第8話《本性》
どうにかダウンさせた西川を尻目に、俺は神楽に言う。
「神楽……お前はもうちょっと考えて動くタイプだと思ってたよ」
「なに……?」
眉を顰める神楽。突然のことで状況が理解しきれてないか……
「お前、今回のことだが終わった後のこと考えていたか? ……いや、聞くまでもないよな。お前のことだ、考えてはいたんだろう」
「……」
だが、耳はしっかりと俺の話を聞いているようだ。今のうちに言えるだけ言わせてもらおう。
「推測だが、どうなるにしろお前は第二王女を殺す気はなかった。つまりだ。お前は自分たちの顔を王女に見せているというのに、どうやってこの後を乗り切る気だったんだ」
「……そりゃあ、最悪冒険者だか傭兵だかでもすれば生きてけるだろ」
「いいや、それじゃあお前たちは生きてけないな」
その返答を聞いて、俺は事前に予測していた自分の考えが正しかったことを理解していた。
やっぱり、状況を正しく理解できてなかったか……。
「忘れたか? 俺たちクラスメイトは全員ギナティア王国に顔と名前を知られてるんだぞ。第二王女を誘拐したお前らが、指名手配されない訳がない。仕事するどころか少なくともこの国にはいられなくなるな」
俺たちの現在の立場は、ギナティア王国の客人。当然ながら、ギナティア王国側は俺たち全員の顔と名前を把握している。そもそも、貴族の屋敷に泊めてもらっていることだって、それ自体が監視の一つなのだ。
「そんでもって、当然だが王女を誘拐するような奴の名前は他国にも知れ渡るだろう。ステータスがあり、基本的に名前をごまかせないこの世界でそれは致命的だ。そんな奴、誰が仕事で使う?」
この世界には判定というスキルがあるという。
これはクラスメイトには持っている人はいなかったが、生きているモノのステータスを読み取るスキルだ。相手の名前やスキル、称号、それにざっくりとした経歴のようなものも分かるらしい。
ちなみに、俺の真眼はどうやらこのスキルの上位互換らしい。といってもステータスがより細かく分かるだけで、経歴とかは分からないが。
とまぁ、そういう訳で名前の誤魔化しが利かない以上、神楽たちに行く場所はない。
「……」
絶句する神楽。
その表情からは、今彼が何を考えているのかは難しくなかった。
◆◇◆◇◆
一体どこで間違ったのか。
俺らの遊び方には幾つかのルールがある。別に明確にソレというものではないし、だいぶアバウトではあるが……まぁ、言い換えれば上手くやるコツみたいなもんだ。
例えば「引き際を弁えることが大切」なんてのもある。意外とこれは重要で、引き際を間違えるとそれは後々俺たちにも被害が跳ね返ってくる。
幸い、俺はその引き際を見極めるのには自信があったし、間違えたことはほとんどない。だからこそ、クラスでも教師から強くいろいろ言われることもなかったし、周囲からの反発だってそんなになかった。
だが、目の前にいる五大に言われて気付いた。
確かにその通りだ。いつもの俺であれば直観的に、その程度のことは気付いた筈だ。
でも、気付かなかった。
「環境の違い……異世界に来たことで目測を誤ったか?……いや、それだけじゃないな。お前はそれだけで間違えるようなタマじゃない」
とはいえ、それは既に犯してしまったミス。今はその原因を考えるよりも先に、この状況をどうにかする方が先決だ。
幸い、まだ最悪の状況ではない。
今ならまだ巻き返せる。目の前の五大さえどうにかして、王女をバリオに救わせる……いや、いっそ五大を倒してそのまま王女の目を覚まして俺たちが救ったていで話を進めればいい。
であるならば、
「清水……五大さえどうにかすれば、まだどうにかなるぞ!」
叫ぶと同時に、俺は右手を振り上げて五大に向けて走り出す。そして、
――武器顕現。武器種・長剣。座標・両手前。
直後、神楽の両手に握られた長剣。この異世界に来た直後の頃の粗悪なモノとは違い、その造りは頑丈で、剣先まで鋭く砥がれている。
そしてそのまま、右手に握られた剣を振り降ろす――
◆◇◆◇◆
「ちっ……!」
突如襲ってきた神楽の放つ斬撃を、すんでのところで転移で躱した俺は、思わず舌打ちをする。
どうにか直撃は避けたが、もう少しで左腕を飛ばされるところだった。
正直、神楽が動いたのは驚きだった。
確かに転移して直後、俺は神楽をマークしていた。それはあの場が俺たちクラスメイトしかいないという状況であり、これまでのクラス内のカーストが有効だったからだ。
だが、それも神楽自身が見つけたシェリネーラ邸に辿り着いたことで無くなった。シェリネーラ・フォン・ネルリューブルという圧倒的に上位の存在が現れてしまったその状況で動くほど、神楽は愚かくはない。
そして、そのまま王都バルスへとやってきて、今日に至る。
シェリネーラほどではないが、国という一つの社会を形成している場所でその国の庇護を受けたことの意味を分からない奴じゃない。その程度、分からなければ神楽たちのやっていることは続けられない。
だが、間違えた。
その理由は恐らく……
「力に溺れたか……」
この世界の考え方、日本よりも命の軽い世界。そんな中で手に入れたユニークスキルと高いステータス。元の世界にはなかった要素が入ったことで、目測を誤ったのだろう。
こうなっては仕方がない。
直接的な攻撃手段のない俺は転移で攪乱しつつ、どうにか抑えるしかない。
「おらぁ!!」
今まで、完全に固まっていた清水が、神楽の一言によって俺に殴りかかってくる。その身体には彼のスキル・金剛力士が掛かっており、当たれば俺は一撃で沈むだろう。
だが、幸い対処できないほどの速さではない。それよりも俺は剣を操る神楽の方が脅威だと思った。
清水の拳を転移で避ける。そして、その転移先は神楽の背後。それも少しばかり空中に指定する。
視界がブレて、眼前に現れた神楽の後頭部を右手で掴み、そのままその右手に全体重を掛ける。
「まずお前だ神楽!!」
神楽は突然の後ろからの衝撃に対処しきれず、顔面を思い切り地面に強打した。
だが、完全に抑えるにはまだ足りない。
だが、既に俺の方へ走ってきている清水の対処が必要だ。俺は今度は清水の後ろに転移し、神楽にやったのと同じ要領で清水の顔面を地面に打ち付け――ようとした。
「あっぶないなぁ!」
しかし、まさかの失敗。清水は金剛力士によって強化されたその膂力で足を踏ん張り、無理やり耐えて見せたのだ。
そのまま左肘を後ろに振り、俺の胸に突き込む。
「がぁっ……!」
肺から息を無理やり吐き出させられる感覚と、胸骨に奔る強烈な痛みに、転移での離脱も上手くいかない。
「あぁぁぁああっ!」
その間にも、振り返った清水が仰向けに倒れこむ俺に向かって拳を叩き込もうとしてくる。どうにかそれを転がるようにして避けて、そのまま清水から距離をとるように転移する。
直後、ドゴォンという衝撃が鳴り響き、先ほどまで俺がいた場所の地面に少し罅が入った。
その事実にヒヤリとしつつ神楽の方を確認すると、彼は俺を静かに睨みつけてきていた。そしその背後には日本の剣が浮遊している。
やはり手に持たないで剣を操ることが出来たか……恐らくは俺が後ろに転移しにくくするための配置だろう。どの程度精密に動かせるかは分からないが、これで俺も奇襲が掛けにくくなったことは確かだ。
「五大、俺は間違えたのか……」
唐突に、神楽が言った。
どうやら少し冷静になったのだろうか……。その声には、先ほどまであった怒りがあまり感じられなかった。
「そもそもなぜ誘拐を選んだ。他にいくらでもやりようはあったはずだ」
「……」
そう。そもそもおかしい。
虐めるだけであれば、誘拐なんていう過激な方法はふつう出てこないし、思いついても選ばないだろう。
「ちょっとばかり、欲が出たんだよ……バリオは貴族だ。もし上手くいけば王女に嫁いだバリオからもっといろいろ搾れるってな……」
「そうか……」
その原因も、やっぱり力か……。可能性は低かろうが、リターンが多くリスクは力で相殺できると思ってしまった。別に損得勘定ができなくなってしまった訳じゃない。ただその勘定を誤っただけ。
ある意味では、神楽の方がよっぽどクラスの中心として動いている町田よりもいろいろ考えていると言える。不確定な状況で、すこしでも自分が有利な状況を生み出すために行動する。結果的には考えも、手段も全て間違ってしまい、失敗に終わった。
だが、自らが置かれている環境が、これまでとは違うということを理解できていたのだ。まぁ、そのせいで日本ではタブーとされる誘拐にも手を出せてしまったというのは、皮肉でしかないが。
「さて、じゃあどうする。今なら王女様にも顔は見られてない。逃げればどうにかなるかもしれないぞ?」
「……いいや、ならないな。五大、お前さ……どうやってこの誘拐に気付いた」
どうやら神楽は俺を殺すことを選択肢には入れていないらしい。それは、明らかに俺の胴ではなく左腕を狙っていた初撃で分かっていた。流石の神楽も、人を殺めることにはまだ抵抗があるようだった。
そのため俺は、それ以外の神楽が思いつくであろう現状での最善手を提示した。
だが、神楽はそれを否定した。
「計画は俺たち三人と、バリオ以外は知りようがなかった筈だ……それがバレてるってことは、恐らくは……」
察しがいいな。どうやら俺の背後に、何かしらの手段で誘拐を知りうる者がいることに気が付いたらしい。
そして、それに気が付いた神楽はおのずと分かってしまった。俺の目的はあくまで時間稼ぎだということに。そして転移での逃げに徹した俺をどうにかできる唯一の手段であろう西川は、俺が最初に沈めた。
「んん……あれ? ここは……」
と、そのタイミングで第二王女様が起きてしまった。そして当然ながら、目覚めた第二王女は目の前で四本の剣を剣を従える神楽の顔を見てしまう訳で……
「ああ、それにもうこれで逃げても無駄になったか」
「……」
静まる空き倉庫。
遠くからは、微かに人の集団が走って来る足音が聞こえ始めていた。
という訳で、実は神楽は結構頭を働かすタイプのいじめっ子でした。
てか、思ってたほど戦闘してない……
あと一つ、今更ながら本編中で説明しそびれた点で補足を。
神楽のスキルですが、第一章の三話で、
「武器顕現で現れる武器の数と質はまちまちで、基本的には粗悪な武器が十本ほど現れるだけ」
という説明があったのですが、その後の七話で
「トウマ、貴方は今どれくらいの剣を一度に出せますか?」
「五本だ」
というやり取りがあります。
これはどちらも間違っていません。彼のスキルは、一度に「作れる=操れる」本数にはレベルごとに指定があり、現状では五本となっています。ですが、それを何度かに分けて行うと、それ以上の本数を用意することが出来ます。
ちなみに、当然ながらスキルで作ったそのままだと武器は一定時間で消えますし、任意で消すことも可能です。一定時間経っても消えないのは神楽が直接操っている武器だけです。
どうにか本編中で解説する機会がないかなぁと思いつつもここまで来てしまったので、ここで解説させてもらいました。
次回投稿は1月31日の21時です。