第9話《事後》
みじかめ
あれから二日が経ったその日。俺は再び王城を訪れていた。
「ゴダイ様をお連れしました」
ダンディな執事っぽい人に案内されて着いたのは、第一王子の執務室。要件は言わずもがな、事の顛末についてだ。
「さて、忘れる前に先にこちらをお返しておきましょう」
俺が勧められるがままに席に着くと、第一王子は早速話し出した。席に着くとほぼ同時に、机の上には湯気の立った紅茶が用意された。
「二日前にお会いした時に本当は渡すつもりだったんですが、タイミングが無かったので」
第一王子はそう言って一本の短剣を取り出した。
これは俺が国立魔導技術研究機関にスキルの付与の許容量の測定を依頼していたモノだ。確か一週間程度かかると言っていたが、そういえば確かに既に渡してから一週間と少しが経過している。
「詳しい結果はこちらの用紙に書いてあるらしいですけど、どうやらだいぶ質のいい物らしいですね。通常の魔術なら稀少度4まで……スキルもランクⅢまでなら付与できるようですよ」
「ありがとうございます」
測定の詳細結果の書かれた紙と一緒に短剣を受け取る。
よかった。スキルランクⅢまでなら、俺のスキルも付与できそうだ。
ひとまず短剣の話はそこで終了として、ようやく本題に入る。
「さて……今回の件は、守護霊様の計らいで表ざたにはしない方針となってます。そして、刑についても極刑は避けられるようにこちらで動いています」
「ご配慮いただきありがとうございます」
本来なら、王族の誘拐の犯人なんて即刻死刑だ。
だが、幸いにも今回はその事実を知る者は驚くほどに少ない。護衛の騎士ですらもその状況を把握できていないのだ。そして、実際にあの場で第二王女を救った騎士たちには事前に緘口令が敷かれているという。
であればこそ、誤魔化しが利く。それに、今回の件はあの長門さんがある程度の主導して対処するという。結果的には王女にも実害はほぼなかったことや、クラスメイトたちの精神的な影響なども加味した結果、どうにか死刑は免れるように取り計らってくれることになったという。
とはいえ重罪。恐らくは無期懲役。良くても長く不自由な生活は余儀なくされるだろう。
「それと、守護霊殿からの伝言です。町田殿主導で進んでいる件もあるので、心配しなくてよいとのことです」
「そうですか。彼女にはお礼申し上げていたとお伝え下さい」
王都に滞在して既に三週間近い。みんなそれぞれ動き出す人は動き出している。
その中でも最も大きいのが、町田とギナティア王国との間で進めている計画。クラスメイトたちを、単純にギナティア王国に雇うというものだ。
確かに、皆の持つユニークスキルを上手く活用すれば、それだけで結構な利益を生み出せるかもしれない。具体的な職種についてはギナティア王国側と本人との話し合いによって決めるとのことだが、もし上手くスキルが活用できない場合などがあっても、何かしらの職を融通するように計らってくれるようだ。
そのあたりは、実は長門さんも影から手伝ってくれるようなので、安心と言える。それもこれも、長門さんが守護霊としてこの国を支えていると知っているからこその安心感だ。なにせ、俺は元々はこの計画に反対だったのだから。
「それでなんですけど、妹が君にお礼をしたいと言っていてね。少しで良いから会ってやってくれませんか?」
「……ええ、構いませんよ」
第一王子の突然の問いかけに、俺は反応が遅れてしまった。
今回の被害者、第二王女のフランセーナ・イル・アトメシア・ギナティア。あの現場では、直ぐに騎士たちに保護されてしまい何も話せなかった。
さて、一体どんな方なのだろうか。
◆◇◆◇◆
「ゴダイさん。この度はありがとうございました」
深々と頭を下げる第二王女殿下は、兄である第一王子と同じく綺麗な金髪を靡かせる美少女だった。
とまぁ、容姿は兎も角一国の王女に頭を下げさせておくわけにもいかない。
「いえ、頭をお上げください。こちらこそクラスメイトが王女殿下に怖い思いをさせてしまったこと、大変申し訳ございません」
俺からすれば、神楽は同じスラスとはいえそんなに仲が良かったわけでもないのだが、彼らから見れば、俺と神楽は同じ集団の仲間同然。本来であれば連帯責任を取らされてもおかしくないくらいだった。
結局は、一度誘拐させてからという案が実は長門さんの案だったりしたこともあったので、あくまで悪いのは神楽たちだけとなったというだけである。
そのため、その結果を本人が内心で許容しているかどうかとなると、話が違ってくる。
国としての方針と彼女一個人の考えが完全に同じとは思わないでいた方が賢明だろうと、思っていたのだが……
「ゴダイ殿が頭を下げる必要はありませんよ。貴方は何も悪くないじゃないですか。むしろ、貴方がたの中には優しい方の方がが多いのでしょう? 実際、お姉さまが仲良くされているカオルさんたちも大変お優しい方ですし」
そう言って、第二王女は微笑む。
え、カオル……?
「ああ、そういえば最近ミリアがタツミヤ殿となにかよく話しているよね」
……ああ、そうか。
辰宮の下の名前は香だったか。
どうやら、第二王女は既に辰宮を含めた何人かの人となりを知っているらしいな。おかげでクラスメイト全体の印象は悪くならずに済みそうだ。
グッジョブ、辰宮!
それにしても第二王女の姉でミリアと言ったら一人しかいない。第一王女ミリアライト・イル・アトメシア・ギナティア。
そんな方と仲良く? 辰宮は一体何をしてるんだ……
「そういえば、エミ様もカオルさんたちもお話しましたが、異世界の男性の方とお話しするのはこれが初めてです。あ、えっとお兄様。ゴダイさんは確かエミ様にお会いしているんですよね」
「ああ、守護霊様の方からお会いしたいと話があったからな。……それと、ちゃんと守護霊様とお呼びしなさい」
「……守護霊様はお名前でお呼びしてもいいと仰ってます」
ぷくりと頬を膨らませる第二王女。
なるほど長門さんとしては一個人として呼んでほしいわけだ。でも、国としては900年もこの国を支えてきたいわば生ける伝説。名前を直接お呼びするなど……って感じか?
そんなこんなであっという間に時間が過ぎていった。
そしてそろそろ帰ろうかというタイミングで、王子が俺に声を掛けてきた。
「そういえば、あと一つ。これを渡しておかないといけませんね」
そういって取り出したのは封のされた手紙。
「これは?」
「冒険者ギルドへの推薦書です。あの方が、いま君が一番欲してるものの筈だと言っておりましたので。私と妹の連名で書かせていただきましたよ」
その言葉に俺は驚き、手に持つそれを凝視した。
王子と王女の連名……それって結構ヤバいことじゃないか? いや、疑問形にするまでもなく、大変なことだろう。
それに、これでは見返りが多すぎる。クラスメイトの不祥事――いわば身内の罪を事前に教えてもらった上に、それを実行まで見逃す形で対処しておきながら、実行犯は減刑されて連帯責任も免除。その上こんなものまで頂くなんて……。
長門さんの考えが分からない。なぜここまで俺たち……いや、俺を優遇するのか。ただ同じ日本人として、というのは理由としては弱い。国を長きにわたり支えてきたはずの長門さんが、権力者による贔屓の危険性を知らないはずがない。
長門さんはなにをそんなに焦っているのか。
やはり理由は一つしかないか……。
どうやら、急いでBランク冒険者に上がって、直ぐにでもシュニを連れてジュラの大迷宮へ向かう必要がありそうだ。
次回投稿は2月2日の21時です。
おそらく第三章は次で終わり。そのあと短編が入る……かも。