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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第4章

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120.一夜明け

 翌日。

 俺はまたもや優衣佳さんに呼び出されて彼女の家まで来ていた。


 昨日はあれから父もベランダでの話を蒸し返すことは一切なく、俺もその話を口にすることはなくなった。そうして一晩考えて出た結論は保留。

 今一人で考えても何もならないと判断したのだ。そうして朝を迎えたらスマホに一つのメッセージが目に入った。


『今日昼1時に来てほしい。鍵は空いてるから私の部屋に』


 原文ママ。いつものとおりだと話言葉なのだが今回はやけに無機質な文面だった。

 そうして昼食を摂って素直に従ったのが今の俺だ。指定時刻は過ぎているが本当に勝手に入っていいものかしばらく逡巡する。


「でも……入れって言ってるしな……。とりあえず鍵の確認を」


 門を通り、閉まっててくれと念じながらそっとドアノブに手をかけると――――扉が開くのに一切の引っかかりがなかった。鍵がされていない……


「えっと、じゃあ……おじゃましま~す」


 ここまで来たものは仕方ない。俺は家の中に入った時点で一つの違和感に気がつく。



 誰も居ない。

 いつもなら……いや、インターホンを押していない時点でいつもどおりじゃないが普段ならリビングで誰かしらの声が。少なくともモモが出迎えてくれるはずだ。

 けれど今日は何の音も無い。もはや無人の家のような静寂に包まれていた。




 たしか優衣佳さんの部屋に行くんだったな。

 鍵が開けられていた以上、俺は優衣佳さんを信じて階段を登っていく。


 2階に上がり閉じられた5つの扉の最奥……つまり優愛さんの部屋の隣がメッセージに記された彼女の部屋だ。

 扉の前で伺った感じ人の気配は感じ取れないがきっと中で彼女が待ってくれているはずだ。


 半年以上も一緒に居たもののいつもと違う事態に一抹の不安を覚えながら、俺は優衣佳さんの部屋に通じる扉をゆっくりと開いていく。






 ―――――そこは真っ暗だった。

 電気は消され、昼だと言うのにカーテンもしっかりと閉められて人が居るとは思えないほど真っ暗な部屋だ。

 一応、一寸先は闇というほどの暗闇ではなくカーテンの端から漏れる光で家具の輪郭程度なら把握できる。廊下の電気を点けてくればよかった。廊下も暗いせいで殆ど見えない。


「優衣佳さん? 来たけど……いる?」


 誰も居ないことを薄々感じ取りながらも暗闇の中部屋の中央まで行って声を出す。

 ほぼ連絡された時刻通りだが、きっと彼女にも用事があって入れ違いになってしまったのだろう。こういうときもある。

 それならば用意周到な彼女のことだ。リビングかどこかに書き置きでも残してくれているはずだ。




 そう自分の中で結論を得て振り返ったその時だった。

 俺の視界は突然揺れ動いて背中に衝撃を受ける


「…………へ? ―――――!?」


 暗闇のせいで自身が床に倒されているということを理解するのにいつもより数秒余計に時間を要してしまった。

 その隙……というのかは分からないが突然、俺の腹に衝撃が走る。



「あ~、えっと…………お邪魔します?」



 俺のを襲った衝撃の正体は優衣佳さんだった。

 状況から推測するに彼女は振り返った俺をベッドに倒して腹に馬乗りになっているようだ。


「……? 優衣佳さん?」

「…………」


 俺の言葉に彼女は反応を示さない。俺の顔に焦点を合わせている以上姿は認識しているはずなのだが、その表情からはなにも読み取れるものがなく意図も感情もわからない。


「その、時間ちょっと遅れてごめん。……怒ってる?」

「…………」


 またもや彼女は答えない。しかし闇に慣れた目で見えるようになってきたそのまぶたは一瞬揺れ動く。

 そんな動きと同時だった。ようやく少しだけれど表情を読み取れるようになった事に喜んだ俺は反応に遅れてしまう。彼女はのしかかるように身体を倒し、段々と俺との距離を近づけていき―――――



「つっ――――!」


 唐突に訪れた口の痛みについ舌打ちのような声が漏れ出る。

 それと同時に襲うのは血の味。舌で口内を探った結果どうやら唇を切ってしまったようだ。


「何を……」


 そうして見やるは十数センチほどの距離にある彼女の瞳。

 彼女は俺の腕を押さえつけた上で押し倒していて身動きを取ることができない。



「……きよ」

「えっ?」


 そのとても小さな声に俺は聞き返してしまう。


「好きよ……慎也君。貴方が好き」


 彼女は目を逸して俺の胸元に額をを乗せる。


「春から……いえ、4年前からずっと好き。貴方の声も、身体も、中身もすべてが好き。貴方がいれば何もいらないくらい好き」

「何……言って……4年前? どういうこと……?」


 突然の出来事に頭が回らない。4年前といえば小6だろうか、そんな昔から優衣佳さんを知っていた記憶はない。

 そう狼狽していると彼女は一つ息を吐いて俺の頬に手を添える。


「そう……これならどう? 『またお人形遊びしよう?慎君』」

「あっ―――――」


 瞬間。

 俺の脳裏に当時の事がフラッシュバックする。

 中学に入る前、公園で一人で遊んでいたから誘うといつしか毎日のように遊ぶようになった彼の存在を。あの時の髪型は短髪だったから『彼』だと思ったがまさか『彼女』だったとは。



「……ようやく思い出してくれたのね」


 あの時少年だと思っていた彼女は安心するように息を吐く。


「名前……知らなかった……女の子だったなんて……」


「えぇ。女だって知られたら慎くんが離れていってしまうかもしれなかったもの……でも……」


 彼女はそのまま俺の背中に手を回して抱きしめる。


「春に再開した時は驚いたわ。あの時の男の子がって…………それと同時に気づいた。貴方は私の事を覚えてないって」

「それは覚えてないんじゃなくって気づかなくって」


 あまりにも美人になっていたものだから……


「ううん、どちらでもいいわ。こうして側に居てくれたもの。…………でも」


 俺を抱きしめる力が強くなっていく。


「でも、あの子と……優愛と付き合うのね」


 彼女のものとは思えないほど低い声がその口から発せられる。

 優愛さんと……付き合う?そう言っていたのか?


「いや、俺たちは付き合っては―――」

「嘘よ。昨日キスしてたじゃない」


 ……なるほど、見られていたのか。たしかに出てくるタイミングが良すぎると思った。アレは2回目を阻止するために声をかけたのかもしれない。

 優衣佳さんは回していた手を開放して両手で俺の頬を包み込む。


「でも……貴方のファーストキスは私がもらうことができたわ……んっ…………これで貴方は4回目、私は3回目だけどこれから何度も、気にならないくらいするもの」


 その手が顔を包み込んだと思ったらまたもや唇を奪われる。その表情は恍惚としたものだった。


「優衣佳さん…………」

「なんでよ……!!」


 俺が名前を呼ぶと同時にその顔がうつむき悲痛な声に変わる。


「なんで……なんで私じゃなくて優愛なの……!?こんなに好きなのに……どうしたら私だけを見てくれる?」

「それは……」


 そのすがるような目に俺はただそらすことしかできなかった。


「私、何でもするわ?慎君が望むことならなんだって……今すぐ服を脱げと言えばそうするしここから飛び降りろって言われたらそうする。優愛になれって言われたら……頑張ってなるわ。だから……お願い……」

「……俺はそんなこと望んじゃいないよ」


 俺も開放された手を使って彼女を包むように抱きしめる。優衣佳さんはしばらく抵抗する素振りを見せるものの、次第に身体の力が抜けていくのを感じとった。


「……酷いわ……慎君……」

「…………」



「どうしてこんなに触れ合って居るのに、近くにいるのに、大好きなのに満たされないの…………ううん、わかってる。わかってるわ」

「優衣佳さん、だから俺は―――――」


 そう言いかけたところで手で制される。


「大丈夫。2人のセカイに私は邪魔だものね…………わかってるわ。慎君に愛してもらえないなら生きている意味ないもの。私の命はここまでだから安心して―――――」

「っ! お姉ちゃん!!」


 もうひとり、叫び声と同時に身体に衝撃が走る。


 優衣佳さんの言葉を止めたのは優愛さんだった。

 彼女は優衣佳さんに後ろから抱きついてその身を持って動かないようにしている。


「優愛さん……」

「優愛……なんで……散歩は……」


 優衣佳さんも彼女の登場は想定外のようだ。その瞳孔は開いている。


「モモが帰りたがって戻ったら2人がこんなことしてるんだもん……。お姉ちゃん……死ぬなんて言わないで!!」

「でも、慎也君に愛されないんじゃあ、私……」


「お姉ちゃん。私と慎也くんは付き合ってないよ?」

「えっ……」


 俺も言っていた事実に交互に顔を見る優衣佳さん。その事実にだんだんと優衣佳さんも落ち着きを取り戻していく。


「でも、だって昨日2人ともキスしてて……!」

「うん……そうだけど、でも慎也くんの答えはちょっと違うみたい。ねっ?」


 優愛さんは俺に目配せし昨日の言葉をもう一度言えと目で訴えてくる。あれ恥ずかしいんだけどな。


「えっと、優愛さんの事が好きだ。でも、それと同じくらい優衣佳さんも翔子さんも、雫のことが好き。誰が欠けてもダメだと思ってる」


 俺は昨日も声に出した、心からの本心を彼女に伝えた。


「そんな…………それじゃあ…………私のしたことって…………」


 昨日の全容を把握した優衣佳さんの体中の力が抜けていく。その手は床をつき、項垂れてしまう。


「ほとんど全部、お姉ちゃんの勘違い、かな?」

「それじゃあ……私、譲らなくていいの?慎也君のこと好きでいていいの……?」

「ううん、それは違うよ。優衣佳さん」


 俺の言葉に彼女は勢いよく顔を上げ、顔面蒼白になりながら目を見開く。


「そん……な……」

「その考えも違うよ、優衣佳さん。 ……俺は4人も同時に好きになってしまう、どうしようも無いほどのダメな男だ。それでも、俺の事を好きでいてくれる?」

「えっ……」


 優衣佳さんは俺の言葉を反芻しているのか動きが止まり、顔色が戻ったと思ったら目に涙を浮かべて一気距離を詰め、抱きしめられる。

 


「もちろん……もちろん!当然よ!! ……もう離さない!もう諦めないわ!!」

「…………ありがとう。優衣佳さん」


 俺は痛いくらい背中で彼女の愛情を実感しながらそっと抱きしめ返した。




 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「ねぇねぇ、慎也くん。これ見てくれないかな?」

「へっ?」


 どれだけの時が過ぎただろうか。お互いに抱きしめあっていると突然、部屋の電気が点けられて優愛さんに見せられるのは一枚の長方形の物体。俺は優衣佳さんを抱きしめながらそちらに顔を向ける。


「この男の子、どこかで見覚えないかな?」

「!?  優愛!待って!!それって……!」

「これって……俺?どうしてこんなところで……というか俺、これ撮った覚えが……」


 見せられたのは写真のようだ。それも撮った覚えがないのに俺が写っている写真が。


「ふっふ~ん! じゃあこれらは!?」

「優愛!待って!お願い!!」


 優衣佳さんは急いで俺から離れて優愛さんの手にある写真を奪おうとする。けれど彼女は軽やかな身のこなしでそれを躱して俺の手に。


「これも……これも、全部俺の写真だ……」

「あぁぁぁ…………」


 俺の手に渡ったと見るや項垂れる優衣佳さん。どうしてこれを……


「慎也くんの話を聞かないで勝手に暴走したバツだよ! あのね慎也くん、これはね―――――」

「ごめんなさい~!」


 そんな混乱している俺を差し置いて、初めて優衣佳さんの敗北が決定した昼下がりだった。

次回更新は2日後の31日です

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― 新着の感想 ―
[一言] 唇を切った原因がいまいち分からないのですが、叩かれたんですか? 文脈的にはキスだと思われますが、同時にキスでは切れないと思ったのですが…
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