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焦燥の世界  作者: 八鍵 嘯
第一部「ギナティア王国篇」 第三章「守護する者、そして事件」
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第3話《考え》

 さて、少しばかり時間は遡り、国王との謁見直後のこと。


 神楽統馬は最近思う。

 この異世界は明らかに日本よりも命が軽い。ぶっちゃけ、いつ俺やクラスの奴らが死ぬかも分からない。そんなこの世界で自分は何がしたいのか。目的がないと同時に、反対する意味も見つけられないが為に今はクラス全体を引っ張ってる町田たちについて行ってはいるが……


「なぁ、西川」

「ん? なに?」

「このあとどうすんだろな。俺達」

「さぁ? 知らねー」


 町田達はこの国の貴族と話し合ってこの国に滞在する事を決めた。だが、どっからどう見てもそれはただの現状維持でしかない。この先のことを考えている訳ではない。統馬の生き方をこの世界で見つけないとならない訳だ。だが、それが何だかはまだ分からない。


 だが、今の統馬が一つだけ信じられるものがある。それは己の実力。

 統馬の戦いにおける技量はクラスでもトップレベルだ。流石に一対一で聖剣スキルを持つ相田などと遣り合うには分が悪いが、既にだいぶ自分のモノとなった剣術スキルと武器を自身で調達できる武器顕現はどんな状況でも一瞬で戦闘態勢に入れるという即時性と汎用性があった。

 その上、統馬には秘密にしている切り札もある。今の実力では実行するには隙が生じてしまうが、成功すれば恐らくあのシェリネーラ・フォン・ネルリューブルですらも回避不可能だろうと思っているほどに強力なモノだ。


 この実力さえあれば、統馬がこの世界で生き残ることは難しくないだろう。そのためだろうか。転移直後に比べてだいぶネガティブな思考が薄れてきていた。


「最近思うんだけど、正直さ……スキルがあるだけこの世界の方が面白れぇし、いろいろできそうだなぁって」

「それな。元の世界と比べて意外と不便もないしな」


 そう。西川と清水が言う通り、思ったほど不便がないのだ。

 この世界に来た直後こそ、森の中に放り出されてサバイバルな生活を余儀なくした。だが、その後シェリネーラ邸を見つけてからは、大抵の電化製品は似たような魔道具があり、それなりに一般にも普及していたこともあり、多少の慣れはあれどそこまでの不自由はなかった。いっそ慣れてしまえばこの世界の方が過ごしやすいのではないかとすら感じられるほどだ。


「なぁ……。二人とも戻りたいって思うか?」


 統馬はなんとなしに尋ねる。


「そりゃあ、多少は帰りたいってのもあるけど……考えてみると、思ったほど強くそう思ってるわけでもないかもしれないな」

「まぁ、そもそもどうやってこの世界に来たかも分かんないんだし、考えてもしょうがない気もするけどな」


 帰ってきた答えは、なんともな答えだった。

 投げやりとは少し違うようだが、なんとも諦めがいい。ある意味では現状をよく理解できているとも言えるだろう。

 だが、それは統馬とて同じこと。


「……だよなぁ」


 どうやら一寸先は闇……ではないようだ。

 かしそれでも、未だ彼らの先行きは不透明だった。


 ◆◇◆◇◆


 そして、俺らはとある貴族の家に居候する事になった。

 俺と西川、清水の三人が居候するのはアーネリヒ子爵っていうあんま偉くない貴族の家だった。

 とはいえ、流石は貴族様だ。付いた先はそこそこに広い豪邸だった、中に入ってみればそこかしこに明らかに高そうな置物や絵などが飾られている。正直言って、ここに住むと考えただけでも辟易してくる。息苦しいったらありゃしない。


 アーネリヒ子爵には三人の息子がいるらしい。そして上の二人は既に独立しているらしく、顔を合わせることはなかったが三男だけは屋敷にいた。

 バリオと言うらしいそいつは俺を見るなり、小さく眉を顰めた。その表情はある意味では俺にとっては見慣れたものだった。これまで幾度となく向けられたモノと同一の視線を久しぶりに感じ、俺の中で燻っていた何かが弾けた。


 それは、これまでも行っていたことだ。ただ、異世界へ飛ばされてそんな余裕がなくなり、最近は出来ていなかった遊びだ。

 だが、この世界に来た直後とはもう状況も違う。これからのことには多少の不安はあるが、別に目の前に危機が迫ってるわけでもない。


 そんな状況で久しぶりにそれに必要な玩具おもちゃを見つけた。久しぶりに遊んでみるのもいいかもしれない。

 なにせ今の俺らにはスキルもあるし、前とは比べもんにならないほどに高い身体能力もある。前よりももっといろんなことができるに違いない。




 玩具の名前はバリオと言うらしい。それとなくこの屋敷の使用人たちなどに聞いて回ると、どうやらあまり好かれてはいないらしい。


 貴族の三男として生を受けたが、学院の成績はそこそこ、内気で社交性に乏しい。かといって動ける訳でもなく、なにか特別な才能を持っている訳でもない。

 普段はこの屋敷の自室から殆ど出ることはなく、一部の者たちからは《無駄飯喰らい》と呼ばれる始末。


 貴族社会のあぶれ者。


 それがバリオ・フォン・アーネリヒという男だった。


 ◆◇◆◇◆


 居候二日目。俺は早速バリオに接触した。

 バリオの部屋をノックすると、少し間を置いてゆっくりと扉が開く。

 そして俺の方を向いたバリオが一瞬だが露骨に嫌な顔をしたのを、俺は見逃さなかった。


「……どうしました?」

「いやな、せっかく同じ屋根の下なんだ。ちょっとくらい話さないか?」


 だが、そんなことは俺だって百も承知。そして、こういう奴に限ってこういった正論に逆らえないということも……


「……どうぞ」


 ほらな。バリオは自分から俺を部屋に招いた。

 こいつは予想通りどこまでも内に閉じこもって、周囲を拒絶するタイプだ。内に籠るから抵抗はしない。抵抗しないから無難に事を済ませようとする。だから何をされてもされっぱなし。

 こういったタイプは扱いやすいし虐め甲斐がある。その上周囲に相談なんてしないから、いじめる側が被害を被ることはまずない。


 つまり、この時点でバリオは俺の玩具になることが確定したのだ。

 バリオの部屋に入り、互いに椅子に腰かける。当然だが、バリオの方から何かを話してくるとは俺も思っていない。なので俺は初めて見かけたときから思っていたことを口にする。


「お前、何か悩んでんだろ」


 俺はこういった勘は昔から外れない。こいつは確実に何かに悩んでいる。

 そしてそれは、誰にも言えないような……虐め甲斐があるなにかだ。


「いや……ないです」

「そうか。じゃあ――」


 ま、最初から素直に答えるとは思ってない。まだ初日だ。ゆっくり聞き出して、ゆっくり遊んでいけばいいだろう。


 ◆◇◆◇◆


 更に数日が過ぎた。

 俺は清水と西川と一緒にバリオの部屋を訪れた。既に何度も入っており、勝手は知っている。当然(・・)、バリオの許可なんてない。

 無断で扉を開けて、中に入る。


「よう、来たぞ」

「いつもいつも、良くずっとこんな部屋にじっとしてられんな」

「ホントそれな」


 俺らの声を聞いたバリオはその丸く太った体を窓の縁から離し、初日から変わらない―寧ろ隠さなくなった―視線をこちらに向ける。


「……今日はなんの用?」

「分かってんだろ、今日もただの世間話だっての」


 そういって、俺は部屋に備わったソファにどっかりと座る。

 さて……そろそろ頃合いか? そう思った俺はバリオで遊び始めることにした。


「そういや、いつもいつも外見てんのはなんでだ?」

「っ……!」


 数日この部屋に来て分かったことだが、バリオは俺たちが部屋に入るときいつも部屋の窓の外を眺めている。


「……キュラセント・グラッサール城だよ。この国の中心の、世界的にも価値のある城。いつ見ても飽きないよ」


 確かに、この部屋の窓から見えるめぼしいものといったら、なんといってもあの王城だろう。だが……


「いいや、確かにあのなんとか城ってお城は凄いし、視野に入れてんのはそうなんだろうが……違うだろ。お前が見てんのは」

「……」


 無言を貫くバリオ。まぁ、当然か。

 ならもう一押し。


「なんか悩んでんのに関係あるんだろ。まぁ、おおよそ検討はつくがな……女か」

「っ!?」


 ほら。これでもうこいつは俺らの玩具だ。


 ◆◇◆◇◆


(なぜ、僕はこんなことをこいつらに話しているんだろう……)


 僕の秘密。それは誰にもバレてはいけない筈だった。

 こんな自分が抱くにはあまりに愚かで、あまりに不遜な感情。最早、抱くことすら冒涜に値するのではないかと思ってしまうほどだ。


「なるほどねぇ……この国のお姫様か。確かに可愛かったな」


 神楽が目を細めて言う。

 国王陛下との謁見の際に見かけたのだという。彼女――フランセーナ・イル・アトメシア・ギナティア第二王女を。


「じゃあ、駆け落ちでもすれば?」

「お、いいね! 駆け落ち! 愛の逃避行!」


 ゲラゲラと笑いながらいう西川と清水。


「で……でも、そんなの無理だって。向こうは僕のことを知りもしないだろうし……」


 簡単に言ってくれる……。その手の物語なら巷に数多くあるが、そのどれもがこれでもかというほどの美男子だ。間違っても僕のような男ではない。


「じゃあいっそ突然連れ去っちまうのはどうだ」

「ええっ!?」


 しかし、神楽の言ったことはそれこそ不味い。

 実際にそんなことをすればたとえ貴族だろうと重罪だ。下手をすれば死刑、そうでなくとも即牢屋行き、一族は爵位剥奪だろう。


「だって、西川が神速で行けばどんな護衛がいようがほぼばれないだろうし、もしばれたって顔隠して俺と清水が戦って時間稼げばどうにかなんだろ」

「でも、それじゃ誘拐……」

「そんなん、そりゃあ事後承諾だろ。後からでも第二王女に許してもらえばいいんだよ」

「ど、どうやって?」

「そりゃあお前が連れ去った西川から華麗に救ってそのまま逃避行でもすれば、王女様もイチコロだろ」


 清水が言う。確かに物語ではそうだ。しかしそれは相手が美男子で、尚且つ創作なのだ。

 上手くいく筈がない……。


「大丈夫だって。ぶっちゃけ俺たちは護衛たちとやりあっても負けないだろうし、もし負けても逃げるくらいはできるだろうしな」


 その後も僕は必死に話を止めようとしたが、結局神楽たちはその後部屋を出るまで王女の誘拐について笑いながら話し続けた。

次回投稿は1月21日の21時です。

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