第4話《Eランク冒険者の実力》
Eランク冒険者になった翌日。俺は再び冒険者ギルド東部第一支局に来ていた。
「あれ、君は昨日の……」
「昨日はどうも」
昨日同様、受付に立ち寄る。Eランクの受けられるような低レベルの依頼であれば、受付の近くに設置された依頼一覧が掲示されたボードから依頼を選べばいいのだが、初めての依頼だ。どれがいいか、悪いかなども分からないのでアドバイスでも貰えればと思ったのだ。
幸い、依頼受注の受付にいたのはロイロさんだった。
「せっかく冒険者登録をしたので、早めに依頼を受けてランクを上げられる場所まで上げておきたいと思いまして」
「それで何を受けるんだい?」
「それが、なにぶん初めてなので依頼の良し悪しも分からないんですよね……」
「成る程……それで聞きに来たと」
納得といった表情で頷くロイロさんはなにやら分厚いファイルを取り出してくる。表紙には「今期討伐依頼表ファイル No.3」と書かれている。
「そうだなぁ……なにか希望は?」
「報酬は多少悪くてもいいので、できればD20相当以上のものがいいですね」
今は報酬よりもランクアップに必要な条件を満たすことが優先だろう。
「と言っても、D20相当の魔獣と遭遇出来るかは運もあるから……常駐依頼のゴブリンとかワーウルフの討伐、それか……あ」
そこで、ペラペラと捲っていたロイロさんの手が止まった。そして開かれているページから依頼表を取り出した。
「これならどう?」
そういって、取り出した依頼表を見せてくるロイロさん。
内容を確認してみると、王都南部の森の縄張り調査とある。
「これ、討伐系じゃないですよね」
「そうだね。それに正直時間がかかる割に、報酬的にはあまり美味しくないんだけど……」
そう前置きをして、ロイロさんは少し小声気味で話を続ける。
「個々だけの話、遭遇率で言えば稀にBランクの魔獣とも遭遇するような依頼んだよねぇ……」
「なんでそんな依頼がEランクでも受けられるんですか?」
「さっきも言ったけど報酬がね……。それに、この依頼の受注は誰でも受けられるわけじゃなくて一応ギルドの許可制だし、基本的に戦いは避けて貰う前提の依頼だからね」
なるほど、基本的には出会わないような魔獣のために高ランク冒険者を雇うことはないってことか。もし遭遇したら戦わずに撤退してきた冒険者に代わって、改めて高ランクの冒険者に討伐依頼でも出せばいい訳だ。
「まぁ、それを偶然逃げないで倒しちゃったEランクがいてもいいだろうし……」
Bランク魔獣か……一対一なら勝てないことはないか?
もし無理でも俺の場合転移がある。油断さえしなければ、逃げるくらいは可能だろう。
「自分に倒せると?」
とはいえ、昨日登録したばかりの実績のないEランクの冒険者にBランク魔獣を倒してしまえと言ってくる目の前のギルド職員は、いったい何をもってそんな提案をしたのだろうか。
そう思って尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「あのメイルさんが認めたんだ。大丈夫でしょ」
「メイルさんってそんなに凄い人なんですか?」
「そうだよ。事情があって数年前に辞めたんだけど、それまではSランク冒険者だったからね」
へぇ……ただの職員だと思ってステータスの確認はしてなかった。Sランクといえば世界中に500人ほどしかいない超エリートだ。元とはいえそんな人がギルドの受付をしているとは、流石はギナティア王国の王都バルスだ。
「おぉっ? 昨日の……マコト君だ!」
話をすれば、だ。メイルさんが奥から出てきた。
「ご本人登場ですね」
「なになに? 私の話でもしてたの?」
「ええ、メイルさんが元Sランクだって話を」
「あちゃー、話しちゃったかぁ。いつもみたいに驚かそうと思ってたのになぁ」
真眼でメイルさんのステータスを確認すると、レベルは97。スキルも短剣術9と弓術7、それに鑑定4を持っている。
流石元Sランク。これはこの前見た近衛騎士団の団員と同等か、またはそれ以上だ。
「昨日は御免なさいね。急にギルドマスターに呼ばれてしまって。それで、今日は早速依頼?」
「ええ、ロイロさんにこの依頼を進められまして……」
「あー……なるほどね。君なら何とかなるでしょ。ナイトウルフを前にしてあれだけ冷静ならね。ロイロ、許可の方は私の名前で取っていいよ。その方がスムーズに話が進むでしょ」
「了解です……って、まだ受注するから聞いてませんでした。どうします?」
「受けますよ。受諾の方お願いします」
◆◇◆◇◆
と言うわけで、早速今日の仕事場である南の森にやってきた。
縄張り調査とはいっても、やることといえばエリア内を何度か周回して見かけた魔獣や動物、それにそいつ等の足跡や巣などを確認して渡された地図に書き込んでいくだけの簡単なお仕事だ。
なんて言うか、空間操作の派生技能である立体索敵を持っている俺のためにあるような仕事だと思う。
因みに、現在のレベルは34。レベルだけで言えば一般的な冒険者のCランクの下の方ぐらいだ。平均レベル60程度だというBランクを目指すのであれば、ユニークスキルを加味してもレベル40台中盤は必要だろう。少しでも経験値の多い魔獣を倒してレベルを上げて、基礎ステータスを上げておきたい。
「立体索敵のMP消費と温存分を考えると、一時間以内には調査を済ませたいな」
(ステータスを上げたいのであれば、このあたりの魔獣を一層してはどうでしょう)
とそこにテンボウがなんとも凄まじいことを言ってくる。ちなみに、テンボウはずっと俺の空間操作によって作られた亜空間に入っている。これはいわゆるアイテムボックスのようなもので、無生物であればなんでも入れられる。正確に言うと、魂を入れられないので、生きている生物は魂が肉体に癒着しているので無理なのだそうだ。
ちなみに亜空間には時間の概念はないので、普通に考えて全機能が停止しているはずのテンボウがなぜ話しかけてこられるかは知らない。九賢者様の超技術らしい。そもそも宝珠が話しかけてくる時点でおかしいのだから、今更だが。
「いや、無理だろ。体力的にもMP的にも」
(いえ、恐らくは可能です。ここら辺一帯を範囲指定して……)
「おいおい、そりゃないだろ。そもそも今回の依頼はこの森の調査だ。調査する人が生態系を崩してどうする」
テンボウが俺の隠している切り札の途方もない利用方法を話始めようとしたが、すぐに止める。それはいけない。
さて。改めて空間操作だが、毎日繰り返して使っていることで今では効果範囲が50メートルほどまで上がっている。それプラス視界範囲内というのは変わっていないが、もうここまで来ると視界範囲内というのはあまり関係なくなってくる。
調査開始から50分ほどが経った。依頼にあった範囲は粗方調べ終わった。結局Bランクの魔獣どころかCランクの魔獣すらも見かけなかったが、いくつか気になる足跡は発見した。事前に教わったこのあたりに普段生息してる魔獣や動物のサイズからすると、明らかに大きいナニかがそこにいたことは間違いない。それも恐らくは群れだ。
足跡は比較的新しく森の奥の方、つまり今回の依頼の範囲外へと続いていた。
そして、一番重要なのが、その先。視界的には見えていなかったが、立体索敵にはバッチリその足跡の主が映っていたのだ。おそらくは熊や猫のような姿で、親と思われる2メールあるかないかの個体が2体、その子供らしき個体が5体。7体とも寝転がっているため、森の茂みに隠れて目視では見えなかったのだ。
「さて、行くべきか……」
(行くべきでしょう。このあたりの魔獣で、マコトが遅れを取る可能性は皆無でしょうし。もし何かあれば私を出していただければ、どうにかしますし)
「……」
あのレーザーか……。よし、テンボウは絶対に出さないようにしよう。
だが、そうするとどうしようか。せめてどんな魔獣かが分かればいいのだが……。そこでふと思った。真眼の条件は相手を認識することだ。であるならば、立体索敵で見つけた相手に真眼を使えるのではないだろうか。
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クルゥクスス Lv:32
ランク:B
【スキル】
剛腕(Lv3)
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結果は成功。
足跡の主はランクBの魔獣だった。それにレベルも高い。詳細ステータスまで見ると現在の自分よりも上だ。
こいつ以外の個体も調べてみた結果、Lv32、Lv29、Lv4×3体、Lv3×2体だった。
「周囲に他の魔獣はいなそうだし、やれるか?」
(貴重な経験値ですね)
さて。戦うと決めたが、どう戦うか……といっても、相手にステータスで優っている奴が2体もいる上に数でも負けているこの状況で、取れる選択肢は多くない。
なので、俺は一撃で勝負を決めることにした。
空間操作・部分分断。分断座標・クルゥクススの首×7。
直後。クルゥクスス達がいたであろう場所から血飛沫が舞う。空間操作で全個体の首が胴体から分かれていることを確認してから、近づく。
そこにあったのは、赤っぽい茶色の毛をした熊の群れ。どうやら背中に大きな十字の模様があるのが特徴らしいその魔獣・クルゥクススは、7匹そろって息絶えていた。
これこそが現状の俺の最強の切り札。部分分断。
コンマ1秒以下の僅かな時間、その空間自体に直接切れ目を入れることで、どんなものであろうと、物質であれば切断するというものだ。
座標指定をしている間の数瞬の間によけれるような化け物ステータスでもない限り、どんな相手であろうと避けることはできないし。避けれなかった時点で勝敗は決してしまうだろう。
だが、これだけ強力なのにも関わらず、指定範囲は広いとはいえ立体ではなく平面であるし、時間も一瞬のため、消費MPはごく僅かで済むのだ。
「上手くいったな……」
だが、忘れてはいけない。この能力は確かに強いが、攻略法が無いわけではない。先ほど言った圧倒的なステータスもそうだが、他にも空間操作と同じようなユニークスキルを持っている相手には対処される可能性が高いし、圧倒的物量で攻められればMP不足や処理能力不足で対処しきれなくなるだろう。
あくまで、切り札。
そもそも、冒険者としての経験が圧倒的に足りていない現状があるのだ。この世界で奢ってしまえば、それは死に直結する。
「さて、この死体は……とりあえず丸ごとしまっておくか」
ひとまず、倒したクルゥクススをそのまま亜空間に放り込む。
(うわ、突然死肉が入ってきました! 私と死肉を一緒に入れるのはどうかと思いますが、どうでしょう)
テンボウが何か喚いているが、亜空間には時間の概念と共に距離の概念もない。なので一緒に入れようが何しようが関係ないのだ。あえて言うのであれば、亜空間で普通に作動しているテンボウが悪い。
次回投稿は1月23日の21時です。