第1話《無駄飯喰らい》
ひっさしぶりの投稿!
遂に第一部で一番熱い第三章が開幕!
ちなみに一話目は短めです。
王都の貴族街の一角に構えられた屋敷。この辺りでは別段目立つような事もない普通の屋敷。その北側一階の窓際に、そこから見える王城を濁った瞳で眺める者がいた。
「可愛かったなぁ」
アーネリヒ子爵家の三男、バリオ・フォン・アーネリヒ。今年で16になる少年はその瞬間を思い返し、その唇の端を緩めた。しかし、それも長くは続かない。
「はぁ……」
自然とため息が出る。
いや、別に落ち込むことはないのだ。バリオは身の程は弁えているし、自分がそれなりに恵まれていることを知っている。
とはいえ、人間はどこまでも欲深いものだ。無理だと分かっていても、これだけはどうしようもない。
もし、があるなら自分はどうすればいいだろう。夢見るその考えは、未だ少年と呼べる年齢であるなら当然ともいえる妄想だった。
宮廷貴族であるバリオの父は軍務卿であるカールヘイン侯爵の側近としてそこそこに名が知れている。領地をもたない宮廷貴族の子爵としては権力と武力は持っていると言えるだろう。
それと軍役中の二人の兄がいる。元々が役人の家系だということもあったのかどちらも戦士としての素質は無かったが、上の兄には後方支援の才能があったらしい。軍役終了後には上の兄上は父の家督を継ぎ軍務卿の補佐をしていくのだという。
二番目の兄上は軍で見た魔導具の兵器に惹かれ、兵器開発の道を希望している。
二人の選択は悪くはない、とはバリオも思う。だが、
「全く……このままではいつまでも一介の宮廷貴族のままじゃないか……」
それじゃあダメなのだ。もし、を実現するには……あまりにも足りない。
それは昨日のことだった。バリオは数ヶ月ぶりに公の舞台へと顔を出した。その舞台は、今年で12歳となられた第三王子殿下の貴族学院初等科の卒院記念パーティーだ。そのパーティーは同時に第三王子殿下が次に入学する貴族学院中等科に通っている貴族の子が集められていた。バリオはその中でも、軍務卿の推薦による参加だった。
バリオは基本的に、とある理由から人の多く居る場所は苦手だった。なので普段は何かと理由を付けて断っているのだが、今回のパーティーは王家主催のもの。よほどの理由がない限り、欠席は不敬に当たってしまう。
バリオは内心で自分を推薦してきたカールヘイン侯爵に悪態を吐きながらも、渋々王城へと足を運んだ。
そして、そこで彼は見てしまったのだ。多くの貴族が集まる会場の中でもひと際目立つ、壇上で優雅に笑う一人の少女を。
彼女はバリオと同じ16歳の少女。名はフランセーナ・イル・アトメシア・ギナティアと言う。言わずと知れたギナティア王国第二王女殿下である。
彼女を見た瞬間、バリオは運命を感じた。勿論、一方的に見かけただけで彼女は気付いてすらいないだろうが。それでもバリオの胸の鼓動は高鳴り、これまで感じたことのない感情を抱かされたのだった。
バリオは貴族だ。大抵のモノは望めば手に入る。だが、相手は王族。一介の子爵家の三男にすぎないバリオには結婚は愚か、近付く事すらおこがましい。
バリオだって身の程は分かっている。でも、せめて何とか彼女とお話くらいできないだろうか。それだけでいい。知り合いになれるだけでいいのだ。
そのためには、相応の格というものが必要だろう。子爵の息子、ではまだ弱い。いや、根本的な問題はそれ以前にある。
「……」
バリオは部屋に置かれた姿見を見る。バリオが人との関わりを嫌う理由がそこにあった。
鏡に映るたっぷりと余分な肉がついた結果段の出来ている自らの腹。騎士たちは愚か、役人仕事しかしていない父親や兄たちとすら比べるまでもなく、鈍い動きを見せる手足。顎の下には脂肪が溜まり、まん丸くなった輪郭。
こんなんでは、認知して貰うことすら禄に出来やしない。出来たとしても印象は最悪、その先が続かない。だからといって痩せようという気概がある訳でもない。頭の中での理想はありながらも、それを現実にしようと努力をするほどバリオは出来た人間ではなかった。
軍事も政治も。世渡りも恋愛も。
そんな感情に悩まされていたある日のことだった。彼らが来たのは。
◆◇◆◇◆
「今日から家に住むことになった異世界の客人の方々だ」
そう父に紹介されたのは、三人の男。バリオよりも少し幼く見える。
「どうも、自分はこの家の三男のバリオ・フォン・アーネリヒと申します。宜しく」
「俺は神楽統馬だ」
「マサト・ニシカワです」
「えっと、コウキ・シミズ」
三人の内、真ん中にいる男がカグラとかいう奴がリーダー格のようだ。
このタイプの人間は貴族のなかでも多い。格下の家柄の同年代を引き連れて群のリーダーを謳うのだ。そして、大抵のそれは彼らの親の関係をそのまま引き継いだモノが多い。
そう、カールヘイン侯爵とその側近であるバリオの父親のように。貴族院初等科の頃にバリオをいじめていた伯爵家の次男坊とその腰巾着のように。
「客人方には二階の部屋を使ってもらうとしよう。それほど広い部屋ではないのが申し訳ないが、そこはそれ以外で最大限にもてなしをさせて貰うことで勘弁して貰えると嬉しい」
カグラ達がメイドに案内されて二階の部屋に向かうのを尻目にバリオは小さく溜息を吐く。聞いた話では、現状の彼らの立場は大分微妙な所らしい。一応は準国賓待遇的な扱いは受けているが、今後の展開次第では唯の平民扱いにもなりかねない。もしそうなったときを考えると、先ほどのバリオの父のような接し方をしていてはいろいろ面倒だ。
(まあいい。ああいうタイプの奴らには関わらないのが得策。無難に距離を取っておけば何か言われることもないだろうし)
状況的にもバリオの個人的なコンプレックス的にも、そういう結論に至るのは自然なことだった。
◆◇◆◇◆
カグラたちがアーネリヒ子爵家の屋敷へとやってきた初日の夜。
父は歓迎の為に奮発したのか、何時もよりも大分豪勢な夕食を用意していた。このレベルの食事は貴族と言えど年に数回しか食べられないだろうというほどの。
案の定カグラたちはその豪華さに目を見張り、高価なスパイスの効いた鶏肉のソテーにかぶりついた。もし奴らが、あの鶏肉一塊で平民一家族が数日は暮らせるだけの価格はするものだと知ったらなんというのだろうか。
そして、夕食中はカグラたちの故郷の話となった。主に文化や技術。特に軍事についてだ。
カグラたちも学生のため、詳しくは知らないようだったが、それでもどんな荒れ地をも進む鋼鉄製の巨大な砲撃車両や、上空を高速で飛んで強烈な爆撃を行う小型艇など、この世界の既存の軍略を根底から覆しそうな話が出てきた。
「バリオ、私は少しの間書斎で仕事がある。客人方のお相手を頼んだ」
一方的にそう言って、書斎へと引っ込んでしまった父の姿に唖然とする。現在居るのは屋敷のダイニングだ。そして残っているのはバリオと母と神楽たち三人のみ。兄たちはいつもの通り泊まり込みで仕事をしているのだろう。
「さぁさぁ、皆さん今日は疲れたでしょう? ゆっくりお休みになって下さいな」
「あ、ありがとうございます」
何を話せばいいか分からず、沈黙してしまったバリオをフォローするように、母が三人に部屋に行って休むよう言う。
そうして三人が立ち上がり、部屋に向かおうとしたその時、一瞬だがバリオの視線がカグラと合った。その目はバリオが貴族学院で幾度となく経験してきた蔑みの目と同種のモノだった。
こういった見られ方には慣れている。適度に距離を保てば、問題ない。
「……ごゆっくりどうぞ」
部屋を出る彼らに、無難かつ角が立たない程度に声を掛ける。これでいい。これでいいのだ……
だが、その時は気付かなかった。それが同種であっても同じではなかったことに。貴族学院の者たちとカグラたちの違いに。
それが、バリオの最初の間違いだった。
次回投稿は1月17日の21時です。