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彼女を恋愛脳にする方法  作者: 冬馬亮
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妥協案



陣痛が始まって二日目。

その日の朝には、知らせを受けた義父も駆けつけていた。



初産だから時間がかかるとは言われていたけれど、まさかこんなに長く続くとは思ってもいなくて。


苦しそうなアデラインの声を扉越しに聞いているだけで、胸が不安で押しつぶされそうになった。


そうして二日二晩続いた陣痛の後。


長い、長い夜が明け、そしてようやく。


赤ん坊の声が屋敷に響いた。



「・・・生まれた・・・っ!」



思わず立ち上がり、部屋の中に駆け込もうとした僕の腕を、何かが強く掴む。


義父の手だった。



「まだ色々と処置が残っている筈だ。医者から呼ばれるまで待ちなさい」


「・・・あ・・・」



気が抜けて、再びすとんと腰を下ろす。



「すみません。取り乱して・・・」


「いや」



義父は苦笑しながら答えた。



「気にするな。こういう時は慌てるものだ。私もそうだった」


「え」


「アデルが生まれた時、私も今のお前みたいに直ぐに部屋に駆け込もうとして医者に怒られたんだ。『細菌を持ち込んで奥さんが感染したらどうするつもりだ』ってな」


「ばい菌扱いなんですね」


「私たちが、という訳ではない。中に入る時は消毒してからだ。妻や赤子に何かあってからでは遅い」


「・・・」


「無事に生まれたようでよかった」


「・・・はい」


「お前も父親か」


「ええ。そう言う義父上はお祖父ちゃんですよ」


「お祖父ちゃん、か。確かに」



義父の口元がふ、と緩んだ。



「男の子かな、それとも女の子か」


「どっちだと思います?」


「さあな。元気ならどちらでも」


「そうですね。僕もそう思います」



アンドレの奴にイラついて絶対に男の子がいいとか思ってたけど、無事なら、元気ならそれで。



「義父上」


「なんだ」


「戻って来てくれませんか」


「・・・は?」



あれ。なんか恋人に捨てられた彼女みたいな台詞になってしまったぞ。


まあいいか。続けてしまえ。



「実は、この屋敷の敷地内に新しく離れを作ったんです。ここよりずっと小ぢんまりとしていますが、義父上お一人が静かに暮らすには十分な広さです」


「離れ・・・? 私のためにそんなものを?」


「ええ。敷地の奥です。義父上はいつも夕方以降に来られていたので気づかなかったと思いますが」


「・・・いつの間に」


「義父上が領内の別邸に引っ込まれて直ぐにです。アデルが寂しがっていたので良い方法はないかと僕が作らせました」



義父は少し考え込んでいたが、やがて頭を左右に振った。



「移動はケジメとして行った。私みたいな不器用な男は、距離を置いて付き合う方がいい。その方があの子も傷つかなくて済む」


「前に僕が引っ越しを考え直すようお願いした時もそう仰ってましたよね。だから適度に距離が取れるように離れを建てさせました。これは互いにとっての妥協案なんです」


「妥協案・・・」



義父の呟きに、僕は頷いた。



「アデルを傷つけた自覚のある貴方が、この先も一緒に暮らし続ける事に罪悪感を持っている事は理解しています。ならば離れを利用して下さい」



義父はじっと僕を見つめ返した。



「いきなりは不安だと言うのなら、王城に勤めに上がっている期間だけでも使ってみて下さい。月に二度、一週間ずつ。登城に問題はありませんし、必要があれば直ぐにアデルや孫にも会えます。会えない時、会いたくない時には引きこもって頂いても構いません」


「・・・」



さらに僕が言葉を重ねようとした時、目の前の扉が開き、助手の女性が顔を出した。



「おめでとうございます。可愛い女の子ですよ」


「「・・・っ!」」



僕と義父上は同時に立ち上がった。



「もうお入りになれます。まずはこちらで消毒を。それからこちらの上着を着てください」


「は、はい」



僕たちはいそいそと用意をして、そして。


中へと足を踏み入れた。



「アデライン・・・」


「セス・・・お父さまも。来て下さったのですね」



疲労が色濃く滲む顔を、そっと掌で撫でる。


アデルはどこかぼんやりしていて、今にも寝てしまいそうだった。


そしてすぐ隣には、生まれたばかりの小さな小さな命。



「ご苦労さま、アデル。頑張ってくれてありがとう。女の子だってね」


「ええ。とっても可愛いの。抱っこしてあげて?」


「もちろんだよ」



固まったまま一言も発しない義父をよそに、僕はそっと手を伸ばし、壊れものを扱うように丁寧に抱き上げた。


小さなぬくもりに、胸がじんわりと温かくなる。



「ふふ・・・小さいなぁ」



目を瞑っているから瞳の色は分からない。

でも髪色はどうやら僕に似たようだ。金色の柔らかそうな髪がふわふわとまばらに生えている。



「可愛い」



思わず口元が緩んだその時、羨ましそうに僕たちを見つめる義父と、バチッと目が合った。



そこでピンと閃いた僕は、意地悪く口の端を上げる。



「そう言えば、まだ返事を聞いていませんでしたね」


「・・・」


「どうされます? 返事によっては抱っこは諦めて頂くことになるかもしれませんが」


「・・・っ!」



義父が目を瞠る。


ここでそれを言うか、っていう顔だな。

だけど、僕だってこれ以上は譲歩できない。


本当は貴方がアデルの側にいたがってること、知ってるんだから。



「・・・セス? 何の話?」


「ちょっとね。今、義父上と取引中なんだ。後でちゃんと説明するから」


「・・・? ええ・・・」



ろくに眠ることも出来ず、丸二日陣痛に耐えたアデルは体力の限界だったんだろう。

そのまますうっと眠ってしまった。



医者も助手も、今は席を外している。


この部屋にいるのは僕たちだけだ。



「さあ、どうします。お祖父ちゃん?」



僕は腕に生まれたばかりの我が子を抱き、目の前の義父ににこりと笑いかけた。



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