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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第4章

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103.文化祭 当日


 今までうるさいうるさいと思っていたセミが鳴かなくなってからどれほどの時が経ったのだろう。

 あれだけ暑いと嘆いていた気候もいつの間にか鳴りを潜め、いつの間にか温度・湿度共に最高の環境へと様変わりしていることに一陣の風を浴びながら俺は秋という季節を堪能していた。


「え~! お釣り両替し忘れちゃったの!? どうするのよ~~!!」

「おーい! 今日の食材無いんだけどまだ持ってきてないのかー!?」


 そんな声が聞こえてきて俺は自分の教室にあるベランダから中庭の方へと視線を下ろす。

 そこにはいくつものテントが張られ、生徒たちが右往左往したり騒いだり喧嘩したりと様々な彩りを加えていた。

 さらに追記すべきはいくつかベランダから下ろされている垂れ幕だろう。大小様々の垂れ幕があるがどれも自身のクラスを呼び込むものだ。値段を推したり商品を推したり自分たちで考えたであろう店名のみを書かれたものなど、クラスによって特色が強く現れているようだ。



 そんな楽しそうな様子を見ていると俺は一人ここで何しているのだろうとアンニュイな気持ちになる。



「おい、いいご身分だな。免除者」

「あだっ」


 まだ朝の早い時間に登校したからか、手すりにもたれ掛かかりながら意識を手放しかけていたら後方から何か柔らかいものが俺の頭を直撃した。その声に振り返ると紙の束を手にした智也が不満げな表情でこちらを見ていた。


「おはよ……その分頑張ったんだからいいでしょ」

「知ってるって。ただのやっかみだから気にすんな………にしても、もう当日とは早いものだな」


 そう言って俺の隣移動しながら手すりに背を預ける。


 そう。今日は待ちに待った文化祭当日だ。

 今日までの俺たちは本当に大変だった。俺たちだけでプリン作りをすることに優衣佳さんと優愛さんのグルメの血が騒いだのかギリギリまで試作祭りを繰り広げていた。

 俺もお菓子作りを勉強したと豪語してしまったから最初からスパルタの日々で、相当量の種類のプリンを作製してきただろう。いつの日にかヤケで作ったコーヒープリンが好評だったのは心底驚いたが。


「智也は今日ずっと担当してくれるんだっけ?」

「おう。 アイツが来るのは明日だしな~……それで最初はビラ配りだってことで押し付けられた」


 ずっと手に持ってる紙はビラだったのか。よく見ると場所や値段がポップに描かれている。


「それにしても今日は珍しいな」

「何が?」


「お前のことだよ。いつも4~5人揃って登校してるのに今日に限っては1人なんだなと思ってな」

「あぁ……ギリギリまでプリン冷やしてから持ってくるんだって。俺は先に行ってクラスのみんなを手伝ってこいって言われた」


 そういえば二学期に入ってから一人で登校は初めてだっけ。夏休み終わってからは登下校はいつもあの4人が一緒だった。

 今日は文化祭ということで気持ちがはやってしまい気にならなかったが、ひとたび気にするとなんとなく居心地が悪くなってしまう。


「それで一人蚊帳の外になったお前は寂しくベランダでふてくされてると」

「言い方」


 ふてくされてなんかない。居心地が悪いだけだ。


「ま、いいんじゃねぇの? たまには一人の時間を楽しむってことで。学校中が準備してる様を見て回ったらどうだ?」

「いいの?」


 一応手伝いとして送り出されてたんだけど。


「ずっとここにいる時点で変わらないだろ。むしろ垂れ幕掛けられなくて邪魔だ。 ほら、行った行った」

「ちょっ……智也……いきなり!?」

「当然だろ。さっさと行ってさっさと戻ってこい!」


 智也は俺を無理やり廊下へ追い出しみんなの輪に入っていってしまう。

 言葉の節々にトゲはあったがきっとアンニュイな俺に気を使ってくれたのだろう。特別な日に俺も浮かれている部分があるのか、そのツンデレに素直に感謝した。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「おう前坂! どうした、サボりか?」

「おはよ。似たようなものかな」

「へぇ、真面目が取り柄だった前坂がサボりとはな……まあいいや、今日ウチのクラスにも来てくれよ!これチラシな!」

「時間があったらね」

「絶対だぞ! それじゃあな!」


 別校舎にある普通科のクラスの前を通っていたら元クラスメイトに話しかけられ、何度も似たようなやり取りを交わしていたら手には10枚近くの紙が集められていた。

 初めて普通科を訪れたがウチのクラスとは雰囲気が大違いだ。ウチは委員長が女子だからか女子が指示を出していたがこちらは男子が指示を出していてデザインより機能性を意識した内装へと教室が彩られていた。


「あ、前坂くん久しぶり~!」

「……あぁ、久しぶり」


 今度は元クラスメイトの女子達だ。4人ほどのグループがこちらに近づいてきた。


「ねぇねぇ、智也くんは元気?」

「ん?今朝もあったけど元気だよ。チラシ配るって言ってたから後で校舎回るんじゃないかな?」


 俺の言葉に女子たちは「キャー!」と歓声が巻き上がる。

 なるほど、智也目当てか。そういえば結構モテるんだったな。


「そっかぁ……ねぇねぇ、今から智也くんのとこ突撃しちゃう? あ、前坂くんもありがと、またね」

「うん、また」


 俺は彼女たちへ片手を上げてその横を通り過ぎる。

 その際香水なのかフレグランスなのか、鼻をツンと刺すような香りについ俺は眉を潜めてしまう。幸いその表情が人に見られることはなかったがどうにも昔から彼女たちにいい印象を持つことは叶わなかった。







「前坂……先輩?」


 階段を降りたところで正面から俺を呼ぶ声が聞こえる。

 そちらへ顔を向けると一人の後輩の姿がそこにはあった。えっと、たしか名前は………


「菜月さん……だっけ」

「はい、お久しぶりですね。 といっても私は久しぶりって感覚は無いのですが」


 苦虫と潰したような顔で返事をする菜月さん。よかった、合っていたようだ。

 彼女は自称専属マネージャーである雫の親友、更に一時期水泳部にも在籍していたが俺と話す前に辞めていった女子だ。雫と一緒にいるのを何度か見た覚えがある。


「雫はもう登校してきてる?」

「いえ、まだです。 いつも一緒に登校してきてるのに把握してないんですか?」


 なんで知って……雫が話したのか。


「今日は別行動でね。いつも一緒ってのは雫が?」

「そうなんです!  雫ちゃんが毎日毎日毎日!毎日先輩のこと話すんですよ!私、もう雫ちゃんのことより先輩のことのほうが詳しいかもしれません……」


 せき止めていたダムが決壊したようにまくしたてる菜月さん。雫が余計なことを言っていないことを祈ろう。


「えっと……雫がごめん」

「いえ、私が止めないのが悪いんです。………でも………」


 菜月さんは一旦言葉を区切ってしばらく逡巡し、話を続ける。


「でも、先輩には悪いですが私は先輩のこと好きじゃありません」

「……そっか」

「だって先輩、雫ちゃんだけじゃ飽き足らず他にも女の子がいるんですよね?」

「………」


 何も言えない。


「私が好きじゃないってことを雫ちゃんに知られたら嫌われるかもしれませんが、それでも前坂先輩のことが好きじゃありません。すみません」

「いや、俺こそごめん。 親友だったら心配だよね」


 親友が毎日ロクに会ったこともない先輩の元へ行っているのは菜月さんにとっては不安の種だろう。


「はい。可愛くてスタイルもよくて性格の最高な雫ちゃんをたぶらかした先輩がうらや……恨めしくて心配です」


 そう同意する菜月さん。今羨ましいって言いかけなかった?


「ちゃんと……言葉にして雫に伝えるから。もうちょっとだけ待ってもらえるかな?」

「待てません。雫ちゃんはと私は両思いなのでいくら先輩でも入る余地はありません」


 その両思いはまたちょっと別の意味合いなんじゃないかなぁ……。俺としてはそれを見るの大歓迎だけど。




「あ!こんなところにいた! 菜月ちゃんおはよ………って慎さん!?」

「あ、雫」


 俺と菜月さんが向き合っていると背後から雫が現れた。彼女は俺達2人でいることに驚いたのか数歩後ずさった後すぐこちらへ歩いてきた。


「なんで二人が仲良さそうに……はっ!もしかして浮気ですか!?  慎さん!菜月ちゃんには絶対かなわないので止めてください~!」

「……暇つぶしに校舎を回ってたら偶然会っただけだよ」


 雫は菜月さんを横から抱きしめて俺へ主張してくる。菜月さん、顔。顔が緩みきってる。


「それなら会長さん達も登校してますので行ってあげてください!!  失礼します!ほら菜月ちゃん、行きますよ!!」


 畳み掛けるようにまくしたてた雫はそのまま顔の緩んだ菜月さんを引っ張って教室の方へ。


 けれど途中で我を戻した菜月さんはその手から逃れて俺の横まで近づいていく。そしてその口は俺の耳元へ……



「前坂先輩。雫ちゃんは私のものですが、もし泣かせるようなことをしたら……わかってますね?」

「!?」


 何をするつもり!?

 そのまま菜月さんは一つウインクしたまま舌を見せて雫の元へ向かっていく。




「………どうしろと」


 ポツリともらしたそのつぶやきは、彼女たちの耳に届くことはなかった――――


そんな矛盾だらけの思考を抱えた菜月は幕間3、雫の過去回で出てきた子ですね。



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