関連の功績で、陛下から男爵位を賜ったらしいんだ」


「よかったね。でも何でその話を?」



トルファンがわざわざ説明してくる理由が分からず、セスは不思議そうに問い返した。



「いや、ヤンセンさん・・・ヤンセン男爵の子どもも貴族令嬢になった訳だろう? この先お茶会とか何かの集まりとかで会う事もあるかもなって思ったから」



セスは兄の意図が掴めず、眉を顰めた。



貴族令嬢令息と言うのならば、兄だって同じだ。


それに、自分は覚えていないとはいえ、社交の場で昔の知り合いに会うのも別に珍しいことではない。



それを何故、自分にわざわざ話を振る必要かあるのか。



未だピンと来ない様子の弟に、トルファンは苦笑すると右手をひらひらと左右に振った。



「まあいいや。お前なら大丈夫だろう。でも会った時のために、一応名前だけは教えておくよ。サシャだ。サシャ・ヤンセン。お前の一つ下だったから、今は14歳だな」


「サシャ・・・」



兄から聞かされた名前を、もう一度口にする。


そして、暫くしてから漸く、「ああ」と顔を上げた。



「あの賑やかしいちびっ子か。随分と前に引っ越してった家の子だよね。小さい頃の事だったし、すっかり忘れてたよ」


「みたいだね」



呆れたように前髪をかきあげたトルファンは、少し躊躇した後で、こう言葉を継いだ。



「まあ、どこかで会う機会もあるかもしれないからさ、一応言っておこうと思っただけ」



その時はそう言ってたから、気にもしていなかった。



帰り際、兄からこんな言葉を耳打ちされるまでは。



「覚えてないみたいだけど、サシャってお前のこと好きでいつも追いかけ回してたんだよ。だから、もしどこかで再会しても、あまり最初から気安くするなよ?」


「え?」



トルファンは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。



「サシャが今もお前を好きだとは限らないけどさ、万が一にでも誤解されたくないだろ? お前の大事なアデライン嬢に」




--- 誤解されたくないだろ ---



そういう事か。



隣を歩くアデラインにそっと視線を送りながら、心の中でそんな言葉を呟く。



今さら昔の知り合いの話を出されてもって気持ちは勿論ある。



だけど、トル兄は根拠のない事は口にしないんだよね。


だからってサシャが今も僕を、なんて話はかなり疑問だけれど。



そもそも再会するかどうかも分からないし、『もしも』『だったら』ばかりの話だ。



まあ、せっかくの忠告だもの。


有り難く受け取っておこう。



視界の端に映る艶やかな黒髪と、それを飾る銀色の髪飾りに思わず頬が緩む。



僕の宝物は君ひとり。



勘違いだろうが、思い過ごしだろうが、早とちりだろうが構わない。



用心するに越した事はないものね。



僕の大事なアデライン。


君にはもう、愛情を受けることを不安に思って欲しくない。



二度と、自分には愛される価値がないなんて思って欲しくないから。



多分、そういうこと。


だろう? トル兄。


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