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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第3章

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061.朝、そして来訪者

 朝というものは厄介なものだ。

 殆どの人が寝ていたい、起きたくないと思っているのにそれぞれ用事の為、身体に鞭打って起き上がらなければならない時間。

 俺だってそうだ。毎日学校のため、もっと寝ていたいのに無理矢理身体を起こす。

 けれど今日は違う、今日は日曜日の上その翌日も体育祭の代休として休みが約束されている。特に用事も入れてなかったからぐっすり眠ることができる日だ。


 そのはずだった……今日は思い切って10時頃まで寝ているはずだった。

 現在時刻は午前6時、平日だと起きてはいるが今日みたいな休日は起きているはずもない。

 だが俺は起きている。それも寝ぼけも一切無く完全に覚醒した脳で。


 それもそのはず。俺の隣には1人の女の子がすやすやと寝息を立てていた。


「……どういう状況?」


 とりあえず現状把握といこう。俺は昨日体育祭を終えて諸々のトラブルに巻き込まれながら翔子さんと雫の3人で家に帰ってきた。その後大雨のせいで2人は帰れなくなってウチに泊めることとなったと記憶している。

 ここまではいい。問題は2人とも両親の部屋で寝かせたはずなのにここに居るということだ。


 万が一のことを想像して自身の服を確認する。乱れも何もなし…よし。とりあえず俺が何かされたというわけでは無さそうだ。

 問題は隣で気持ちよさそうに眠っている彼女……よしっ!となんどか深呼吸したあと覚悟を決めて布団を恐る恐るめくる。


 ………よかった。ちゃんと服を着てた。



「ん……んんっ……」

「わっ…ちょ…!」


 お互い服を着てることでひとまずの安心を得たものの彼女は寝返りをうつ要領で身体を動かして俺の腰に手を回す。もしかして抱き枕と勘違いしてるのではなかろうか。


 けれど無理矢理剥がすことはない。俺は成長した。これで剥がしてしまえば彼女に悲鳴を上げられて、たとえ口を塞いだとしてもその手を舐められる恐れがあるからだ。

 ここは仕方ないが俺の直ぐ側で綺麗な寝顔を晒している少女――――翔子さんを普通に起こすことにした。


「朝だよ。翔子さん起きて」

「んん………ママ………今日休みだから、もうちょっと……」


 困ったな…どうやら自宅にいると勘違いしているみたいだ。


「ここは家じゃないよ、俺も…慎也もいるからさ」

「慎也…?ぅぇへへ……慎也くぅん………」


 翔子さんは腰に手を回すだけじゃ飽き足らず俺の腹部へと潜り込んでピクリとも動かなくなってしまった。


「あぁ……悪化してる……」

「ふゆぅ………」


 俺の腹部を枕にして気持ちよく寝てしまった翔子さん。こうなった以上起こすのも忍びないし俺も寝てしまおうかと思ったその時、扉が勢いよく開かれて1人の少女が突入してきた。


「二人とも!朝ですよ~!起きてください!!」


 現れたのはお玉を手にした雫だった。昨夜と同じ格好でその上に妹が使っていたピンクのエプロンが可愛らしく似合っている。


「お…おはよう、雫」

「あ、慎さんおはようございます。起きていたんですね。 それで会長さんは……」

「うん……」


 俺が視線を下に降ろすと同時に雫の顔も少し下を向く。

 俺の腹を枕にしてよだれを垂らしながら寝ている翔子さんを見て雫は大きくため息をついた。


「まったくもう……いつまで経っても戻ってこないと思ったらやっぱりですか……ミイラ取りがミイラになっちゃあ世話ないですね」

「あ、翔子さんは元々起こしに来てくれてたの?」

「はい、私が頼みました。その様子だと起こされる前に潜り込んでそのまま寝てしまったようですね……ほら、会長さん!起きてください~!」


 さすが雫だ。彼女は勘違いすることもなく冷静に経緯の正解を導き出し翔子さんをを揺すって起こし始めた。


「んん……ママ……今日は休みだって……」

「誰がママですか!ここにママはいません!起きてください~!」

「ん……あれ……ここは……」

「おはよう、翔子さん」


 雫に強くゆすられてようやく起きたようだがまだ少し寝ぼけているようで目が虚ろになっている。

 そんな虚ろな目の前に移動して挨拶をすると段々と意識がはっきりし始めたのか近くにあった俺の布団を引っ張って自身の顔を隠してしまった。


「……おはよ……聞いた?」

「多分……大体は」


 俺が苦笑いを浮かべると彼女は布団で包まってしまう。

 仕方ないからそっとしておこうとも思ったが、そうは問屋がおろさない人物がここに1人いた。


「起きたのなら早く顔洗ってきてください!朝ごはん出来てますよ!!」

「うぅぅぅ……ひどい……」


 雫は包まっていた布団をいとも簡単に引っ剥がし彼女を部屋の外に追いやる。残されたのは俺と雫のみになった。


「全くもう……」

「朝から大変だね。ママ」


 翔子さんが言っていた内容を俺も引用してからかってみる。すると廊下を向いていた雫の顔がグルンとこちらに向けてきた。


「誰がマ………いえ、慎さんのママならいいかもしれませんね……もちろん慎さんはパパ、ですよね?」

「あ~………俺も顔洗いに行ってきます!」


 背筋を凍らせるような笑顔と持ち上げたお玉を認識した頃には勝手に体が動き出していた。

 三十六計逃げるに如かず、ここは退散するに限る。


「慎さんも洗い終わったら朝ごはんですからね~!」



 


 洗面所につくと翔子さんが顔を洗い終わってタオルで拭いているところだった。


「改めておはよう。目は覚めた?」

「おはよ……みっともないとこ見せて、ごめん」

「そんなことないよ。翔子さんも家では甘えてるんだなってわかって可愛かった」

「そんなこと……ない……」


 彼女は顔を赤く染めてタオルで隠す。そういうところが可愛いのに。


「それと、泊めてくれて、ありがと」


 俺が顔を洗い出すと後ろからそんな声が聞こえる。


「気にしなくていいよ。いつもみんなといるぶん、家に1人で居ることに人恋しさを感じ始めていた頃だからさ」

「そう……なの?  あっ、タオルごめんね」


 俺が顔を洗い終わったところを見てタオルを渡してくれる。なんだか侍女っぽくて新鮮な感じだ。


「ありがと。もう家族が向こう行って3ヶ月弱だからね…軽いホームシックかも。いや、この場合もホームシックっていうのかな?」

「そうなんだ……一人暮らししてよかった?」


 彼女がそう問いかけてくる。その眠そうな瞳からは表情が読み取れない。


「結果的にはよかったかな?まだいろいろと勉強すべきところも多いけどね。 翔子さんはどう?一人暮らししたいと思うの?」

「私は……したいけど、したくない」

「どういうこと?」


 彼女の真意が掴めず思わず聞き返す。


「家から出て自分がどこまでできるか、試したい。 でも、一人暮らしはしたくない…好きな人と一緒が、いい」

「そ、そっか……」


 力強い瞳が俺を射抜く。俺は鈍感じゃない……と思うからそれがどんな意味を持つかはわかっているつもりだ。けれど今それに返事をすることはためらわれた。



「そうですよね~。私もしたいですね、同棲」

「雫!?」


 いつの間にか開いていた扉の向こうには仁王立ちになった雫が。


「でも私は先輩方が卒業した1年あと……どうしておんなじ学年じゃなかったんでしょ……グスン」

「雫が同学年だったら、私たちと関わりはたぶんなかった」


 嘘泣きをする雫に翔子さんがさらりと答える。


「そんなことないですよ!きっとなんやかんやあって菜月ちゃんと一緒に部活入ってなんやかんやあって先輩と会ってますから!!」


 そのなんやかんやが一番大事なところなんだけどな……


「それよりどうしたの、雫。なにかあった?」

「何かじゃないですよ慎さん!洗い終わるのが遅いから様子見に行ったら桃色空間作ってなにしてるんですか!!」


 しまった忘れてた、やぶ蛇だったか。雫は扉前でプリプリと怒っている。……なにか怒りを鎮める方法……そうだ。


「ごめんごめん。 ……それより雫のエプロン姿、新妻さんみたいでかわいいね。今度一着買ってあげようか」


 俺には似合わないキザなセリフ……頼む!効いてくれ!!


「やだ慎さん……妻だなんて……それだったら私がいつでもエプロン姿のまま起こしにいってあげますのに……あぁ!もちろんこの下に何も着なくても………」


 よし、さすが雫だ、一発でトリップしてくれた。

 俺は今のうちに翔子さんの手を引いてリビングへと移動する。




「む~…」

「……翔子さん?」


 リビングに着いたはいいが今度は翔子さんがご立腹のようだ。


「私にはエプロン、買ってくれないの?」


 さっき雫に言ったことか。勢いで言っちゃったフシがあるからな……仕方ない。


「もちろん翔子さんにも買うよ。今度選びに行こうか」

「ん…よかった」


 俺もよかった。機嫌直してくれて。



「慎さん!いつの間に移動してるんですか!それよりもエプロン買ってくれるって本当ですか!?」


 俺たちが食事の置かれているテーブルに着席すると洗面所から雫が走ってくる。


「うん、さっき翔子さんにも買うって言っちゃったしね。けど妹にエプロン買った店を聞くからちょっと後になるけど…」

「もちろん待ちますよ! さ、慎さんとのデートの約束も取り付けたわけですし、早く朝ごはん食べちゃいましょ!」


 あれってデートの約束だったの!?……いや、そうなるよなぁ。



 気を取り直して俺たちは一同に挨拶をして並べられた食事をつつき始めた。

 俺はテーブルに並べられた食事に注目する。そこは朝ごはんらしくご飯に味噌汁、目玉焼きにハム、サラダと見栄え良く並んでいた。


「こんな豪華な朝ごはん嬉しいよ。ありがとう」

「いえいえ豪華なんてそんな……普段どんな食事をしてらっしゃるのです?」

「最初のうちは頑張って作ってたんだけどね……だんだん面倒になってきて今は菓子パンとか……」


 それを聞いた2人は頭を抱えていた。まぁ、その反応は予想してたよ。


「気持ちはわかりますがよく男の子がその程度で体動かせますね…」

「ん、気持ちはわかる」

「運動しなくなったしね。けどやっぱり昼夜は多めに食べちゃってるかも」


 思い返すとたしかに朝食べなくなった分昼夜にしわ寄せがきてる気がする。


「そういえば、この朝ごはんだけど俺だけ目玉焼き多くない?」


 食べ始めてから気がついた。2人の目玉焼きには卵2つ、俺には4つも使われている。


「それはもちろん……男の子ですから!!」

「………そっか、ありがと……」


 なるほど男の子だから……これがもし優愛さんだったら卵何個必要になるのだろう……いくつまで平気なのか気になってきた。今度聞いてみようかな。


「慎さん!」


 そんなことを考えているといち早く食べ終わった雫が席を立って俺に向く。


「どうしたの?」

「毎朝適当みたいですし………これから毎日通ってお味噌汁作って差し上げましょうか!?」


 そう言いながらピースを目元で横に傾けてウインクしてくる。似合ってるのがなんとなく悔しい。

 俺も朝食を食べ切りお箸を置いて雫に向き直る。


「そういうのはまだ早すぎるから、いらないよ」

「ん。雫は私たちより1年後」

「そうですよね~…でも魅力感じません?学校の後輩で通い妻って」


 感じるけどそれとこれとは話は別だ。


「…俺がどうしようも無くなったらその時は頼むよ」

「はい!お任せください!!……って、どうしようもなくなるってどういう時ですかね?」

「さて、みんな食べ終わったしコーヒーでも入れてくるね」

「お願い ありがと」


 まだ食事を続けている翔子さんと考え事をしている雫を置いて俺はリビングにコーヒーを入れに行く。

 そんなときだった。まだ日も出て間もない午前7時、インターホンが突然室内に鳴り響く。


「慎さん、お客さんですか?」

「宅急便にしては、早すぎる」

「今日は人来る予定なんてないしなぁ……誰だろ」


 一旦コーヒーを諦めてインターホンに寄ろうとするが気を利かせた雫が俺を制し、代わりに通話ボタンを押す。


「はい、前阪です」


 いや、水川だろうにとも思ったが俺の家だからこれで合ってるのか。


「えっと……川瀬ですけど……慎也さんのご家族の方ですか?」


 室内に響き渡るのは昨日もよく聞いた声、優衣佳さんだった。とくに約束もなかったはずだけど…


「あ、優衣佳先輩ですね!私です、雫です!」

「えぇ!?雫ちゃん!?どうしてここに!?」


 次は優愛さんの声が。2人とも来たのか。


「はい!昨日泊ま――――」

「二人ともいらっしゃい!今開けるね!」


 俺は雫の言葉を遮りエントランスのロックを解除して通話を終わらせる。危ない……昨日2人を泊めたことが知れ渡るところだった。ギリギリセーフ……と思いたい。どうせ上がってきたら分かることだけど。


「ドンマイ、慎也くん」

「ありがとう翔子さん……とりあえず………5人分だね」


 俺は一種の諦めに似た感情を持ちながらもコーヒー5人前を淹れにリビングへと向かった。

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