119.闇夜の会話
「ただいま~」
自宅の扉を開いた俺は待ってくれているであろう面々に向けて声を発する。
あれから元気になった優愛さんと共にリビングに行くとそこには優衣佳さんが仁王立ちして待ち構えていた。
しかし彼女はそのまま叱るということはなく、優愛さんをギュッと抱きしめて何かを呟いたと思ったら俺の背中を押して強制帰還と相成った。
怪我人なのだから家で安静にということらしい。正直俺もアドレナリンが切れて壁にぶつけた腕が痛くて渡りに船だった。
「おかえり……」
「おかえりなさ~……い?」
その声が届いたのか翔子さんと雫はリビングから玄関まで迎えてくれた。けれど雫は段々と言葉が弱くなっていく。
「えっと、慎さん慎さん」
「何?雫」
彼女はそのまま俺のそばに近寄って周りに聞こえないようコッソリ耳打ちしてくる。
「優愛先輩どうしたんですか?なんだか私レベルまで慎さんに引っ付いているんですけど」
そう、向こうの家を出てから優愛さんといえばずっとこんな感じだ。俺の左腕を抱きしめたと思ったらたまに思い出したかのように腕へ頬ずりをしている。
「えっと……気にしないで貰えると嬉しいかな?……というか、雫は自覚あったんだね」
くっつきすぎっていう自覚が。
「え、もちろんじゃないですか。学校では他の方々より慎さんに触れ合える時間が短いんですからその分を補填しているんですよ」
「そ……そう……」
今まで拒否してこなかっただけに何も言えない。目的が済んだのか雫はそっと俺から離れた後、今度は翔子さんが正面に立つ。
「優愛は……大丈夫なの?」
「うん。ありがとね、翔子さん」
優衣佳さんからのメッセージを受け取った俺は家を出る前に2人に内容は伝えておいた。
あの時は俺も詳しくは知らなかったから彼女は今も委細まではわからないはずだが俺に引っ付いている優愛さんの緩みきった笑顔を見て軽く口角を上げていた。
「えへへへぇ……ありがとねぇ、雫ちゃんも翔子ちゃんもぉ……」
優愛さんもそう言って反応を示す。けれどその内容はどうも酔っ払っているかのように語尾が伸びている。
「いえ、安心しました。 でもある意味大丈夫じゃなさそうですね……」
「俺もそう思うよ……」
「お兄ちゃんおかえり~。……何してるの?朝ごはん冷めちゃうよ?」
俺と雫がため息をつくと同時にリビングから紗也が顔を出す。
時計を見るともう午前10時。そう言えば朝起きてから何も口にしてなかったな。言われると思いだしてお腹の音が鳴り出す。
「そうだった……ありがとね、紗也」
「あっ!ご飯!!」
……それ以上に反応したのは俺の左隣にいる人物だ。俺の上着に顔をうずめていたと思ったら今度は勢いよく上げて目を輝かせる。
「想像つくと思うけど優愛、昨日の夕方から何も食べてないのよ」
そう優衣佳さんが補足してくれる。つまり17時間ほど食べていない計算になるのか。
「紗也ちゃん!私もいいかな!?」
「うん!もちろん準備してるよ!」
「やったぁ!」
靴を脱いだ彼女は急かすように俺を引っ張って廊下を歩いていく。
この辺に食べ放題の店ってあったっけ……俺は半分引きずられるようになりながら昼食の事を考えていた。
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日がどっぷり沈んで幾ばくかの時が過ぎた。
俺は自宅のリビングとつながっているベランダから身体を預けるように夜景を無為に見下ろしている。
道を走る車をなんとなく目で追いかけながら今日の事を思い出す。
早朝から優愛さんの家で例の件があってからは昼食をジャンクフードで済まし、夜は予定通りみんなでパーティーとなった。ウチの家族に彼女たちの計8人と、思ったより大所帯になってしまったが、それを見越したように大量の食べ物が事前に準備されていて肩透かしなんてことにはならずにすんだ。
こうも先を見て準備してくれる母には頭が上がらない。
「…………あぁ~~!!なんてこと言っちゃったんだろ俺……恥ずかしい……」
そうして思い出すのは自身の言動。向こうの家で部屋を飛んで移動しようと思ったら盛大に失敗するわ自身を『ナイト』発言するわ。
そんな黒歴史確定の出来事を思い出すたび身悶えして叫びだしたくなる。
「けど……告白……しちゃったんだよな……」
そんな黒歴史と共に連想されるのは優愛さんの家での出来事。
「ホントにき……キス……夢じゃないよね?」
そっと手が伸びるのは自身の唇。
優衣佳さんの時のは一瞬すぎたしほとんど事故がきっかけだ。けれど今回はどちらともなく自然と触れたもの。今でも朝の感覚を鮮明に思い出せる。
「柔らかかったなぁ……」
男女の差というのは唇からして違うものなのだろうか。そこまで思い出して今の自分が耳まで真っ赤になっていることを自覚する。
「おっ、こんなとこに居たのか。慎也」
「うっひゃあ!!」
びっっくりしたぁ!
変な声が出てしまったじゃないか。振り向いてその声の発信源に目をやるとカーテンを捲っている父の姿が。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか……ん?どうした、顔真っ赤だぞ」
「何でもない。気にしないで」
色々とタイミングが悪かっただけだから。
「そうか? まぁいい。俺も隣に行っても?」
「うん」
父は俺の返事にお礼を言ってから俺の隣で一緒に夜景を見下ろす。7階だから高度もそんなになく夜景には程遠いかもしれないが。
「怪我、大丈夫か?」
「えっ? あぁ、うん。もう痛みも殆どないし大丈夫そう」
一日付き合っていれば痛みにもそこそこ慣れてきた。特に壁にぶつけた痛みなどどこにもない。この調子なら数日でお箸も持てるようになるかも。
「……今日は楽しかったな。あの子達もみんな慎也が選んだだけあって礼儀正しかったし」
「選んだって人聞きの悪い……でもうん。楽しかった」
今はもうパーティーも終わって彼女たちは全員家に帰宅した。さすがにみんなも両親がいる状況で泊まるなんて言い出すことも自重したようだ。
「特にずっと慎也に引っ付いてた……えっと……優愛さん、だったか?」
「うん」
「あの子とやけに距離近かったけど付き合うようになったのか?」
「それは…………」
どうなのだろう。
確かにお互いに想いを伝えたしキスもした。もう付き合ってると言っていいのだろうか。
そもそも付き合うとはどこから始まるのだろう。お互い告白して、みんな『付き合いましょう』って言って付き合っているのか?
それに想いを伝えたと言っても俺は全員を好きだと言って一人に限定できていない。
むしろ全員選ぶという選択肢もないことには無いが、それはそれで人として、それに何より彼女たちの思いはどうなのだろう。
「すまん。答えは出さなくていいぞ。まさかそんなに悩むことになるとは……」
「ごめん。まだ上手く伝えられなくて」
うんうん悩んでいると父が助け舟を出してくれた。父の顔を見ると謝りながらも笑顔を崩していない。
「まさか我が息子がこんなにモテるとはなぁ……俺なんて母さんにしかモテなかったのに……」
「何言ってるの」
そう言いながら涙を拭う姿を見せる父。さっき思い切り笑顔だったのわかってるんだから。
「いやいや……慎也も成長したんだなぁってな」
「そりゃあもう高校生だからね」
「そうか……高校生か……」
その言葉を最後にベランダに静寂が訪れる。俺たちは揃って何を言うわけでもなくただただリビングから町並みを眺めていた。
「………なぁ、慎也」
「ん?」
その静寂を破ったのは父だった。チラリと見えた顔は真剣な様子だ。
「慎也、人は何の為に生きると思う?」
「……いきなりだね」
普段は人生観とか哲学的なことを言わない父だからそんな言葉に内心驚く。お酒でも飲んだのだろうか。
「そう言うなって。で、どう思う?」
「う~ん……何のためって……月並みだけど誰かを愛するためとか?」
俺も真面目に答えを探してみる。どこかの物語でそんな言葉を聞いた気がする。
「うん。それも答えの一つだ。……けどな、父さんはこう思ってる。人が生きるのは『生かすため』って」
「……生かすため?」
どういうことだろう。父の方に顔を向けるも今度はその表情を伺えない。
「あぁ。人が生きるためには何が必要だと思う?」
「生きる……衣食住しか思いつかないな」
これも授業か何かで話していた気が。けれどこんな答えは求めていないと思うのだが……
「そう。100点だ。人が生きるには衣食住が欠かせない……」
「父さん、突然どうしたの?」
俺の問いに父はこちらを一瞬見るもすぐ視線を外す。その目はどこか遠くを見ているようだった。
「まぁ聞けって…………父さんな、母さんと出会うまで馬車馬のように働いてたんだ。寝ても覚めても仕事仕事仕事。その衣食住をより良いものにするためにな」
それは以前聞いたことがある。だからこそ今回海外出張に抜擢されたんだって母さんが自慢してた。
「けど母さんに出会って気がついた。俺は確かに生きてる。けれど心は死んでたんだ。そんな死んでた俺の心を生き返らせて、生かしてくれたのが母さんだ」
それに気づいてから俺は決めたよ。これからは母さんを生かして行こうって。もちろん慎也や紗也。お前たちも生かすために俺は行きてるって、父さんはそう思ってるよ」
父は一拍置いてから俺に向き直る。
「…………突然どうしたの?」
「わからないか? 慎也、彼女が何人居ても構わん。だから、お前は全員を生かしていける男になれ」
「!? なに……を……」
俺が何に悩んでいるのか見抜いているのだろうか。そんな動揺を知ってか知らずか、父は満足したように俺の肩を叩いてリビングに向かう。
「ま、それも相手方が許してくれたらな~。頑張れよ、慎也」
そうして残されるのは俺一人。
俺はただただ父が入っていった窓を見つめているしかなかった。




