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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第4章

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110.風邪にはどんな食べ物がいいものか


「……ちゃん、これ………どう?」

「いい…………でも………する」



 何やら人の話し声と、鼻孔をくすぐるいい香りによって俺は深い眠りの世界から徐々に浮上していく。


 テレビ付けっぱなしのまま寝ちゃってたっけ。 今何時だろう。

 まだ8割以上意識が定まらない中いつもの場所……枕の横に置いてあるスマホへと手を伸ばす。

 しかしその手は枕の横に伸びること無くその手前で謎の柔らかい壁に阻まれた。



 いつの間にか壁際まで移動してしまったかな……。

 そう不思議に思いながらもそれならばと右手で左側に手を伸ばすすその手は壁に阻まれることもなかく、ホッと一息つきそこにあるはずのスマホに触れようとする…………も今度はその手が地に着くことはなく、本来床がある場所が空を切り、その勢いのまま俺は身体ごと引っ張られるように浮遊感を得てしまい―――



「!?…………!?!?」


 ドタン!

 と勢いのいい音を立ててフローリングの横へと落下してしまった。

 どういうことだ。確かにいつものベッドの片側は壁に面しているがもう反対側は平均的なシングルベッドの横幅があったはず。

 不思議に思いながら俺はなんとか目を開けるとそこにはベッドとは到底言えぬクリーム色の巨大な物体が。


 いや、この色と大きさには見覚えがある。たしかリビングにあるソファーだったはずだ。

 つまり俺はいつの間にかソファーで眠り込んでいたわけか。それならばあの狭すぎる横幅にも納得がいく。


 けれど一つだけ不思議なことが。落ちる際一瞬目に入ったテレビは電源が着いていなかった。ならさっきの話し声は一体……




「慎也くん大丈夫!?」

「ん……え…………?」


 様々なショックに混乱していると聞き慣れた声が足音とともに近づいてくる。その音がやみ、布が擦れる音が聞こえたと思ったら頭になにやら柔らかな感触がまだ意識の定まらない俺を襲う。


「ソファーから落ちたんだね……突然おっきな音がしたからビックリしたよ~!」

「優愛……さん?」


 ソファーの方を向いていた頭を上に向けると彼女が俺を見下ろしてくる。


「うんっ。おはよ、慎也君。 風邪大丈夫?」

「………えっ、なんっ……どうして!?!?」

「きゃっ!」


 俺はそこにいるはずのない人物がいるという事実に驚愕し、彼女から距離を取るようにソファーの上まで移動する。

 ……たしかに、見まごうことなく優愛さんだ。彼女は膝枕をしてくれていたようで俺が寝ていた地点で正座をしたまま目を見開いている。



「どうして優愛さんが……もしかして鍵閉め忘れてた!?」


 自分でも驚くほど狼狽える。いや、そんな初歩的なミスをするわけない。朝鍵が閉まっていることをこの目で確認したのを覚えている。それから一度も扉に近づいていないから開けるなんてあるはずがない。


「ならどうし―――あっ……」

「慎也くん!?」


 ソファーの上でしゃがんだまま原因調査に意識を割きすぎた。疑問を声に出した瞬間、ふと貧血のようなめまいをおこしてまた床への距離が近くなり―――



「いっ………たくない?」


 俺の目の前に床が迫ってきたのにも関わらずその体には衝撃が訪れない。むしろ何やら柔らかいものに包まれているような……


「あたた……怪我はない?」

「うっ、うん…………ってもしかして……」


 その声の発信源は俺のすぐ耳元から。目が覚めてからこっち、様々なことが立て続けに起こってようやく完全覚醒した俺の脳は何があったかを把握する。どうやらソファーから倒れそうになった俺を彼女は体を張って助けてくれたようだ。その証拠に俺の背中には2つの腕が回されていて抱きしめられている感触が。


「よかったぁ。 ごめんね。びっくりさせちゃって」

「俺こそごめん……優愛さんこそ、怪我は?」


 俺の耳元で彼女の声がダイレクトに聞こえる。なんだかむず痒い。


「んっ……だ、大丈夫だよ。風邪……大丈夫かな?」

「うん、もう大体は大丈夫かも。 もしかして看病しに来てくれたの?」

「っ……そ、そっかぁ……よかったぁ。 じゃあさ、食欲はある?」

「あるけど……」


 何か俺が口を出すたび彼女の肩が跳ねるのを感じる。なんだが楽しくなってきた。


「そ……それじゃあ!これから一緒に―――」

「なに、してるの……?」

「「あっ…………」」


 彼女の明るい笑みを取り戻した声が出ると同時に上から振ってくるはまた別の声。


 そこには抱き合ったまま床に倒れている俺たちを見下ろすように、冷たい目をしている翔子さんの姿があった―――。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「………………」


 変な空気になったまま机を囲むのはいつものメンバーである5人。

 その机の上にはグツグツと煮だった土鍋が。その中身を見るにどうやら豚ニラ鍋のようだ。風邪の俺を慮ってのメニューだろうか。


 あれから翔子さんの号令により一瞬にして距離を取った俺たちはキッチンからやって来た優衣佳さんと雫と共に椅子へと着席した。案の定俺は4人とは少し距離のある位置……いわゆるお誕生日席へ。


「それで……」

「……はい」


 そんな無言の時を支配するかのように切り出したのは優衣佳さんだ。彼女は煮だった鍋を目にしながら腕を組んで声を発する。


「なんで私たちが料理を作っている間に2人は抱きしめ合ってたのかしら?」


 その声は平坦なものだった。何の抑揚もなく何の感情も読み取れない。


「それは……」

「それは慎也くんがソファーから落ちそうだったのをとっさに助けた時に……その……えっと……」


 俺の代わりに事情を説明してくれる優愛さん。けれど段々と声が小さくなっていってしまう。



「………………ふぅ」


 優愛さんの説明を耳にした優愛さんはしばらく無言で咀嚼したあと、一つため息をついて張り詰めていた空気が弛緩する。


「そんなことだろうと思ってたわ。風邪にかこつけて慎也君の理性がついに無くなったのかとも思ったけど」

「俺はそんなことしないよ!?」


「ええ。慎也君のヘタレは理性が無くなったところで変わらないものね」

「…………」


 否定しても否定しなくても地獄だよそれ。


「―――――冗談よ。2割だけ」

「2割!?」


 ほとんど本気じゃん!


「ともかく、慎也君になんともなくてよかったわ。もう大丈夫なのよね?」

「うん……食欲もあるし……」


 目の前にある鍋が目に入る。今の時刻は19時、お昼を食べてずっと寝ていたからお腹が空いてたまらない。体も随分楽になったし今すぐ箸を伸ばしたい。



「そうですよ~。ずっとお鍋前にしておなかすきました~」


 雫も同じ気持ちのようで優衣佳さんに抗議してくる。いいね、もっと言って。



「それもそうね……慎也君も食べられそうだし食べちゃいましょ」


 雫が「わーい!」と声を上げて鍋に箸を伸ばしていく。俺もようやく食べられる。 あれ?そう言えば……


「ねぇ優衣佳さん」

「なにかしら?」


 食べる前に一つ聞きたいことがあった。彼女は聞きながらも小皿に野菜を乗せていく。


「なんでみんなは鍵の閉まってる俺の家に入れたの?」


「――――――」



 瞬間――――

 空間の時が止まった気がした。

 優衣佳さんは食べようとしていた野菜が落ちて再び小皿に。優愛さんはつけダレを小皿に入れたまま。翔子さんは箸に手を伸ばしたまま。雫は口いっぱいに食べ物が入ったまま。


「俺、変なこと言った?」


「…………さ、みんな。食べ始めましょ」

「そうだね~」

「ん」

「ですね~」


「…………あれ!?俺の質問は!?」


 彼女たちはそれから一度もその質問に答えること無く鍋をつつき始めるのであった。

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