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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第4章

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101.ほんの少しだけ、寄り道を ~後編~

祝! 100話!!


『ほんの少しだけ、寄り道を ~後編~』


 ゴーン………ゴーン………

 と、遠くのお寺から一定のリズムで鐘の音が鳴り響く。

 きっと音の発信源付近は人で溢れかえって居る頃だろう。人混み、寒さ、眠気。今外に出ている人々はそれらと戦っているはずだ。私にはそんなことできない、すごい。


 だから、そんな三重苦に耐えられない私は家のこたつで丸まっている。ここなら信頼できる人しかいないし温かい、さらに眠ってしまっても自動でベッドまでいくから最高だ。


「翔子」


 でもう少しで眠りの世界への扉を開くところで頭の上から声が降ってきた。


「ん………」

「そんなところで寝ちゃったら風邪引くよ。寝るならベッドまでいかないと」


 その声の主は困ったような、呆れたような声色で私に優しく語りかけてくる。その両の手にはコップが2つ握られていると共に甘い香りが私の鼻孔をくすぐった。これは……ココアか。


「だい……じょぶ。 ちゃんと起きてる、から」

「もう半分以上寝てるじゃないか。ほら、ココアでも飲んで目を覚まして」

「ありがと……」


 彼は肩を持って優しく起こしてくれ、まだ夢うつつだった私にそっとココアの入ったコップを手渡してきた。

 その上私がコップに口をつけるまで手を支えてくれて、なんとなくむず痒くなってしまう。


「平気。自分で飲める」

「ほんと?手滑らせてこぼさないようにね」


 そのむず痒くなった心を誤魔化すように私はその手を振り払う。彼はそんな私の拒絶を受け入れるも今度は私が、離れていく手が寂しくなってしまい心の一部が冷たくなるのを実感した。


 一方手を離した彼は心配そうな顔を見せながらも右の区画に脚を入れて腰を下ろす。その表情を安心させるため、私は難なくココアを口に入れた。


「よゆー」

「よかった……ところで、まだ少し時間あるけど起きていられる?」

「うん。ココアのおかげで大丈夫そう」

「無理しないでいいからね」

「ん」


 私はもう一口温かいココアを飲む。けれど先程冷たくなってしまった心の一部が暖かくなることはなかった……






『もう間もなく今年が終わってしまいますが何か印象に残ったことはございますか?』

『そうですね~。弟が来てくれて今まで片付けられなかった部屋が綺麗になったことでしょうか』

『『ワハハハハ!』』


 テレビの中で司会者と有名人が楽しそうに談笑している。そう、もうそろそろ今年も終わりだ。私と彼はリビングで2人、その年越しを待っているのだ。けれど今まで日付が変わるまで起きていることに身体が慣れてなくて身体が左右に振れてしまう。


「翔子は………」

「ん?」

「翔子は、今年印象に残った事は何?」


 彼はテレビに視線を固定しながら私に質問を投げかけてくる。その表情はこちらからは伺いしれない。


「今年………もちろん、し…………言わないとわからない?」

「いや………」


 その問いに素直に答えようとも思ったが直前で気が変わって逆に聞き返してみる。

 けれども彼は私が言わんとしていることを理解しているようだ。表情は隠したつもりでも耳まで真っ赤になっていて見るまでもない。


 でも、そうやってあえて聞かれる事はなんとなく試されているみたいでシャクだった。

 私は脚が冷えるのを覚悟でこたつから立ち上がり彼の真横まで移動してその姿を見下ろす。


「…………翔子?」

「なに?」

「いや、なんで俺の横まで移動してるのかな~って………」


 彼はまだ少し赤みの残る顔をこちらに向けてきた。

 聞かなくてもわかってるクセに。その問いに私は答えず行動で示すことにした。


「おわっ!………まったく、近づいたり離れたり。翔子は相変わらず猫みたいだね」

「猫でもいい……ふぉふ…………」


 私は彼の膝の上に横向きのまま腰を下ろし、右肩を彼の胸元にトンッと身体を預けた。

 彼はそんな私を拒絶すること無く受け入れてくれ、それどころか右手は私の手を、左手は肩にやって私を包み込んでくれる。


「ぁ…………」


 瞬間、さっきまで感じられた心の冷たさが一気に氷解して温かくなるのを実感した。


 そうか。私は彼に包み込んでほしかっただけなのか。

 自分で自分の心の真意に触れ、その事実を受け入れたことが恥ずかしく、嬉しくなってしまい誤魔化すために彼の身体をギュッと抱きしめる。


「今日の翔子は随分と甘えん坊だね」

「…………うるさい…………」


 その反論はとても小さくなってしまって彼に届いたのだろうか。そんなことを考えているとテレビから元気な声が聞こえてきた。


『それではみなさんも一緒にカウントお願いします!じゅ~~うっ!!』

『じゅ~~うっ!!』

『『きゅ~~うっ!』』



「時間だね……翔子、来年もよろしく」


 彼が何やら私に語りかけてくれるが私はある一つの計画をたててその声に返事をすることはない。

 思い切って顔を上げると彼の目がこちらを優しく見つめていた。


「どうしたの?」

「…………慎也」


『『ご~~おっ!』』

『『よ~~んっ!』』


 その問いにも答える気はない。私は彼の唇、それだけに狙いを定める。


『『に~~いっ!』』

『『い~~ちっ!』』


 テレビのカウントがゼロを宣言すると同時に、私は目を閉じたまま自分の唇を彼の唇に近づけ―――――



 ―――――――――――

 ―――――――



「……………? ……………しん、や?」


 その唇は空を切った。閉じた目を恐る恐る開けるとそこは見慣れた自分の部屋。更にベッドの上で両腕を振り上げている。


「どこから………どこまで?」


 私の脳は以外にも冷静に夢だと言うことを理解できた。しかしそれはそれで問題が出てくる。どこから夢だったのだろう。あの時は寝ぼけていたしもう年を越した朝かもしれない。


 そう期待を込めて現在の日付、時刻を確認するも現実は非情だった。現在は9月の日曜日、よく耳を凝らすとセミまで鳴いている。


「はぁ…………」


 最初から最後まで夢……その現実を目の当たりにし、この上ないため息が出た。私は膝を抱えるもすぐにその体勢を崩して再度ベッドに潜り込んむ。


「今なら……きっと」


 今ならまだ寝直せば夢の続きが見られるかもしれない。そんな淡い希望を抱いて私はもう一度瞼を閉じた。







 ◇◇◇







「慎さ~ん! 次がラストです!」

「了解!!」


 学校のプールで2つの声が響き渡る。一つはプール内で、もう一つはプールサイドで。

 今はいくつかのメニューをこなしてメインラスト一本を迎えたところだ。慎さんは肩で息をしながらスポーツタイマーを凝視している。


 スポーツタイマーの秒針がテッペンを指し示したらラストのスタートだ。私もその針をジッと見つめている。


「10秒前!…………5秒前!………ラスト!よーい、ハイッ!!」


 私の掛け声に合わせてタッチ板を勢いよく蹴る音が聞こえてくる。私は手にしたストップウォッチと慎さんを交互に見比べながら帰ってくるのを待ち続けた。




「はぁ………はぁ………タイムは!?」

「28秒3!ラストにしては上出来じゃあないでしょうか!」

「はぁ………終わったぁ…………」


 慎さんは一気に脱力してその場で仰向けになって浮かび上がる。こうやって自在に水を捉えている姿は本当に凄いと思う。


「お疲れさまでした。でもよく私たち2人きりで練習が許されましたね。………お互い辞めた身ですのに」

「今はオフシーズンだし、水を循環させる意味でも特別にだってさ。俺も久しぶりに泳げてよかったよ。凄い鈍ってたけど…」


 季節は冬。たまに本職の方々も泳いだりするが大半は走り込みや筋トレなどフィジカルトレーニングだ。そこで塩素を循環させるためにも白羽の矢が立ったのが慎さんだったらしい。慎さんも辞めた身でと渋ったが私と2人きりという条件付きで引き受けたそうな。


「ところで雫………そろそろ開けてもらっても?」

「ダメです!私が地獄になるじゃないですか!」

「そんなぁ………」


 慎さんがほてった身体を冷やすため窓を開けるのを要求するが拒否させてもらう。せっかく暖房が効いてきたプールサイドなのに窓を開けて冷気を取り込んだらまた振り出しに戻ってしまう。身体を動かしていない私にとっては死活問題だ。

 でも、そうしょげている慎さんの姿を見ているとこちらとしても心痛くなってくる。


「慎さん、プールって温水ですよね?温かいですか?」

「へ?まぁ、風もないしお風呂までとは行かないけどそこそこ温かいと思うよ?」


 私の唐突な質問に首をかしげる慎さん。そっか、温かいか………


「なら慎さん、条件付きで窓を開けてもいいですよ?」

「ほんと!? 呑む呑む!開けて!!」

「そうですか……」


 その二つ返事で懇願する姿を見てつい私の口角が上がってしまう。おっと、危ない危ない。

 私はその表情を悟られないよう後ろを向いて窓を開ける。瞬間、凍えるような冷気が私の身体を駆け抜けていった。覚悟はしていたがその寒さに身を震わせてしまう。


「ありがとう!………あ~~~、涼しい~~」


 私の計画など露知らずといった様子でその冷気を堪能する慎さん。


「それじゃ、約束は守りましたので慎さんも約束、守ってくださいね?」

「………へ?」


 私が向けた微笑みを見て笑みを浮かべたまま表情を凍りつかせる慎さん。そんな様子を無視して私はプールサイドを駆け、着の身着のまま飛び込み台を盛大にジャンプした。



 ザッバャァァァン!!

 と、身の丈ほどの水柱が立ち昇る。たしかにプールサイドで立ってるより水の中のほうが遥かに温かい。学校のプールが温水であることに心から感謝し、私は水中から慎さんの身体へ抱きついた。


「おわっ!!雫! いきなりどうしたの!?」

「これが私からの条件です! 私を背負ったままダウンしてください!」

「それもはや練習の域だよね!?」

「慎さんなら、できますよね?」

「………はい………」


 私の有無を言わさぬ迫力に負けたのか慎さんは素直に首に巻き付いた私ごとゆっくりと泳ぎだす。あ、着替えのこと考えてなかった、どうしよう。





「それで、なんで雫まで飛び込んだの?」


 ダウンの終わった私たちは窓を閉め、プールサイド2人体育座りをしていた。


「えっと……窓を開けたのが寒くて辛かったのと、イキイキと泳いでる慎さんが羨ましくてつい……」


 私はありのままの心を伝える。ちょっと言い回しを替えたが慎さんの笑顔を作ったプールに嫉妬したなんて言えない……


「そっか……でも、着替えがなかったのは失敗だったね」

「うぅ………」


 その非難をしない優しい慎さんに嬉しく思うと共に当然の事実を突きつけられて身を小さくする。


「まぁ、乾くまで俺もいるからさ。ノンビリ待ってようよ」

「慎さん………」


 結局は最大級の優しさを向けてくれるんだから……!

 そう思って抱きつきたくなったが一つ気になることができて動きが止まってしまった。


「ねぇ、慎さん。どうしてここ使う時に私と2人きりって条件つけたんですか?」

「あ~~~…………それは…………」


 私の問いに慎さんは目を泳がしている。怪しい。


「………笑わない?」

「えぇ。当然です」

「……………俺の終身マネージャーである雫に片時も離れたくなかったってことです……はい……」

「っ…………! 慎………さん……!」


 その恥ずかしがりながら言う姿に私は心のどこかをキュウッ!と締め付けられ、気づいたときには慎さんを抱きしめていた。


「慎さん!なんでそんなこと言うんですか! どれだけ私の心をキュンキュンさせたら気が済むんですか!!」

「雫……!今ここで抱きしめられたらバランスが!!   あっ…………」


 私の急な行動に慎さんは対応しきれなくなったのか、その足を踏み外して2人もろともプールに真っ逆さまになっていった―――――



 ―――――――――――

 ―――――――



 ドスンッ!

 と強い衝撃とともに私は目を開ける。

 ここは私の自宅。私の部屋。けれどおかしいところが一つある…………世界が逆さまだ。


「ふぁれ………?」


 そのまましばらくジッとしていたが段々と頭に血が上ってきた。

 世界が逆さまなんかじゃない。私が逆さまなのだ。そのことに気がついたときには身体もベッドから落ち、床に寝そべってしまった。


「服は………濡れて無い………。ってことは……夢?」


 自身の身体をまさぐって事実を確認する。まさか夢だったとは………でもそれはそうだ。慎さんがあんな歯に浮くようなような台詞を使うはずがない。

 夢は自分の求めているものを映し出すとも聞く。まさか一昨日告白したから………そんなことを考えてしまい顔が赤くなってしまう。


「あぁ~~~!! 恥ずかしい~~~!!」

「うるさい!! なにドタバタしているの!?」


 とある夏の日の朝。一軒のお宅に元気な母子の声が鳴り響いた。


次回更新は2日後の5日です。


皆さまからの評価やブクマ等が私の力です。

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