第4話《話し合い》
四話目ぇ
あの後、謁見は直ぐに終了した。謁見とはあくまで、国王が俺たちを迎え入れるという事を示す言わば儀式であり、そこで詳細を話し合うことはないらしい。
これ以降の話し合いは俺たちの中から代表数名と国王と宰相の少人数で、国王の執務室で行うらしい。
とは言え、あの場において国王が俺たちの衣食住を認めたことは事実であり、それが貴族たちから見れば俺たちが王国の傘下へと入ったと認識されることは明白な事実だった。
「何考えてるんだ町田。あれじゃあ、王国の傘下に下ったようなものだ」
「君こそ何を言ってるんだ。僕らは幾ら凄いスキルを持とうと、所詮はただの高校生だ。俺たちだけでこれから先、生きていける保証はないんだ。国の傘下に入ってそれを保証してもらうのは当たり前じゃないか」
謁見後、問い詰めた俺に対し町田はそう答えた。
「いや、少なくともあの場では少し強気くらいの対応が正しかった。あの時、王国側はまだ俺たちの立ち位置を計りかねていた。あの状況で少し強気でいこうが、誰も何も言えなかったはずだ。そうして俺たちの立ち位置を高く見積もってもらった上で、その後追加でなにかを頼んでも大丈夫な状況に持っていく方が、今後何をするにしても行動しやすかった筈だ」
「幾らなんでもそれはリスクが高すぎる。さっきも言ったが僕らはたかが高校生だ。俺達よりもずっと交渉ごとに長けてるだろう貴族や王族に対して、同じ土俵に立つのは止めた方が良い」
町田だとの話はどこまでも平行線だ。だが、仕方がない。
町田も町田でクラスメイトのことを考えていることには違いない。俺と町田の違いは、町田は保守的な考え方で、俺はそうでないというだけだ。どちらも間違っている訳ではない。
だが、俺にはこの国に縛られてはいられない理由がある。
俺の現状の長期的に見た一番の目標はシュニとテンボウを連れて《ジュラの大迷宮》へと向かうことだ。そのためにはそう遠くないうちにこの国を出る必要がある。その際に俺以外のクラスメイトを連れていくのか連れて行かないのかはまだ決めていないが、兎も角このタイミングで俺たちの行動が制限されるのはよろしくない。
「どちらにしろ、今はもうどうしようもない。でも、執務室での話し合いである程度はどうにかしないと、一生この国に住むことになるぞ……」
俺はそう呟き、ため息を吐いた。
◆◇◆◇◆
国王の執務室は高そうな調度品が並んではいるものの、実用性の重視された部屋となっていた。
「謁見の時にも名乗ったが、国王のクラウン・イル・カルワーン・ギナティアだ」
「ギナティア国王宰相のロリック・フォン・ペンドラゴンです」
向かいに座る国王と宰相が言う。
今回、執務室へと来ているのは俺と町田、辰宮だ。クラス全体の代表的立場の町田。女子を実質的に纏めている辰宮。無理を言って割り込ませて貰った俺。
正直言って、先程の町田の王への返答は想定外だった。ミュヘン男爵があれほど暗に忠告してくれていたというのに。
「町だ……いや、タカトシ・マチダです」
町田がこの世界風に言い直す。俺と辰宮もそれに続くように答える。
「タカトシ・マチダ殿、マコト・ゴダイ殿、カオル・タツミヤ殿だな」
一度聞いただけで完璧に覚えたのか、一度確認すると小さく頷いたギナティア国王は、絶妙な温度で淹れられた紅茶を一口含んだ。
「マチダ殿達も飲んでみてはどうかな。ミュヘン男爵領の紅茶、今回は温かいモノを用意させて貰った」
そう言われ、俺たちは用意されていた紅茶を手に取る。
紅茶がミュヘン男爵領のモノなのは、謁見前に冷たいモノを飲んで高評価だったことと、メイドに言われて温かい紅茶にも興味を示していたことからなのだろう。
こういった所まで考えられているというのは、流石王宮というべきか。
「さて、衣食住の保証とのことですが……実はもう此方で用意した案があるので、まずはそちらの草案に目を通して頂きたい」
そう言って、ペンドラゴン宰相がなにか紙の束を渡してくる。見てみると、そこにはギナティア王国の用意したという俺たちの今後の生活に関する案が書かれていた。
「流石に王城も四十人近い人数を無期限で泊めるだけの部屋は無くてな。王都に屋敷を持つ貴族たちの邸宅に分かれて生活してもらう案を出させて貰った。この場合、泊まってもらう貴族の邸宅は貴族街と呼ばれる場所にある。ここは、限られた者だけが入れるのだが、貴族街から外へ向かうのは自由だ。王都を見て回るのも王城で生活するよりも用意だろう」
それを聞いた俺が思い出したのは高二の秋に行ったイギリス修学旅行でのホームステイだった。
「ホームステイみたいなもの……なんだろうか」
「意味合い的には、その考えでいいんじゃない?」
偶然にも、町田と辰宮も同じことを考えていたらしいな。
さて、この案の利点と問題点を挙げて比較してみる。
まず、利点は何と言っても、行動の自由がある程度効くということだろう。
対して問題点は、俺たちクラスメイトが別れて生活をするという点だ。これは王国側としては管理が容易となり、俺たちが王国傘下になったという事実を強固なものにする一端になると思われる。
そして、それ以上に問題なのが、俺たち側がこの国に情が湧いてしまうことだ。行動が自由になるということはこの国について多く触れることに繋がる。この状況になると人間、情と言うものが湧いてきてなし崩し的に自ら王国の傘下になってしまうことに繋がりかねない。
と、そこで辰宮がギナティア国王に尋ねる。
「あの、この案ですが期間はどの程度にするつもりなのでしょうか?」
「期間とな。別にこちらとしては特に設けるつもりはないのだが……」
「いえ、それでは流石にこちらとしても申し訳が立ちません。私としては一年ほどで区切らせて頂きたいのですが……」
辰宮の意見、それは俺の考えていた問題点の解決策……とまではいかなくても、妥協策となるものだった。
確かに、現状の俺たちには衣食住の保証は必要だ。それはもう覆しようもない事実だ。それを受け入れた上で、さっきも言った通りこの国に俺たちが呑まれてしまうことも避けたい。その点、期間を設けてその間に自立をするというのは悪くない手だ。
「一年と……流石に短すぎるのではないか?」
「陛下の言う通りだ。辰宮さんなら一年でも自立できるかもしれないけど、クラスメイト全員が同じように出来るわけじゃないんだ」
町田の意見はその通りだ。全員がこの世界で自立していく下地を完成させるには一年では足りないだろう。なにせ、文化や社会、価値観、倫理観。ありとあらゆる面で日本と違う世界だ。そんな場所で生きていく術というのは、見ようによっては無人島で自給自足よりも難しいと言ってもいいかもしれない。
「それじゃあ、何年あれば全員自立出来ると思う?」
「そうだな……五年くらいかな?」
「遅いな」
「五大くん?」
思わす口に出してしまった。
だが、本当にそうだ。五年も留まっていたら、それはもうこの国の住人と言っても過言ではない状況となってしまうだろう。
「流石に五年は長い。俺としても出来れば一年で済ませたいんだが……」
「じゃあ、妥協案として、最長三年っていうのはどう? そして、自立できた人から順次自立していくの」
それはいいかもしれない。
三年もまた長い気はするが、最長期限でそれならまだましだろう。そして自立出来次第自立していくというのも良い。
そう考え、俺は辰宮に小さく頷く。
町田の方も横目でチラリと確認するが、異論はないようだ。
「というわけで、最長でも三年間。その間に自身で生活できる基盤が出来たらその人から順に自分で生活してもらうというのでどうでしょうか?」
辰宮が陛下に提案すると、陛下は宰相にチラリと視線をやる。そして宰相が先ほどの俺のように小さく頷いたのを確認し言う。
「……うむ。貴殿等がそれでよいのであれば此方としてもそれでもよい」
国王が頷いたことで、以降の話し合いはスムーズに進んだ。
これで、一先ずは行動が大きく縛られる可能性は減ったと思う。
◆◇◆◇◆
「それと、シェリネーラ殿からの手紙の方にあなた方にこの国の騎士団と宮廷魔導士たちの訓練などの様子を見せてあげて欲しいとあったのですが、それについてはどういたしましょう?」
あれから三十分ほどが経った。
話がひと段落したところで、宰相が言った。
「そのようなことをシェリネーラさんが……?」
「ええ。此方としてはお見せするのは構わないのですが、何時ごろなどの詳細を決めておきたいので。既に見学に向かうことはどちらにも伝えてありますしね。どちらも……特に近衛騎士団の方は騎士団長がネルリューブル侯爵家の跡継ぎ殿なこともあってか大歓迎のようですよ」
思わず尋ねた町田に、宰相は答える。
ネルリューブル侯爵家……ネルリューブル!?
確かシェリネーラさんのフルネームが「シェリネーラ・フォン・ネルリューブル」だった筈だ。つまり、近衛騎士団の団長はシェリネーラの家系の末裔ということだ。
「かの断戒の大森林の女王を輩出した家系ということもあり今もなお侯爵位にいる名家ですね。最も、そんなことを抜きにしても彼は大変に優秀ですけどね。なにせ、歴代最強と名高い六代目近衛騎士団長に匹敵すると言われている剣の名手ですから」
ぐぬぬぬ……