第7話《出席番号1番、キョウスケ・アイダ》
七話目っ!
ここはギナティア王国王都バルスにあるキュラセント・グラッサール城の一角。近衛騎士団訓練所。
現在その中心に二人の男が向かい合っていた。
一人はこの国の騎士の中でもトップエリートたる近衛騎士のみに許された銀色に青の繊細な装飾の施された鎧に身を包んだ男。
近衛騎士団第一部隊のグラック・クロワーだ。幼少期から神童よ呼ばれ僅か10歳で名門、王立バルス士官学校を次席で入学。その後も多くの実績を積み、卒業と同時に近衛騎士団第四部隊に騎士補として入団。その二年後、若干19歳で騎士に昇格し第一部隊に異動という華々しい経歴を持つという。
対するは、我らが出席番号1番。《聖剣》相田恭介だ。
元々、相田は全く剣とは関わりのない高校生だった。生まれてこの方剣はおろか剣道の竹刀すら触れたことのないくらいだ。あえて言えば、中学の修学旅行で友人が買っていた木刀を握ったことがあるくらいなものである。
だが、この世界に来て何の偶然か聖剣というユニークスキルと剣術というスキルを得た。相田には才能があった。いや、もしかしたらそれは聖剣スキルによるものなのかもしれなが、兎も角相田はメキメキとその実力を上げていき、純粋な戦闘力なら俺の中でも一、二を争う程になった。
「アイダ殿。この度は異世界の客人たるあなたと剣を交えることが出来ること、光栄に思います」
「いえ、こちらこそ強い方と模擬戦が出来るなんて嬉しいです!」
本当に喜んでいるのだろう。相田の表情には微かに笑みが見えた。
だが、そう楽観的にしていられる状況ではない。ふと、俺の隣でしかめ面をしている透が尋ねてきた。
「なぁ、誠。一応聞くが、あのグラックっていう騎士のレベルって幾つだ?」
「……92だ。その上、剣術スキルは8。因みに、相田のレベルは36、剣術スキルは4だ」
しぶしぶ答えた俺の返答に、透は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「ユニークスキルの補正があるとはいえ、流石にこのレベル差は厳しいか……」
「厳しいどころじゃないぞ。各能力の値に数倍の開きがある。正直言って無謀だ」
この世界の能力値は倍あれば、物理的にも倍の能力が発揮出来るものではない。だが、能力値に十倍の差があれば少なくとも三倍程の差は出てくるのも事実。
自分の三倍の膂力を持ち、三倍の速度で動き、その上三倍の体力を持つ相手と戦いどう勝てというのか。そこには既に技術で補える域を超えた溝があるというのに。
改めて、向かい合って開始の合図を待つ二人を見る。二人は互いに刃の潰された直剣を持ち構えている。が、その構えは互いに全く違った。
相田は両手で柄を握り胸の前に構えている、まあオーソドックスな中段と呼ばれるものだ。適度に体の力が抜けており、既にいつでも開始できる上体にあるようだ。
一方のグラックの構えは少々特殊だ。体は左足を一歩引いた半身の状態。右手のみで持つ剣を掌が上を向くよう手首を捻るように持ち、その手は左肩のすぐ横に据えると言うなんとも独特な構えをしている。そして、何故か空いている左手は風に靡いているかのようにゆらゆらと背中側を揺らめいていた。
そして、それらを俺が確認した直後。
「始めっ!」
「――ッ!」
開始の合図と共に先手を取りに出たのは相田だった。相田も分かっているのだろう。相手とのレベル差、実力の差を。
実力の拮抗しない場合の弱者の戦い方にも様々なものがあるが、基本的にそれらの行動は相手に先手を取らせない、行動をさせないことを重視することが多い。そのセオリーから行けば、相田の行動は実に正しい選択と言える。
だが、
――ギィィン!!
相田の剣が上へと弾かれ、その剣を持っていた相田も同じく強い衝撃によって後ろへと体勢を崩した。弾いたグラックの剣は相田のものと同じく跳ね上げられている。だが、グラックは瞬時にその圧倒的な身体能力と技術で弾かれた勢いを殺さぬまま下段からの切り上げに変え、相田の首へと刃を向けた!
誰もが相田がその模擬剣の潰された刃に強く打たれて敗北する未来を半ば確信した……その時だった。
――キンッ!
先ほどとは違い軽い金属の音が響き渡り、グラックの姿勢が崩れた。刃は軌道を逸らし、相田の顔前擦れ擦れを通り過ぎる。
どういうことだろうか。初撃の相田の全力の一閃を完全に弾くほどの身体的な能力の差があったはずのグラック。その姿勢を崩すほどの力はなど相田は持ってないはずである。
「弾いた……?」
その時、透の呟きが俺の耳に届いた。確かにあのグラックの感じは相田が攻撃を弾いたような姿勢の崩し方だった。
でも、あの状況で相田があの剣を弾く手段はなかった。少なくとも俺たちにはそう見えた。
だが、どうやって……
そうして俺たちが頭の上に疑問符を浮かべている間にも、模擬戦は続いていく。
剣をどうやってか弾いてグラックの体勢を崩した相田は、今度こそと剣を振り降ろす。しかしその刃は、既に体勢を立て直し終わっていたグラックの剣によって防がれた。
「な……っ!」
思わず漏れてしまった驚愕の声を堪えて俺はその原因を考える。
あの状況からの体勢の立て直しは、それこそ剣術スキルの恩恵があろうと圧倒的な身体能力があろうと至難の業の筈だ。どうやって立て直した。
そして俺は模擬戦をするグラックに注目した。その時俺が、グラックのある点に気が付いたのは本当に偶然だった。
「左手が……まさか!」
「気づきましたか」
俺の声が聞こえたのだろう。少し離れた場所で同じく試合を見ていたジナート団長が言う。
グラックの左手は基本的には背中側に置いてはいるものの、今この瞬間もその背中側で上下左右に動かされていた。普通に考えて、片手で剣を握りもう一方の手に盾等の装備をしないのであれば、余った手は動きに支障のないように体に密着させて置くべきだろう。だが、その動きは滑らかかつ不規則で、一般人から見ればどうにも戦闘の邪魔にしかならないように見えた。
だが、そうではなかった。
あれは常に相手から見えにくい背中側で左手を動かして自身の重心を移動させつづけることで、相手が動きを読み辛いようにすると同時に、今のように崩れた体勢を柔軟な重心移動で即座に立て直すものだったのだ。
「でも、あの独特な動きは一体……」
「分からないのも無理はありませんよ。あの左手は今、人間には本来存在しない部位である尾になっているんですから」
尾……!
改めて見てみれば、グラックの左手は体の後ろ、丁度相田の死角となりやすい位置で左右へと揺れ動いている。
「グラックの剣術は見ての通り少々特殊でしてね。本人の話によると、リザードマンの独自剣術を元に人間向けに自分で改良したものらしいですよ」
そう言われて、グラックの剣術スキルを詳細で見てみると……確かに剣術(南方系竜鱗族古流亜種Lv.8,ギナティア王国式剣術Lv.6)とある。
竜鱗というのがそのリザードマンのことだろう。そして亜種というのは、恐らく尾のない人間向けに独自に改良したからなのだろう。
突如、キィィィンという甲高い音が鳴り響いた。そして静寂が訪れる。
どうやら、決着が着いたようだ。
見れば互いの剣が見事に相手の首筋へと添えられている。引き分けだ。
「リザードマンの剣術ですか……。リザードマンとはまだ出会ったことがないのでよく分かりませんが、あれだけの剣術を持つのですか……」
そこに模擬戦を終えたグラックと相田がやってくる。
「いえ、私なんてまだまだですよ。本来の南方系竜鱗族の剣術はリザードマンのあの太く重い尻尾で柔軟な動きと強烈な一撃を併せ持つものですからね。それに彼らは、もとより人間よりも種族的に高い身体能力を持つのですから尚更ですよ」
リザードマン。相当に強い種族のようだ。
「いやぁ、惜しかったんだけどなぁ!」
一方、清々しい表情でそう告げる相田。
しかし、一体相田の急激な力量の変化はなんだったのだろうか。俺は改めて相田のステータスを確認する。すると、
「称号が増えてる……」
《頂きの威容》
武術系最高位のスキルを持つ者がその一端を示した。鍛錬でその能力の向上と強化が見込まれる。
■強化継続可能時間
00:00:13/00:01:48(クールタイム:残り約1時間34分)
■強化効果倍率
体力:1.27
筋力:2.51
敏捷:3.63
器用:3.01
どうやら、時間制限有りの強化能力を持つ称号のようだ。それに、表記の感じからして、時間制限や強化倍率も鍛錬次第で伸びそうだ。
「まだこんな所にいらしたのですか……。あまりに遅いので此方から様子を見に来てしまいましたよ」
突然、後ろから声が掛かった。
振り返り声の主を見てみると、そこにいたのは細身で眼鏡を掛けた三十代程の男だった。
「テイラー王宮魔導士団長殿、遅れてしまいすいません」
「いえ、アーネリヒ子爵殿が気にすることはありあませんよ。この現状を見るに……どうせ、あの脳筋団長が模擬戦の提案でもしたのでしょうね」
「……その通りです」
ハァ、とため息を吐いて推測を口にするクロウィルク団長にアーネリヒ子爵が肯定する。
「ま、今は取りあえずもう模擬戦も終わっているようですので此方の案内を進めてしまっても大丈夫ですよね」
「ええ、まぁ……」
やり取りが済むと、クロウィルク団長は俺たちの方を向いて一礼する。
「さて、申し遅れました異世界の客人の方々。わたくし、クロウィルク・テイラーと申します。僭越ながらこの国の王宮魔導士団長を務めさせていただいております」
「テイラー団長殿は、かの魔術大国アシュレイン王国でも最高峰と唄われるマークランド魔術学園を二学年飛び級し主席で卒業し、SSSランク冒険者ゲオルギウス・ヌズィオがその才を認めた天才なんですよ」
「私とクロウィルクで二強なんて呼ばれているくらいですから」
テイラー団長の自己紹介にアーネリヒ子爵とジナート団長が補足する。
「おい、ジナート。いい加減それを自称するのはやめろと何度言えば分かる」
「良いじゃねーか。事実なんだからよ」
「良くない。主に私の精神が持たない」
テイラー団長とジナート団長。
どうも相当に仲が良い(?)ようだ。
「あのお二方は学生時代から武のジナート・術のクロウィルクと言われてきた仲なのですよ」
アーネリヒ子爵が苦笑しながら説明してくれた。