108.お小遣いの危機
「慎さん慎さん! たすけてくださいよ~!!」
文化祭も終了し、後は期末試験と終業式のみを控えた11月の下旬。今日も1日が終わって生徒達が帰り始めたところでバタバタと何者かが走ってくる音の後、教室の扉が勢いよく開かれた。
「雫さん……他に生徒もいるのだからもう少し静かにできないかしら?」
「雫ちゃんやっほ~! どう?お菓子食べない?」
俺の斜め後ろから呆れたような声が聞こえてきた。見ると優衣佳さんが帰り支度をしながらうるさかったのか片耳を塞いでおり、俺の隣の優愛さんはホームルームが終わって早々お菓子の袋を開けているようだ。
「あ、ごめんなさい! お菓子いただきます!」
雫も差し出されたお菓子の袋を一つまみする。今日のお菓子はチョコクッキーのようだ。個包装されていたのを丁寧に切り取って口に入れる。
「ん~!おいし~! やっぱり優愛先輩はお菓子を見る目がありますね~!」
「でしょ~! それ新作なんだけどパッケージ見た瞬間ビビッ!と来たんだぁ。これ絶対美味しい!って!!」
そう言いながら優愛さんは複数取り出し、俺たちにも分けてくれる。あ、たしかに美味しい。
「でも最近、お小遣いが無くなってきたって嘆いてたのよね」
「んっ!! ……それ言わないでよお姉ちゃん~!」
美味しそうに食べる優愛さんを自重させようとするのは姉の優衣佳さんだ。
「完全に無くなっても私は貸さないわよ?」
「え~! あと一ヶ月でお年玉入るんだからせめてそれまで~!!」
さすがに毎日お菓子を口にしてるからかもう優愛さんの手持ちが不安のようだ。体重とかじゃなくてお金を気にする辺り優愛さんらしいというかなんというか…………
けれどお小遣いなくすまではマズイだろう。計画して使わないと。
「ダメよ。お小遣い無くなってから私たちとお茶してる時、一人だけお冷なんてならないといいわね」
「そんなの寂しすぎるよぉ…………お姉ちゃんは作れるからいいよね。最近毎日お菓子作りの本読んでるし……」
「えっ……。 ゆ……優愛……なんで知って……?」
優愛さんのつぶやきに優衣佳さんがうろたえる。
お?どうやら風向きが変わったようなな雰囲気……
「だって毎日独り言聞こえてくるもん。『これは慎也君好きそうかしら』とか、『これなら食べさせ合いっこできそうね……』とか!」
「……俺、優衣佳さんにお菓子作ってもらったことないけど……」
その情報は初耳だ。料理を食べたことは幾度もあるがお菓子は記憶がない。文化祭前のプリンは試食だからノーカン。
「だって実際には作ってないみたい。 いっつも作ろうとして妄想にふけって寝―――――ムグ~!」
「優愛……! わかったわ! お小遣い貸してあげる!むしろ返さなくてもいいから!!」
最後までいい切る前に優愛さんの口を優衣佳さんが塞いだようだ。けれどもうほぼほぼ全部聞いたような気もする。
「優衣佳先輩……どうしてそこで作らないんですか……」
「いいじゃない……!そうやって寝るのがルーチンワークになってるのよ……それに……」
「それに?」
「作ったらほとんど優愛に食べられちゃうじゃない……」
「「あぁ……」」
優衣佳さんの答えに俺と雫は同時に息を吐く。それは確かに食べられそうだ。
そうしていると塞がれていた手から逃れた優愛さんが抗議してくる。
「え~! 私そんなことしないよ~!」
「それじゃあ先週、作っておいたおかずをつまみ食いして夕飯の分無くなったのは誰だったかしら?」
「ううっ……!」
つまりその日の優愛さんは白米だけ!?
「それに1週間分のオヤツを1日で食べきったこともあったわね」
「うぅ……うわ~ん!慎也く~ん!」
「はいはい……よしよし」
俺の懐に抱きついてくる優愛さんを優しく受け止める。
一瞬、珍しく優愛さんの勝利かと思ったがやっぱりいつものパターンだった。優衣佳さん強し。
「そんなに食べる優愛先輩の食欲も凄いですが体型が崩れないのはもっと凄いですよね。思いません?会長さん」
「ん、ギルティ。 でも、雫……」
「はい?」
雫に話を振られた翔子さんは俯瞰して見てくれていたようで言葉を続ける。
「慌てて来た目的、助けてって何?」
「へ…………あぁ!そうでした!!」
どうやら雫はここに来た目的をすっかり忘れていたようだ。俺も忘れていたが秘密にしておこう。
「慎さん!これ見てくださいよぉ!!」
そうバッグから取り出されたのは一枚の紙。
「これは……進路調査票?何か迷う事ある?」
何故雫はこんな物が大変なのだろう。
中学時代にこれを渡されてもほとんどの生徒は迷うこと無く提出することができるのだ。それもそのはず、うちの生徒は9割方同校へ進学するから。精々迷う人は残り一割の外進組か、国際科か普通科のどちらか程度だろう。
「雫さんは私たちの後輩に……科学コースへ来ないのかしら?」
「そんなことないですよ!ちゃんと書きました!」
優衣佳さんの問いに自信満々に答える雫。よく見るとたしかに用紙には『科学コース』の文字が。なら問題は何一つないと思うのだが。
「じゃあ何が大変なの?」
「そうです……先輩方、期末試験のために勉強教えて下さい!!」
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日は変わって週末。試験開始を1週間前に控えた俺たちは一同いつもの場所……優衣佳さんらの家に集合していた。
それぞれの手には勉強道具、更に雫の手には今までのテストが握られていた。
「さて、全員集まったようだし始めましょうかね……雫さん、過去のテスト見せてもらえる?」
「はい!どうぞ!!」
優衣佳さんの号令によって雫がキビキビと動き出す。優愛さんと翔子さんは既に自分たちの勉強を開始していた。
優衣佳さんは雫に手渡されたものを一枚ずつ目を通していき、俺は彼女が読み終わったものに手を出していった。
「…………わかったわ。 雫さん、普通に成績いいじゃない。どうしてこれで勉強教えてなんて頼んだのかしら?」
全教科分の実力を把握した優衣佳さんは訝しげな顔をする。たしかにテスト結果に目を通すとたしかに悪くないものだった。平均は70点ほど。これならよっぽど授業態度が悪くなければ科学コースの芽は十分ある。
「確かに平均よりは上を取ってますし授業態度にも自信があります……でも、微妙過ぎるんですよ!これならもっと余裕持って大手を振って進学したいです!!」
「おぉ……」
雫の説明に俺は感心して息が漏れる。現状に甘えず向上心を持つ、半分惰性で勉強してきている俺にとっては眩しい言葉だ。
「それに……」
「それに?」
「それに、慎さんが成績いいんですから永久マネージャーである私もある程度はなければダメじゃないですか!」
ん?
「先輩のほうは成績いいのに後輩のほうは平均70点の女って後ろ指刺されたくありません!!」
んんん?それは被害妄想すぎない? けれど勉強する意思は強いみたいでそれを口にすることはできない。
「まぁ……いいわ。それじゃあ私達みんなで今日一日ミッチリ教えていくから覚悟して頂戴」
「はい!お願いします!!」
優衣佳さんも何やら突っ込みたかった様子だがそれを飲み込んだようで、俺たちの期末試験対策勉強会が始まった。
やはり――――と言っては失礼だが彼女たちの教え方は見事なものだった。
優衣佳さんは性格や過去のテストから苦手分野を割り出し、翔子さんが底を重点的に解き方から教えるという万全の体勢を敷いていた。
もはや俺の出る幕がない。ほぼほぼ家と同じように勉強をしているだけだ。そして同じように出る幕がなく俺の膝で泣いている人物がここに一人………
「うぅ……ぐすっ………」
そう、優愛さんだ。彼女も勉強会の輪に入るため雫に教えたい!と言いだした。一応優愛さんは勉強せずに優衣佳さんよりもいい点数を取っているのだ。それを期待して俺たち3人も彼女に指導を託したがそれはもう酷いものだった……
まず優愛さんは何を言っているのかわからない。一応日本語ということは理解できるのだが、その内容が擬音語だらけで何の参考にもならないのが問題だ。更には暗記科目になったら『ここからここまで全部覚えて!』ですべてが終了してしまう。これが天才というものか……
「優愛さん……人には向き不向きがあるから仕方ないよ……」
「うぅぅぅ………」
そうして戦力外通告を出されて泣きつかれているのが今の彼女だ。
「ほら、お菓子持ってきたけど食べる?」
「ぅん、食べるぅ……」
それでもお菓子は食べるのね……
「なるほどぉ!そう考えるんですね!」
「えぇ。筋がいいじゃない」
そうしている間にもメキメキと力をつけていく雫。それと反比例するように落ち込んでいく優愛さん。
「ほら、優愛さんには優愛さんなりのいいとこがあるから!」
「グスン……どんなとこぉ?」
涙目になっている優愛さんを見て俺は足りない頭を必死に回転させる。
「えっと……よく食べるとことか、甘えてくるのが可愛いとことか!」
「そう……? 私慎也くんに甘えていいの……?」
「う……うん!」
あれ?なんだかいけない方向にいった気がする。
「えへへ……そっかぁ……可愛いかぁ………え~いっ!!」
「わっ! ちょっといきなり!?」
しばらく俺の膝に顎を乗せていた優愛さんは何を思ったのか突然俺の首元に抱きついてきた。
「えへへぇ……それならもっと甘えちゃうもんね~!」
「あぁ!優愛先輩何してるんですかぁ!! 私も!!」
俺に頬ずりする優愛さんを目撃した雫は教えられているのを放り投げて俺の元へと飛び込んできた。
(あぁ……結局こうなっちゃうのね…………)
俺は倒れゆく椅子をスローモーションで感じ取りながら2人を抱えて地面へ落ちていった。
次回投稿は2日後の16日となります。




