106.商売敵
「お、前坂。 来てくれたんだな」
「来てくれって言われたしね」
あれからメッセージを確認したが本当に帰ったらしいエレナに適当な返信をして、俺は翔子さんと共に朝の元クラスメイトを訪れていた。
「まさかホントに来るとは思わなかったけどな……さ、ここまで来たからには帰さないぞ! らっしゃい!二名様ご案内!!」
「いらっしゃーい!」
彼の案内に従って教室に入るとそこは無機質ながらも一目でカフェとわかる様相となっていた。
レンタルしたであろうショーケースの中にはパンケーキやチョコケーキなど様々なケーキが並べられ、4人がけにした机はそこそこの人数が埋まっているようだった。俺たちも空いていた机に2人で腰掛け置かれていたメニューに目を通す。
「………よし、俺は決まったけど翔子さんはどう?」
「ん、決まった」
「了解…………すみませ~ん!」
俺は教室内を慌ただしく歩き回っている女生徒に声をかける。自クラスでもカフェをやっているのに相手の利益になるとか考えてはいけない。敵情視察というやつだ。
「は~いっ! あ、前坂くんじゃ~ん! いらっしゃい、何にするの?」
「えっと、チーズケーキと…………」
やって来たのは朝にも話しかけられた子だった。彼女とも中学時代ほんの少しだけ話した事がある。けれど翔子さんの手前、無駄口は叩かないよう二人分のオーダーをする。
「りょ~かいっ!………あ!ねぇねぇ、このオーダーも通して貰っていいかな?私ちょっとやることがあってぇ」
「え……別にいいけど……」
オーダーを受け付けた彼女は忙しいのか近くを通りかかったクラスメイトらしき人物にオーダー表をお願いしたようだ。俺たちが来てから少しづつ客も増えてきて列まで出来ているようだし大変なのだろう。
「さてっ。前坂くん、隣いいかな?」
「へ? まぁ、いいけど……」
「ありがとっ。お邪魔しま~す!」
そう彼女は遠慮する素振りを見せず俺の隣にある椅子に腰掛ける。忙しいんじゃないの?
「……こういう店なの?」
「ううんっ!前坂くんだけ特別! 久しぶりだからこうやってゆっくり話したいと思って~。 どう?元気してた?」
「う……うん。 なんとか元気にやってるよ……」
グイグイ来る彼女に圧されながらもなんとか返事をする。横目でちらりと翔子さんを見るとすっごいジト目で見られてる…………怖いんだけど……
「そっかぁ……いいなぁ…………あ~あっ、私も科学コース行きたいと思ってたんだよ? 智也くんいるし、前坂くんだって……いるしねっ」
「あ……はは……」
「こほんっ!」
「!!」
上履きを脱いで足をぶらつかせながら上目使いをする姿に少し戸惑ってしまったもののすぐ翔子さんの咳払いによって俺の背筋がまっすぐ伸びる。これ、何をすれば正解なの!?
「ねぇ慎也くん、科学コースはどんな感じ?楽しい?」
「うん。そうだ―――」
「楽しい。 みんな適切な距離感を持って接してくれる」
「…………」
俺が返事をしようと思ったら翔子さんが代わりに返事をしてくれる。
「そっかぁ。 でもでもっ!勉強難しいって聞くけどそんなに大変?」
「確かに勉強は―――」
「毎日コツコツやっていけばついていくのは容易。現に私は学年1位、慎也くんだって相当上位にいる」
「…………」
またもや翔子さんが代わりに返事を。
「な……ならさっ、前坂くんってカノジョとか……いる?」
「えっと………いな―――」
「いる。 私がそう」
「!?」
翔子さん!?それもう代わりに返事ってレベルじゃなくなってるよ!
「そうなの!?」
「ん。 それに、ほかにも3人いる」
「ちょっ……翔子さん!?」
「あははっ! おもしろ~い!」
翔子さんの補足に笑みを浮かべる彼女。
「井野さんってそんな冗談も言えるんだね~! ごめんね、前坂くんを使ってからかっちゃった」
そう言って目の端に涙を浮かべながら俺たちに手を合わせてくる。あながち冗談とは言えない状況だから心臓が止まるかと思った……
「からかう……?」
「私だって2人きりで来るカップルを本気で邪魔しようだなんておもってないよっ。でも、生徒会の会長と副会長って組み合わせは驚いたけどねっ」
俺の隣から席を立って机の側面に移動する彼女。どうやら頼んでいたものが来たようだ。
「はいっ。当店自慢の商品になりま~すっ! それじゃ、ごゆっくり~」
「あ……ありがとう……」
終始ペースを握っていた彼女が机にケーキや飲み物を並べていく。微妙な空気になってしまったが商品自体はとても美味しそうだ。
「あ!他の人にも邪魔しないよう言っておくから安心してくつろいでいってねっ」
そう俺達から離れて他の人の接客を始めていく元クラスメイト。最初なのにどっと疲れた気がする。
「た……食べようか」
「ん。 でも、慎也くんもデレデレしすぎ」
「ごめんなさい……」
否定しようとも思ったが素直にその言葉を受け取り謝る。
そんな空気感の中俺たちはケーキに手をつけ始めた。
「お、もうお帰りか。 ありがとな、来てくれて」
「ううん。美味しかったよ」
ケーキと飲み物を食べ終わって教室を出ようとすると来た時話しかけられた受付に呼び止められる。
「それはよかった……あと悪かったな。アイツとのやり取り見てたんだが止められなくって……」
「忙しそうだししょうがないって」
今はそこそこ長い列が廊下に伸びているが中に動きがないので受付としても仕事が行き詰まっているのだろう。
「ということでお詫びじゃないんだが……これやるよ、引換券」
そんな彼が手渡してきたのは中庭でやってるクレープ店の引換券だった。
「これ、事前予約の……いいの?」
「おう。金はさっき迷惑掛けたヤツに請求するから心配するな」
「……ありがとう。 落ち着いたらウチにも是非来てね」
「おう。 それじゃ、元気でやれよ」
俺たちは元クラスメイトの居た地を後にする。教室を出る時からずっと腕を掴む翔子さんの力が柔らかいどころか痛いレベルになっていたが不機嫌にさせた手前、止めることができなかった。
「思わぬところで次の目的地が決まっちゃったね……ケーキの後にクレープって平気?」
「余裕。 デザートは別腹」
中庭に向かっている途中、ふと不安になって確認を取ってみたが翔子さんはまだ余裕そうだ。
別腹というのは見た時の空腹感が胃を拡張とかなにかとテレビで見た記憶があるがカロリー的な余裕はあるのだろうか。
「……なに?」
「いや、翔子さんはいつみても細いなぁって思って」
俺の言葉を契機に翔子さんの足が止まる。
「それは……貧相な体だってこと?」
「い、いや!そんなこと無いよ!!」
痩せているという意味だったのにまさかの捉え方だ!
「じゃあ……慎也くんは、スレンダーな女の子は……好き?」
「うっ………」
続く問いに俺は言葉に詰まる。さっき告白されたばかりで好き嫌いの質問は卑怯でしょ。
「冗談。ごめん、変なこと聞―――」
「嫌いじゃ……ないよ」
「……え?」
「スレンダー……というより、翔子さんのことは好ましく思って……るよ」
俺もそろそろ無言の回答は卑怯だと思う。だから今言える精一杯を翔子さんに伝えた。
「……………………ありがと」
「俺こそ……」
人の往来の激しい廊下の隅で何を話しているのだろう。
お互いに顔をそらし続けていると不意に翔子さんが俺の腕を引っ張った。
「お礼に、クレープのトッピング。全部乗せでおごってあげる」
「えっ……。 ちょっと!それ俺でも食べられるかわからないよ!?」
「遠慮しないで」
さっきポスターで見たチラシの感じボリュームがすごすぎて遠慮じゃないんだよぉ!
翔子さんは楽しそうな笑みを浮かべながら俺の手を力強く握りしめ、中庭までの道をズンズンと進んでいった。




