122.佳恵子の答え
ピンポーン と―――――
本日二度目となるインターホンの音色が俺たちを現実へと引き戻す。
「優愛さん、また誰か呼んでたの?」
「ううん、私が呼んだのは2人だけだけど……お姉ちゃんは?」
「知らないわね。そもそもスマホを2階に忘れてきたわ」
いつの間にかリビングに戻ってきていた2人とも知らないとなると意図しない来訪者なのだろう。
俺は立ち上がりその者の動向を伺おうとすると金属音の後、鍵が開く音が聞こえてくる。
「2人とも~、一日遅れだけどケーキ買ってきたわよ~―――――ってあら……」
リビングの扉が開いて姿を現したのは優衣佳さんと優愛さんの叔母、佳恵子さんだった。そのケーキと思しき箱とドーナツ屋のロゴが描かれた箱が握られている姿に俺たちは少し脱力する。
「こ、こんにちは。……お久しぶりです」
「あら慎也くん、久しぶりねぇ! ……もっとも、2人に話を聞いてるから久しぶりって感じはしないんだけど」
「叔母さん!!」
優愛さんの抗議を受け流しながら俺へと近づいてくる佳恵子さん。今となっては何を話していたのかはある程度予想がつくがどこまで話していたのだろう……
「みんなで私のことをお出迎え……って雰囲気でもなさそうね。なに?来ること優衣佳ちゃんから聞いてないの?」
「えっ……」
その言葉に目を丸くする優衣佳さん。もしかして……
「昨晩メール送ったじゃない。珍しく返事来ないから不安だったけど、もしかして……」
「…………」
俺たちは一斉に優衣佳さんへ顔を向けるも彼女は明後日の方向に視線をそらされる。あ、これ見てないやつだ。
「……まぁいいわ。家に居てくれたしこれらを届けに来ただけだもの。 はい、優愛ちゃん」
「ありがと~! わぁ~!あの有名な…………ケーキ屋さんのだ~! こんなに貰っちゃっていいの!?」
ケーキを受け取った優愛さんは中を見ただけでどこの店かを特定する。けど惜しい!そこまでいくなら店名まで思い出してほしかった。
「それとドーナツね。 いい、優愛ちゃん。一応多めに買ってきたけどあんまり食べすぎないように!」
「はぁ~い……」
そう事前に釘を刺されるも彼女の目線は箱から離れない。これは何割食べるかが気になるところ。
「あんまり食べすぎると……だぁい好きな慎也くんに嫌われちゃうぞ~?」
「…………」
「……あれ? なに、この空気?」
あからさまにからかって言った様子だがその言葉に顔を赤くしてしまってうつむく優愛さん。佳恵子さんは静まり返った空間の中、地雷を踏んでしまったかのように周りを見渡し始める。
「……あのっ!叔母さん!」
「まって、優愛さん。 俺が言う」
意を決したように声に出した彼女を呼び止める。こういうときくらいは俺が頑張らなきゃ……
「……佳恵子さん」
「ん? どしたの?」
佳恵子さんは俺と向かい合う。果たして彼女は許してくれるのだろうか。いや、許されなくても決めた以上は行くしかない。
「あ……あの……お……俺……」
言葉にしようとするも口がうまく動かず声が出ない。
言ってしまえば後戻りはできないという恐怖心か、自身の身体だと言うのに口や手は震え、心臓は触ってもいないのにわかるほど高鳴っている。
「慎也くん……」
「慎君」
俺を呼びかける声に顔を向けるといつの間にか優衣佳さんと優愛さんは両脇に立ってくれていた。後ろには翔子さんと雫も。
4人がそれぞれ『頑張れ』と目で語りかけてくる。そんな彼女たちの姿を見ているといつの間にか手の震えも収まり、口も自由に動かせるようになっていた。
「佳恵子さん。俺たち、付き合うことになりました」
「…………まぁ! それはおめでとう! ……それで、誰と?」
彼女は一瞬笑顔を見せてくれたものの一転、困った様子で俺たちを見渡す。
佳恵子さんがそう聞き返して来るのも当然だろう。
「俺たち…………みんなとです。5人で付き合うことになりました」
「あ~そっかそっか、なるほどぉ……」
彼女は合点がいったような素振りを見せると同時に今度は優衣佳さんと優愛さんに視線を合わせた。
「優衣佳ちゃんに優愛ちゃんは、それでいいの?」
「はい、むしろそうじゃないと嫌です」
「わっ……私も!」
両脇にいる2人は力強く答える。
その2人の視線と交差させた佳恵子さんは一瞬真面目な顔を見せたと思ったらすぐに笑顔へと切り替える。
「ま、いいんじゃない?」
「ほぅ…………」
空気が緩むと同時に肺の中の空気が一気に外へと出ていった。いつの間にか息を止めていたのだろう、呼吸の素晴らしさを身を持って感じ取る。
「ねぇ叔母さん……私が言うのもアレだけど、軽くない?」
「まぁ……ね。 ねぇ慎也くん、私の職業だけど、聞いてる?」
佳恵子さんは優愛さんの問いに答える代わりに頭を撫でたと思ったら俺に問いかけてくる。それが何か関係あるのだろうか。たしか体育祭の時に聞いた話だと……
「雑誌の編集……って聞いてますけど」
「そう、正解!この仕事、やりがいはあるんだけどなかなか大変でね~。あっちこっちいろんな人の話聞くことになるのよ~」
そう肩を回しながら愚痴を吐き出す姿はさながら仕事に疲れ切ったサラリーマンのようだった。俺たちは黙ったまま次の言葉を待つ。
「で、いろんな人と会うのだけれど、まだ人生経験の少ない貴方達には想像もつかないような人も居るのよね。
実の親子で付き合ってるとか、男女の格好も仕草も逆転してるとか、女の子が沢山いるとか……ね」
「あっ……」
どこかから小さな声が上がる。そこまで言われて合点がいった。こんな突飛な組み合わせは俺たちしかいないと思っていたけど他にもいたのか。
「それで、その人達は……?」
「ん? だいぶ仲良くやってたわよ~。むしろ負担を分割してるぶん普通の家庭よりもいいんじゃないかしら?」
あっけらかんとした様子で佳恵子さんは教えてくれる。と、言い終わった途端に優衣佳さんと優愛さんの腕を引っ張って自身の胸に抱き込んだ。
「えっ……叔母さん?」
「突然どうしたの?」
「今まで一度も保護者らしいことしてあげられなかったから、かしら。 慎也くん、次はこの子達の生活費だけど、どこから出ているか知ってる?」
「えっ、えーっと……」
次の問いには言葉が詰まる。俺が一人暮らしのときはいつも仕送りしてもらってるから彼女たちに当てはめると……
「佳恵子さんが仕送りしてるのでは……」
「残念、ハズレ。この子達の親がだいぶ残してくれてね、節約すれば二人の一生分くらいは余裕でまかなえるんじゃない?」
「!?」
まさかのお金の出どころだった。お金もなんとかして家事等も自分たちでやっているとなると保護者の意味って……
「そ。保護者なんてものは実質ただの名義貸しみたいなものよ。私は2人を自立した人間として見てる。
だから2人がどんな道を選んでも見守りはすれども下手に叱ったりすることはないわ」
「それに慎也くんもいい子だしね」と補足してくれる佳恵子さん。そんな彼女は抱きしめていた力を緩めて2人と向かい合う。
「だから、その道が後悔しないのなら突き進みなさい。私は見守っているから」
「叔母さん……」
佳恵子さんは再度2人を抱きしめた後テーブルに置いていたカバンを持ち直した。
「それじゃ、車に旦那と赤ちゃんが待たせてるから行くわね…………あぁ、そうだ。慎也くん」
「は、はい!」
最後に呼ばれてついつい背筋がピンと伸びてしまった。最後に任されるのだろうか……任せてください。
「その腕の怪我……4人の誰にやられたのかしら? 女の子は怒らせるとこわ~いから気をつけたほうがいいわよ~」
「はい!……って、えっ!? これは……」
「お、叔母さん! 車に待たせてるんでしょ!ほら、急がないと!!」
居心地の悪くなった優愛さんが佳恵子さんの背中をリビングまで押していく。その反応は誰がやったかわかるんじゃないかな?
「それじゃ、今度は私の家にでも遊びに来てねぇ。よいお年をおぉぉぉぉ………」
押されるがままにフェードアウトしていくように出ていった……相変わらず嵐みたいな人だった……
「まったく……叔母さんってば……」
「優愛さん……」
「あっ……ごめんね、慎也くん。私、怒っても怖くないからね!」
任務を終えた優愛さんは疲れ切った表情でリビングへと戻ってくる。その返事はちょっとずれているような気もするが言わぬが花だろう。
「ま、まぁ、持ってきてくれたケーキ食べよ?」
「! そうだ、ケーキ!! お姉ちゃん、食べていい!?」
「……そうね。今日はめでたい日でもあるわけだし、しょうがないわね」
「わ~いっ!」
そうケーキとドーナツに突撃していく優愛さん。食べ物に目がなくってよかった。さて、俺も好きなものが取られる前に確保しないと……
「ねぇ、慎也くぅん……」
「!? えっと、何かな?優衣佳さん」
俺もケーキに近づこうとしたところで後ろから優衣佳さんに抱きとめられる。彼女の手が俺の頬に口に移動してつい寒気が……
「私たちと付き合うことが正式に決まったわけだし、この家に住まない?部屋も準備してるわよ?」
「えっと……その……俺もケーキ確保しないと!! ほら、優衣佳さんもいいの無くなっちゃうよ!」
「あっ! まったくもう…………まぁ、時間はいくらでもあるのだし、じっくり……じっくりと。ね」
俺はなんとか窮地を脱することができ優愛さんと同じくケーキに突撃していく。彼女が最後に残した言葉は聞こえないことにした―――――




