第5話《ギナティア王国の秘密》
先日俺が倒したBランク魔獣、クルゥクススは相当に強かったらしく、冒険者ギルドにそれなりの衝撃を与えた。レベルと群れであったことを加味すれば、Dランクへの昇格条件どころかBランクの昇格条件すらもクリアしているらしい。
「なんていうか……驚きを通り越して呆れてしまいますね……」
とは受付のロイロさんの台詞。酷い言いようだ。
(当然だな)
とはテンボウの台詞。ってか、なぜお前が誇ったように言っているんだ。
ともかく、こうして無事昇格条件もクリアされたので、後はBランクまで推薦をしてくれる人さえ見つければいい。と思ったのだが、これが中々難しかった。
まず最初に、ミュヘン男爵にお願いしたのだがそこでいきなり躓いてしまった。
ミュヘン男爵曰く、冒険者の推薦はその人の冒険者としての経験や経験がそのランクにふさわしいことを証明することで、単純に戦闘力だけではいけないらしい。その点、異世界から来てシェリネーラさんから、直々にいろいろ教わったとはいえ、俺にはまだまだ不足が多いのだという。
これでは、現状誰に頼んでも推薦は出してはくれないだろう。
悩みながらも、とりあえずは経験を増やそうと毎日依頼をこなしていくこと数日。その日俺が依頼を終えてミュヘン男爵邸に帰ると、そこに一人の役人が来ていた。
「マコト・ゴダイさんですね。突然ですいませんが王城への召喚要請が出ています」
役人はそう言って一通の手紙を手渡してくる。この国の王族を表す紋章による封がされており、その中身が王国からどころか王族からのモノであることが分かる。
俺はその場で封を切り、中身を確認する。
だが、そこには「明日、王城にシュニと共に来るように」とだけ書かれており、詳しい理由等は記されていなかった。
「詳しいことは私にも知らされていませんので、その場で聞いていただければと思いますが、どうやら第一王子殿下からの要請のようです」
手紙を届けに来た役人に詳細を尋ねると要請主が第一王子であることは分かったが、結局詳しいことは分からなかった。
とはいえ、現状を考えると拒否は不可能だ。
「分かりました」
そう役人に答える。そのあとは、具体的な時間や王城へ入るための手続きについて確認をした。
「では、当日お待ちしております」
そういって帰っていく役人を尻目に、俺はため息を吐いた。
「一体、なんの用だろうな……」
(私としましては、シュニも一緒だというのが気になります)
少しばかりテンボウの気が立っているような気がする。テンボウは、どうやらシュニに関わることには少しばかり敏感なようだ。
まぁ、本来のテンボウの役割から考えて当然とも言えるが。
◆◇◆◇◆
そして当日、俺とシュニは王城へと訪れていた。
「すいませんね。急にお呼び出ししてしまって」
金髪の美青年。名はアルフォンス・イル・ノーデ・ギナティア。名前からも分かるが、この国の王族――第一王子だ。なんと王城の入り口まで、直々に迎えに来て下さったのだ。
「いえ、ですが突然どうしたのでしょうか? 自分とシュニの二人だけが呼ばれるというのは一体……」
「詳しくは私も知らされていませんので、なぜお二人なのかはこれからお会いする方にお聞きして下さい」
「これからお会いする方……ですか?」
「ええ」
てっきり第一王子が俺たちに用があるのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
それにしても、アルフォンス殿下が知らされていないとはどういうことだろうか。順当に考えて次期国王候補筆頭でもあるはずの彼が、王城内で知らないことがあること自体おかしい。
それに、この口ぶりからしてその人はこの国において第一王子以上の力を持っているようだ。そんな人は順当に考えればこの国の王、それか王妃くらいだろう。だが、それならそうと言えばいいだけの話だ。お会いする方とぼかす必要もない。
「さて。立ち話もなんですので、ここからは移動しながら話しましょうか」
俺が頭を必死に回転させていることを知ってか知らずか、自ら廊下を先導してゆくアルフォンス殿下。
周囲に居る殿下のお付きの方々も、なにも言わないので俺は特に何も言わずにその後に続くことにした。シュニもそんな俺の服の端を持って無言でついてきている。
「では、少し着くまで時間がかかるので、彼女について幾らか簡単な説明をしましょう」
歩き始めて直ぐに、先を歩くアルフォンス殿下が話を再開した。
彼女……さっき言っていたお会いする方は女性なのか。
「時に、ゴダイ殿は国が国であるために必要な要素とはどういうものだと思われますか?」
「国が国であるために、ですか……?」
「はい、このギナティア王国やかの帝国。イース教国やガトマーニ傭兵国、アシュレイン王国。それに南部の小国群など、様々な国が存在しますがそれらに共通する国としての根本的な要素です」
「……国土、国民、統治機構ですね」
あまりに唐突な話題にそのまま質問を繰り返してしまったが、質問自体は別段難しいものではなかった。
「その通り。国とは民とその暮らす土地があってこそ成立するものです。そして同時に、その民と土地を守り、統治する者がいなければその形を保っていられません」
国は「領域、人民、権力」を以って成立する。学校の公民の授業でも習うような話だ。
「しかし、民は多く、それを統治する者は少ない。その上、両者には様々な意味で違いがある。その違い故に、これまでの長い世界の歴史において、数多くの国が長い年月が経つにつれて溜まってゆく不満や腐敗によって消えていきました」
それは仕方のないことだ。
特に、この世界には聞いた限りでは王政の国しかない。国のトップが血統によって継がれているということは、そのトップが一般の暮らしを本当の意味で理解することができない環境にあるということなのだから。
「この世界の歴史上、長期的に安定した統治が行われた国は三か国しか存在しません。一つ目が、現在のアシュレイン王国の前進たるピシタ王国で3,000年。二つ目が帝国で1,200年。そして三つめが……我が国ギナティア王国で、約1,000年もの間、安定した統治がなされていきています」
自国の優れた統治を語るアルフォンス殿下の声音は、少しばかり誇らしげなものだ。
「しかし、ではなぜこれほどの長期に渡って国の安定が可能となったのでしょう。それを考えるには、腐敗や革命が起きる状況とはどういった環境なのかを知る必要があります。逆に言えば、それがない状況であれあばいい可能性が高いのです。なんだと思います?」
時代が経つにつれて変化するもの。その変化を理解できなければ国を運営する者と国民との間に溝が生まれてしまうということか。
さて、その変化の根底に在るものか……
「物流……違う……格差……もだけど根本的な理由じゃない……」
思いつく候補を上げていくが、どれもしっくりこない。
「答えは、世代交代による思想と理想の変化です」
そんな俺を見たアルフォンス殿下があっさりと答えを言った。
「この国が安寧を維持してこれたのには理由。それが、これからゴダイ殿がお会いなさる守護霊様なのです」
考えることに集中して半ば頭から抜けていたが、この話はこれから会うという女性についてだった。
それにしても、守護霊とは……
「お恥ずかしながら、この国も今から900年前――建国から100年ほど経った頃、役人や貴族の腐敗とそれに対する革命の兆しがありました。その頃に突然この世界に現れ、当時の国を浄化したのが守護霊様です。以降、守護霊様はこの国の長い歴史を支え、見届けております」
900年前からこの国を支え続けた人……いや、普通に考えれば人ではなさそうだ。
俺の知る限りこの世界でそこまで長生きできるのは、精霊くらいだ。しかし、精霊には性別がない。雰囲気や性格などが女性っぽいから彼女と言っているだけかもしれないが……
「さて、着きました」
丁度そのタイミングで、アルフォンス殿下が足を止めた。
周囲を見回せば、元々豪奢な王城の中でもこの場所は極めて特異な場所なのだと分かる。真っ白で神々しい大理石の壁と床。そこに緻密に刻まれた彫刻。
そして、どこか神殿を連想させるような荘厳な雰囲気を感じさせるその空間の中で、今俺の目の前にあるのは巨大な両開きの扉。
「この奥に、その守護霊様が……?」
「ええ。では、ここからは貴方がただけでお進みください」
「え、殿下は……」
まさかの回答。
この国の第一王子ともあろう方がそこまでいう方との面会にしては、不自然な気がする。
「私はここに入る権限を持っていませんので……。それに、守護霊様はあなた一人との面会を望んでおられます」
その声音には、少しだけ悲しげななにかが混ざっている気がした。
◆◇◆◇◆
ドーム状のの開けた空間と、その中心にぽつりとある真っ白な台座。
扉を抜けた先にあったのは、それだけ。窓やその先に続く扉などもないようだ。
「誰もいないな……」
視界を遮るものは何もない。その空間にいるのは、確かに俺とシュニだけだった。
と、その時。シュニが俺の服の裾を引っ張る。
「ん? どうした」
「……なんかいる」
そう言ったシュニの視線を辿った先にあったのは、部屋の中央にある白い台座。直径1メートルほどのそれの上に、青白い光の靄のようなものが浮かび上がる。そしてそれは、徐々に人の形へと変わっていき……
『初めまして。この度はお越しいただきありがとうございます。なにぶんこの場から移動できない身でして』
淀みのない澄んだ声音が俺の耳に届いた。その間にも目の前の存在は輪郭をハッキリとさせていく。明らかに日本人的な顔立ちのその女性。
『私は長門江美。あなた方と同じ地球……いえ、日本人です』
次回投稿は1月25日の21時です。