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魔王帰れクロニクル

魔王『最近勇者パーティを追放されてからの復讐&ざまぁとやらが流行っているらしいので、ワガハイを勇者パーティに入れたのち追放してくれぬか』 勇者「帰れ!」


「……何でウェディングドレス着てんだこの野郎!!」


『フゥヌハハハハハ!! 良くぞ気付いたな勇者よ! ワガハイのこの新しいアヴァターは、結婚間近に不慮の死を遂げた娘さんでな』


「……本ッ当にお前の転生術って完全ランダムなんだな。あと何がアヴァターだよ、こないだまで依り代とか言ってたクセに格好良い言い回し覚えやがって。死にたてホヤホヤの死体に取り付いてるだけじゃねえか」


『それでどうやらこの娘さん、結婚式の日に旦那さんに浮気がバレてな。服毒自殺をはかったらしいのじゃ』


「いや、浮気くらいで自殺せんでも」


『間男の数は7人。婚約者込みで8股じゃな』


「……。7人は多いかな……」


『で、このアヴァターに入り込んで目覚めたワガハイに、婚約者が言ったのじゃ。「こんな事になるなんて! 責めた僕が悪かった。例え君にとって僕が8番目でも、君を愛してる。全てを忘れて結婚しよう!」とな』


「すげえな婚約者」


『そこで間男7人と新たな新婚生活を始める事を、混乱に乗じて言葉巧みに約束させてな。今しがた婚約者と間男7人とその家族たちが大勢集う中、結婚式を挙げておったのじゃ』


「悪魔か!」


『だが結婚式って割と待ち時間が多くて新婦は退屈でな。お前の城に遊びに来たと言う訳なのじゃ勇者よ! フヌゥハハハハハハハ!!』


「せめて魔王なら営利目的の犯罪にしろよ結婚詐欺とか! 善良な一般市民の人生と性癖をイタズラ半分にもてあそんでんじゃねえ! オイこらソファに座るなくつろぐな! いいから帰れ!!」


『うむ。断固断る』




 ☆




「……そもそもウチの衛兵たち、よくお前をここまで通したな」


『そうは言うても勇者よ。ワガハイのツノもツバサも王冠もアストラル体。おぬしの様に神の加護に汚染された者にしか見る事は出来ぬからのう』


「汚染言うな」


『じゃから神の加護なき者たちにとって今のワガハイは、単なるウェディングドレス姿の娘さんなんじゃよ! フヌハハハハハ!!』


「いや、だからだよ! 普通そんな女がこんな山奥歩いてたら、止めるか事情聴くかするだろ普通」


『いや勇者よ、かえって怖くないか? 何か厄介事に巻き込まれそうで』


「そうかな? そうかも」


『百歩譲って町中ならまだしも、こんな森林限界突き抜けた岩と苔しかない山奥の古城の近く歩いとるウェディング姿の女なんぞ、まず間違いなく妖怪か物狂いのたぐいじゃろ』


「ま、まあそうかも知れんな」


『この山奥の城に来るまでに山羊と野兎しかすれ違わんかったぞ。こんな山奥にウェディングドレス一丁の女が居たら、ワガハイでも恐くて声かけぬわ。町中なら良いが山奥では――』


「山奥山奥うるせーなさっきから!! 誰のせいでこんな僻地に押し込まれて飼い殺しになってると思ってんだ!!」




『……む?』


「……」


『……! いや……』


「……」


『……? ……。ワガハイのせい……なのか?』


「そーだよ!! 長考したあげく意外な真実に気付いた顔してんじゃねーよ! お前のせい以外の何があんだよ!!」


『でもワガハイ、おぬしに殺された被害者じゃろ、どっちかっつったら。しかも一度や二度ではないぞ。もう三桁近く殺されまくっておるぞ?』


「だからだよ!! 倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても倒しても即復活しやがって!! テメエを最初に倒した時に『ワガハイを倒しても、第二第三の魔王が〜』とか言ってやがったが、限度ってもんがあんだろうが!!」


『うむ。ワガハイも途中で気付いたが、千年の封印が解けるのはあと二百年後じゃからな。本体を倒さぬ限りこうしてアヴァターを手に入れて復活するのじゃよ。フゥヌハハハハ!!』


「寝てろよあと二百年!」


『勇者よ、おぬしは8時まで寝れるのにうっかり6時に起きた時、二度寝する派? ワガハイは起きておく派じゃ。二度寝すると時間通りに起きれん時があるじゃろ?』


「永眠してろよ! お前のせいで俺が何て陰口叩かれてるか知ってるか?! 『ムダ勇者』だよ『ムダ勇者』!! 捕まえて監禁してても勝手に死んでどっかよそで転生するしよー! 封印術とかも効かねーしよー! 弱いくせにお前ホント何なんだよもー!」


『フヌハハハハハ!!』


「お前の本体が復活する二百年後なんてオレ絶対生きてる訳ねーしよー! 教会もお前退治すんの諦めて二百年後の準備始めるしよー。帝国や教会の重鎮にお前が転生しちゃったら大変だから、余程の害が無い限りはもう無闇に魔王を殺すなって、法王庁に釘さされるしよー」


『その割にワガハイをスナック感覚で殺してない? 勇者よ』


「こないだなんてラクガキしてるお前殺したら、法王の爺さんから呼び出されて直に怒られたんだぜー? 『ラクガキごときで殺しちゃダメ』って」


『それは法王殿が正しいじゃろ』


「割れ窓理論知らねーのかよ! 全ての犯罪はラクガキから始まるって言ってもあのジジイ聞きゃあしねえ! てかお前ももっと重い犯罪しろよお前! もっとこう! 軍を掌握してクーデターとか虐殺とかあるだろ!! オレにお前を殺す口実をくれよぉー。世界を救いたいんだよオレはよぉー。オレにお前を殺させてくれよぉーたのむよぉー」


『はた迷惑なメサイア・コンプレックスをこじらせておるのう』


「本当ならお前をブッ殺して世界の平和を取り戻して可愛い子をはべらせてキャッキャウフフのハーレム性活の予定だったのによー。聖剣に選ばれたり教会に勇者認定受けたり他の勇者の末裔を蹴落したり今までの努力が全部ムダじゃねーかよー」


『勇者サイドも大変だったんじゃのう。しかしハーレムの夢は叶っとるじゃろ。この城の衛兵からメイドから庭師から、執事の爺さん除いて全員おなごではないか』


「違うんだよ判ってねーな魔王! 見たかよやつらのあの視線! どいつもこいつも俺のおいなりさんを狙ってやがる! そりゃあ俺に残された唯一の仕事はこの血を二百年後に残す事だよ? でもあの女どもみんな肉食の猛禽類みてえな目をしてんだもん。多分オレがOKだしたら廊下でもおっぱじめるぞ奴ら。そんなんじゃ俺のナイーヴな機動戦士は立ち上がらねーんだよ!」


『繊細な奴だのう』


「もっとこう! あるだろ! おしとやかっての? 性にガっつかない感じっての?!」




『そういう要望を教会に出してみたらどうじゃ?』


「いや、もう出してる。ただ細かい要望言い過ぎて、選定に時間が掛かってるみたいでなあ。半年ほど音沙汰なしだ。まあ、何せこの勇者様の跡継ぎを産んでもらう子だからな。教会が時間をかけるのもしょうがない。気長に待つさ。うふふふふふ」


『そんなに難儀な条件なのか?』


「出した条件はそんな特殊なもんじゃないつもりなんだがなあ。別に高貴な血筋とか整った顔立ちとかじゃなくて良いんだ。こう、どこにでも居そうな感じの、優しくて、控えめで、利発で、気が利いて」


『ふむ』


「でもきっちりと意思表示は出来て、あまり騒がしくなく、でも元気で、もちろん健康的で」


『ふむ』


「オレの事を世界一好きでいてくれて、とうぜん浮気はせずに、一筋な」


『ふむ』


「ボーイッシュな、一桁の、男の子だ」




『……』


「……」


『…………勇者よ』


「何だ?」


『要る? 「ボーイッシュ」』


「要るだろうが!! 戦争になんぞコラァ!!!」


『そうか。要るのか。すまんな。男の子を形容するのに「ボーイッシュ」が必要か否かの専門知識が無くてな。おぬし程の重篤な患者が言うのならばそうなのであろう。……ん? しかしそもそもの話は、おぬしの世継ぎを残す伴侶選びでは無かったか?』


「フッ。魔王よ。オレは聖剣に選ばれ魔王を倒すという奇跡を起こした程の男だぜ? しかも何十回もだ! 男の子一人孕ませる程度の奇跡、起こせなくってどうする!!」


『……おぬしが聖剣に選ばれてしまう辺り、勇者の血筋も余程人材不足だったんじゃろうのう。とりあえずワガハイが小さな男の子になってしまった時には、ここに来るのを控えるとしよう』


「え~? 来てよ来てよ~。オレと魔王ちゃんの仲じゃな〜い♪」


『怖い怖い笑顔が怖い』


「ホラ。オレも中身が魔王だって分かってれば良心の呵責なく心おきなく性的イタズラ出来るしさあ。WinWinじゃん♪」


『男の子の中身がワガハイと知ってて心おきなく性的イタズラが出来るお前の倫理観が怖いわ』




 ☆




「で? 何しに来たんだよ今日は。オレ領主だから忙しんだよジグソーパズルの制作で」


『有意義な人生の使い方じゃのう。さっきも話したが、勇者パーティに入れて欲しいのじゃ』


「そうかパーティがしたいのか。じゃあティーパーティだ。それ、紅茶を入れてやろう。しかもお前の好きなブランデー入りのロイヤルミルクティーだ。砂糖は三つだったな? 茶受けにモロトフのクッキーも三枚つけてやろう。缶入りのヤツだぞ。それを飲んだらとっとと帰れ」


『ワガハイの好みを良く知っておるのう』


「オメーが何度も何度も何度も何度も何度も何度もオレん家にひやかしに来るからだろうが!」


『言っておくがそのパーティではないぞ? ザクザクザクザク』


「判ってるよこの野郎。勇者パーティが何だって? ザクザクザクザク」


『美味いなこのクッキー。うむ。近頃ちまたでは勇者パーティから追放された者が成りあがって、勇者を見返して「ざまぁ」する事が流行っておるのじゃ』


「どこのちまただよ?! オレ仲間を追放した事なんて一度もねーよ!」


『おぬしの話ではない。この世界には実は他の世界へと繋がる次元トンネルがあってな。多次元宇宙に存在する億万の世界は、全て次元トンネル「ナロー回廊」で繋がっておる』


「……。変なオクスリきめてんじゃねえだろうな?」


『それで千年間封印されておる間ずっと暇じゃったからな。我がアストラル体だけを飛ばして色んな世界に出かけ、そこを見回るのが趣味になってしまったのじゃ』


「出かけて戻ってこないでくんねえかな」


『そして億万の世界では往々にして不可思議な現象が発生しての。一つの世界で起こった出来事が、近似世界で同時多発的に起こる。シンクロニシティじゃ!』


「で、そこで今絶賛シンクロ中なのが勇者パーティからの追放からの復讐からのざまぁって奴か。そんなに居るの? 勇者って」


『うむ。大抵は一つの世界に一体以上の個体が確認されておる。そして今現在も数多くの若者たちが、勇者から様々な理由で追放の憂き目にあっておる。珍しい事ではない。勇者が仲間をパーティから追放するのは大自然の摂理よ。だからおぬしも恥じる事無くワガハイをパーティから追放するが良いぞ?』


「そもそもお前はパーティのメンバーじゃねえ! よしんば冒険者の宿で見かけてもパーティには入れねえよウェディングドレスで徘徊する魔王なんて!」


『というか、他の連中はどうしたのじゃ? お前のパーティメンバーは』


「あー。あいつらなぁ」




 ☆




『最初のワガハイを討伐した時以来、ずっと顔を見ておらんが』


「もう三年も前だもんなあ。最初のお前を殺したの。最初のお前は依り代がエンシェントグレーターデーモンだったせいで、もの凄く魔王感有ったなあ」


『うむ。あの時はワガハイも封印が二百年ほど巻きで解けただけだと思っておったからのう。あの頃はお互い、若かったのう……』


「何の話だよ。で、二人目のお前を殺すまでに半年くらい間が空いただろ? そん時ちょっとゴタゴタしてな。ホラ、ウチのパーティに神官居ただろ?」


『あー。あのベリショで日焼けしてやたらスポーティな神官服着て語尾が「~ッス!」な、無自覚エロスの塊みたいな娘か』


「そうそう。あいつ実は教会がオレに寄越したハニトラ係だったんだよ。教会が俺の好みのボーイッシュを曲解したらしくてな」


『いや、それが普通のボーイッシュだと思うが』


「まああいつもサバサバした性格だし、ハニトラ関係なく仲間として上手くやってたんだけどな。魔王討伐した後に、ってか一人目のお前を倒した後に、あいつが妊娠してな」


『おお。おぬしはそっちもイケるクチか』


「俺じゃねえ。妊娠の相談されたのは魔王討伐の祝勝会の席よ。で、どうしたもんかと神官の相談に乗ってた所へ、戦士と魔法使いがやっきてな。話があるっつうんだよ。んで、パーティ四人がそろってる所で、そいつが言ったんだ。『勇者すまない。神官の子は俺の子だ』ってな」


『ん? それは戦士と魔法使いのどっちが言うたんじゃ?』


「両方」


『わーお』


「戦士も魔法使いもその瞬間まで神官が二股してるの知らなかったらしくってなあ。修羅場だ修羅場」


『親近感の湧く状況じゃが、ワガハイの様に平和的共有には至らなんだか。やはり人類は愚かじゃ』


「それはお前んちの旦那がおかしーんだよ。んで、戦士にも魔法使いにも大貴族のケツモチがいてな」


『ヤクザか。パトロンと言え』


「そのパトロン同士が魔王討伐の祝勝会で、ガチ戦争始めてなあ。まあ死ぬわ死ぬわ。パーティはその場で発展的解散。それ以来オレは仲間は持たずにソロ狩り派になったんだ」


『うむ。話は判ったから早うワガハイを勇者パーティに入れてくれ』


「ビタイチ聞く気ねえなこの野郎。オレはもう仲間なんてうんざりなんだよ。魔物を狩る時はな、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」


『そういうの良いから。早く』


「チッ。うるせーなあ。じゃあハイ。魔王さんを魔王だけどパーティの仲間にしまーす」


『やったあ!』


「で、魔王さんをパーティから追放しまーす。理由は魔王だから。これで良いんだろはよ帰れ」


『違う! そういう戸籍ロンダリングみたいなヤツじゃないんじゃ勇者よ! せめて一回は一緒に冒険してからの追放じゃないと、仲間からの信頼を裏切られた悲しみとかそれに続く復讐物語と「ざまぁ」に重みが出ないじゃろうが!』


「いーよもー。つうか復讐したいんなら追放関係なくやれよ。復讐する理由なんていくらでもあるだろ。言っちゃなんだが最初のお前を殺す時にオレ割とひどい事やったぞ? 魔王四天王のダークスレイプニルの故郷を火の海にしたり、魔王四天王のエンシェントサキュバスをウチの戦士が寝取ったり」


『うむ。そういう昔の手下なんぞ割とどうでもいいし』


「どの口で仲間からの信頼だの言ってやがる。いいからもう帰れよ!」





『チッ。強情な奴じゃ。しかし良いのか? 勇者よ。ワガハイを自らの領土に招き入れておきながら、そんな態度を取って』


「……なに?」


『ワガハイの意のままにならぬというのであれば、この城に住む貴様の配下がいかな恐ろしき目に逢うか! ここに住む者たち全て、もはやワガハイの人質であるのだぞ!』


「くっ?!」


『勇者よ! 貴様がワガハイと一緒に冒険するまで、ここに住み着き怪奇ウェディングドレス女としてこの城の七不思議に加わってやろうか?! フヌハハハハハ!!』


「くっ! うぜえ! あとお前が笑う時にやるそのポーズ」


『フヌハハハハハ! これか?』


「そうそれ。今まではアホっぽいと思ってたけど、ウェディングドレス姿の女がやると妙にサイコで怖ぇな!」


『そうか怖いか! 魔王たるワガハイのもたらす恐怖に怯えるが良いぞ勇者よ! フヌハハハ!』


「まあ、お前がプロデュースしたがってる恐怖とは別ベクトルだとは思うが」


『それそれ! フヌハハ! フヌハハ! フゥヌハハハハハ!!』


「…………。この城の七不思議が八不思議に増えるのが嫌だからって理由でお前殺しても、また法王の爺さんに説教されるかな?」


『うん。多分のう』


「はあ、じゃーもー判ったよ。一回だけ冒険に連れてってやる」


『ウェーイ!! フヌハハハハハハ!!』




 ☆ ☆ ☆ ☆

  ☆ ☆ ☆ ☆




 老紳士が勇者に足早に歩み寄り、顔をほころばせつつ声をかけて来た。



「おお、お聞き致しましたぞ勇者様! やっとお世継ぎのお相手を決められたのですな! ははあ。そのお方で御座いますな。これはこれはお美しいお嬢様で」


「いや、執事さん。コレ魔王」


「へ? 魔王?」


『フヌハハハハハ!!』



 ウェディング姿の女が両手の指をカギ爪のように曲げ、威嚇する様に頭上に掲げる。



「……。ええと、勇者様。その、ま、魔王様、と?」


「違う!」


『フヌハハハハハ!!』


「そ、それは失礼致しました……」



 信じられぬものを見たような顔つきで勇者たちを見送る執事。

 彼を背に、魔王が高笑いに笑う。



「フヌハハハ! 見たか勇者よ、あの執事の爺さんの顔! ワガハイが魔王だと知り恐れおののいておったわ!!」


「執事の爺さんが恐れおののいてたのはお前が魔王だという事じゃなく、魔王たるお前がウェディング姿で徘徊してる事じゃねえかな」



 城の中を先導する勇者が呆れた様に言う。



「しかもあの爺さん、お前を魔王と知った後もナチュラルにオレとお前をカップリングさせようとしやがって。中身が魔王な女と付き合う訳ねーだろーが! オレを何だと思ってんだ! なあ?!」


『おぬしをほぼ正確に把握しておると思うが。理解者に恵まれて良かったのう、勇者よ』


「全くここは変態ばかりだぜ」



 魔王を無視し、勇者が城の外の騎士団宿舎へ入っていく。


 しばらくののち、勇者が騎士団の宿舎から戻って来た。



「うし。巡回騎士団長のオバちゃんに仕事を貰って来た。すげえスネてたけどお前が魔王だって説明したらウキウキで情報くれたぞ。あとランチの約束させられた。ホレ、貴重なオレの昼飯を犠牲にして勝ち取った仕事の依頼、ゴブリン退治だ」


『え〜ゴブリン〜? 折角だしワガハイもうちょっと歯ごたえのある苦戦するようなモンスター退治がした~い』


「るせー! オレとお前が組んで苦戦するようなヤツが居たら、そいつが新たな魔王だよ!!」


『何その格好良いフレーズ』


「やかましい。ええい、贅沢言うな。お前がうっかりドラゴンとかに転生しない様に強いモンスターはもう狩り尽くしてんだよ。この国にはもう、狩っても狩っても湧いてくるザコモンスターしか残ってねえ」


『ちぇ〜。仕方が無いのう』



 馬屋に入り、勇者が愛馬にまたがる。鞍の上から魔王に手を伸べた。



「近くの集落だ。ほら、オレの馬の後ろに乗れ。……本当にジャマだなお前のウェディングドレス。着替えてこない?」


『うむ。断固断る』


「横座りに乗るな! カノジョか!」



 ☆




 ウェディングドレスの裾をたなびかせ、勇者と魔王がハイランドを駆ける。

 供をするのはハゲタカと山羊ばかりである。

 事情を知らぬ者から見れば、それはさながら愛の逃避行のようであった。


 勇者の居城より馬で小一時間ほど。山肌にへばりつくように、山岳民族の簡素な集落があった。

 集落の間で勇者が馬を降り、柵に愛馬をつなぐ。



「おーここだここだ。最近急にゴブリンたちの気が荒くなってな、この村の人たちが困ってるらしい」


『あちらで女性たちが井戸端会議しておるのう。話を聞いてみるか』


「フン。素人まる出しだな魔王。聞き込みするなら断然こっちだ」



 そう言って、勇者がかかしの前で遊ぶ子供たちに近づいた。



「お〜可愛いねえ♪ そっか〜、ジョンくんっていうのか〜♪ ジョンくんは何歳かな〜? 5歳かぁ〜♪ 偉いねぇ〜♡ ホラ、おじさんのお家はあの丘の向こうにあるお城なんだよ〜? 一緒にお昼を食べに行かないかい?」


『おお、おお、母御殿! 勇者が来ましたぞ! 男の子を隠しなされ! 城に連れ去られてしまいますぞ! お子と一緒にお逃げなされ! 家の中へさあ早く!』



 恐るべき領主の噂はこの地にも届いていたのか、親たちが我先にと子供をさらって家の中へと逃げてゆく。



「おいテメー何やってんだ魔王この野郎!! オレはここの領主なんだぞ?! 領主なのに領民の男の子を視姦する自由すらねーのかよ!!」


『有ると信じて疑わないおぬしの瞳の眩しさよ』



 その時、村の反対側からけたたましい犬の吠え声と羊たちの鳴き声が響いた。

 続いて羊飼いの叫び声が聞こえた。


「ゴブリンだー! またゴブリンがでたぞー!!」



 勇者と魔王が駆けていくと、そこに居たのは紛れも無いゴブリンの一団であった。

 子供程の大きさの小鬼が十数匹。羊を追い回し、羊飼いや牧羊犬を威嚇している。



「おい羊飼い、村へと逃げろ! 塀の中に入って女子供を守れ!」


「あ、有難うごぜえますだ領主様!」



 そう言って羊飼いたちが犬を抱えて逃げていく。

 羊たちを追いかけていたゴブリンたちが、一斉に勇者の気配に気づき固まる。

 その隙に、羊は散りぢりに山の斜面を逃げてゆく。


 勇者がすらりと剣を抜く。

 その横で魔王は感慨深げであった。



『おお、おお、魔物は迫害されていると聞いたが、こんな僻地にも悪の命が芽吹いているとは。今しばらくの辛抱じゃぞゴブリンちゃんたち。今より二百年ののちには、悪の栄える日が来るからのう。それまで元気に暮』


「全体化・三重化・ファイアーボールッ!!」



 勇者の放った三つの火球が爆炎となり、ゴブリンたちを焼き尽くした。



『ゴブリンちゃんたちーッ?!!』


「うるせえこの野郎今のお前は冒険者だろうが」


『おお、そうか。そうであったなフヌハハハハハ!』


「じゃあまあ討伐成功って事で。お疲れっしたー」


『は、早いのう』


「じゃあこれ必要経費引いた報酬です。二人なんで半分ですねー」


『あ、ど、どうも』


「んじゃこれで魔王さん追放でーす。お疲れっしたー」


『お疲れっし――ちょっと待てい! これでは冒険者パーティからの追放でなく日雇い駆除業者の現地解散ではないか!』


「そうだよ冒険者なんて日雇いの駆除業者だよなに冒険に夢見てんだよこの野郎!! 今じゃ勇者だなんだ言われてるけど駆け出しの頃なんてず~~っとこんなだったんだぞ追放とかアホくせえ一回の冒険で即解散とか当たり前なんだよ冒険者稼業は!!」


『そ、そうじゃったのか……』


「何か懐かしくなって昔のマネゴトしてみたけれどよく考えたらクソみてえな思い出しかねえわ!! 下の人間の苦労も知らねえセレブが軽はずみに冒険者になりたいなんて言ってんじゃねえ!!」


『うむ。何かすまんな……』


「判りゃー良いんだよ判りゃー。ああそうだ。足跡辿ってゴブリンの巣を見つけてそこも焼いとかねえとな。後で契約不履行だかといっつもアラ捜しして難癖付けて依頼料値切りやがってあのごうつくジジイが。今度会ったらあの冒険者の宿燃やしてやる」


『だ、誰の話じゃろうのう……』



 そう言いつつ、勇者がゴブリンの足跡をたどってゆく。

 斜面の崖に開いた、小さな洞窟。そこに足跡は続いていた。



「ここか? でも足跡古いな。それに何か争った形跡が。中見てくるから待ってろ」


『うむ』



 そう言って勇者が洞窟に入ろうとしたその時。中から一人の男が現れた。



「ハハハ!! それには及びません! やっと見つけたぞ、勇者!」



 ゴブリンの洞窟から現れたのは、一人の魔法使いだった。

 魔法使いは明らかな敵意のこもった眼差しで、勇者を睨み付けていた。

 その男の顔を見て、勇者の顔が驚きに変わる。



「おお! お前はオレの仲間だった魔法使いの!」


「そうです! 勇者!」


「魔法使いの……魔法使い!」


『……』


「その! 魔法、使い、の、アレだ!」


「……」


『おぬし……仲間の名前忘れたのか?』


「忘れてねえ! ノドまで出かかってんだよ! ええと、そうだ! メガネだ!」


「それは名前じゃない!」



 我慢できずに魔法使いが叫んだ。

 しかし勇者は引くことなく押し通す。



「いやでもアダ名はそうだっただろ?! なあメガネ!」


「メガネをかけ始めたのはアナタに追放された後です!」


『勇者。おまえ……』


「あーはいはい名前はド忘れした忘れましたよだから何だよもう。てか久し振りだな、三年ぶりか? 今日は何の用だ、メガネ」


『メガネで押し通すことにするのか』



 メガネがローブを払い、懐から魔法使いの杖を取り出した。

 その杖の先を、勇者に突き付ける。



「何の用か、だと? ボクを勇者パーティから追放したアナタに復讐しに来たんだ!!」


『え? え? 追放? 復讐? マジ?!』


「嬉しげにそわそわしてんじゃねえ。オイちょっと待てメガネ! 追放じゃなくって解散だろ?」


「いいえ! 結果的には解散でも、まず追い出されたのはボク一人でした! 次の日に解散です!」


「一日のズレじゃん細けえなあ」


「そのたった一日のズレで! ボクは彼女をあの忌々しい戦士に寝取られ! ボクを応援してくれた貴族たちからも縁を切られ! 両親は離婚し! 実家はダムの底に沈み! 新興宗教に騙され! 視力は下がり! 今だに年齢=彼女居ない歴! 何もかもアナタのせいだ!!」


「うん。だってお前いっつもそんな感じでウザかったから……」


「ここ数日この穴に隠れてアナタを観察していましたが。ボクはどん底人生を歩んでいると言うのに! アナタはこんな隠れ里でハーレムを築き、領内をウェディング姿の女性と朝のお散歩とは!」


「ゴブリンお前のせいか。いや、メガネ。こいつはな」


「許せない! 勇者よ、アナタにもボクの不幸を分けてやる!!」


『隣の芝生は青く見えるもんじゃのう……』



 しみじみと魔王がつぶやく。

 その前で、魔法使いが懐から一つの壺を取り出した。



「これは、魔王崇拝教団から購入した、魔王を召喚する壺だ!」



 勇者が横に立つ魔王を見る。

 そして小さな声で耳打ちする。



(え? そんなのあんの?)


((いや、無い))


(……さっき新興宗教に騙されたとか言ってたが学ばねえなメガネ)



 勇者と魔王のひそひそ声に気付かず、メガネが壺を天に掲げる。

 その壺を地面に投げ、粉々に叩き割った。



「さあ! 出て来い魔王よ!!」


(おい、魔王呼んでるぞ。行ってやれよ)


((嫌じゃ。流石に気の毒過ぎるじゃろ))


「どうした?! 出て来い、魔王! 魔王ーーッ!!」


(ホラ。呼んでんだから後ろからご本人登場してやれって)


((嫌じゃ。おぬし絶対面白がっとるじゃろ))


「魔王! 魔王! なぜ出てこないッ?! そんな、ボクの全財産が――!!」



 打ちひしがれた様子のメガネが、きっと勇者を睨む。

 そして懐から一つの宝珠を取り出した。

 勇者はその宝珠に見覚えがあった。



「くっ。壺はもういい。勇者! これが何だか判るか?!」


「そ、それは竜化の宝珠!!」


「そう。国の宝物庫から持ち出してきました。元々はボクらの見つけた物なんです。ボクが有意義に使ってやる!!」


「止めろメガネ! 竜化の宝珠は使用者を永遠に竜化する呪われた宝珠だ! 元に戻れなくなるぞ!」


「ははは! この宝珠に封印されているのはただの竜では無い! この世界と共に誕生した、原初の魔竜です!! はは! アナタのその動揺した顔! 勇者すら、この宝珠のもたらす力を恐れているという何よりのあかしです!」


「くっ! 止めるんだ!」


「ならば尚更だ! ボクは使う! この宝珠を使って、ボクは竜になってやる!」


「止めろ、早まるな! いくら人間にモテないからって竜の彼女を作ろうなんて倒錯が過ぎるぞメガネ! いや、元からそう言う趣味なの? じゃあ他人の性癖に口を出すのは止めるけどさ!」


「……」


「ウロコとかのフェチだったの? 気付かなくてゴメン! 竜フェチとかレベル高ぇなメガネ! だがドラゴンってどいつもプライド高い体育会系だからオタクのお前がドラゴンになってもモテるとは思えな」


「お前を殺す為にドラゴンに成るんだよ!! せめてそれ位は理解しろよ勇者!!!」



 メガネが竜化の宝珠を大地に叩き付けた。

 割れた宝珠から漏れ出した瘴気が竜の形を作り、メガネにまとわりつく。



「うおおおおおお!!」



 メガネの姿が歪に変形してゆく。巨大化するメガネの顔からメガネが落ちる。

 瘴気が晴れ、そこに居たのは最早メガネではかった。一匹の巨大なドラゴンであった。



《ハハハ!! ボクハ、手ニ入レタゾ! 強大ナ、魔竜ノパワーヲ!!》


「ええ?! オレを殺す為にドラゴンになっちゃったの?! じゃあ、オレを背中に乗っけて飛んでくれたりとかは?!」


《ヤラナイ!》


「じゃあ、ドラゴンの彼女作った後で、ドラゴンの夜の生活をオレに教えてくれたりとかは?!」


《ヤラナイ!!》


「そんな!!」


《勇者メ! キサマノ、イカレタ妄言ニ、付キ合ウノモ、コレデ最後ダ!! ワレハ! ワレハ――ッ?! ウグ、グゴゴ!!》



 メガネを失った魔法使いの眼から、見る間に知性が失せていく。

 もがき、よだれを垂らし、野性的な咆哮を上げる。

 魔法使いの意識は、もう完全に原初の魔竜に飲み込まれていた。


 勇者がドラゴンに踏まれ砕けたメガネを拾い上げ、握りしめた。



「魔王……。判るか」


『ああ。これが、勇者パーティから追放され、復讐を試みた者の末路、か……。何と醜く、何と滑稽で、何と哀れな事か……。ワガハイは、こんなものに憧れていたのか……』


「メガネ、いや、魔法使い……。せめて俺の手で殺してやろう。それが、お前へのせめてもの情け……」



 ドラゴンの口内に、ファイアブレスの火が灯る。

 しかし、それが打ち出されるよりも、さらに早く。

 勇者と魔王の魔法がドラゴンに炸裂した。



「三重化・貫通化・アイスコフィンッ!!」


『先鋭化・継続化・インフェルノペインッ!!』



 無数のつららと地獄の炎が、原初の魔竜を凍らせ、貫き、焼き焦がした。

 魔竜の巨体が倒れ、瘴気がその身体から失せてゆく。



「死んだか。安らかに眠れ魔法使いよ。オレはお前の事を忘れな――」


「うぐ……。ボ。ボクは何をして……」


「……」


『……』




「最大化・赤熱化・メテオハンマーーッッ!!」


『毒化・五重化・グリムリーパーズスラッシャーーッッ!!!』



 空からの隕石と五人の死神の鎌が、魔竜をズタズタに引き裂いた。

 魔竜の巨体が再び倒れ、瘴気がその身体から失せてゆく。



「死んだか。安らかに眠れ魔法使――」


「ボ、ボクです勇者様……魔竜に意識を」


「魔法貫通化・アイスストーーム!!」


『非実体化・デビルズカース!!』


「倍化・ファイアストーーム!!」


『イビルブラスト!!』


「連結化・チェインライトニング!!」


『……』


「……」


『…………』


「チェインライトニング!!」


『念入りだのう』


「…………。ぺっ。やっと死んだか。安らかに眠れ魔法使いよ。オレはお前の事を忘れない。空に高い、いい場所だろう? その魂よ、せめて天国に向かってくれ……」


『それは一応言うのか』



 魔竜の死体が、はらはらと光の粒子になって天へと昇っていく。

 魔王が切なげな表情でそれを見送る。



『勇者よ、ワガハイは学んだ。復讐がいかに愚かしい行為かを。退屈な日常のあまり、非日常の冒険に夢を見てしまったのだ』


「ああ。哀しい犠牲だったが、気付いてくれてよかった」


『ワガハイも復讐など忘れ、日常に帰るとしよう。ワガハイには戻るべき日常がある。愛する夫と7人の間男との、退屈ながらも心休まる日常が』


「……。今思ったんだが、お前の家庭環境って白雪姫みてぇだな」


『白雪姫か。ふふ。ならば今が夢から醒める時と言う訳だ。フヌハハハ……。さらばだ、勇者よ』


「おう。帰れ。奇特な旦那さんと仲良くな」


『ああ。有難う』


「もうそのまま一生を終えろ。二度とここに来るなよ?」



 勇者が手を振る。

 手を振り返し、魔王が帰ってゆく。

 戻るべきマイホームへと。



「ああ、魔王が行っちまった。……徒歩で。……本当に徒歩で帰るのか。ふもとまででも結構距離あるぞここ。……魔王のくせに飛べないのか、あいつ。まあ、翼、アストラル体の飾りだもんな。…………やっぱこんな山奥に一人でウェディングドレス姿は怖いな。普通に妖怪か何かだな。やっぱオレも声かけないな。…………まだ見えるな。まーた手ぇ振ってるよ。ここ障害物無いからずっと遠くまで見えるんだよな。あいつも気を使って山の尾根の方に隠れるとかしてくんないかな。こう、帰るタイミングが難しいよな。……ここに住んでる人たちは知り合い見送る時とかどうしてるんだろ? まあいいか、さて」



 勇者は愛馬の首を、自らの居城へと向けた。



「昼飯食うか」




[終わり]

かなりベッタベタな勇者魔王コントになってしまいました。

皆様からのご意見ご感想ご評価お待ちしております!


6/27、連載版はじめました! 勇者と魔王のバカコントは、今後はそちらに投稿します。


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― 新着の感想 ―
[一言] もうこの勇者にはゴブリンに半ズボンとシャツを着せて、顔はマスクで隠したのでも与えておけばいいんじゃね?(適当) 子種だって事後に回収して使えば妊娠できるでしょ。
[一言] 根本的な話。 この魔王、復活しても問題無いよね?(ボソッ)
[良い点] ツッコミ不在の恐怖。 [一言] 聖剣はなんでこんなのを勇者に選んでしまったのか。
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