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彼女を恋愛脳にする方法  作者: 冬馬亮
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因縁


「ありがとな、セス君」



ランジェロは紙にすらすらと鉛筆を動かしながら、目だけセシリアンに向けたまま礼を言った。



セスは首を傾げる。



「何に対する礼でしょう?」


「もちろんあの子のことさ。いや、この家全体に対する礼になるのかな」


「・・・アデラインのことですか? ランジェロさんに礼を言われる理由がよく分かりませんが」


「あはは、そう警戒するなよ。何の下心もないからさ・・・っていうか敬語止めない? オレ平民だよ?」



話をしつつも、相変わらずランジェロの手の動きは速い。


セスは少し離れているから絵そのものはよく見えない。


でも、ランジェロが鉛筆を置いてスケッチブックをめくり、そこに今度はパステルを使って描き始めたということは。



・・・もしかして、もう二枚目?



なんて気が逸れていたせいで返事を忘れ、改めて「セス君?」と問いかけられた。



「平民のオレが普通に喋ってるのに、侯爵令息のセス君が敬語っておかしいでしょ」


「・・・でもランジェロさんは僕より年上ですし、今回はアデルの絵を描きに来てもらってる訳ですし」



それに、これはトル兄からの情報だけど。


次男だったから成人して貴族籍から抜けたってだけで、生まれも育ちも貴族だったって聞いてる。



あと、一番の理由は親しく話したくない。


心が狭いと言われようと、くだらないヤキモチだと思われようと。




「う~ん、なかなか頑固だなぁ。ま、いいや。今からオレがする話を聞いて、それでもし警戒が解けたら普通に話してよ」



時々パステルの色を変えながら、相変わらず目だけはセスに向け、絵を描き続ける。



「あのさ」



ここで初めて、ランジェロの手が止まる。


そして、じっとセスを見つめた。



「オレが今、肖像画家として食べていけるの、ノッガー家のお陰なんだよ」


「え?」


「オレに最初に絵を依頼してくれたの、新婚旅行中の当主夫妻でさ」


「・・・はい?」


「いや~、あの頃は全然売れなくてさ、路上で椅子に座って客待ちしてたんだよな。似顔絵の」


「・・・」


「声かけてもらって、その場で描いた二人の似顔絵を気に入ってもらえてさ、滞在先のホテルに呼ばれて肖像画を描いたのが、オレの肖像画家としての初仕事」


「・・・へえ」



話をしている間も、もの凄い勢いでスケッチしていく。


僕の絵も既に三枚目だ。



路上の似顔絵描きをやっていた頃に身につけたスキルらしい。



「あ・・・もしかしてモデルが動いてても描けるっていうのも」



正解、と言ってランジェロはニカツと笑う。


その当時は客を選ぶ余裕などないから、どんなお客でも猛スピードで描き上げたらしい。


そう、相手が赤ちゃんでも小さな子どもでも。



「でさ。あの子が生まれてから、またエドガルトがオレのこと呼んでくれてさ。親子三人の肖像画を頼むって言って・・・たぶんあの子が四ヶ月とかそこらぐらいの時かなぁ」


「じゃあ、あの絵は全部ランジェロさんが・・・?」


「あ、見てくれたんだ。そう、ずっとオレが描いてたんだよ。あの子が六歳になるまで毎年欠かさず」



そうか。


だからあんなに懐かしそうに、親しげにしてたのか。



「・・・最後に描いてから時間が経ちすぎてたせいかな、あの子はもうオレのこと覚えてないみたいだけど」



ランジェロの周りには、鉛筆やらパステルやら色鉛筆やらが散らばっていた。



もうスケッチは五枚を軽く超えている。



「夫人が亡くなってから、ぱったり呼ばれることもなくなってさ。ちょっと寂しかったよ。ここの家族を描いた肖像画が評判を呼んで人気が出たようなもんだったし、オレの中でも、ここの家族は特別なお客さんだったから」



他所で肖像画を依頼されるたびに気になっていたという。


でも、ずっと。


ずっと呼ばれることはなかった。


そう、十年以上も。



「他の画家に代えたのならそれでも良かったんだけど、なんか、そういう感じでもなかったからな」



それが、ようやく今回呼んでもらえて。


そして、ショーンから軽く事情を聞いたらしい。


ランジェロが知っていたのはデビッドという前の執事だったらしいけど、その息子であるショーンにその名前を言ったら、問題のない範囲で打ち明けてくれたんだって。



「・・・セス君のおかげなんだってな。少しずつアーリンさんの死を乗り越え始められたのって・・・ショーンさんが言ってたよ」


「そんな、僕は別に」


「今回の絵も、君が言ってくれたって聞いてる」


「あ・・・それは」


「だから、ありがと」


「・・・」


「本当に、ありがとな」



ランジェロは、描き上がったスケッチをまとめて切り取った。



そして、それを全てセスに差し出す。


これまでの会話をしていた時間だけで、十枚近くのスケッチが出来上がっていた。



なかなかな枚数に、セスは目を丸くする。



「あげる・・・ていうか、もらってくれるかな」


「・・・」


「ラフなスケッチ画ばかりだけど」



セスは、ゆっくりと手を伸ばし、それを受け取った。



「ありがとう、ございます」


「どういたしまして。あ、捨てるなよ?」


「捨てませんよ」



ランジェロは手早く絵の道具を片付けると、立ち上がってズボンを叩いた。



「じゃ、時間を取ってくれてありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございました」



ランジェロは、前髪をかき上げながら照れ臭そうな笑みを浮かべる。



「あのさ、オレの子どもじゃないけど、勝手に身内みたいに思ってたんだ。あの子のこと」



だから、とランジェロは言葉を継ぐ。



「あの子の旦那になる人が、君みたいな子で良かったって、勝手に思ってるんだ」


「・・・っ」


「だって、ほら」



ランジェロは、セスの手にあるスケッチ画を指で示す。



「後で見てみるといいよ。あの子のこと話してる時の君の顔。ものすごく柔らかい表情をしてるから」


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