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彼女を恋愛脳にする方法  作者: 冬馬亮
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瞑ったままで



対面のソファに座る義父は、背筋を伸ばし、両膝に手を置き、緊張した面持ちでそこにいた。


右頬は、今もまだ少し腫れている。




自分の壊れた頭が起こす感覚の歪みが娘だけに向けられてしまったこと。


娘の存在を消してしまうその歪みが怖かったこと。


自分がそんな歪みを持つ事実をアデラインに知られるのを、何よりも恐れていたこと。



それを隠すことを最優先とした結果が、これまでの行動だった、と。



恥ずかしかった。


自分の感覚が、どこか壊れてしまったと知られることが。


何としてでもそれを隠したかった。

隠し通せると思っていた。


これが最善だと、上手くやれていると思っていた。



そんなことを、とつとつと語った。



その間も、ずっと眼を閉じたままで。



恐らく、僕の隣に座るアデラインを見ない様にするためなのだろう。



『視界に入れるのも耐えられない』



それは文字通りのことだったらしい。


義父の言ったその言葉は、アデラインを視界に入れるのが苦痛という事ではなく、アデラインを視界に入れた事で起こる義父自身の内側の変化が苦痛だったという事なのだろう。



そんなの、ぼかして話したら絶対に悪い風にしか取られないって分かりそうなものなのに。



あの言葉だけを投げつけて終わらせた方が、アデラインの受ける傷が浅く済むだろうと、そう真面目に考える様な義父だから、ここまで話が拗れたのだ。



・・・ただ、扉を開けた瞬間から目を瞑っていたから、このソファに座るまでかなり大変そうだったけどね。


あちこちにぶつかって。



まあそんな無様な姿も、もはや義父らしいと言って終わらせるしかないと僕は思ってる。



それに、もはや体裁を整えることもなく、あちこちにぶつかりながらこちらにやって来るその姿こそが、彼の主張する事柄が真実なのだとアデラインに教えてくれていた。




「・・・父親がおかしくなってしまったと知られたら、と。お前を目にする度に視界と認知が歪むなどと知られたら、と、そればかりを恐れていた」



だから、その事実さえアデラインから隠せればそれで良いと思い込んでいたのだ、と。



「今も、お前を視界に入れることは出来ない。私の認知の歪みは、お前を見た瞬間に始まるから」


「・・・分かりました」



アデラインは静かに、その一言だけを口にした。



「お前の姿を・・・いや、これ以上言い募るのは却って卑怯だな。アーリンが亡くなった夜、私が自分の感情だけに目を向けて、お前を慰めることも共に過ごすこともしなかったのは紛れもない事実だ・・・あの時はまだ、かろうじて狂っていなかったのに」



義父は大きく息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。



「・・・それでは私は部屋に戻るよ」



そうして、やはりフラフラと覚束ない足取りで扉へ向かおうとする義父の手を、何かがふわりと握る。



「・・・え?」


「・・・お部屋までご案内いたしますわ」


「アデ・・・」


「どうぞ眼は瞑ったままで。わたくしを見るのは良くないのでしょう? このまま、お父さまの手を引きますから」


「・・・」



義父は暫し逡巡したが、それでも気恥ずかしかったのか、あるいは戸惑ったのか、手を離そうとする。



「駄目ですよ」



それを僕がすかさず抑えた。



「また、選択を間違えるつもりですか?」


「セシリアン・・・」


「どうぞこのまま、お進みください。声を聞くのは大丈夫なのですよね?」


「あ、ああ。それは、そうなのだが」


「ではどうぞ、このままで。アデラインと二人はまだ恥ずかしいとお思いでしたら、僕もお供します」


「・・・頼む」



意地っ張りで見栄っ張りで、とんでもなく不器用な義父は、渋々といった体で了承した。



口の端は少しどころじゃなく上向きになっていたけれど。



「向かう先は、お父さまのお部屋でよろしいですか?」



アデラインの問いに、義父は頷く。



「ああ、今日はもう遅い。庭を散歩する時間でもないだろう。真っ直ぐ

部屋に戻る」


「・・・では、近いうちにお庭を一緒に回るのはいかがでしょう。この様にして、わたくしがお連れしますが?」


「・・・っ」



義父は息を呑み、足を止めた。



「お仕事がひと段落ついた時で構いませんので」



おお、アデラインが強い。

攻めに攻めてるぞ。



よし、僕も援護射撃だ。



「・・・よろしいのではないですか、義父上。僕も喜んでお供しますよ」


「・・・だが・・・」


「義父上?」



意気地なしもほどほどに。



「・・・分かった。では近いうちに頼む」



声音だけは渋々といった風だったけれど、義父の眉がだらしなく下がっていることに、僕もアデラインも気づいていた。


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