021.爆弾と氷点下
「しししし慎也くん・・・・・・・・ずずずずっとそばって・・・・・どういうこと・・・・・・?」
井野さんがとんでもない爆弾を落としてきた・・・・・・
優愛さんが持っていたコップを盛大に揺らしながら聞いてくる。優衣佳さんは深く腰掛けて至って冷静で・・・・・・そうでもなかった、その目線は縦横無尽に駆け巡り焦点もまったく合っていない。
「ふたりとも、それは井野さんの冗――――」
「どういう意味だと思う?」
「!?」
俺が説明しようとしたところで井野さんはそう言って更に俺の腕をぎゅっと抱きしめる。井野さんは背はお世辞にも高いと言えず、とある部分もそれに比例して大きいとはいえないが、それでも感じる柔らかいものが俺の腕に・・・・・・!
「ということはあなた達付き合って・・・!」
その優衣佳さんの言葉に井野さんは「フフン!」とした様子でドヤ顔を見せる。二人は顔を真っ赤にして口元を手で抑えるのが見えた。
これは井野さんが暴走している・・・!これはもう生徒会で知った、対井野さん用最終兵器を使うしか・・・!!
「井野さん、そこまで!」
「ふゆぅっっ!!」
俺は腕ごと自分の身体に持っていき一緒についてきたその頭を逆側の手で撫でる。生徒会では書紀の子が井野さんの頭を撫でて落ち着かせていたから試してみたが、意外にも効果があったようだ。井野さんは顔を伏せて撫でられるがままになってしまう。
「ふぅ・・・・・・二人とも。それは井野さんの冗談で俺たちは付き合ってないよ。ただの元生徒会長と副会長ってだけ」
「でも・・・・・・ずっと一緒って・・・!」
なんだか優愛さんの言葉はさっきと地味に改変されている気がする。
「生徒会の仕事中は一緒だったけどそれだけだよ。特にこれといった変化も無かったしね」
「そ・・・そう。あ・・・安心したわ。ホントに付き合ってたら私達は馬に蹴られてしまうもの・・・ね」
一足先に優衣佳さんは落ち着きを取り戻したようだ。
「理解してくれたようで助かるよ・・・」
俺もお茶を飲んで一息つく。
ホント焦った。井野さんは俺と二人のときはふざけることも無くいつも飄々とした様子だったから唐突な爆弾の投下はまったく予想することができなかった。書紀の人と居たときはたまにふざけているのも見たことあるが、それくらい俺のことも信頼してくれてるんだとしたらなんだか嬉しい。
「それにしても慎也くん副会長もやってたんだね!凄い!!」
最後に理解したのか落ち着きを取り戻した優愛さんが身を乗り出して褒めてくる。そのストレートな物言いに俺は顔をつい逸してしまう。
「俺も当時は凄いと思ったんだけどね・・・・蓋を開けてみたら・・・・」
「「開けてみたら?」」
「単なる先生たちによる都合の良い使いっぱしりだったよ・・・会場の設営、朝の挨拶、妙な会議の出席とね・・・よく生徒会には強権が与えられるって言うけど、それは物語の中だけだったんだね・・・」
「あっ・・・うん・・・大変だったんだね・・・」
そう言って優愛さんは静かに椅子に座る。
「ところで、いつまで翔子さんを撫で続けているのかしら?」
「あっ」
すっかり無意識で手が動いていた。視線を下に降ろすと井野さんは膝立ちで腕と上半身を俺の膝に乗せて、完全に身体をこちらに預けてとろけきっている。しまった、やりすぎた・・・
「ほら、井野さん。ちゃんと座って」
「ふゆぅ・・・もっとぉ・・・」
「しょうがないなぁ」
言っても自分で動かないから肩を支えて自身の椅子に戻す。前のほうで「いいなぁ」って聞こえた気がしたけど気にしない!
「そういえば、自己紹介の時と印象全然違う気がするんだけど・・・」
「こっちが本来の私・・・事前に準備できれば・・・ちゃんとした姿っぽくやれる」
優愛さんの疑問に井野さんは簡潔に答える。そう。彼女は普段は口数も少なくクールな印象だが予め容易することができると自己紹介の時のような凛とした佇まいになる。俺も生徒会に入ったばかりのころは選挙の時との印象の差に驚いたものだ。
と、会話も区切りがついたところで予鈴が鳴る。昼休みもそろそろおしまいだ。
「それじゃあ5時間目も始まるし、早いとこ教室に行こうか」
俺の掛け声でみんなテキパキと後片付けを行い、食堂を出る。奥の方に居たから俺たちが最後だ。
すぐ前を歩く川瀬姉妹を見てやっぱり井野さんとも仲良くやっていけそうだと直感し安堵する。
「ねぇ」
「ん?」
教室に戻っている中、井野さんが小声で話しかけてきた。
「少なくとも優愛さん・・・・あの反応は前坂くんのこと・・・」
「優愛さんは明るくて優しいから。そうとも違うんじゃないかな?」
俺は至って平然に答える。
「そう・・・・・まぁ、いい」
そう言い残した井野さんは二人と合流する。俺もそれ以上何も言わずただ三人についていった――――――




