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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

画面の向こうのヴァーチャルマイチューバー

 動画配信サイトを開いてモニターに齧り付く様に、井上スグルは画面を凝視していた。

 数多く投稿される動画の中に『ヴァーチャルマイチューバー』というジャンルがある。


 3Dで作られたキャラクターが喋ったり動いたりする動画の総称だが、その動きは現実の人間をトレースしているため、とても人間臭い動きを見せられるのが特徴だ。

 可愛らしい声も相まって、スグルはヴァーチャルマイチューバーにすっかり魅了されてしまっていた。


「ハーイ! クロイヒカリだよー!」


 いつも通り、きっちり二十三時に投稿された動画を観賞しつつ、スグルはもう一方でツブヤイターを立ち上げる。この動画は配信されると、その三十分後に動画の感想を求める呟きが公式からツイートされるのだ。


 その呟きにいち早く反応し、リプライを飛ばすことが彼のステータスでありアイデンティティでもあった。


 何と返信を返せば反応してくれるかと考えながら、スグルは動画を見続ける。十五分に満たない動画もそろそろ終わりに近付き、あとは次回配信予定の宣伝をするだけという時。


 画面の向こうでクロイヒカリが驚くべき次回の内容を発表した。


「次回は視聴者参加型企画を考えてるよ! 参加希望の方は、このあとのツイートにリプライしてね!」


(視聴者参加型だって!?)


 内容は後日発表とのことだが、是が非でも参加したいとスグルの心が逸る。予めリプライの内容をメモ帳に書き込み、そしてコピー。参加者が先着順かは分からないが、早ければ早いだけ目に止まりやすいのは確実なのだから。


 マウスを持つ右手がじっとりと汗ばむ。ツブヤイターが更新されるのを、今か今かと待ち続け、そしてついにツイートが流れた。緊張で指先を震わせながらも、いつも通りの作業だと手早く書き込み内容を貼り付ける。それが終わると、すぐに自分のリプライが何番目なのかを確認した。


「くそッ!! 三番目かよッ!!」


 今日だけは絶対に一番を取りたいと願い、実際いつもよりも素早く反応出来た気がしていた。なのに三番手という結果に、スグルは落胆と怒りを隠さず、思わずキーボードを叩き付けていた。


 ガシャっと音を立てて飛び跳ねたキーボードに、ハッと我に返って壊れていないかを確認して安堵する。だがすぐに怒りは再燃し、ベッドにあがると枕を殴りつけて発散するのだった。





 その三日後。

 予告された配信予定時間に、スグルは恨みの篭った目で画面を睨みつける。どのような企画かは知らないが、そこは自分がいるべき場所だったのにと。

 しかし動画が始まると、その気持ちは霧散した。


 画面の向こう。いつもの挨拶で現れたクロイヒカリの手には、鈍く光るノコギリが握られている。その隣には見慣れないモブキャラクターの姿。なんとなく嫌な予感がしつつも、スグルは目が離せなくなっていた。


「予告通り、参加希望の視聴者さんに来てもらったよー!」


 不穏な空気を感じさせない明るい声で、普段の調子を崩さずクロイヒカリが言った。このモブキャラの中身は視聴者なのだと。


「じゃあ、今から解体ショーを始めるねー」


 そう宣言し、手にしたノコギリをモブの体に宛がう。モブは姿形こそ人型だが、その顔はマネキンのように目も口もついていない。ゆえにどんな表情なのか窺い知ることが出来なかった。


(……は? 嘘だろ?)


 解体ショーという残酷な企画主旨を当たり前のように言い放ち、クロイヒカリは腕の付け根に宛がわれたノコギリをゆっくりと挽き始めた。


 ――ビクンッ!


 瞬間、モブは背中を弓なりに曲げ、跳ねるようにもがき始める。


 だが声は出さないし、動きを制限されているのか走って逃げることもしない。ただその場でジタバタと体を捩り狂わせるだけだ。


 ギコギコ。ギコギコと。


 挽かれ続けたノコギリが、ついにモブの腕を胴体から切り離した。ビクンビクンとモブが痙攣している。音声があるならば、耳を劈く絶叫が木霊していることが容易に想像できる。

 スグルは目を背けたくなった。


 そんな視聴者の気持ちと痛みに暴れるモブを尻目に、クロイヒカリは反対側の腕に狙いを定める。

 そうして両腕、両足を切り離していく。


 淡々と……。単調に……。ギコギコ。ギコギコと……。


 最後に首を切り落として、解体ショーとやらは漸く幕を閉じた。


 なんて悪趣味なと思う一方で、この企画はただのドッキリ企画だったんだなとスグルは思った。他の視聴者からも随時コメントが呟かれるが、そのどれもがフェイクショーを楽しむものばかり。


『こえぇよwww』『我々の業界でも拷問です本当にありがとうございました』『俺のアレも切り取ってくれぇぇ』


 こんな調子である。

 モブの迫真に迫った演技に肝を冷やしていたスグルも、そりゃフェイクだよなぁと、ようやく体に血が回り始めるのを感じた。画面の向こうでは、解体ショーを終えたクロイヒカリが次回予告を始める。


「今日の犠牲者君は、一番早くリプライを飛ばしてくれた方でしたー! 次回は二番目。次々回は三番目の方まで参加してもらうので、よろしくねー!」


 ビクッと体が震え、血液が一瞬にして凍りつく。


(次々回が三番目……? 三番目って俺じゃないか!?)


 今日の動画はフェイクだと信じようとしていたスグル。これがフェイクであるならば、この間のリプライは関係がなかったことになる。実際の人間にコンタクトを取り演技をしてもらうなど、企画主旨をバラされる危険があるだけで、なんのメリットもないのだから。


 だがクロイヒカリは参加者はリプライ順だと言ってのけたのだ。そんなことはありえないと、スグルは急いで前回のツイートを調べなおす。


 自分のリプライは確かに三番目で、そして一番目。その名前には見覚えがあった。いつも自分とリプ順を競い合うような、ライバルとも言える奴だった。全ての動画投稿後にツイートをしているこの人物だが、そのツイートが昨日からぱったりと止まっている。



 嫌な汗を背中に感じた。



(いやいや! そんなことありえないだろ! だって、だって今のが本物だったとしたら)


 見せられたのが本物の殺人ショー。そんなことは絶対にありえないと頭を振る。

 その時、ツブヤイターの画面上にピコンとダイレクトメールを知らせるマークが点灯した。タイミングの不気味さに、しかしスグルは恐る恐るとカーソルを合わせてクリックする。


『今の動画ご覧になりましたか?』


 差出人を確認すると見覚えのある名前。参加表明として二番目にリプライを飛ばした人物からであった。


『次回は私の番だそうです。あれは本物なのでしょうか?』


 最悪の事実を突きつけられた。スグルとしては、まだあれがフェイクのドッキリ企画であり、その為の仕込みとして、運営側が一番目のアカウントを自作していた可能性も考えていたのだ。それが今崩れ去る。


 二番目の人物が自分にだけ届くダイレクトメールを送ってきたことで、それが実在の、そして動画投稿者とは関係のない人物だと分かってしまったのだから。仮にこの人物までもが運営側の仕込みだった場合、ドッキリを仕掛けられているのは自分だけということになる。視聴者、チャンネル登録者が五万人を超える放送で、そんなことは絶対にありえないのだ。


 なんと返信していいか分からず、キーボードの上をスグルの手が彷徨う。すると、続けざまにダイレクトメールがまた届いた。差出人は同じ人物である。


『もしあれが本物だったら、次回の放送でモブの中身は私ということになります。その場合、右の手をグーパーグーパーしますので、確認出来たら貴方だけでも逃げて下さい』


 どこの誰とも分からない人物だが、おそらく彼、または彼女も半信半疑なのだろう。だからその真偽をスグルに見極めて欲しいと伝えてきたのだ。


 その僥倖にスグルは感謝する。あの動画がフェイクならそれで構わないし、万が一本物であっても、自分はそれを察知して逃げることが可能になったのだから。


 だから、三日後の夜。

 その挙動を逃すまいとスグルは動画を穴が開くほど見つめていた。


「ハーイ! クロイヒカリだよー!」


 いつもと変わらぬ彼女がそこにいた。目に鮮やかな金髪のポニーテール。だが大きく胸元を開けた衣装は、不吉な白と黒が織り成すボーダー柄。葬式を連想させるが、ひらひらとしたフリルがそれを払拭している。


 手に持つは不釣合いなハンマー。デフォルメされていない無骨な佇まいで、しっかりと可愛らしい手の中に収まっていた。

 その隣には前回同様に、モブキャラが一人ベッドに横たわらされていた。スグルはそちらが本命だと、モブキャラの右の手を凝視する。



 動かない。



 その手は張り付けられたように動かず、スグルの望む。否、望まない動きを見せなかった。

 そこにクロイヒカリがゆっくりと近付き、指の一本一本を丁寧に叩き潰していく。


 ぐちゃ。ぐじゅ。ぶじゅ……。


 肉が潰れ、血が飛び散る音までもが伝わってきた。

 

 だが前回同様にモブキャラは一言も発しない。指が潰されるたびに体を捻り、背を弓なりにして暴れるだけである。その手だけはベッドにぴったりと固定されたままに。


(動かないんじゃなくて……動かせないんじゃ……)


 接着剤でもつけたのか、予め縫い付けられでもしたのか。不自然に手の平だけが動かない。その手の平から、一本ずつ指が失われていく。

 

 ぐちゃ。ぐじゅ。ぶじゅ……。

 

 叩いてから、丁寧にすり潰す。

 少しでも痛みを長引かせるように。出来るだけゆっくり楽しめるようにと。

 

 時折不協和音のような笑い声を混ぜながら、たっぷりと時間をかけて、十指全てを叩き潰したクロイヒカリ。

 

「次は関節ねー」


 だが惨劇は終わらなかった。

 

 肘、肩、足首、膝、骨盤……。

 

 人体を可動させる為の節目を、一つ一つ丁寧に叩き壊していく。指とは違って丈夫なそれらを、確実に骨が粉々になるまでと、何度も何度もゴツンゴツンと音をたてて。

 

 あれだけ暴れていたモブの姿は、だんだんと動かせる箇所がなくなり、ついには糸の切れた操り人形のように、ぐったりと動かなくなってしまった……。

 

 

 吐き気を催す凶行を前に、スグルは焦りを隠せない。


(どうする!? あの中身が二番目さんかどうか分からないけど、でも……)


 予想通り、二番目の人物は昨日から一切のツイートをしていなかった。なんら確証には至っていないが、それでもと、スグルは逃げ出すことを心に決める。もしあの中身が本当に二番目の人物ならば、次にあぁなるのは自分なのだから。


 財布とスマホさえあればなんとでもなると、乱暴にそれらをポケットに突っ込んで立ち上がる。どこに行けば良い? どこなら安全か? いくつかの案を脳裏に過ぎらせつつ、玄関へと向かい――。



 ピンポーン……。



 突如響いたチャイムの音に足が硬直した。

 あと三十分で今日も終わろうかという時間に、突然の訪問者。氷で背中をなぞられたように、体の芯を冷たいものが通り過ぎる。


 ピンポーンピンポーン。


 再びのチャイム。

 叫びだしそうになる恐怖心を必死に押さえ、どんな音も出すまいと体を石にする。心臓が飛び跳ねるように動き、おのずと耳に、全神経が集中した。


 ピンポンピンポンピンピンピンピンポーン……。

 ドンドンドンドン!!


 連続したチャイムに続き、ドアが激しく叩かれる。あまりの恐ろしさに泣き出しそうになりながら、しかしスグルは吸い寄せられるようにドアへと近付いて行った。恐怖心を消したくて、その恐怖の元凶を確かめずにはいられない。理性ではなく本能がスグルの足を進めてしまうのだ。


 見たくは無い。そこに誰がいるのか確認などしたくないのに。半ば勝手に、目がドアスコープを覗き見る。


 ――ッ!


 思わず「ヒッ」と声が漏れ、スグルは尻餅をついてしまう。


 俯いていて顔は見えなかったが、代わりに夜の暗がりでも分かる美しい金髪が目に飛び込んだのだ。


 このままではまずいとシューズボックスを支えに立ち上がり、普段は使わないチェーンロックに慌てて手を伸ばす。


 途端ガチャガチャと、ドアノブが外側から乱暴に回された。

 全身の毛穴が開き、身震いするような寒さを感じながら、それを振り払うようにスグルは叫んだ。


 「やめろ! 帰れ! 帰ってくれッ!!」


 恐怖を塗りつぶすように、何も聞こえなくなるようにと大声で叫ぶ。震える指先でチェーンを掴むが、カチャカチャと音を立てるばかりで上手く嵌らない。思い通りに動かない手先を必死に動かし、ようやくチェーンをかけ終わると、スグルは一目散に部屋へと戻った。


 部屋の電気を消して、頭から布団に潜り込む。

 ギュッと固く目を瞑っても、ドアスコープから見えた光景が焼きついて離れない。


 さきほど見えたシルエット。暗くてよくは見えなかったが、手に何か持っていた。


 恐らく――ハサミとペンチ……。


 その使い道が、現実感を伴って、リアルに想像出来てしまう。


 自分の耳に冷たいハサミが押し当てられる。耳たぶから上へ向かい、ぶちぶちと音を立てながらゆっくり切り取られていく感触……。


 首の付け根、太ももの内側など、柔らかい肉がペンチで摘ままれる。跡が残るほど先端のギザギザが肌に食い込み、そのまま力任せにブチッとねじ潰される……。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……ッ!!


 布団の中で、スグルはガタガタと体を震わせていた。ガチガチと歯の根が噛み合わない。

 何も見たくないとギュッと瞑った瞼からは、いつの間にか涙がこぼれ出していた。


 ――。


 どれほど時間が経ったのだろう……。

 いつの間にかチャイムの音も、ドアを叩く音もなくなり、気付けば朝になっていた。


 布団の隙間からこぼれる光に目を細め、いつの間にか眠ってしまっていたことを知る。だが部屋から出ることが出来ない。玄関のドアを開けた瞬間、襲い掛かられる未来が想像出来てしまうから……。



 スマホでツブヤイターを確認すると、そこにはなんら変わらない日常が流れている。まるで世界から切り離されたような孤独を感じるが、それでもスグルは動けなかった。


 冷蔵庫に入っている食料を計算する。二、三日なら持ちそうだ。そこでスグルは、このまま篭城することにした。


 いつまで?


 決まっている。次の動画配信があるまでだ。そこを乗り切ればきっと自分は助かると、そんな都合の良い解釈に縋らなければ今にも狂ってしまいそうなのだから。


 ――。


 そして翌日深夜。

 いつもと同じ時間に、動画は投稿されていた。


 逃げ切れたと根拠のない安心感を胸に、ゆるゆるとパソコンデスクに向かうスグル。電気の消えた部屋の中に、拍子抜けするほど明るいクロイヒカリの声が響いた。


 初めからそういう予定だったのか、今日はゲームの実況をしているようだ。


(な……んだ。やっぱりドッキリ企画だったのか?)


 ゲームの攻略に失敗しては怒り、時におどけてみせる彼女の姿に、いつしかスグルの体に暖かさが戻ってきていた。

 今までのことは夢か幻か。現実逃避にも似た思考で、動画をボケーッと見続ける……。


 その彼女がゲームを終え、楽しかったなどと感想を述べてからカメラに向き直った。


「本当は今日、視聴者参加企画の続きをやるつもりだったんだけどゴメンねー? 動画の準備が出来なかったんだー」


 そういって手を合わせる。


「だから」



 ――ブツン。



 突如モニターが真っ黒になった。


 全画面で動画を見ていたため、真っ黒のモニターに自分の顔が映り込む。

 こんな時にブラウザがクラッシュしたかと、スグルの頭が、どうパソコンを復旧させるかと方法を模索し始めた。



 だが――。



(なんだ……この文字)


 真っ暗な画面の右上。そこに小さく『LIVE』と緑色の文字が明滅していた。


 黒いモニターには反射した自分の姿。だがなにかがおかしい。気持ちの悪い違和感を覚える。


 恐る恐る確認するように、スグルは右手をゆっくりと上げた。

 画面に映った自分も、ゆっくりと右手(・・)を上げていた。


 恐怖で硬直するスグル。

 モニター越しのその背後に、チラッと金色のポニーテールが揺れた。


 それがゆっくりと、真綿で首を絞めるように、スグルの背後から這い出てくる。

 モニターの向こう、口を三日月に歪めて、彼女が笑った。


「ハーイ! クロイヒカリだよー!」


 いつもの声で、生放送が始まる――。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  オーソドックスなホラー、起承転結がしっかりしており、楽しませていただきました。  自分はこういった動画サイトの利用をしていないのですが、普段から利用されている方はもっと怖かったに違いない…
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