第2話《冒険者ギルド》
冒険者。ファンタジー世界に於けるベタな設定だが、当然の如くこの世界にも存在する。
「まぁ、魔獣がいてスキルがあった時点でなんとなく察してはいたけど……」
今俺は、その冒険者ギルドとやらにやってきている。正確には、王都バルス冒険者ギルド東部第一支局だ。王都は広い上に住まう冒険者も多いため、冒険者ギルド自体も各所に存在するのだ。その中でも、バルス本部に次いで規模の大きいのが、ここである。
因みに、東部第二支局は東門入ってすぐのところにあり、ここよりも建物なども大きいのだが、それはあくまで王都の外に出る冒険者の窓口として素材の鑑定や保管などの設備が充実しているためで、ギルド自体の規模はそこまで大きくはないとのことだ。
周りを見渡せば、様々な武装をした冒険者達が居る。しかし、意外と冒険者らしからぬ姿の者も多い。具体的には、依頼を頼みに来る者やギルドから素材を買い取る商人などである。
さて、それは兎も角。今日はただの観光がてらではなく、ちゃんと目的があってやってきたのだ。
「冒険者登録をしにきました」
「登録ですね。では、この用紙に必要事項を記入して下さい」
各種手続きと掛かれた看板の受付で要件を言うと、馴れた手付きで受付の若い男が登録用紙と筆記用具を渡してくる。そこに名前、年齢、得意武器または魔術等々を記入していく。
そう。今回の目的は冒険者登録。これから時機を見て《ジュラの大迷宮》目指して旅に出る予定な俺にとって、身分を証明する術は重要だ。そのために、冒険者ギルドの発行するギルドカードは都合が良いのだ。
「これでお願いします」
「はい……えっと、予備記入欄に何も書いていませんが、今書いた以外に報告しておきたいようなことはありますか?」
受付の男が渡した紙の一番下にある大きな空欄を見て言った。
「例えば、こういうスキルが使えますとかですね。スキルの開示は任意ですけど、ギルドが把握してますと仕事が回って来やすくなったりしますよ」
「別に、大丈夫です」
仕事が回って来やすくなるということは、つまりこの王都に縛られやすくなるってことだ。なら寧ろなにも書かない方がいい。
「珍しいですね……。大抵の方は何かしら自分のアピールポイントとかを書くんですけどね。まぁ、正直言って書かない方が此方の処理は楽ですから、問題はなにもないですけどね」
どうやら素で驚いているようだ。
「そんなに珍しいんですか?」
「ええ。冒険者になる人は大抵、腕に自信があるか、他に選択肢がない人ですから。どちらにしろ自身を周囲に売り込みたという思いは強いんですよ」
「なる程。でも大丈夫です」
「分かりました。では、ギルドカード発行まで数分掛かりますから、この番号札持って待ってて下さい」
俺は724と書かれた番号札を持って、カウンターに近いベンチに腰掛ける。改めて辺りを見渡すが、ファンタジーモノの冒険者ギルドではお馴染みの酒場や荒くれ者の冒険者は見えない。どちらかというと、役所っぽい雰囲気だ。
そもそも、この冒険者ギルドは一説には世界最古の組織とも呼ばれるのだという。あらゆる国や地域に存在しながら、あらゆる政治権力の干渉を受けない完全中立を謳う、ある意味では世界一の武力と権力を持つ組織だ。それは、嘗て何度か訪れたという大陸全土に及ぶ大帝国の時代ですらも例外ではなかった。
現在の全世界の冒険者の総数は最新のギルドの発表によると凡そ1600万人。その内、日々の生活の為に戦闘でない依頼を受けて生活するFランクが700万人程だという。
今回俺が登録することで成れるランクは、そのFランクか一つ上のEランクだ。そこから、徐々に依頼をこなしてランクを上げなければいけない。なぜなら、ギルドカードが登録した国の外でも身分証として使用できるようになるのはBランクからだからだ。
つまり、この王都バルスを出るまでに、ランクをBまで上げなければいけないのだ。Bランクの人数は凡そ50万人。そう聞くと多くも感じるが、全冒険者中上位3%ほどの実力を持つことと同義だと考えると、いかに難しいかが伺える。
しかし、俺はそれをあまり深刻な問題と捉えてはいない。なぜなら、Bランクの平均レベルが精々60程であることを知っているからだ。
ちなみに、似た組織に傭兵ギルドが存在するが、この組織の実質的なトップは昔からガトマーニ傭兵国という国である。
そう言えばこの世界の紙って普通に植物紙だよなぁとか、テンプレな先輩冒険者のいちゃもんも無いなぁとか、益体無いことを考えていること数分。
「724番の方ー!」
番号が呼ばれたのでカウンターに向かう。先ほどと同じ受付の男がそのまま対応をするらしい。
「手続きが完了しました。ランク試験は今日行いますか?」
「別の日でもいいんですか?」
「ええ。その場合は仮発行のギルドカードが一週間で失効しますけど一応はFランク相当として使用出来ますので、失効前に試験を受けて頂ければ大丈夫です。それと、もし忘れたとしても、その時点でFランクの正式カードが発行されるというだけで、その後の依頼などでランクは通常通り上げられます」
成る程。とはいえ、今の俺としては一日でも早く正式なEランクのカードを受け取りランクを上げたい。別段後に用事もないので、今から受けてしまった方がいいだろう。
今日受けたいと伝えると、先ほどと同じようにまた番号札が渡された。準備が出来次第呼ぶとのことだ。
そして、今度は待つこと20分程だっただろうか。準備が出来たと伝えてきた事務担当らしい女性に案内されてギルド支部の建物の中庭のような場所に案内される。そこには武装した冒険者らしき男が二人。彼らと模擬戦でもするのだろうか。
「では、早速試験を始めていきます」
案内してくれた女性職員がそう言って中庭の奥にある鉄の扉を開き、中に入っていく。そして待つこと数十秒。
――ガンッ、キィィン! ジャラッ! ドンッドンッ!
なにかを物凄い勢いで叩きつけるような音と、激しく揺すられる鎖の音。
「お待たせしました!」
そうして女性職員に連れられて出てきたのは、おおよそ王都のど真ん中っで見かけていいようなモノではなかった。
「魔獣……」
「はい、Cランク魔獣のナイトウルフですね。レベルは15ですので、本来であればDランクの冒険者が複数人で相手する魔獣ですね」
「まさか、これと戦うのが試験と?」
俺は、臨戦態勢を整えつつそう尋ねる。もしそうなら、Eランクの試験としてはあまりに無謀すぎるが。
「いえいえ、流石にそれはありませんよ。っていうか、もう合格ですね。このレベルの魔獣を目の前にして、正しく警戒しつつ状況を把握する能力。恐怖から腰を抜かしたりしない精神力。十分すぎるでしょう」
「それに、君が本気を出したら、この程度の魔獣では相手にならないだろうことも分かりましたし」
「え?」
「そりゃあ、分かりますよ。私がどれだけの冒険者を見てきたと思ってるんですか」
「流石にこのルーちゃんを殺されるわけにはいかないですからね」
そう言って、ルーという名前らしいナイトウルフに頬ずりをする女性職員。
どうやら本当に飼いならされているらしい。となると、先程暴れていたのも暴れているように見せる演技だったのだろう。
「では、試験は以上です。……あ、この試験は言いふらさないでくださいね。知ってると意味がない試験ですから」
そう言って可愛らしく唇に指をあてる姿に頷きかえした所で、後ろから声が聞こえてきた。
「メイルさん! いつまで話してるんですか!」
「あ、ロイロ」
「あ、じゃないですよ! マスターが呼んでましたよ」
声の方を向けば、ギルドの制服を着た男性職員が俺たちの方へ駆け寄るところだった。
「そうですか。じゃあちょっと、行ってきますね。彼、合格だからロイロはルーちゃんを元の場所に戻しといて」
「了解です」
「じゃあ、後は彼にギルドカードを発行してもらって下さい」
最後に、俺にそう声を掛けて行ってしまった女性職員――メイルさんというらしい――を見送った俺とロイロさんというらしいギルド職員は、ひとまずギルドの受付前まで戻った。
「では、すぐに正式なカードを発行しますので、十分ほどお待ちください」
そうして本日三度目の番号札を受け取り、言っていた通り待つこと十分程で番号が呼ばれた。
「お待たせしました。では、こちらがEランクのギルドカードです。再発行は有料となりますので、無くさないようご注意ください。それと、ランクへの昇格条件はご存知でしょうか?」
「いえ、実力が認められたらとしか……具体的には知りません」
ロイロさんからギルドカードを受け取る。再発行の金額は無くした状況やランンクにもよるらしいが、どんなに安くても5000ハイル。決して安くはない。
そしてランク昇格の条件。これは今の自分にとって最も重要なことだ。しっかりと聞いておかなければ。
「では、軽くご説明しておきます。ランクは基本的に魔獣の討伐実績と同ランク以上の冒険者の推薦の二つが条件になります。Dランクへの昇格の場合、D20相当の魔獣の単独討伐とDランク冒険者5名又はCランク冒険者2名以上の推薦が必要です。当然ですが、魔獣の討伐の代わりになるような大きな実績でも、ギルド側で確認が取れればきちんと反映されますし、貴族や高位の軍人などの推薦も加味されます」
D20というのは、Dランク魔獣でレベル20ということだ。相当というのは、Eランク魔獣でもレベルの高い場合や、Cランクの低レベルの魔獣でもいいということだろう。
だが、推薦というのはどうすればいいだろうか。貴族や軍人でもいいとなると、泊めて下さっているミュヘン男爵や、いっそ近衛騎士団のジナート団長にでも推薦してもらえれば大丈夫そうな気もする。
「では、今後のご活躍を期待してます」
こうしてロイロさんの見送りの元、俺は晴れて冒険者になった。
次回投稿は1月19日の21時です。