第7話《誘拐決行》
王城から一度ミュヘン男爵の屋敷に戻りシュニを置いてきた俺が、その足で向かったのは、王都西部にある工業区画。様々な商会や工房の倉庫や作業場が並ぶ区域で、一般人が立ち入ることはあまりない場所だ。
「あいつらも、いい加減懲りろよ……」
俺は思わずため息を吐く。
俺は長門さんとの話の最後に、とある情報を貰った。それは俺がBランク冒険者として相応しいと思わせられるような仕事に繋がる情報だった。彼女は、俺が早くBランクになってジュラの大迷宮へと向かうための後押しをしてくれたのだ。
さて、その肝心な情報だが……曰く、「神楽達が第二王女を誘拐しようとしている」らしい。なんとも馬鹿げた話だが、どうやらガチらしい。
昔からいわゆるいじめっ子だった神楽たちだが、この世界に来てからはなりを潜めていた。そのうえ嘗ていじめていた小田が行方不明になった時には必死になって探してもいたため、環境が変わって内面も多少は変わったのかと思っていたのだが……。
いや、実際変わったのだろう。
嘗ての神楽たちなら、誘拐などという大それたことはしようとは思わなかっただろう。だがこの世界に来て、ユニークスキルによって周囲よりも高い力を手に入れた。その上、日本ほど平和でないこの世界。
そうして神楽たちにとっての、価値観は少しずつこの世界に適応していった。悪い方向へ。
そして、具体手に何を思って思い至ったのかは知らないが、王女の誘拐を実行しようとするまでにその価値観は歪んでしまった。
だが、この国の未来を見る守護霊にはその計画が詳細まで筒抜けだった。
「そういえば、テンボウ。お前はギナティアの守護霊については知らないのか?」
テンボウは九賢者の一人によって作られた人工知能だ。そのデータベースにであればなにか情報があるかもしれないと思ったのだが……
(いえ……確かに彼女が存在すること自体は知っていましたが、何者なのかまでは分かりません)
「そうか……」
(でも確か……嘗て煉叡が何か……教授の実験、魂の維持、改変………世界法則に深く根ざした……)
「いや、具体的に分からないなら今はいい」
なにやら不気味な言葉が聞こえた気がしたが、気にしないでおこう。
どちらにしろ今彼女の正体が分かったところで何かをしようとするつもりはないし、何かできるとも思わない。
さて、そうこうしていると、長門さんに言われた誘拐した王女が連れ込まれる場所に到着した。この区画にはよくある倉庫だが、どうやら現在は空き倉庫になっているらしい。
なぜ誘拐現場ではないのかといえば、実は誘拐の現場は貴族街のど真ん中で、王女は親友である侯爵家のお嬢様が開くお茶会に参加した帰りだからだ。
王女の周囲には警護のための近衛たちが大勢おり、そこに助けに入るとなると下手をすれば、主犯と同じ異世界からの客人ということで誘拐の共犯者の疑いを掛けられかねない。それならば、王女が誘拐された後にその現場を抑えた方がいいということだ。
予め聞いていた、神楽たちの通るルートを避けて俺は物陰に隠れた。
「どうやって第二王女様を救うかね……」
(相手の見えない場所から、クルゥクススよろしく部分分断すれば済む話でしょう)
「いや、今回はそれは無しだ」
確かにその手ならすぐに片は付くだろう。
だが、この世界に来たことで既に人を殺す覚悟は出来ているとはいえ、流石にクラスメイトを殺して解決するという手は取れない。どうにか神楽たちを無力化して第二王女を、救う方法がないものだろうか。
まず確認するべきは、あいつらのユニークスキルだ。
神楽が持つ武器顕現は自身の周囲に武器を顕現させる能力だ。そしてその能力は俺でいう真眼と同じようにスキルレベルで管理されているタイプだ。
現在の奴の武器顕現のスキルレベルは3。能力としては武器を5つ任意の場所に召喚し、操ることができるというものだ。ここで重要なのが「任意の場所に召喚」と「操ることができる」だ。
神楽に周囲を認識するスキル等はない。つまり事実上、任意の場所=視界の中の可能性が高い。そして操るというのは、おそらく手に持たずとも空中で武器を振れるということだろう。とはいえ、一般に手に持った二刀流ですら難しいと言われているのだ。思考を強化するようなスキルがない状態でまともに操れるかどうかは分からない。
次に、西川だが持っているスキルは神速。これも武器顕現同様スキルレベルで管理されるタイプで、現在のレベルは2。能力はこの世界のLv500までの魂ある存在の中で最も早く動けるというもの。つまり、この世界で最もLv500に近い存在のステータスの俊敏を参照して、その値よりも高い俊敏を手に入れるということだろうか。
これは単純だが、全くもって侮れない上に対処のしようがない。どのようにも応用が利くし、もう一つのスキル肉体強化との相性もいいだろう。
最後の清水が持つスキルは金剛力士。西川とは逆に膂力と耐久力を強化するスキルだ。そしてこれは俺でいう空間操作と同じようにスキルレベルがないタイプだ。具体的には、相手のステータスの筋力と隠しステータスの耐久力を参照して、どんな相手でも相対的にその二つが勝るようになるというスキルだ。
これもまた、単純だが強い。だがこれなら直接相手に取らなければ勝ち目はありそうだ。
ちなみに、清水も西川同様に肉体強化を持っているが、この場合ユニークスキルが上書きしてしまうため、どうやら彼の肉体強化は死にスキルになっているらしい。
「分かっていたけど、転移で不意打ちが一番妥当か……」
西川の神速は、有視界戦闘では恐らく転移とほぼ同等と言えるだろう。そうである以上、一度姿を見せれば乱戦にもつれ込む。直接的な戦闘スキルを持っていない上に、基礎ステータス的にも人数的にも相手が上な状況では、西川を初手でダウンさせる以外に方法はなさそうだ。
(マコト、そろそろ目標が来るぞ)
作戦――というほどのモノでもないが――が固まったところで、神楽たちが倉庫に入ってきた。俺は立体索敵を始める。
索敵に映る人影は全部で5人。そのうち、三人は神楽、西川、清水だろう。そして誘拐された第二王女は、西川が肩に担いでいる。
そして、さらにもう一人。まるまると太って、やけに豪奢な服を着た少年がいるな。ステータスを覗くと、名前はバリオ・フォン・アーネリヒ。なんと子爵家の三男だ。
なるほど……あのバリオっていう奴が神楽たちのカモって訳だ。
だがまだ動くには早い。せめて西川が王女を肩に担いでいる間は。
俺はただ、その時を待つ。
◆◇◆◇◆
第二王女の誘拐は、俺たちの予想を超えて上手くいった。
計画は単純だった。第二王女が護衛の騎士たちが守る馬車に乗る直前に、西川が神速で連れ去る。ただそれだけ。
上手くいかなかったときのために、護衛の騎士たちを抑える俺と清水が待機していた。
だというのに、誘拐直後の護衛の騎士たちの表情はあまりに間抜けすぎてて正直笑えた。突然目の前にいたはずの王女が消えたのだ。実際には王女を攫う瞬間に、西川は一瞬止まったのだが、それも誤差のようなものだった。
「いやぁ、あまりに簡単すぎて正直拍子抜けだわな」
ホント、清水の言う通りだ。
あまりに拍子抜けすぎて、面白みに欠ける気がする。なんていうか、いつもこの手の遊びで感じる楽しさがあまりなかった。
「お前らはそういうがよ、俺は気が気じゃなかったんだからな?」
王女誘拐の実行犯の西川が言う。確かに、実際に動いた西川的にはそうだったのかもしれない。が、もう終わった話だ。あとは……
「ほらバリオ。お望みのお姫様だ。簡単だろ? 後はお前が華麗に助けるだけだ」
「うん……」
「とりあえず、倉庫の方にいこうぜ」
今更引き返せない状況だというのに、なんとも情けない声を出すバリオ。どっちにしろこの後やることは決まってる。ぶっちゃけ、バリオの内心なんてどうでもよかった。
事前に見つけてあった空き倉庫にいぞぎ足で移動する。途中で王女が起きちゃ面倒だしな。
倉庫に入り、ようやく一息つける。
「神楽ぁ。この女王様、降ろしていいか?」
「ん? ああ、その辺の壁にでも寄りかからせておけばいいだろ。……ちゃんと手足は縛っとけよ」
「あいよ」
さて……西川が準備をしている間にこっちもやることをやっておこう。
「バリオ」
「……」
「バリオ」
「ん……あ、どうしたの?」
「お前な、これからが本番だぞ? なんたって、俺ら誘拐犯から助けないといけないんだからな」
その俺の言葉を聞いて、バリオがビクッと反応する。
いい感じに現実が見えているようだな。
それにしても、今回は楽しみだ。やっぱり、この手の遊びは最初の一手が一番面白い。今回は今までにないくらいに楽しめるだろう。
だが、少しおかしくもある。具体的になにがとは言えないが、誘拐決行直後から少しづつ感じている違和感。
最初は、予定よりも簡単だったからそう感じるだけだと思ったが、それも何かが違う。
「よーし。出来たぞ」
「なんていうか……背徳的?」
西川が縛った王女を見て清水が呟くのが聞こえた。
そちらを見れば、手足を拘束された王女。
地がいいからか、そんな姿でもどこか見入らされる何かがある。服の裾から見える健康的な肌、それにまだ幼さを残す身体のためかいっそう背徳感を増している。
「じゃあ始めるか……おい、バリオ。なんでそんなとこにいるんだよ。お前がここに助けに来る瞬間は王女様が見てないといけないんだから、一回外に出てろよ」
「えっ……あ、そう……だ、ね」
「あとは、適当なタイミングで入って俺らを止めろよ」
俺の声にそそくさと倉庫を出ていくバリオ。その表情はいつの間にか悲壮に満ちたものに変わってる。
そのままバリオが出て行ったことを確認し、改めて王女の方へ向きなおる。直後、
「さぁて」
――ドスッ
何かを殴りつけるような鈍い音が、空き倉庫に響き渡った。
そして同時に、視界の中から西川が消える。神速を使った……わけではない。
「うっ、がぁっ……!?」
少し離れた場所から西川の声にならない声で悶え苦しむのが聞こえてきたが俺と、そして清水の視線は別なソレに釘付けだった。
「なにやってやがる。神楽」
突如として目の前に現れたクラスメイト――五大に、だ。
次回投稿は1月29日の21時です。
次回はマコトのまともなバトルシーン!