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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第4章

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099.タワマン

 俺はとある建物のエレベーター内で物珍しそうに辺りを見渡す。


「なにしてるの?今は私達しかいないからいいけどあんまりやるとみっともないわよ」

「ごめん。こういう建物に入るのって初めてだから珍しくて……」

「……たしかにここは防犯が厳重だし、用事があってもなかなか来られないものね」

「そもそもエレナみたいな人に用事があってここまで来ること自体あんまりないから」


 そう話している間にもエレベーターはグングンと上昇していく。

 最近のエレベーターは昇り始めも道中もエレベーター特有の浮遊感が感じないようだ。さらに防犯上の観点かは知らないが彼女がカードキーをかざしただけでエレベーターは勝手に動き出した。いったいどこまで上がるのだろう。



「そう?メンバーのみんななんかしょっちゅう来るけど?」

「そりゃあ仕事の打ち合わせとかだろうし少数派じゃない?」

「でも、男の子が来るのはこれが初めてね……光栄に思うといいわ。弟特権よ?」

「………わー。お姉ちゃんは やさしいなー」


 ボタンの前で胸を張る自称姉に対して出来る限りの棒読みで対応する。

 するとエレナはこちらに振り向き頬を膨らませて抗議のポーズを見せてきた。


「ぶー。何その棒読み~」

「俺こそなんなの弟って。いつからそんなことになってるの」

「いいじゃない。 私、一人っ子だったから弟が欲しかったのよね。今日荷物持ってくれたり凄い助かったもの」

「はいはい。 そういうのは彼氏にでも頼んだらどうですか?」

「今の私の職業知ってて言ってるでしょそれ~~!!」


 職業……中学生かな?

 エレナがさらに抗議してくるのを適当にいなしていると目的階に着いたようだ。すっとエレベーターの扉が開く。


「やっとついたわね。 行くわよ」

「あっ、うん」


 エレベーターから降りると扉が3つあるだけの廊下だった。床はカーペット、さらに温かみを感じる照明を使っているようで心なしか薄暗いようにも感じる。残念ながら窓はなくここから外の様子を確認することはできない。


「ほら、見とれるはそのくらいにして。この部屋だから早く入りましょ」


 彼女の部屋は3つあるうちの左側のようだった。

 手慣れた様子で解錠し、扉を開けて先に入るよう促してくる。


「失礼しま~…………わぁ! ………あ……?」


 部屋に入った瞬間、豪邸に足を踏み入れてしまったと確信する。

 人が住む部屋としてはあまりに無機質で長い廊下。片側の壁は鏡になっているようで更に広いのだと錯覚させる。


 けれどその廊下の角を曲がった時点で俺の感動は一気に霧散した。

 そんな無機質な廊下にあまりにも似合わない脱ぎっぱなしの洋服、ディスクケース、何らかの用紙などが所狭しと散らばっており………あまりにも、あまりにも汚い廊下となっていた。


「弟よ……………」

「……なに?姉とは思いたくない先輩」


 姉(偽)は俺の肩に手をやる。


「掃除、よろしくね!」

「はぁぁぁぁぁ……………」


 その予想通りの言葉に俺は高校入って最大のため息を吐いた。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「これで………よしっと!!」

「おぉ~~!!」


 俺が最後の工程を終えると同時にエレナから感嘆の声が上がる。

 結局2時間くらい掃除をしていただろうか。一応彼女のフォローをするのならば散らかっていたものは服や物だけで幸いにも生ゴミはキチンと処理されていた。それでもホコリやシミで汚いことには変わりなかったが。

 ちゃんと掃除道具は取り揃えていたようで俺でも部屋をピカピカにすることはできた。あの夏の日、みんなから掃除の講義を受けて良かったと心から感謝の念を送る。


「すごいじゃない!もうずっとこのままかなって思ってた汚れさえも綺麗に落とせるなんて!!」

「洗剤と道具をちゃんと使えば誰でも落とせるよ。 それにしてもよくこんな部屋で暮らせたね」


 そう、散らかっていたのは廊下だけではなかった。各部屋をはじめ殆どのスペースが足の踏み場が無いほどに達していたのだ。逆に洗面所とトイレだけが綺麗だったのが疑問に思う。


「仕事が忙しくて家はシャワー、トイレ、寝るの3つしかする暇なくってね。殆ど毎日帰って泥のように眠ってたわ」

「そんな………中学生をそんなふうになるまで働かせるなんて………」

「誰が中学生よ誰が!!」



 俺がエレナの忙しさに共感していると不意に部屋中に無機質なブザー音が鳴る。


「……これは?」

「部屋の前に誰か来たのね。きっとメンバーの子よ。 さっき掃除してる間に呼んでおいたわ」


 そのまま「いってくるわね」と言葉を残し玄関まで歩いていくエレナ。

 さて、俺はどうしよう…と何となしにリビングの窓から見える外の景色に目をやる。掃除中は気にもしなかったが下の様子が殆ど見えない。ここは相当な高層階なんだなと今更ながらに実感した。



「キャーーーー!!」



 突如、悲鳴が轟いた―――

 聞き慣れない声だ。きっとエレナが迎えに行った人だろう。俺も即座に窓から視線を外しその悲鳴が聞こえた場所………玄関の方へを走り出す。


「大丈夫ですか!?」


 階下に響くのも気にせずその声の発信源までたどり着くと黒髪の少女が廊下で尻もちをついていた。その横には苦笑いしたままのエレナが。


 とりあえず……身の危険というわけでは無さそうだ。俺も2人に向かい合って肩の力を抜くと何らかの視線に気がつく。

 尻もちをついた彼女だ。彼女は涙目を浮かべたまま俺と十数秒目を合わせて口を大きく開け―――


「キャーーーー!!」


 今度は目の前でよく通る叫び声が俺の脳を揺らした。



 ―――――――――――

 ―――――――



「ごめんなさい!!」


 俺の目の前で少女が俺に頭を下げてくる。


「いえ、俺も急に現れて驚かせてしまいすみません」

「いえいえ私こそ!」


 お互い何度もペコペコと頭を下げる。

 やばい。このままだと謝り合戦になってしまう。どうにかしなければ……


「アイも驚きすぎよ。ちょっと部屋の様子が違うくらいで」


 俺が謝り合戦を危惧したところでエレナから呆れた声が上がる。ナイス!!


「当然驚くわよ!今まで私たちがいくら言っても片付かなかった部屋が片付いてるのよ!?」

「エレナ………」

「ま、まぁそういうことよ! 全部この子がやってくれたの!!」


 俺が呆れた視線を向けるのを避けるように説明をするエレナ。片付けないじゃなくて片付けられない人なのか。


「そう……それで、この方は?」

「私の弟よ!!」

「……誰が弟だって?」


 初対面の人になんて説明をしてるんだ。ほら、アイって呼ばれた人だって口に手を当てて驚いてるじゃないか。


「そんな……一人っ子って聞いてたのに……まさか再婚!?」

「いえいえ、エレナが勝手に弟って言ってるだけですよ。 俺は前坂 慎也って言います。彼女とは……友人?です」


 とりあえずエレナのことは友人とカテゴライズして黒髪の少女に手を差し出す。



 ……しかしいくら待てどもその手が握られることはない。彼女は手を出そうとしては引っ込めるを繰り返している。


「アイは女子校育ちの男性恐怖症で、握手とかはちょっと難しいのよ」

「ごめんなさい……仕事ならともかくプライベートになっちゃうとちょっと……」


 よくそれなのにお菓子作り教えるって呼んできたな。

 と、言いたいのは飲み込んで差し出していた手を引っ込めて笑顔を見せる。


「いえいえ、配慮が足りなくてすみませんでした」

「こちらこそごめんなさい! それで、えっと……江嶋 愛惟(えじま あい)です」


 そう江嶋さんは控えめに自己紹介をする。

 その姿は清楚という文字をを形にしたような容姿をしていた。黒いワンピースに身を包み腰まで届きそうかという黒い後ろ髪と、軽く目にかかっている前髪を2つのシンプルなヘアピンで右に寄せている。

 更にその前髪の奥に見える瞳には少し気の弱そうな印象を覚えた。


「はい、江嶋さんよろしくおねがいします。それで……もしお菓子作りが難しいのなら諦めますが……」

「いえ!させてください!! せっかく頼まれたことですし私も治療になりますから!!」


 そう握りこぶしを作って力いっぱい言う姿に俺は驚きを覚えた。なんて真面目な人だ、どこぞの姉とは大違いだ。

 俺はその場で彼女に向き直り深々と頭を下げる。


「それでは、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくおねがいします!」

「ふふっ……はいっ。お願いされました!」


 俺の渾身のお辞儀に笑顔を見せてくれる江嶋さん。しかし退屈そうにしている者が1人……


「ねぇ、今日はもちろん夕飯食べてくのよね二人とも?」

「えっ………エレナ、夕飯買ってるの?」


 その言葉に驚きを隠せていない江嶋さん。普段どうしてるんだろう……


「これから買ってくるのよ! カップ麺でいい?」

「ちょ……、ちょっとまった!」


 なんて食生活してるんだ。

 俺は急いで引き止めてから別室にあるメモ帳を取りに行く。掃除の時に把握していてよかった。


「これと……これと……これ買ってきて。俺が作るから」

「えっ………作れるの?」

「まぁ、お菓子作れるくらいだしね?」


 細かくなってくると自信は無いが。


「わかった。それじゃあ2人はお菓子作ってて。すぐ戻ってくるわ」

「「いってらしゃ~い」」


 エレナは普段どおりの変装をして部屋を出ていく。この部屋に残されたのは俺と江嶋さんだけになった。


「えっと………」

「はいぃ!」

「そんな緊張しなくても……とりあえず、予定通り教えて貰って構いませんか?」

「は、はい!それでは行きましょうか……」


 不安だ………。俺は一抹の不安を覚えながら彼女についていってキッチンへと向かっていった。





 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――





「おいしい~! ねぇねぇ!ホントに弟にならない!?毎日ご飯作ってよ!!」

「なるわけ無いでしょう。俺だって家があるんだから」


 そう一蹴しながらも俺の心の中は温かくなる。こうも喜んでくれるなら作った側も本望だ。


 あれからたどたどしいながらもなんとか江嶋さんにお菓子作りを教えてもらい、エレナが買ってきてくれた食材を使って3人で夕食となった。

 お菓子作りも奥が深い。ただただ分量通りにやるだけで済むと思ったが温度やらも厳密になってくるとは。けれどこれで優衣佳さんの力を借りずとも十分1人でも出来ることを彼女にアピール出来るだろう。


「ホント……私が作ったのより美味しい……なんでこんなに出来てお菓子作りができなかったんです?」

「師がよかったからですよ。一人暮らしで料理は必要だったのですがお菓子は必要無くって……」


 そう。料理が出来るようになったのは優衣佳さんの指導のおかげ、それに尽きる。更に言えばそんな俺をサポートしてくれたほかの彼女たちのおかげでもあるのだが。


「一人暮らし!?ならホントにここに!!」


「――――江嶋さんも普段から料理をするんですか?」

「はい。忙しくても私が作らないとエレナが心配で………」


 エレナが何か言ってたがスルーだ。

 でも、部屋が汚くなるくらい仕事で忙しいのに料理までしているとはさすがだ。


「ぶー………なんだか私の扱いだけ杜撰(ずさん)すぎない?」

「変なことばかり言ってるからよ。それにエレナも料理や掃除しないと」

「私はアイに養ってもらうからいいのよ」

「あはは……」


 そういってエレナに抱きつかれた江嶋さんは苦笑しながらも頭を撫でている。それでいいんだ……





「ん……? おっと、俺もそろそろ帰らなきゃ」


 食事が終わってふとスマホを覗くと夜もいい時間になっていた。終電には余裕があるが帰る時間だ。


「そう?なら下まで送っていくわ」

「私は食器を洗いますね。……安心してください。家はすぐ隣の部屋なので」


 そう言って身支度するエレナと食器をまとめてくれる江嶋さん。そうか、隣同士だから行き来も楽なのか。


「ありがとうございます、江嶋さん。 それではお邪魔しました。」

「はぁい。またね」


 江嶋さんはその場で手を振って見送ってくれる。俺はリビングを出て、エレナとともにエレベーターに乗り込んだ。



「………エレナ、今日は貴重な休日なのにありがとう」


 エレベーター内、俺は彼女に顔を向けずお礼を言う。


「いいのよ、私も楽しかったし。それに、部屋も片付けてくれたしね」

「あの汚さは逆に芸術だったね」

「これからはたまに掃除もするわ。仕事も抑える予定だし……」


 後ろからそんな声が聞こえてくる。抑えるとは……。


「ほら、私も高2でもう秋。そろそろ受験が視野に入る頃じゃない? 勉強もしないと思ってね」


 俺が聞く前にそう補足してくれる。そっか、受験か……


「他のメンバーは大丈夫なの?」

「もちろんよ。みんな同い年。これからは仕事に勉強と忙しくなるわ」

「大変……だね」


 その哀愁の籠もった声に俺も気の利いた言葉を返すことが出来ずただ顔を上に上げる。そこには階床表示器があり、ただ下矢印のみが表示されていた。


「それでなんだけど、ね」


 何やら控えめが声が俺の背中を打つ。


「連絡先教えてもらってもい……い? ………ほら、弟としてたまには部屋の掃除してもらわないと!!」


 その控えめの言葉から一変、取り繕うような言葉に俺は思わず笑みがこぼれてしまう。


「もちろん。でも、エレナもちゃんと掃除してね」

「当然よ!ほらっ、スマホ貸して!」

「あっ!」


 俺が連絡先交換の準備をしたところでエレナにスマホを奪い取られる。そうして何やら操作をしたかと思ったら思い切り顔をしかめた。


「ねぇ………なんだか女の子の連絡先多くない?」

「うっ……気にしないで貰えると嬉しいんだけど……」


 いきなりの攻撃にダイレクトヒットを貰ってしまう。昨日からその耐性が弱ってるんだって。


「別にいいんだけど………はいっ!出来たわ。私の男の子第一号、光栄に思うといいわ!」


 何やら上がる時も似たような言葉を聞いた気がする………


 嫌な予感がする。エレナからスマホを受け取り登録者名を確認するとそこには案の定、『お姉ちゃん』と記されていた。

 それを確認して無言で名称変更を。


「どう!?ちゃんと私のほうにも弟って………って、あ~!なに変更してるのよ!」

「そりゃあするでしょう………」


 (偽)なんだから。

 俺がスマホをポケットに突っ込んだタイミングでちょうどエレベーターの扉も開く。


「………それじゃ、これからも頑張ってね」

「エレナも、仕事に勉強頑張って」

「もちろんよ。私を誰だと思ってるの?」

「エレナも、家事頑張って」

「も……もちろん……よ………」


 エレナが胸を張るのもつかの間、すぐに自信なさげな表情へと切り替わる。


「冗談だよ。 またね、お姉ちゃん」

「えぇ、またね。…………って今なんて!? お~い!!」


 俺は彼女が呼び止めるのを無視して帰路につくため足を動かし続けた。


顔見せ程度に書いてたら楽しくなってIFルートも並行して作ろうかと思った今日このごろ。


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