第6話《守護霊の予言》
いつもよりも長いです。
説明回?
目の前に現れたのは、二十代半ばほどと思える容姿の日本人的な顔つきの女性。
真っ白の服を纏ったその装いとその最早神々しいとも言えるような雰囲気は、まさに守護霊と呼ばれるに相応しいものと言えよう。
『初めまして。私は長門江美。あなた方と同じ地球……いえ、日本人です』
「日本人……?」
『ええ。訳あってこのような姿となっておりますが』
そう言って彼女はフワリと宙に体を踊らせ、中空で止まってみせた。
俺はとっさに真眼を使おうとするが、何故か何も反応がない。
『今のあなたの真眼では、私を観るには少しレベルが足りないですよ』
そういってクスリと笑った長門さんは、次にシュニの方を見て優しく微笑む。その表情は、まるで幼い妹をを遠くから見守る姉のようだ。
『ようやくあなたが自らの足で歩いている姿を見ることができました』
「……?」
だが、シュニにはあまりピンと来なかったらしい。おそらく、嘗てまだシュニがシュニでなかった時、目を覚まさずにいた時を長門さんは知っているのだろう。
『さて、あなた方の話もしたいのですが……私のようなものに突然いろいろと言われても信頼も何もあったものではありませんよね。まず、私がどうしてこのような場所にいるのか。私は何者なのかについて軽く話しましょう』
改めて、俺たちの方を向き直った長門さん。
真っすぐに見据えてくる彼女に、俺は無言でその続きを求めた。
『私は今から九百年前、日本からこのギナティア王国へと飛ばされました』
「貴女も、日本から転移してきたんですね……」
彼女が日本人だと名乗った瞬間から予想は出来ていたことだが、やはり驚きは大きい。
俺たち以外にも異世界人――日本からの転移者がいることは知っていた。確か、シェリネーラさんは言っていた。九賢者たち以降、異世界人は二度現れていると。
つまりその内の一人こそ、目の前の長門さんという訳か。
『そして当時のこの国の第三王子に助けられたんです。そして、助けられた私はこの世界にスキルが存在することを知りました。そこで分かった私のユニークスキルは未来予知でした』
「っ!?」
未来予知。
前にシェリネーラさんが言っていた。ユニークスキルには五段階あると。そして俺たちのクラスで誰一人持っていないレベルⅣの能力の例として上げていたのが、未来予知だった。
つまり、あのシェリネーラさんですらも戦いたくないと言わしめた本人こそ、目の前の人物なのだ。
『当時の王国は汚職に塗れ、荒廃の一途を辿っていました。私は王子と共に、このユニークスキルを使って国の立て直しを図りました。努力の甲斐あって国は元通り。以降、私は体をこのような精神体へと変え、この国の平穏を願い、見守り続けています』
「見守る……」
『そう。あくまで見守るだけ。基本的には国政などには一切口出しはしません。なぜなら、私自身が常に陰で支え続ける存在であろうとしているからです。国は常にその時代の者たちによって作られるべきだと考えるからです』
長門さんは自分という存在がどれだけ異質かを理解している。
そもそも、一体どのような方法で精神体なんていう存在に成れたのかは疑問だ。ユニークスキルである未来予知の副次的な能力か何かなのか、それとも別な要因なのかは分からない。それに、なぜそこまでしてこの国を支え続けようと思ったのかも分からない。
だが、彼女にそれだけの決意を抱かせるなにかがあったのだろうことは、その表情からも容易に伺えた。
『この事実を知る者は、王族と一部の国の重要人物のみです』
そうだろうとは思っていたが、やっぱり国の最重要機密だったか。
自身の国に王以上の存在がいるなど、そう簡単に公表するわけにもいくまい。ましてや、その存在が未来予知ができるとあっては、一部の貴族などには目障りなことこの上ないだろうし、逆に崇拝し始めたりなんていうこともあり得そうだ。
『しかし、この度のあなた方の来訪に関しましては、特別な措置として私が口を挟ませて頂きました。今回の一件は、この国のみでは対処しきれないと判断したためです』
そこで彼女は一旦言葉を止め、一拍。
それに、と後を続けた。
『あなた方は私の、いわば後輩でもありますから……故に、この国にあなた方を害する意思はありません』
異世界転移してきた者としての後輩だから。彼女はそう言ったのだ。なるほど、同じ境遇の長門さんとしては、俺たちはこのギナティア王国とは違う意味で庇護対象なのだろう。だからこそ、彼女はこの国での俺たちの安全を保障したのだ。
勿論、全ての貴族が俺達に対してそうだという訳ではないだろう。
つまりはそういった反対派貴族の反発も王国側で抑えておくから安心しろという意味だ。
「そうだったのか……。つまり、俺たちは自分たちでどうにかしようとしているだけで実際には守られていた訳だ」
これで全てに合点がいった。
当然ながら、シェリネーラさんは彼女の存在を知っていた筈だ。そのことは未来予知についての話からも明らか。そうであるのであれば、彼女は長門さんが俺たちを庇護するであろうことも想定していた筈だ。
つまりは、この世界でも異常なレベルの強者であるシェリネーラさんとギナティア王国そのものの守護者によって守られていたという訳だ。正直、なんか一気に力が抜けてしまった。
『最善とは言いませんが、あなた方が数ヶ月前までただの高校生だったことを踏まえれば、むしろあそこまで様々な事に目を向けて考えられたなと思いますが』
「ここは日本じゃないですからね。その場所に合った行動というものは必要ですから」
『それでもです。嘗ての私は、そこまで頭が回らなかったですから』
どうやら本当に称賛してくれているらしい。
だが、俺たちの場合は周囲にクラスメイトが居た。一人で転移させられた長門さんとは状況が違う。周囲の目、というのは良くも悪くも人を冷静にさせるものだ。
俺だってもし一人で異世界に放り出されていたら、どうなっていたか。
『さて、ここからが本題です。五大さん。先ほども言いましたが私のスキルは未来予知です。ですが、このスキルには限界があります。現在、この世界の未来は嘗てないほどに揺れ動いています。特に大きなイレギュラーは、現在六つ』
『一つ目は、世界最強の国。帝国』
帝国。現存する国では世界最古かつ最大の国家だと、話だけは聞いたことがある。
『二つ目は、六人の神の子。あなた方は既に一人出会っていますね』
神の子……?
もしかして、あの《断戒の大森林》で襲撃してきたスツーニか。確かに称号には〈天上の四男〉とあった。つまり、あのレベルの奴らがあと五人もいるのか……
『三つ目は、この世界を統べる上位存在たち』
これについては全く分からないな。情報がない。シェリネーラさんとかのことだろうか?
『四つ目は、ご存知の通り消えたあなた方のクラスメイト』
「小田が……ですか?」
『ええ……。具体的なことは言えませんが彼もまた、この世界のイレギュラー足りうるだけのことに巻き込まれたことになります』
小田か……あいつの行方は結局分かっていない。長門さんはなにか知っていそうだが、それは教えてくれそうにないな。だが、口ぶりからして死んでいるわけではなさそうだ。それだけは少し安心だ。
『五つ目は、そこにいる《神殺し》。……シュニ・タルナト』
「……私?」
名前を呼ばれてシュニが小さく首を傾げた。
シュニか……。シュニについても結局具体的なことは分かっていない。結局はジュラの大迷宮に行くしかないのだろう。
『そして六つ目は……あなた自身。正確には、あなたではない……のかもしれないですけど……』
「俺……」
一体どういうことだ。確かにシュニと一緒にいるということはそれだけのイレギュラー性があるということだろうが……
『現在特に大きな動きをしているのは最初の三つです。あなたが最善の結果へと導きたければ彼女と共にジュラの大迷宮を目指して下さい』
「ジュラの大迷宮って……」
テンボウにも同じことを言われている。
元々決めてはいたが長門さんに言われて、やはり行く必要があるということを再認識する。
『彼の王は上と繋がっています。私も詳しくは知りませんが、私をこの体へと変えて下さった教授と同格の存在である彼らであれば、きっと貴方の進むべき道を知っているでしょう』
彼女がジュラの大迷宮の《領域の王》が繋がりがあると言い、上と称していた存在。イレギュラーの中でもこの世界を統べる上位存在たちと言っていた者たちと同じだろう。
そして、彼らは長門さんを精神体にしたという教授なる人と同等の力を持つという。その話しぶりからして、明らかに長門さんや《領域の王》よりも格上のようだ。
なんとも途方もない話だ。だが、そこまで辿り着けば、シュニのことも何か分かるだろう。
『さて……これで私の話せることは全てです。それに、顕現の方も少し疲れてきましたので、この辺にしておきましょう。貴方の行く先に幸在らんことを祈っています』
「いえ、大変参考になりました。現状ではあまりにも情報が少ないもので。こちらとしても長門さんみたいな方とお話出来て良かったです」
いろいろな情報が手に入った。結局の方針は変わらないが、これから先何があるかわからない中で、行動指針を考えるための要素が増えたことは大きいだろう。
そうして俺とシュニは改めて一礼して部屋を出ようとした、直前。
『そうでした。一つあなたに頼みごとがあります。是非、これから単独行動をする為の理由付けにでもご利用下さい』
◆◇◆◇◆
誠が行った後、一人呟く。
『ただのスチューデントシリーズに成り下がった私に出来ることはやれた……のでしょうか……』
この国の守護霊となって早九百年。
ついに訪れようとしている革命の刻。九賢者をや教授たちが何を行おうとしているのかは知らない。だが、それが実行されれば、成功失敗に関わらず世界は変わってしまうだろう。
幾らギナティア王国の守護霊などと呼ばれようと、今の私は教授により生み出された人工ベネディクト――《スチューデント》の一人に過ぎない。あの頃の私であれば、何か出来たかも知れない。そう思うこともある。だが、それは無意味な仮定だ。私はスチューデントにならなければ今日まで生きていないのだから。
『未来予知、アカシックレコードに記された確定未来を視る力……なんとも不安定で信用出来ない能力ですね……』
思わず、私は過去に何度も思ったことを呟いた。
兎も角、今私が彼らに出来ることはやった。
あとはこれから必然的に起こる革命の荒波にこの国が飲まれてしまわぬよう、ただ守護霊としての最期の務めを果たすのみ……。
あと長くて数年。
それがギナティア王国の守護霊――長門江美に見える最も遠い未来だった。その先に見えているのは、あまりに不確定過ぎるが故に奔るノイズの嵐。
◆◇◆◇◆
「ギナティア王国の守護霊……」
自身の能力を未来予知と言っていたが、それだけでは納得がいかないことがある。特に、俺が真眼を使おうとした時だ。真眼を使おうとしたことが見抜かれただけならまだ分かる。真眼や鑑定に類するスキルを持っていて、真眼自体がばれていた可能性もあるし、多少は表情に出ていたかもしれない。
だが、彼女は俺の真眼を「私を観るには少しレベルが足りない」と言った。真眼の現在のレベルは6。7以上は真眼では「No deta」となっており、能力を確認することはできない。だというのに彼女のその口ぶりは、まるでその先の能力を知っているかのようだった。
「まさか、未来の俺のステータスまでも予知で知れるってのか……?」
なんともこじつけっぽい理論だが、それなら筋は通る……筈だ。
とまあいろいろ考えてはみたものの……実際のところ、長門さんがどのような形で未来の情報を得ているのかが分からないので、推測に推測を重ねていくことしかできない。
「ま、別に味方っぽいし……今は置いておこう」
プロットの重要シーンの八割がたの伏線が、ざっくりここで入った!
というなんともヤバイ回でした。
次回投稿は1月27日の21時です。