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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第4章

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118.なりたてのナイト


「優愛さんが……?」


 俺は靴を脱ぐのも忘れてその場で優衣佳さんに聞き返す。あのいつも笑顔で場を明るくしてくれる優愛さんが……?


「優愛が昨日帰って部屋に入ったきり出てこないの……」


 どうやら聞き間違いではないようだ。それならばと、そうなった原因としてありえる可能性をリストアップしていく。


「えっと……優衣佳さんが知らないうちに出掛けたとかじゃなくって?」

「それはないわ。部屋の鍵は閉まったままだし、たまに声も聞こえるもの」


「それじゃあ、疲れ切って今まで眠ってるとか?」

「声が聞こえる時点でそれはないわ」


「なら、宿題に集中しきってるとか!」

「私が扉を叩いても反応しないから考えにくいわね。イヤホンもあの子宿題をやる時音楽を嫌うから」


 俺が今思いつく可能性はすべて否定された。


 いや、全てではない。最後、一番可能性が高く目をそらしていたものが一つだけ……



「俺が……優愛さんをかばって怪我したから」


 優衣佳さんは黙って首を縦に振る。

 やっぱりか。命に関わることでも無いのだし気にしない……というのは難しいだろうがそんなに引きずることもないのに。



「それで、俺が優愛さんの部屋に行って呼んで来ればいいんだよね?」

「……ええ。 話が早くて助かるわ。私じゃできなかったもの……まるで以前の優愛のように……お願い、できるかしら?」


 優衣佳さんは悔しそうに唇の端を噛む。以前というと俺と会う前……塞ぎ込んでいたと言っていた時だろう。


「任せて」


 俺が頷くのを見た彼女は困ったような不安なような……、今できる精一杯の笑顔を見せてくれた。







「―――ここか」


 俺は2階の部屋の前で一人つぶやく。プレートなどは無いが優衣佳さんに教わったとおりだとこの部屋の奥に優愛さんが居るはずだ。何か反応をしてくれることを信じて扉をノックする。


「優愛さん、俺だよ。慎也。今話せるかな?」



 しばらく返事を待つも何の応答もない。もしかして寝ているのだろうか。そんな不安が俺の頭をよぎったが聞いている事を信じて語りかける。


「メッセージでも言ったけど怪我は大したこと無いよ。ちょっと右手が動かしづらいけど生活するのに不便はなさそうだし心配しないで」


 そうは言ったが正直かなり不便な気がする。ペンとかお箸とかこの手だと使えないかもしれない。


 再度待ってみるもまたもや返事はなし。俺の中で不安が大きくなるが諦めず話を続ける。


「昨日はせっかくのパーティーだったのに台無しにしちゃってごめんね。俺が勝手に滑ってこけちゃったものだからさ。優愛さんが気にすることなんてなにもないよ」



「…………そんなこと、ない」

「!」


 ほんの僅かに、とても小さな声で危うく聞き逃すところだったが確かに優愛さんの声が聞こえた。俺は彼女に悟られないように小さくガッツポーズをする。


「ううん。あの時優愛さんは綺麗に尻もちつこうとしてたし、勝手に割り込んで勝手に怪我した俺の自滅だよ。それにほら、俺の腕って呪われてるって言われるくらいよく怪我するしさ」


 適当な軽口を言って場を和ませようとするもまたもや返事はない。



「…………優愛さん。もし本気でこの怪我が自分のせいって思ってるならそれはお門違いだよ」


「でも…………」


 彼女から否定の言葉が出てくるが俺は構わず続ける。


「俺も同じだから。もしあの時逆の立場で優愛さんが怪我してたら多分同じように俺も塞ぎ込んでたと思う。

 けどそうはならなかった。結果は優愛さんを助けることができて俺はころんだと。この結果に誰かを責めるつもりは無いしむしろ名誉あることだと思ってるよ。お姫様を守ったナイトの負傷だってね」


「……でも、私がきっかけで慎也くんを怪我させた事は変わらない。私のせい……私のせいで……」


 自責するように言葉を繰り返す優愛さん。きっと今までずっとそうやって自分を責めていたのだろう。寝てすらいないかもしれない。


「きっかけなんて、ほんの些細なことだよ。それなら組んでた腕を離した俺も悪いわけだし」


 何が原因で事が起こるかなんて誰もわからない。些細な事が積み重なって起こるものだ。そこに善悪など無い。




「……さっき、腕が呪われてるって言ったよね」

「えっ? う、うん……」


 しばらく無言の時が続いたが優愛さんから言葉が投げかけられる。たしかにそう言ったけど……


「私も、呪われてるんだ」

「……どういうこと?」


 優衣佳さんが呪われている?むしろ無縁の存在じゃあないだろうか?


「私が提案するから不幸な事が起こるんだ……。昨日も全部私の提案だし、それに……」


 その声は段々と力強くなり、涙混じりとなっていく。


「……それに、私が言い出さなければ……おばあちゃんの家に泊まりたいって言い出さなければお父さんもお母さんも死ななかったのに!」

「…………」


 彼女の心の叫びに俺は口を開けるも何を言うこともできない。


 彼女はずっとあの日のことを引きずっていたのだ。いや、克服する日なんて来ないかもしれない。俺には分からないがそれほどまでに辛い出来事だったのだから……




「あの日私が居さえすれば気づいて逃げられたかもしれないのに……ううん、むしろ、慎也くんにそんな怪我させるくらいなら私もいっそあの火事で――――――!!」


「優愛さん!!!」



 自分でも驚くほどの声量が出た。けれどそんな事気にして居られない。彼女と顔を合わせるためそのドアノブに手をかけるも案の定鍵がかかっていて開くことはない。それなら―――

 

「―――!」


 その時、彼女の部屋から雀の声が聞こえてきた。もしかしたら……


 これは一種の賭けだ。失敗したら大変な事になる上に優衣佳さんにも迷惑をかけるだろう。けれど今彼女が泣いている。今頑張らなくてどうするというのだ。


「すごい声したけど……大丈夫?」


 後ろからの声に振り返ると階段から心配そうな様子の優衣佳さんが現れる。ごめん、これからちょっと大丈夫じゃないことをします。


「えっ……慎也君どこへ?そっちは……って、え―――」




 俺は優愛さんの扉から一旦距離を置き、視線を隣の部屋へと定める。

 その部屋は以前俺が眠った部屋。2人は俺の部屋だと言い張るが俺自身認めてこなかった部屋。


 その部屋に入った俺は何を気にすることもなくズンズンと奥へ進んでいく。

 閉められたカーテンを開き窓を開ける。外からは雀の鳴き声が聞こえてくることを確認して自らの身体を乗り出した。


「ちょっと!何する気!? ただでさえ危険なのに今怪我してるのよ!!」


 階段から優衣佳さんの慌てた声が聞こえてくる。けれどもう決めたのだから遅い。俺は窓から更に身体を乗り出して落下防止の10センチほどの柵へと足をかける。


「―――行ってきます」

「慎也君!!」


 目指すは隣の部屋にある柵。

 その距離にして目算およそ1メートル。2階だし最悪落ちても死にはしないだろう。

 俺は自室の柵へと足を思い切り蹴り出すようにして――――――滑った。



「えっ…………」



 最悪だ。

 綺麗に蹴り出して隣の部屋にたどり着くと思ったらまさか滑るとは。きっと柵に付着していた結露のせいだ。

 そのまま真下に落ちてくれれば戻ることも叶ったのだが、不幸なことに滑りも中途半端なもので俺の身体は窓と窓のあいだへと放り出されていた。


「間に合え………っ!!」


 なんとかかろうじて飛距離があったおかげだろう。

 それでも腕を伸ばせば柵に届くかというところで俺は左手を必死に伸ばす。



「やった―――! …………!?……かっ……は!!」


 結果は―――成功。

 俺は見事柵を掴む事に成功するも振り子の要領でその身体は壁へと叩きつけられ怪我をした右腕に衝撃が走る。

 けれど痛みに負けて落下してしまうわけにはいかない。俺は必死に左手に力を込めて落ちないようにとしがみつく。



「…………! 慎也くん!!」


 直後、網戸を開ける音と共に窓から優愛さんが現れる。

 ずっと思いつめていたのだろう。きれいな髪はボサボサで目の下には隈ができている。


「やあ……カッコつけようとして失敗しちゃった」

「そんなこといいから! 早く登って!!」


 俺は彼女の手を借りながらなんとも情けなく優愛さんの部屋へと入室した。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 今、彼女の部屋は静寂に包まれている。

 当の優愛さんはキャスター付きの椅子に座り、俺は床に正座という状況だ。


 なんとも手持ち無沙汰になってきたので辺りを見渡してみる。

 鏡に机に本棚にタンス……至ってシンプルなものが多いが特筆すべきはそのベッドだろう。柑橘類があしらわれた布団の上にはタオルが多く乱雑に置かれていて、真ん中には大きな人形が鎮座していた。あれは確か俺がゲーセンで取った……


「慎也くん」

「はいっ!」


 突然呼ばれて思わず過剰な反応をしてしまった。見渡していたのがバレたのか!?


「どうして……あんなことしたの?」

「あんなことって……窓を飛んだこと?」

「うん……お姉ちゃんが私に言わなかったら大変だったんだよ?」


 やけに窓を開けるのが早いと思ったら優衣佳さんのおかげだったか。


「……どうしても、優愛さんに言いたいことがあってさ」

「言いたい……こと?」


 あの時は何を考えていたのだろう…………そうだ。





「俺は……優愛さんの事が好きだ」


「…………へ?」



 一番伝えたかった言葉を口にする。



「けど、同じくらい優衣佳さんも翔子さんも、雫も好きだ。誰もが欠けてもだめだと思ってる。こんな情けない言葉でごめん。だけど……」


 その膝に置かれていた手に両手を被せる。


「だけど……だから、『私もいっそ』なんて言わないで。俺は優愛さんに居なくなられると俺は生きる理由を見失うくらい、辛い……」

「慎也くん……」


 彼女はその大きな瞳からボロボロと涙を流しながらゆっくりと床へ膝立ちになる。俺もそれに合わせるように腰を上げ彼女をそっと抱きしめた。




「私も……私も慎也くんが大好き……!」

「うん」


「もう慎也くんが居なくなる未来なんて考えられない!ずっと慎也くんのそばにいる!」

「うん」



「だから――――」

「――――」



 その言葉で一息、抱きしめていた身体を離したかと思えば彼女の唇が俺の唇に――――


 それはお世辞にも上手とはいえないものだった。触れた途端、お互いの歯が当たってしまうもの。それでも…………



「ぷはぁ! 私はファーストキスだったけど、慎也くんは違うよね?」

「えっ……」


「体育祭の次の日……お姉ちゃんとキスしてたでしょ」

「あっ……!あれは事故で……!」


 あの日のことは鮮明に思い出せる。早朝から2人が俺の家に来た日、そして優愛さんと遊びに行く日。優衣佳さんと倒れ込んだ際、唇がほんの少し触れ合った事があった。まさか知られていたとは。


「ううん、事故でもわざとでもどっちでもいいよ。これからはずっと一緒だもんね!」

「優愛さん……」


 俺たちはもう一度そっと抱きしめ合う。そうして示し合わせたわけでもないのにお互いの目が合って顔が近づき……


「慎也君!大丈夫!?」

「「!!??」」


 突然、窓から優衣佳さんの声がして反射的に俺たちは離れあう。見ると彼女は窓の下から覗き込むようにしてこちらの様子を伺っていた。


「お姉ちゃん!?なんで!?どこから!?」

「慎也君が飛んだのだから心配するに決まってるじゃない。でも飛ぶことはできないからハシゴを使ったのよ」


 窓から下を覗き込むとたしかにハシゴをつかって上がってきたようだ。あーびっくりした。


「あ、ごめんね。もう大丈夫。鍵も開けるから……」

「そう……それならいいのよ。……詳しくは聞かないわ。 慎也君もありがとね」

「ううん、俺は何も……」


 根本的な解決には至らず勢いで押し切っただけだ。こんなの誇れるものではない。


「それでも、よ。私はハシゴを片付けてすぐ戻るから2人もリビングに……いえ、優愛は違うわね」

「?」


「優愛、自分の姿を鏡で見てみなさい? まずはお風呂入ってからリビング来ることね。 それじゃ」


 優衣佳さんがハシゴを降りていったタイミングで優愛さんは部屋にあった姿見に自身を映す。


「……!! えっ……こんな姿で……私……! ごめんねぇ!!」

「あっ!優愛さん!!」


 優愛さんは鍵を開けたと思ったらダッシュで部屋を出ていってしまう。


「いっちゃった……まぁ、俺もリビングに」

「慎也くん……」

「ん?」


 俺を呼ぶ声に誘われて目をやるとそこには出ていったハズの優愛さんが。


「これからも、よろしくね? 私のナイトさん?」

「っ!?」


 不意の言葉に口を手で覆った俺の姿を見た彼女は微笑み、今度こそ階段を駆け下りていく。

 後ろ姿を見送った俺は先程の言葉が恥ずかしくなると同時に、それでも胸の中が暖かくなるのを感じていた。


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