3.鳩時計の裏っ側
「1.鳩時計の裏っ側」、「2.鳩時計の裏っ側」という作品の続編です。よろしければ、最初からお読みください。
今日も今日とて12回目のハトの鳴き声で目覚める。ぐっと伸びをしてあくびをひとつ。頭はスッキリとしており、体も軽い。実にいい目覚めだ。
今日はとてもいいことがあるような気がする。そうなれば、冒険に行かない手はない。
早速、準備に取り掛かる。お気に入りのチョッキに着替え、手袋に靴を履く。ウエストポーチを腰に巻きつけ、ロープとナイフを差し込んだ。
さて、準備は万端。歯車の隙間を縫って登ると、美しいハトに挨拶をする。扉から外へ出てカーテンレールの上に飛び乗り、カーテンをつたって床に降りた。
落ち着いて辺りを見渡したチューの目の先にあったのは、床でゴロゴロ転がるネコの姿だった。
「マーキングかい?」
挨拶もなしに声をかけてしまったのは紳士として反省しなければならないが、床を転げ回るネコはなんとも滑稽であったのだ。
「げっ! ネズミ野郎! 来るんじゃねえ!」
こちらに気づいたネコがやけに慌てた様子でテーブルの足に姿を隠そうとした。当然ながら、丸見えである。自分の体がそんな細い足に隠れるはずがないだろうに、その程度の判断もできないくらい慌てているようだ。
「ネコ君。一体なにをそんなに慌てているんだい?」
ゆっくりと近づきながら問いかけるが、ネコからは変わらず「来るな!」という言葉しか返ってこない。
「だから、なにを……」
言葉が途中で止まってしまったが、許して欲しい。そこにはピンク色のフリフリした服を着せられたネコの姿があったのだから。
「また随分と可愛らしい格好をしているじゃないか」
似合っているかどうかは別として、その服は随分と可愛らしかった。頭に被されているのは白レースのあしらわれたボンネット。あごの下で綺麗にリボン結びにされている。腰から下はふんわりと広がるスカートだ。
「あの小娘とその母親の仕業だ!!」
叫ぶネコに「なるほど」と返す。お人形の服もたしかミオお嬢さんの母上の手作りだったはず。道理で出来がいい。
「ところで質問なのだがネコ君。君は女の子だったかな?」
「生粋の男だ! ちくしょう!!」
ネコの青い綺麗な瞳から涙がにじんでいる。大笑いしてやろうかと思ったが、流石に可哀想なのでやめておく。
「ネズミ野郎! あの小娘と母親にこの服はやめろと抗議しろ!」
「自分ですればいいじゃないか」
「全力でしたわ!! 意味なかったわ!!」
牙をむき出しにしてくわっ!と叫ぶが、服装のせいで迫力がない。
「ネコである君が全力で抗議をしてダメだったなら、ネズミたる僕が頑張ったところで意味はないさ」
「くそっ! だったらこの服脱ぐの手伝え!」
「紳士たる僕にそんな大胆な真似はできないよ」
「気色悪いこと言うんじゃねぇ!!」
「ふふ。ネコ君はおもしろいな」
「俺様で遊ぶな!!」
いけないいけない。ついからかってしまった。
「そうだな。いつまでもネコ君と呼ぶのも失礼だ。君の名前を決めよう」
「あからさまに話題を変えるんじゃねぇえ!!」
「ロレーヌ、アンナ、ジェリカ」
「どれも女の名前じゃねぇか!!」
「ふふ。ネコ君はおもしろいな」
「だから俺様で遊ぶな!!」
いい加減肩で息をし始めたネコが可哀想なので、真剣に考えてみる。
「アオ……」
「は?」
「アオという名前はどうだろうか?」
「名前を真剣に考えるなぁああ!!」
ネコは空中に高く飛び上がり一回転をした。拍手を送る。
「君の瞳は粗雑な君らしからぬ美しさだ。一見すると黒とも思われるが、よく見れば青く深い神秘的な色合いが顔を出す。如何だろうか?」
「くっ……! まあ、悪かないがそれより服を」
「そうかありがとう!! 非常に嬉しいよ!」
ネコの前脚に抱きつく。お風呂に入れられたのだろうか。毛並みはふかふかだ。
「それにしても」
改めて距離を取り、猫の全体を見る。
「アオという名前なのに服がピンクとは。ミオお嬢さんと母上に相談して青のフリフリに変えていただこう」
「ふざけんなぁああ!!」
飛んで来たネコパンチを華麗に避ける。
こんなおもしろい状況、そのままにするに決まっているではないか。
おわり