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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第3章

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056.体育祭~その4~

「翔子さん!……翔子さん!!」

「はぁ………はぁ………」


 なんとか受け止めることのできた翔子さんの額は相当な熱を纏っておりその息遣いも荒くなっている。


「こういう時どうすればいいんだっけ……そうだ!救急車!智也、俺のスマホは!?」

「おっ、おう!」

「はぁ……はぁ……慎也く…まって……」


 パニックになりながら救急車を呼ぼうとスマホを受け取ったところで翔子さんにその手を遮られる。


「平…気……。呼ぶほどじゃ…ない……保健室……」

「でも……そんなに辛そうで……」

「ただの、熱中症……。意識も…ちゃんとある」

「慎さん!会長さんのいうとおりにしましょ!今は水分を与えることが先決です!意識もあるので大丈夫だから落ち着いてください!


 それでもなお決めあぐねているところに雫がフォローしてくれる。こういう時の対処法も頭に入っているのか。

 俺は一度思考を止め、一度頭をリセットすることにした。


「………わかった。ありがとう雫」

「いえいえ! 会長さ~ん、起きてますか~?」

「ん……」


 雫の呼びかけに淡白であるもののしっかりと答える。たしかに意識を保っているようだ。

 それなら俺のすることは一つしか無い。


「………智也」

「おう。先生への報告と徒競走の代走だろ?任せとけ」

「助かるよ」

「これもコイツにいいところを見せる回数が増えただけだ。早く保健室に連れて行け」

「ありがとう。 翔子さんごめんね、ちょっと動かすよ」

「……お願い」


 彼女もその言葉だけで身体を預けてくれる。


「それじゃあ……よっ、と!」


 人生初となったがうまく横抱き…お姫様抱っこで持ち上げることができた。

 軽い…相当な軽さだ。確かに人並みには体重はあるがそれを持ってしてもこれは逆に心配になる。ちゃんと食べているのだろうか。


「保健室まで連れて行くからもうちょっとだけ頑張ってね」

「よゆー」


 俺たちは薄い笑みを向けあって校舎への道のりを歩きだす。


「…ねぇねぇ、私も倒れたらお姫様抱っこしてくれる?」


 俺の後ろを着いてきていた優愛さんが語りかけてくる。


「もちろん。同じようなことがあったらね」

「よかった…その時はお願いね!翔子ちゃん、もうちょっとだから頑張ってね!」

「ん…優愛も、アイスありがと…」


 翔子さんは優愛さんから受け取った冷凍保冷剤を大事そうに抱える。

 もう倒れるところなんて見たくない。その時が来ないよう気をつけなければ。


「その時までにはいつもの食事量を減らさないといけないわね、優愛。食べ過ぎたせいで慎也君が持てなくなるかもしれないもの」

「もうっ!お姉ちゃん!」


 2人はそんな軽口を言い合う。翔子さんの心の負担を軽くさせるためなのだろう、心強い。



 そうして校舎にたどり着いたところでフォローしてくれていた雫が一歩前に出る。


「それじゃあ慎さん、私は飲み物を買ってきますので……くれぐれも会長さんに変なことしないでくださいね!」

「しないから。俺を何だと思ってるの」

「絶対ですよ!もし変なことするにしても私からにしてくださいね~~!!」


 雫が変なことを言いながら遠ざかっていく。この状況でそんな邪な考えは思い浮かばないから…


「変なこと……するの?」


 雫が見えなくなり、俺の首元からそんな声が。


「しないしない。もし着替えさせるとかあっても後ろの2人に任せるから」

「えぇ、私たちに任せて頂戴。最初は譲らないわ」

「そっか……残念」


 何が最初なのか、何が残念なのかは怖くて聞かないことにする。


「やっと着いた。優衣佳さん、お願いできる?」

「わかったわ  失礼します」


 俺は両手がふさがっているので優衣佳さんに扉の開閉をお願いする。室内には養護教諭の先生が机に向かっていた。


「あら、いらっしゃい。初めて見る顔ね…こっちに来たってことは怪我じゃなくて病気?」

「熱中症だと思うのですが…」

「わかったわ。そこのベッドに寝かせてもらえる?」

「わかりました」


 そう言って先生は手際よく氷のう等の準備を始め、俺は2人の手を借りて翔子さんをベッドに寝かせる。どうやら他に患者は居ないみたいで他のベットは空いていた。

 そうして一段落すると廊下からバタバタとこちらへ向かってくる音が。


「おまたせしました慎さん!飲み物買ってきましたよ!!」

「ありがと。助かったよ」


 雫が勢いよく扉を開けてペットボトルを俺に突き出す。どうやら走ってきたようで少し息が上がっていた。


「あら、雫ちゃんもいたのね。校舎は走っちゃだめよ?」

「あはは……ごめんなさい先生。これ買ってきました!」

「いつもありがとう。それじゃあコレを飲んでもらいましょ」


 先生と雫は顔見知りなのか買ってきた飲み物を受け取り翔子さんの元へと向かう。


「ほら、飲める?」

「ん………んく……んく……」


 翔子さんも水を飲めるくらいにはなったようだ。少したどたどしいところも見せながら水分を補給していく。


「雫は先生と知り合いなの?」

「はい。やっぱりマネージャーやってるとこういうところのお世話になることも多くて……熱中症の対応もしたことあったのでそれが今回は生きましたね!」

「だからか…本当に助かったよ、ありがとう」


 雫が近くに居てくれて助かった。俺だけだったならきっとパニックになって事態を悪化させていたかもしれない。


「これでよしと。安静にさせればすぐ良くなるわ」

「よかったぁ…先生、ありがとうございます! それで…私たちは付き添ってもいいでしょうか?」


 優愛さんが安堵の表情を浮かべる。


「もちろんいいわよ。でも4人は多すぎるから1人か2人程度でお願いするわ」


 となると俺はお役御免か。


「俺は智也に色々投げっぱなしだったから先戻ってるよ」

「私も、さっき飲み物買ってくる時何度もスマホなってたのでそろそろ戻りますね!」


 俺と一緒に雫も立候補する。


「わかったわ。ここは私たちに任せて頂戴」

「何かあったら連絡するねっ!」


 優衣佳さんと優愛さんにこの場を任せ、俺たちは保健室をあとにする。


「なんとかなってよかったね…」

「はい!最初はどうなるかと私も真っ青になりましたよ~」

「慣れてるんじゃなかったの?」

「それでもいきなり倒れられたら誰だってびっくりしますよ!」


 それにしても大事なくてよかった。先生も診てくれているし、きっと体育祭が終わる頃には元気になっているだろう。


「それじゃあ慎さん。私は戻らないと本当にマズイのでこれにて失礼しますね」

「うん、今までありがとね」

「いえいえ~…ではっ!」


 雫はダッシュで校舎内を駆けていった。さっき走るなって注意されてたはずなんだけど…


 そうして廊下に残されたのは俺一人。


「さて、と…」






 俺はあれから帰り道から少し逸れ、穴場スポット……中庭の隅にある人目のつきにくい芝生の上で1人寝転んだ。人が多く通る平時なら見られることもあるが今日は体育祭、こんなところに来る人は居ないし誰にも気づかれることは無いだろう。


「翔子さん、気づいてあげられなかったな……」


 事があってから午前中のことを思い返すと今日の翔子さんは様子がおかしかったことに今更気づく。開会式では寄りかかって寝てたし何度かボーッとしていたし…きっと朝から体調が悪かったのだろう、あの時気づいてあげていれば…


 そう思い返して何度も反芻しているうちにだんだんと意識が遠くなって……いつの間にか意識を手放してしまった。





「んんっ……今何時……?」


 いつの間にか寝てしまったようだ。遠くで体育祭の喧騒が聞こえる。中庭に設置されている時計を確認すると雫と分かれてから30分ほど経っていた。


 残りの競技は智也に任せたし、閉会式までここでノンビリ過ごそうかな……


「……あれ?」

「おはよう、慎也くん」


 起こしていた身体を再度倒すと何者かの影に気付き、目を開くと見知った顔がそこにはあった。


「翔子…さん」

「やっぱりここにいた…」


 俺の直ぐ側に立っていたのは翔子さんだった。いつもの調子で、いつものクールな表情のままこちらを見下ろしてくる。


「まだ少ししか休んで無いのに…平気?」

「余裕。だからこうして1人で来た」


 俺が急いで起き上がろうとすると手で制される。


「…あれ?あの2人は?」

「慎也くんを探すって言って……撒いてきた。私もここで寝る」


 保健室で看てくれていたはずの2人はどこにもいない。撒いてきたなら後が怖いんだけど…

 翔子さんはいそいそと俺の隣に腰を降ろしてそのまま芝生に身体を預ける。


「……慎也くん」

「どうしたの?」

「助けてくれてありがとう」

「俺は別に……何も……」


 事前に気付くこともできなかった。パニックになってしまって適切な行動も取れなかった。思い返すと反省すべき点は大量にある。


「もっと早く気付くことができたら…適切な行動を取れたら…そう思ってる?」

「……うん」


 心の内をピシャリと言い当てられ、俺はうなずくことしかできない。


「それでも……競技を投げてまで連れてきてくれた。心配してくれた。それだけで十分」

「でも俺がちゃんとしてれば倒れることも…」

「私はうまく表情が出ないから……それが原因。だから気に病まないで」

「それに倒れたあとも俺1人じゃ……」

「うるさい」


 俺の言葉を制する翔子さん。

 そのまま彼女は俺の首に自身の両手を回してくる。


「んっしょ………つかまえた」

「ちょ……なにを!?  うわっ!!」


 俺と彼女との距離が数センチとなったところで思いっきり後ろに体重を掛けられた。

 いきなりのことで身体を支えることができずに揃って芝生に倒れ込む。


「ちょっと!?翔子さん!?」

「うるさい、黙って。…………はふぅ…いい匂い……」


 彼女は俺の背中に手を回し、胸元に顔をうずめて何度も匂いを嗅いできた。


「今は汗臭いから…」

「それがいい。黙ってて……ふぅ……」


 有無を言わさぬ迫力。どうあがいても離す気はないようだ。




「翔子ちゃ~ん!慎也く~ん! どこ~?」


 しばらくされるがままでいると遠くから優愛さんが呼ぶ声が聞こえ、段々とこっちへ近づいている。


「優愛さ――――」

「静かにっ」

「 ん~~!!」


 俺が彼女を呼ぼうとするも翔子さんの手によってそれが遮られた。


「…………」


 彼女が俺を押し倒す形になりながら優愛さんが通り過ぎるのを待つ。今心臓がうるさいのは俺だろうか、それとも俺を抱きしめたまま口元を塞いでいる翔子さんだろうか。お互い無言のまま時が過ぎるのを待ちゆく。



「あれぇ……ここだと思ったんだけどなぁ……それともお姉ちゃんが見つけちゃったかなぁ?」


 そのまま直ぐ側を通り過ぎていく優愛さん。どうやら気づかれなかったようだ。



「……どうしたの、翔子さん」


 優愛さんが見えなくなってから手が開放され、ようやく喋れるようになった。


「………今はまだ…2人でいたいから…」

「それは…どういう…」


 翔子さんはそれ以上なにも答えない。ただ全体重を俺に預け、胸に顔をうずめてしまって動かなくなる。




 どれくらいそうしていただろうか。視線を彷徨わせていると不意に彼女の顔が上がり俺と視線を交錯させる。


(…………)

「へ?なんだって?」


 そのまま彼女は声を発さずに口元だけを動かした。「あ・い・う・い」?どういうこと……?

 うんうんとその真意を図っていると満足したかのように身体を起こして馬乗りの状態になる。


「………ん、慎也くん成分の補給 終わった」

「その話まだ続いてたの!?」

「もちろん。欠乏症で倒れたから、補給」

「うっそでしょ……」


 はたしてそれが原因なら、そんな成分が欠乏して倒れるくらいならもういっそ全面禁止にしたほうがいいかもしれない。


「私はもう大丈夫。ほら、行こ」

「まぁ…翔子さんが治ったならいいけどさ…」


 翔子さんは俺から離れ、手を差し出して立ち上がるよう促してくる。俺もその柔らかい手を握って立ち上がることにした。


「俺も2人からの通知がさっきからずっと震えてるんだ。早く合流しようか」

「ん。今はテントにいるって」

「そっか……ところでそっちでいいの?いつもの場所じゃなくて」

「………いい」


 翔子さんは立ち上がったあと、いつもの定位置に移動せずに俺の真横へ位置取った。

 彼女がそれでいいなら俺は何も言うまい。俺たちは手を握りあったままみんなの元へと歩き出した。


 テントに戻った俺たちを待ち受けていたのは鬼のような形相をした優衣佳さんと優愛さんだったのは言うまでもない――――

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