007.姉妹と食事
モモのシャワーが終わり、二人と一匹でリビングに戻るともう料理は出来上がっていた。
四人掛けのテーブルにシチューとパンが三人分並んでいる。
「お疲れ様。シチューでよかったかしら」
「わぁ~!シチューだぁ!!」
川瀬さんは真っ先に席に向かった。扉から見て奥側の左、そこが彼女の定位置なのだろう。
合わせてモモもテーブルそばにある餌入れに走っていってドックフードを食べ始める。
「シチュー、嬉しいです。ありがとうございます」
「よかったわ。好きな席に座って」
そう言って優衣佳さんは川瀬さんの隣に座った。
つまり俺の席は扉側で本来ならシチューの置いてある方に座れば良いのだが・・・・そのシチューは中心に置かれていて座る位置は自分で選べということが言外に伝わった。
優衣佳さんを見るがこちらをまったく見ずに待っている。川瀬さんはテンションが上っているのか体を左右に揺らすだけで気づいてないようだ。
「では・・・・・・失礼します」
俺は川瀬さんの正面を選ぶ。さっきの話の続きもあるし。優衣佳さんをチラッと見るとムッとした表情をしていた気がするが、すぐにもとの表情へと戻った。
「「「いただきます」」」
俺だけ微妙な空気を味わいつつ、夕食が始まった。
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とんでもなく美味しかった。
おそらくルーからではなくイチから作っているだろう。野菜だけではなく海鮮も入っており、頬がとろけるほどの美味さだった。
「はい。またコーヒーですがよかったです?」
「好きなものはいくらでも飲めるよ。ありがとう」
今は食後のティータイムだ。洗い物はやると言ったがそれとコーヒーは自分の仕事だからと突っぱねられた。そして出されたのはブラックコーヒー。
「お姉ちゃん。前坂さんに家のこと伝えたいんだけど」
「優愛が良いんだったら良いわ。もうある程度は話したみたいね。聞こえてたわよ」
優衣佳さんが許可を出すのには驚いた。今日会ったばかりでロクに知らないヤツになどと言われることを予想していたのだが。
「前坂君。そろそろ20時になるけれど、家はまだ大丈夫?」
「一人暮らしなので大丈夫ですよ」
なるほど、と優衣佳さんは一息つく。そして後はよろしくと言わんばかりに川瀬さんの方を向く。
「じゃあ、簡単にお話ししますね・・・・・・
私とお姉ちゃんは前まで同じ中学に通っていました。最後までクラスは一緒にならなかったですけど。すごい美人さんがいるなぁって顔だけは知っていたんです。
ある日、お母さんが付き合っていた今のお父さんと再婚することになったのです。連れ子がいるのは知っていたんですが再婚が決まってからの対面で同じ学校の美人さんがお姉ちゃんになることを知ったときはホントびっくりしました。」
そして一拍。コーヒーを口につけてから話を続ける。
「再婚して私の家で暮らすようになってこの家・・・お姉ちゃんの生家は引き払うことになりました。
ある日、私とお姉ちゃんはモモも連れておばあちゃんの家に遊びに泊まったんですが、家にお父さんとお母さんだけのときに隣の家が火事になって延焼して、それで・・・・・・」
それで二人だけになったと。
川瀬さんはそのまま俯いてしまった。何か言葉を発しようとしてるのはわかるが言葉が出てこないのだろう。
「今の親権は私の叔母さん夫婦にあるわ。お婆さんは年が結構がいっててね・・・叔母さん夫婦はとても良くしてくれるのだけれど幼い娘と、お腹にも子供がいるの。そんな中に私達が図々しく入っていくわけにもいかないから、引き払う予定だったこの家に住むことになったのよ」
川瀬さんにもう説明は難しいと判断したのだろう。優衣佳さんが補足をしてくれた。
「この家に物が無いのは最近住み始めたから?」
「えぇ。一週間くらい前かしら。最低限とはいえこれだけ揃えるのも苦労したのよ」
リビングにしばらく静寂が訪れた。
俺にはそんな経験をした人に掛ける言葉が自分に無い。どう答えようか迷っていると---
「前坂さん。この家で十分暮らせるようになるよう、手を貸してくれませんか!?」
川瀬さんが綺麗な瞳をこちらに向けてそう言った。
十分に暮らす・・・ミニマリストと間違えるほど物のないこの家のレイアウトを手伝ってほしいとのことだろう。
「今日こんなに迷惑かけてこれ以上何をお願いしてるんだって言うのにはわかってます。ですが、おねがいできませんか?」
「それはいいけど・・・・いいの?」
それは女性の二人暮らしに男である俺が入り込むということだ。その提案を拒否するであろうコーヒーを飲んでいる優衣佳さんに顔を向けると。
「色々重いものもあるだろうし、私からも頼めるかしら?」
まさかのアシスト。しかもかなりのにっこり笑顔だ。
「でも、男だし、女所帯にそういうのはまずいんじゃ?」
「私は気にしないわよ。優愛はどう?」
「私も!前坂さんなら!!」
------あぁ、この目だ。今日一日に何度か見た、意思の強い目。
まだほんの少ししか二人と居なかったけどこの場合の二人についてはよくわかった。絶対に譲らないって。
「・・・・・・・・わかった。俺の余裕があるときになるけど手伝うよ」
わぁっ!と姉妹は顔を合わせて喜んでいる。
美人姉妹のこんな嬉しい顔を見れるなら、まぁいいかな。
「それじゃあよろしくねっ!慎也くんっ!!」
突然。川瀬さんが俺の目の前まで身体を乗り出してくる。近い近い近い!
「よろしく・・・・・・って慎也くん?」
「これからもお世話になるんだし他人行儀なのもどうかなって。私のことも優愛って呼んでね!」
さっきまで落ち込んでいたのか、急にハイテンションに。おそらくこっちが基の性格なんだろう。
その雰囲気は子犬系のような、人懐っこそうな性格だなと感じてこちらもつられて破顔してしまう。
「よろしくね。優愛さん」
「・・・・・・・・・っ」
優愛さんは顔を真っ赤に染めてテーブル横にしゃがみ込み、モモを抱えて顔を隠してしまう。なにかブツブツ聞こえるがここまで届かない。
「慎也君。SNSはやってる?IDの交換しましょ」
しれっと呼び方を変えている優衣佳さん。こちらも携帯を用意してIDの交換を行う。
「それじゃあ、私からもよろしくね。慎也君」
「うっ・・・うん・・・・」
優衣佳さんの無邪気な笑顔に圧倒される。美人で知的な人がふと可愛い笑みを見せるとギャップでここまで破壊力があるとは・・・。
「あっ!私にもID教えてー!!」
いつの間にか復活していた優愛さんが携帯を持って来る。
家族とほんの少しの友人しかいなかった俺の連絡帳にこの一日で二人も増えるとは。
それから帰るまで少しの時間ではあったが、しばらく三人で和やかな談笑が続いた------