005.美少女と手当て
洗面所を出た先の突き当たり。確かに扉が開いてる。あそこがリビングだろう。
扉を潜った瞬間、またも違和感を感じる。これって・・・・・・・
「あっ、早かったですね。さっき行ったことで急かしちゃいましたか?すみません」
「いや、いつもこんな時間だよ。お風呂ありがとうね」
よかった。と彼女は安堵している。ダイニングキッチンでなにか準備をしているようだ。
俺は荷物を邪魔にならない場所に寄せ、4人掛けテーブルの扉側に座る。
「モモは怪我とかしてなかった?」
「はい!おかげさまで。とりあえずタオルで拭きましたがあとでお風呂に入れるつもりです」
俺が名前を発したことで呼ばれたと思ったのだろうか。キッチンの方から爪の音が聞こえ、モモがこちらへ近づいてくる。
「おぉ・・・・モモ、怪我なくてよかったな」
モモはその言葉に応じることなく足元をウロチョロして匂いを嗅ぎ、また歩くことを何度か繰り返す。
その後脚のすぐ近くで伏せってこちらを見上げている。かわいい。
「懐いたんだと思います。私たちの近くでもそうやって伏せをするんですよ」
彼女はほほえみながら俺の向かい側に位置取り、用意したコップ等を広げる。
「コーヒーで良かったですか?あいにく紅茶やココアなどは持ち合わせがなくって」
「コーヒーは好きだよ。ブラックでお願いね」
見栄を張る。
飲めなくもないけどやっぱり甘いほうが好きだ。練乳入りのコーヒーとか最高だしね。
「わかりました。私はお砂糖入れちゃいますね」
どうぞ。と渡されたコーヒーを一口飲む。うん、酸味がなくて好みの味わいだ。
「それじゃあ、手を見せてもらえますか?」
手?あぁ、怪我のことか。正直お風呂が気持ちよすぎてすっかり忘れていた。
素直に手を見せる。掌に一箇所数ミリの穴と歯型らしきものが見えるが血は止まっていて痛みもそんなにない。
そんな手を彼女は両手で触れ、痛々しそうな表情をする。
「ごめんなさい。私がうかつだったばっかりに」
「大丈夫。もう痛くないよ。あれは気を抜いたのが悪かった」
それ以上言葉を紡がず消毒をし始める。
あまり経験がないのか包帯を巻く様がたどたどしいが俺も何も言わずその様子を見ていた。
「・・・・・・・・はい。できました!手当てはしましたが、ちゃんと病院にも行ってくださいね!」
「えっ?いや、この程度なら病院行く必要も無いと思うんだけど」
「だめです。行ってください!化膿するかもしれないんですから。私が心配なんです!!」
これ以上拒否しても平行線になると感じ、早々に首を縦に動かす。
彼女はよしっ!と笑顔を見せて椅子に座り、コーヒーをすする。
「ふぅ・・・先程はありがとうございました。私、川瀬 優愛っていいます。名前を教えてもらっても良いですか?」
「名乗らずごめん。俺は前坂 慎也っていうんだ。4月から高校生」
「えっ!前坂さんもですか!?私も4月から入学なんですよ!」
と、彼女・・・川瀬さんは俺と同じ高校の名前を出す。年下と思っていたのは内緒にしておこう。
「同じ高校だったんだね。小学校で見覚えなかったし、お受験したのか引っ越してきたの?」
「あぁ・・・はい。つい最近引っ越して来たばっかりなんですよ。だからここらへんの地理にも疎くって」
答えづらい内容だったのか、苦笑いしながら答え、そのまま川瀬さんは俯いてしまう。
しまった。地雷踏んでしまったか!?
「えっと・・・その・・・前坂さんは・・・どうしてさっき助けてくれたんですか?」
「どうしてって、どうしてだろう?なんだか勝手に動いちゃって動機は説明できないかな。でも今考えたら大人なり警察なりに助けを呼ぶべきだったかなって」
先程の反省点を述べる。たしかに自分たちで勝手にやるよりも携帯も持っていたわけだし通報するなりで大人の力を借りるべきだったのであろう。
「そんなことないです!」
「!?」
突然顔を上げられて不意をつかれる。
その大きな瞳が俺の目を射抜くように見つめてくる。
「たとえあの時大人の人に助けてもらうことが正解でも、私にとってはあれが一番よかった方法だと思ってます!!怪我させてしまったことは謝りますがそれでも!前坂さんの手で助けてもらってすっごく嬉しかったです!!それに・・・王子様みたいでかっこよかったし・・・ぅぅぅ」
後半は言葉にすらなってなかったから聞き取れなかったが、俺のやったことは間違ってないと励ましているようだった。
川瀬さんは顔を真っ赤にさせてまた俯いてしまう。
「そっか。ありがとう。ならこの傷はお姫様を助けた名誉の負傷だね」
この場合モモと川瀬さんのどちらがお姫様となるのかわからないけど。
そのまま川瀬さんは椅子の上で器用に体育座りをして丸まってしまった。
手持ち無沙汰になった俺はなんとなく足元にいるモモの顎を撫でる。気持ちよさそうだ。
そんな時扉から鍵を開ける音が。親御さんでも帰ってきたのだろうか、どう説明しよう・・・
扉の音を聞いた川瀬さんは丸まりを解いて立ち上がる。その顔は少し強張っている
「ただいま~」
「お・・・おかえりなさい」
川瀬さんは緊張しているのだろう。応対する声にもそれがみられる。
そして帰ってきた女性はリビングの扉を開ける。
「見慣れない靴があったけど、だれか来てるの?」
「こんにちは。お邪魔してます」
俺は席を立って挨拶をする。
そこには姉だろうか、驚きの表情を浮かべた女性が立っていた。