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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第4章

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117.事のはじまり


 雀のくぐもった声が俺の耳に飛び込んできて闇に落ちていた意識を徐々に引き上げていく。


 ふと閉じられたまぶたの向こうに光が差していることを感じ取り、ゆっくりと目を開けるとカーテンの隙間から明るい光が寝ぼけた俺の意識を更に刺激した。


 寝転んだまま慣れた手付きで手元のカーテンを開けると、凍えるような冷気とともに暖かな太陽の光が降り注ぐ。


 窓は結露でまみれており窓に触れた瞬間、手に巻かれている布に水が一気に染み込んでいく。


「やばっ」


 結露の冷気に襲われた反射で手を引っ込め、そこを見やると吸った水は少量のようで俺は一息つく。これくらいならば放っておけば乾くだろう。

 今度は手を濡らさないよう気をつけて窓を開ける。


 瞬間。冬特有の冷たい空気が俺の身体を襲った。

 けれど太陽の光もあってか凍えるほどの寒さは感じない。それどころか籠もった雀の音が鮮明に聞こえてきて穏やかな気分にさせた。



 今日もいい天気だ。こんな日にはどこか太陽の下でノンビリとピクニックとかしてみたい。近いうちにみんなを誘って見るものいいだろう。まだ気が早いと言われるかもしれないが、もう少し待てば桜も咲くしお花見という手もある。


 そんな心穏やかな気持ちで今日の朝を迎えられた日。

 これからどうしようか悩んでいるところで唐突なインターホンの音を耳にする。どうせ母が対応してくれるだろう。実家ぐらし最高。


 窓を閉め、今日のすべてを家族に任せた上で二度寝の構えに入った瞬間。玄関が開く音の後、廊下をバタバタと駆けていく音が響いたと思ったら勢いよく部屋の扉が開かれる。



「慎さん!大怪我したって本当ですか!?」


「慎也くん! 大丈夫!?」


 その姿は昨日こそ見なかったものの殆ど毎日のように顔を合わせている翔子さんに雫だった。2人は相当急いでいたようで肩で息をしている。


「二人ともおはよう。よく来てくれたね」

「あ、はい。おはようございます……じゃなくって!!」


 いつもの挨拶につられかけたがすぐ憤慨する雫。挨拶は大事だというのに。


「怪我の様子は?」


 一足先に息を整えた翔子さんは俺の身体をマジマジと見渡す。けれどその身体はほぼ布団に覆われていて様子はわからないだろう。


「平気だよ。なんだっけ……とうこつえん…………とりあえず手首の骨折程度だし、1ヶ月ちょっとで治りそうだから」


 俺は布団から右手を出してプラプラと2人に見せる。

 最近の医学は進歩したもので手術すればギプスすら必要ないらしいが丁重にお断りした。入院している間に年越しなんて嫌だしね。


「痛そうです……」

「見た目だけ。今はあんまり痛くないから平気だよ」


 言われてみれば確かに見た目は酷いかもしれない。肘から手のひらにかけて包帯が何重にも巻かれていて手首が全く動かせそうにない。

 けれど幸いな事に仰々しいのは見た目だけで、患部は腫れているようにしか見えず打撲だと勘違いしたほどだ。


「骨折が程度って……昨日何があったの?」

「あれ?聞いてないの?」

「誰に?」


 優衣佳さんか優愛さんから聞いていると思ったが違うようだ。となると昨晩遅くに俺が送った『怪我した』との文面しか知らなかったのだろう。それは確かに心配する。


「そうだね……どこから話そうかな―――」



 俺は床に座った2人に昨日の……24日のあらましを説明する。

 こけて手首をやったこと。その後虚勢を張りつつ脂汗を垂らしながら家に帰ったはいいが、即紗也にバレて病院送りにされたこと。


 纏めてみたら随分と簡潔にまとまった。ちなみにコケた理由は勝手に滑ったことにした。本当のことを教えたところで何も変わらないだろう。




「はえ~……本当に痛くないんですか?」

「うん、怪我直後に比べたら全然ね。雫も気をつけなよ?地面が滑るって怖いことだから」

「そんな状態の慎さんを見たら気をつけるに決まってるじゃないですか……」


 雫は痛々しい顔で恐る恐る患部に手をかざす。触れたくても触れられない、それが彼女もわかっているようでもどかしくなってしまう。


「日常生活に不便は?」

「ん~、どうだろ。 昨日は病院から帰ってすぐ寝ちゃったからわからないけど、さすがに利き腕だからねぇ……」


 翔子さんの視線につられて俺も患部に目をやり動かそうとしてみる。しかし思うように動かすことはかなわない。

 できるだけ動かしたほうがいいと言われたがどうにも今は難しそうだ。



 俺が手首の動きに難儀していると不意に雫が立ち上がってこちらを見下ろしてくる。


「それなら私が―――!」

「まった。雫よりずっと生徒会で支え合ってきた私がいい」

「なんでですか~! 私だってそれ以上にずっとマネージャーとして支えてきたんですからね!」

「むっ……」


「2人ともなんの話してるの……?」


 何やら両者とも述語の無い会話を繰り広げた後、しまいにはにらみ合いを始めた。なんだというのだ。

 しばらくその様子を眺めているとノックの音と同時に紗也までもが俺の部屋に。


「お兄ちゃんは……起きてるよね。 2人ともごめんね?こんなにピンピンしてるのに心配かけちゃって」

「い、いえ!気にしないでください! 昨日会えなかったぶん今日朝早く会えて役得でもありますし!」

「ん。 この目で確認することに意味がある」


 多様な返事をする2人。雫、ちょっと欲望漏れてるよ?



「そっか……それなら今日の夜一緒に食べない!? 昨日パーティの予定だったけどこの有様で結局ご馳走食べられなくって残ってるんだ!」

「えっ……いいんですか?」

「もちろん!!」


 紗也が朝早くから今夜のお誘いをしてくる。昨夜パーティーする予定だったのに俺の怪我でお流れになっちゃったからな……2人が増えたら紗也ももっと楽しめるだろう。


「やったぁ! もちろん優衣佳お姉ちゃんと優愛お姉ちゃんも一緒だよね!?お兄ちゃん!」

「ん……あぁ。もちろん!」


 反射的に了承してしまったがどうだろう。

 昨日は病院行く時に2人は家に帰ってもらってから会っていない。


 何か通知は来ていないだろうか。枕元に置いてあったスマホを左手で四苦八苦しながら操作する。一応深夜にメッセージを送っておいたがもう見てくれているといいんだけど……。


「――――――」

「慎也くん?」

「どうしたんです?慎さん」


 俺が食い入るようにスマホを見つめていたからだろうか。2人は覗き込むように俺の表情を伺う。


「―――ごめん。俺、これから2人の家に行ってくるよ」

「今から!?そんな怪我してるのにですか!? ならもちろん私たちも……」


 雫は当然かのように同行すると言ってくれる。けれど俺はその言葉を被せるように言葉をつないだ。


「2人は家で紗也と遊んでくれないかな?」

「でも―――」


 俺の言葉に彼女は異を唱えようとする。俺も怪我人が一人で出かけるとなったら止めるだろう。

 どう説得しようか頭を悩ましていると翔子さんの手が雫の肩に置かれる。


「わかった。私たちはこの家で待ってる。 紗也ちゃん、いい?」

「えっ……うん。もちろん……」


 俺の言葉に素直に従ってくれる翔子さん。彼女はどこまで察してくれたのだろう。


「ありがと。…………えっと、それじゃあ重ねてお願いしたいんだけど……」

「はい……なんでも」


 彼女たちは続きの言葉を発する様をじっと見守る。


「悪いんだけど着替えるからリビングに行ってもらえないかな?」

「えっ……あっ!ごめんなさい!」

「そうだったそうだった。頑張ってねぇお兄ちゃん~」


 俺の言葉に少しポカンとした表情を見せた雫はすぐ顔を赤くして逃げるように部屋を出ていく。紗也は雫を追いかけるようにしてゆっくりと部屋を後にした。


「ふぅ…………」

「ん。 目の前で着替えてもらっても構わない。むしろ見せて」

「……翔子さんも!!」





 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 マンションのエントランスを出てから5分程の位置に彼女の家はある。

 この5分、という距離が絶妙で遠くも近くもない。良く言えば程よい距離、悪く言えば微妙に遠い距離という位置に俺たちの家は配置されている。


 俺はそんな道中を一人で歩きながら出る時に雫に言われた言葉を思い出す。


「慎さんってよく腕怪我しますよね―――」


 言われてみればそのとおりだ。

 ざっと思い出すだけでもこれで3度目……モモに噛まれ、林間学校で滑って、そして今回。1年の間でこれだけ怪我をするともう慣れたものだ。

 けれど雫の言う通り呪われているかもしれない、今度お祓いにでもいこうか……


「っと、着いた」


 そんな事を考えているともう彼女たちの家に着いてしまった。

 そのまま慣れた手付きで……は無理だ。左手で設置されたインターホンを押下する。もう何度この家にも来たのだろうか。もう数え切れないくらいお邪魔しているな……


「いらっしゃい慎也君。怪我してるのにごめんなさい……」


 家に呼び出し音が鳴り響いてから1分とたたず優衣佳さんが出迎えてくれた。その奥にはモモがジャンプしながら俺の来訪を歓迎している。


「ううん。メッセージには驚いたけど何があったの?」


 彼女からのメッセージを要約すると『優愛さんが大変なことになってるから来てほしい』とのこと。

 いつもとは違う、かなり抽象的な連絡にも驚いたが昨日のことがあった手前、何かがあると判断し大急ぎで飛んできたわけだ。



「そうね……どこから話そうかしら……」


 迎え入れられた玄関での彼女の切り出し方はさっきまでの俺と酷似していた。違う部分はだいぶ疲れているように見えることだろうか。身なりはキチンと整えられても醸し出される雰囲気はだいぶ疲労が溜まっているようだ。


「まだ一晩しか経ってないのだから早とちりといえばそれまでなのだけれど……」


 言葉を探すようにポツリポツリと言葉を零す優衣佳さん。そんな彼女を励ますかのようにモモは足元で優衣佳さんに引っ付いている。


「優愛が……優愛が引きこもって出てこなくなったの―――――」


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