104.絵を書ける人が羨ましい
「ただいま~………おぉ………!」
あれから雫のと菜月さんと別れた俺は彼女の指示に従って大人しく戻ると、以前とは教室の様相が大きく変化していることに息が漏れた。
そこは無地だったカーテンはオレンジ色のポップな柄に交換されており、個人の机も四つ一組に纏めた上でテーブルクロスを利用して綺麗なテーブルへと変貌していた。
更にはどこからか長机を持ってきたようで、その上にはドリンクサーバーと昨日まで作っていたプリンの箱が並べられている。
「あれ……? あ!慎也くんおはよ~!」
俺が内装の変化に驚いていると教室の前方から優愛さんの声が響いてきた。教室中を見渡していた視線がそちらに固定されると、どうやら三人は黒板に何かを書いていたようで全員の手にはチョークが握られていた。
「優愛さんおはよう。…優衣佳さんに翔子さんも」
「おはよう。朝来たら慎也君の姿がなくて驚いたわ」
「ん……おはよ」
「ごめん、他のクラスの様子見に行っててね」
二人はそれぞれ眠そうにしながらも返事をしてくれる。そんな三人の前方……黒板に視線を移すとどうやらイラストを書いていたようだ。今人気のキャラクターの絵にプリンの絵。あとひとつは………
「えーっと……優衣佳さん?」
「………何も…何も聞かないで貰えると嬉しいわ」
「……」
その言葉に俺は静かに口を閉ざした。
だってそうだろう。優衣佳さんはキャラクター、翔子さんはプリンの絵を書いていたのは位置的に察することができる。だがその間に挟まれていた優衣佳さんが書いたであろう部分には、線と呼ぶにはあまりに折れ曲がりすぎているものがいくつも描かれており、残念ながら俺には何を書いているのか解読することができないのだから。
おそらく四足歩行する……ナニカ?
「お姉ちゃん、紙に書くのは人並み程度にはできるんだけど黒板とかにはどうしても変な絵になっちゃうんだよね~」
「体勢が悪いのよ……人は中腰になりながら壁に絵を描けるようにはできてないのよ……」
優衣佳さんは手に持った黒板消しで今まで描いていたものを一気に消し去り膝立ちのまま優愛さんのお腹に向かって抱きつく。
その、優愛さんがその頭を優しく撫でている事実に俺は新鮮さを覚えた。いつもは逆パターンが大半だというのに……
「お……俺はさっきの絵、なかなか味があっていいと思うよ!」
「それじゃあ、何を書いてたかわかる……?」
「えっと…………そう!プリンだから牛の絵とか!」
「…………モモの絵よ」
しまった!地雷踏み抜いた!
優衣佳さんは優愛さんを抱きしめる力を強めたようで頭を撫でるその手がビクンと一瞬宙に舞った。 ごめん!優愛さん。
「あはは……お姉ちゃんのことは一日私が見てるから心配しないで。 それよりそろそろ時間だよ、行かなくていいの?」
苦笑いした優愛さんの視線につられて時計をみるとたしかにもう会場5分前となっていた。
「あっ、ホントだ! 優愛さん、任せちゃって大丈夫?」
「私たちの本番は明日だから、今日は科学室とか空き教室でのんびりするよ~。 慎也くん、明日はちゃんと私たちのこと構ってね?」
「………うん、ありがとう。 行ってきます」
「いってらっしゃ~い!」
「……いってらっしゃい」
優愛さんと一緒にそのお腹付近にいる優衣佳さんも手を振ってくれる。明日はちゃんとみんなで楽しもう。俺はそう誓って翔子さんと教室を後にした。
「ん」
「へ? どうしたの?翔子さん」
「ん!」
文化祭開始直後。突然隣を歩いていた翔子さんに呼ばれてそちらを見ると一文字しか言葉を発しない少女が片手をこちらに突きつけていた。
「えっと……こう?」
俺はなんとなくその行動の意味を予測してその手を握ってみる」
「ん……」
「そっか……よかった」
その一文字の口調が柔らかくなったことを確認して俺たちは廊下を歩き続ける。
俺たちの学校の文化祭は毎年問題を起こす要注意人物やミスコンなどの突飛過ぎるイベントは存在しない。けれど中高一貫校かつ中学生は出店禁止という事があってか意外にも参加者は多い。今まで何人もの生徒や大人ともすれ違い、手をつないで歩いていることもあってかすれ違いざまに何度か見られることが気になった。話しかけられることはないのでこちらも口に出すことはしないが。
「おっと、変なことまで来ちゃったね……戻ろっか」
すれ違う視線を気にしまいと苦心しているといつの間にか出店のない場所までたどり着いたようだ。もう周りには俺たち以外誰もいない。
ずっと喋らないまま俺の隣を歩いている翔子さんを引っ張って引き返そうとしたが彼女の脚が止まってしまい逆に俺が引っ張られる。
「翔子さん?」
「……ごめん」
「へ?」
俺が振り返ると顔を伏せた彼女から謝罪の言葉が聞こえてきた。
「いきなりごめんって、なにかしたっけ?」
「ごめん。今日一日……私のために時間作ってくれて。 本当なら優衣佳や優愛、雫のための時間なのに」
「……もしかして、それを気にしてさっきからずっと静かだったの?」
「ん……」
そう表情の見えない翔子さんは説明する
確かに教室で三人と会ってからずっと静かだったとは思っていた。翔子さんは普段から口数が少ないからだとも思ったがそんな理由だったとは。
「そんなの…………別に気にしなくたって―――」
「まって!」
俺の言葉を遮る翔子さん。そのまま数十秒無言の時が続いて堪らえきれなくなった俺が言葉を発しようとしたところで、どこかを見つめていたその顔が一瞬俺を捉えた。
「私は――――慎也くんが好き」
「――――――」
その顔は真っ赤に染まりすぐ目線は虚空を捉えるようになった。
けれどその言葉はしっかりとしたもので目の前に居た俺は言葉を失ってしまう。
「………よし、言えた」
「なんで……こんなとこで……」
「事前に伝えるべきだと思ったけど言えなくて……。 告白した雫を差し置くから、私も伝えなきゃって……」
それは……ケジメのつもりなのだろうか。
けれど勇気を振り絞って伝えてくれた気持ちだ。その気持ちを無下にしてはいけないと俺も返すべき言葉を探す。
「ありがとう。凄く嬉しい。 でも、最悪だと思うけど――――」
「待ってほしい」
「…………うん」
俺が言おうとした言葉を先回りして言われてしまい、俺は肯定する。
「知ってる。私がちゃんと言葉にしたかっただけ。 だから、今まで通りで居てほしい」
「いいの?」
「ん。 また答えが決まったら……雫と一緒に伝えて」
「………ありがとう。伝えるよ、絶対」
俺と翔子さんは視線を合わせて向かい合う。お互い見つめ合って笑みがこぼれたところで翔子さんは俺の腕に抱きついてきた。
「もう、いいの?」
「ん。これで心置きなく楽しめる。 いこ?」
「そうだね―――」
「いや、付き合わないの!?」
「!?!?」
2人で出店のある方へあるき出そうとしたところで近くにある階段の影から突如声が鳴り響いた。
それに驚いた俺は組んでいた手を離して距離を取ってしまう。
「誰……?」
「あらごめんなさい。偶々通りかかったら弟が青春しててバレないよう見てたのに、つい出てきちゃったわ」
「……ゲッ!!」
そう言葉を並べて階段を降りてくる姿にはに覚えがあった。
いつしか見た短パンにTシャツ、それにサングラスとカンカン帽………それはまだ暑い夏の日に出会った姿と全く一緒のものだった――――。
11日より通常通りになると思います。




