第5話《ミュヘン男爵邸》
第五話ぁぁぁ……
「到着いたしました」
俺とシュニと透、そして町田の6人がお世話になることになったのは、なんとミュヘン男爵の屋敷だった。
「先程ぶりですね。ようこそ私の屋敷へ」
自ら迎えてくれたミュヘン男爵と挨拶を交わし、俺たちは屋敷へと入った。
そのまま通されたのは男爵の書斎だった。そこには、実用的で頑丈そうな机や本棚と、それなりの装飾品が置かれている。そして机の上には数束の書類らしきものが置かれている。
俺は、その控えめな雰囲気から逆に本物の貴族の書斎なのだと感じさせられた。
「私は基本的にずっと王都にいる宮廷貴族と呼ばれる貴族でしてね」
ミュヘン男爵は言う。
宮廷貴族とは、基本的に領地を持たない貴族で、王都で暮らして王宮で仕事をしている貴族のことだ。
ミュヘン男爵は領地を持っている上に、外交官として王都の外に出ることも多い例外的な貴族だが、領地は基本的に代官に任せているため、宮廷貴族に分類されるらしい。
今回俺たちがお世話になる貴族は、全員この宮廷貴族の方だ。理由はもちろん、常に王都にいるので都合がいいからだ。
「さて……まず、君たちの中のリーダーはマチダ殿で宜しいですかな」
「別にそう決まっている訳ではないですが、現状リーダーの役割を誰がやっているかという話であれば、そうなると思います」
町田はそう答える。
そう、現状の実質的なリーダーは町田だ。このことについても、これから考えて行かないといけない。
「そんな君たちには、これから話すことについてある程度知っておいてほしいのです」
そう言ってミュヘン男爵はゆっくりと話し出した。
「このギナティア王国は大国です。故に恥ずかしながら一枚岩とはいきません。現在ギナティア貴族には、四つの派閥があります」
そういって、ミュヘン男爵は人差し指を立てる。
「一つ目の軍務卿派。これは軍務卿であるカールへイン侯爵を筆頭とする派閥」
軍務卿が率いているだけあり各騎士団の規模拡大などを主張している派閥らしい。
そしてVの字を作るように中指を立てる。
「二つ目は、財務卿派は財務卿のバリオ公爵率いる派閥ですね」
此方も財務卿が率いるだけあり、財源確保のための軍の縮小や各国との貿易拡大などを主張しているようだ。
薬指を立てて三を表した。
「国王派はその名の通り、国王陛下を中心に集まった派閥で、軍務卿派でも財務卿派でもない者が集まっている。だが、ここ数年はやや財務卿派寄りな派閥と言えます」
そして最後に、小指も立てて四を作る。
「そして、中立派。クィリオ侯爵を筆頭とする派閥で、私が所属している派閥でもある。基本的にはその名の通り中心だが、最近は国王派がやや財務卿派寄りなので、少し軍務卿派寄りに近づいてになってバランスをとっています」
つまり、軍務卿派と財務卿派の対立に国王の意志を尊重する国王派があり、国王派の動きを見て軍務卿派と財務卿派のバランスを取っている中立派がいる……ということか。
「とまあ、話したが……実はこの派閥関係は」
「表向きだけのもの、ですか?」
「素晴らしい!」
ミュヘン男爵が賞賛する。
そう。これはよくよく考えれば簡単な話だ。貴族制をとっている国、ましてや大国のギナティア国王であればなおさらであるが、派閥が出来て対立構造が出来ていることはある意味当然だろう。そして、それらを全てまとめ上げて国を運営するなど到底不可能だ。
「正確には少し違いますが、おおよそその通りです」
人は共通の敵がいると団結し易い。これを利用し、四つの派閥をそれぞれまとめ上げ、そしてその真実を知るトップが互いに連携する事で完全なる統治を行う。それがこの国が出した結論なのであろう。
まあ、多少違うのは仕方がない。俺たちはこの世界の政治に関しては素人同然なのだから。
「流石は異世界人とでも言うべきでしょうか?」
「いえ、それほどのことでも。国の政治や貴族の方々については分からなかったので一般論で考えてみただけなので……」
「いえいえ、貴族でもそれすら理解できないような方もおりますから。ましてやその年齢でそれだけ考えられれば十分すぎるでしょう」
さて、とミュヘン男爵は一息つくと、再び話し始める。
「あなた方との揉め事は王国としても不利益になると考えているので、お話いたしましたが、基本的にこの話は他言無用でお願いしたい」
「自分で言うのも何なのですが、私は中立派のトップであるクィリオ公爵の側近として、そして国を代表する外交官として、幾分か普通の男爵よりも多くの権限を預かっています。だからこそ、先程のことも知っていたのですが」
「今後あなた方が何かあった場合、私が王国の窓口となって対応することになっております」
◆◇◆◇◆
夜。
俺に貸し出された部屋は、目測で十畳ほどの部屋だった。町田と透、そしてシュニにも、多少の間取りの違いはあれど、それぞれ同じくらいの部屋が貸されている。
「さて、ようやく一人になれたか……」
俺は空間操作の一つ、立体索敵を展開した。部屋の周りの状況が俺の脳へと送られてくる。
先ほど二十分ほどかけて寝かしつけた為か、隣の部屋のシュニは完全に熟睡モードらしい。向かいの部屋の透はまだ起きているようだな。部屋にいろいろな物が浮遊しては落ちたりしているということは恐らくは透のユニークスキル、念力の練習だろう。
斜め前の部屋の町田は……ベットに腰かけて微動だにしていない。なにやら考え込んでいるようだ。
「ひとまずは大丈夫そうだな」
一通り確認を終えた俺は、索敵を維持したまま目の前の空間から紫色の丸い宝珠を取り出した。そう、魔導スーパーコンピューターの核、テンボウだ。
「さて、ようやく詳しい話が出来そうだ」
(私もマコトには幾つか言いたいことがあります)
◆◇◆◇◆
翌朝。
(マコト、そろそろ起きた方がいいかと)
「ん、ぅぅ…………あ」
俺を起こしたのは、頭に直接響く男の声。
「あ、ぁぁ。テンボウか……おはよう」
(おはようございます。現在時刻は8時27分ですよ)
「……もうそんな時間なのか」
寝ぼけた眼を擦りながら大きな欠伸を一つした俺は、そのままベットに腰かける。
あのあと、俺とテンボウの話は数時間に及んだ。それだけ話し込んでしまったのにも訳がある。
実は、俺がシュニを連れてジュラの大迷宮へと向かうことを決めた時点で、テンボウは俺に対し権限が許す限りの協力をすることを明言していた。だが、これまでずっとクラスメイトたちと一緒に行動していたため、実際にいろいろ尋ねる機会が中々なかった。
そしてようやく、その機会が訪れた訳だ。俺は屋敷を出て以降ずっと溜め込んでいた数々の疑問を尋ねた。勿論、全部が全部答えが返ってきたわけではない。だが、大分いろいろなことを知ることが出来た。
「じゃあ、ひとまずはまた仕舞っておくから、何かあったら言ってくれ」
(分かりました)
俺はテンボウを仕舞い、部屋を出る。
すると、偶然にもシュニも部屋から出てきた所だった。
「おはよう」
「おはよう、マコト。おなか減った」
「そうだな、食堂に行くか。でもその前に洗面所で顔を洗おう」
徹夜のせいで眠気がなかなか覚めないのだ。冷たい水で一度頭をスッキリさせたい。
この屋敷の洗面所は魔道具のセンサーによって自動で水が出る仕組みになっている。
この魔道具は貴族の屋敷であれば普通に付いているレベルであり、庶民でも多少裕福であれば使っている家もあるという。因みに、魔道具でない洗面所の家の場合でも、高低差を利用した蛇口を捻れば水が出る構造のものが一般的で、井戸から直接というのは余程田舎でないとないという。
「ふぅ、サッパリした」
「じゃあ行こ。ご飯食べる」
タオルで顔を拭いている俺の服の裾を引っ張り洗面所を出ようとするシュニ。
「お、おい。お前は顔洗わないのか?」
「冷たいのはヤダ」
「じゃあ、せめてそのボサッとした髪を整えて」
「後でいい、ご飯が先」
なんじゃこの食いしん坊美少女め! などと内心叫びつつ、俺は引っ張られるままに朝食へと向かうのだった。
土日バイトからの月曜レポート(←驚愕)