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070.旅行の風呂場で~前編~

倫理観は投げ捨てるもの


「ふぅ………今日は色々あったなぁ……」


 あれからバーベキューに花火を楽しんだ俺は1人露天風呂で今日の疲れを癒やしていた。

 まさかペンションにまで露天風呂がついているとは。宏満さんのこだわりなのだろうか、今度聞いてみよう。


「おう、もう入ってたのか」

「……智也も来たんだね」


 俺が1人ノンビリしていると扉が開き、智也がやってきた。そのままゆっくりと湯に浸かり一息つく。


「やっぱり風呂はいいものだな。特に露天風呂。今までの疲れが吹き飛んでいくようだ」

「そうだね。…って、智也は昼も入ってなかった?」


 水風呂とか言って。


「あれは半身浴だし読書目的だから別枠だ。それを言うなら慎也だってずっとビーチで遊んでいただろ」

「たしかに………」


 お互い水に浸かっているという意味では一緒か。俺の方は海水だからなおダメージがある。


「それにしても、お前は毎日大変だな。常にあの4人と一緒にいて」

「そうでもないよ。夏休みは偶にだけど1人でいることもあるし、なにより楽しいしね」

「そうか?俺は出不精だからな。色々連れ回されると疲れるんだよなぁ…」


 たしかに智也と遊ぶ時は室内が多かった。外で遊ぶにしてもゲーセンとかだし。


「智也は兼島さんといる時何してるの?出不精ならあんまり家から出てないのは分かるんだけど」

「そうだなぁ……お前と違ってあいつはゲームも出来ないし、家で互いに読書してるか俺がゲームしてるのを見てるとかそんな感じか?」


「えっ…?それだけ?」

「まあな。俺もあいつも側にいれればいいと思ってるし、別に何するってのはどうでもいいな。……で、お前は一体誰にするんだ?」


 前提も何もなく直球勝負である。最も聞かれ辛いことをストレートで聞いてきた。


「そんなの………答えが出てたら今こうなってないよ……」

「それもそうか。でも、いつかは答えを出さなければならないことだからな」


 それくらい、解ってる。けれど答えが出ない俺を気遣ってか智也はそれ以上なにも言ってこなかった。



「それなら、全員でいいんじゃないかな?」

「!?」

「おわ!おっさん、いたのか!!」


 俺たちが話に夢中になっていたからか、突然話に入ってきた宏満さんに気が付かず俺たちは彼から距離を取る。


「智也君が露天風呂に行くのが見えたから後を追ってね。なかなか面白そうな話をしてるじゃないか」

「おっさんの考えは相変わらず規格外だよな……倫理観どうなってるんだ」


 俺の内心を智也が代弁してくれる。相変わらず物怖じしないな。


「でも、全員が幸せになるならそれしか無いだろう?その分、頑張らなきゃならないのは自明の理だがね」

「それならよ、おっさん。俺があいつの他に女作るって言ったらどうする?」


 智也の問いに宏満さんが顔を向け、互いに視線を交差する。


「智也君。このあと庭の階段のとこまで来てくれないかな?私自ら突き落とすから」

「ほらな、そういうことだ。多少なりとも倫理観が残って―――」

「でもね………」


 智也の言葉を遮り、宏満さんが話を続ける。


「それでも、智也君が他に彼女を作ることが亜子の幸せにつながるなら私はその涙を呑むかな……」

「本気か………?」


 彼の言葉に智也は目を丸くする。俺もそうだ、まさか父親がそんなことを言うとは。


「結局はそういうものだよ、父親ってのは。娘の幸せを第一に考える。それが父親ってものだからね……智也くんにはそういう予定はあるのかい?」

「いや…ただのたとえ話だ…。俺があいつ以外に靡くことは絶対にないな」

「そう。それを聞いて安心したよ」


 その言葉を最後に2人揃って遠くの夜空を見つめる。俺はただ黙って見ていることしか出来なかった。




「2人は……」


 どれほどの間無言の時が流れただろう。さっきまでの出来事を反芻していると不意に俺の口から言葉が漏れ出ていた。


「ん? どうしたんだい?」

「あっいや、ふと気になったのですが……お2人はどうやって知り合ったんですか?」


 いままで、智也と2人の時では聞きづらかったことを今更ながら聞いてみる。すると宏満さんは素直に驚いたような表情を見せていた。


「驚いた……智也君はそんなことすら話してなかったのかい?」

「特に聞かれなかったし、言ったところで面白い話でも無いからな……」


 智也は顔を逸しながら頬をかく。


「いい機会だし教えてあげてもいいんじゃないかな?智也君」

「はぁ……しゃーない。こういうとこじゃないと話すことも無いだろうし……俺とおっさん、つまり俺と亜子の出会いだったな…ちょっと長くなるがのぼせるなよ?」

「うん。おねがい」


 星が光る空の下、智也はつらつらと話し始めた。



   ◇◇◇



 あれは確か……そう、中学に入る前の夏の話だ。

 あの時の俺は今と違って外でばかり遊んでいた子供だった。野球やサッカー、バスケなど主に球技ばかりを公園で遊んでたな。

 毎年行われる花火大会の前日、いつも通り小学の友達と野球で遊んでた時に事件は起こったんだ――――


「智也!今日こそ打ち取ってやるから覚悟しとけよ!」

「はっ!ホームラン打たれて吠え面かくなよ!!」


 売り言葉に買い言葉。俺は投手のアイツ…名前忘れた。ヤツにホームラン予告をしてバッターボックスに立つ。もう日も落ちてきて夕焼けが眩しい。けれどあんなこと言った手前、泣き言なんか言っていられない。俺は見えにくいことを相手に悟られないよう自信満々を装ってバットを構える。


「日の高さ的にコレが最後の打席だろうし……行くぞ!っらぁ!!」


 ヤツは大きく振りかぶり、ボールを投げつける。はっ、ど真ん中ストレート…これはもらったな。


「コレくらい余裕余ゆ………くっ」


 そんな甘い球に飛びついた俺も甘かった。振る瞬間、西日が俺の目に直撃して一瞬ボールが見えなくなってしまう。


カァン!


 バットに何かが当たる感触とともに金属バットの軽快な音が響き渡る。急いで玉の位置を確認すると相当高く、遠い位置にボールが見えた。けれど方向が悪い、あれはどう見てもファウルコースだ。もう少し角度が内側ならホームランになっていたものを……


 俺の打ったファウルボールはグングンと伸びていき、そのまま公園の外まで飛んだ後木々に隠れて見えなくなってしまう。

 そんな時、公園近くにある無線機から聞き慣れた音楽が聞こえてきた。


「やっべ!パンザマストじゃん!早く帰らないと!!」


 パンザマスト…つまりは夕刻を知らせる合図だ。その音楽が引き金となって野球をしていた友達は蜘蛛の子を散らすかのように散り散りになってしまう。


「おい!ボールはどうするんだよ!」

「あ!?お前が打ったんだからお前が取りに行けよ!……大丈夫だって!ガラスの割れる音もしてないし、大したことになってないから!!」

「あ!おいっ!……ちっ」


 その言葉を最後に投手をしていたヤツも見えなくなってしまう。ヤツの言う通り、確かにガラスの音はしなかった。けれどボールがとんだ方面……あっちには行ったことないんだよな……一軒一軒回らないと行けないと思うと気が重い。


「しゃーない。行かなきゃ帰れないしな……ったく……」


 1人悪態をつきながらボールの飛んでいった方向へ向かう。けれどその心配は杞憂に終わることとなり、また別の問題が発生していることを俺はまだ知らなかった――――

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