第3話《王城》
連投三話目。
「見えてきました。あれがギナティア王国王都、バルスです」
そう伝える御者の言葉を聞いて、俺たちは馬車から顔を出して異世界の国の首都をその目に移した。
「うわぁ」
「でっけぇ……」
俺たちは思わず、一様にその威容に唖然としてしまう。
馬車から見えた王都バルスの規模は、マイーラの街を出てからこれまで通ってきた全ての街とは比べ物にならないほどにデカかった。恐らく総面積が数十平方キロメートルはありそうな広大な土地には、数千、数万と言う数の家屋が立ち並び、幾つかの道幅の広い通りを境に様々な区画に分かれているようだ。
そして、未だ数キロ離れているというのに小さくだが認識できる建物がある。恐らくあれが王城だろう。
「ギナティア王国王都であるバルスは、今から四百年前にこの地へと遷都されて以来、長きにわたってこの国の王都であり続けています。そして、現在都市としての規模は世界でも三指に入るとされています」
俺たちの反応に機嫌を良くした御者の男が観光ガイドのように、解説を始める。
「今はまだ遠くて小さく見えますが、あそこに見えるお城こそがギナティア王国の王城、キュラセント・グラッサール城です。先ほど言った四百年前の遷都からおよそ百年掛けて作られた世界でも最大級の城です。そして、これからあなた方が向かう目的地でもありますね」
王都が見えてきてから十数分程で、馬車はその入り口である巨大な門の前に到着した。
護衛の騎士の一人が、馬を降りて門番の一人に何かを伝える。短いやりとりのあと、門番がなにか慌てた様子で周囲の仲間の門番たちに指示を出す。
そして……
ギィィィ……
大人、十数人分の高さはあるだろう巨大な両開きの門がゆっくりと開いていく。
「王都バルスへようこそ!」
再び馬車を動かし始めた御者が言う。
その言葉に、俺たちは馬車の窓から外を見回した。
そこには、流石は国の中心地とでも言うべき光景が広がっていた。
人の数、街の活気、行き交う種族の多様性。様々な点において、これまで馬車で立ち寄った街とはレベルが違った。
バルスの門を抜けて、そんな圧倒的な光景に見とれていること約二十分。見えてきたのは先刻遠くから小さく見た、王都バルスに聳える巨大な城。
近づいたことで、更によく分かったのがその大きさだ。少し黄色掛かった白の壁面のそれは、一番高い所で高さ300メートル近くあるのではないだろうか。
「これが、異世界の城……」
誰かが呟く。
俺は日本にいた頃何度か見た、横浜のランドマークタワーを思い出した。確かアレが296メートル程だったはずだ。
対して、現在俺の目の前に聳え立つ城は、周囲の建物が高くても十メートル程なこともあるのか、それ以上に高く感じられた。
「総敷地面積約六十二万平方メートル、高い場所では307.4メートルにもなります。そもそも、キュラセント・グラッサール城は約四百年前の遷都の際に、当時の王が1000年繁栄をし続ける都市を目指して造られ始め……」
その後も、御者の王都自慢は王城に着くまで数十分続いた。
◆◇◆◇◆
「ようこそいらっしゃいました。異世界からの客人の方々」
王城に着いた俺たちは、綺麗に並んだ騎士たちとメイドたち、そして数名の貴族に迎えられては入城した。
そして、現在は国王との謁見までの時間をあてがわれた部屋で待っている。
どうやらこの部屋、普段は他国の使節団などが来た際に謁見までの間待機して貰うための部屋らしく、クラスメイトが全員入ってもまだまだ余裕がある造りになっている。
「長い馬車の旅で、お疲れでしょう。謁見までの少しの間ですが休息としましょう」
男はそう言って侍女に全員分の飲み物を用意させる。
このワット・フォン・ミュヘン男爵と名乗った壮年の男性、どうやらこの国の外交官の一人らしい。
「失礼いたします」
出てきたのは、適度に冷えている紅茶だった。
「美味い」
「この冷え具合はいいな」
「香りも凄くいいよ」
皆が口々に賞賛する。
俺も続くように口に含む。
「おぉ」
美味しい。
口の中に紅茶の風味とほんのりとした甘さが広がる。どうやら蜂蜜かなにかが少量入っているようだ。
そして適度な冷たさが喉の奥を抜けて馬車の旅で疲れた体に染み渡る。
「この紅茶はこの国の?」
「はい。ギナティア王国北部のミュヘン男爵様の領地で採れた茶葉を使用した紅茶です。ミュヘン男爵領は世界屈指の茶葉の産地で、紅茶にした時の香りがとても良いことで有名なんですよ」
紅茶を渡してくれたメイドが答える。
「いやいや、お茶しか取り柄のない辺境ですよ」
謙遜するミュヘン男爵。だが、
「その代わり、茶葉では他のどこにも負けない自負はありますが」
ただ謙遜するだけではなく、しっかりとした自信や誇りも持っているようだ。流石は国の顔とも言える外交官だ。
「今回はお疲れのご様子でしたので冷たいモノを用意させて頂きましたが、機会が御座いましたら温かいモノも飲んでみると良いかと」
メイドが言う。
この国にどの程度いるのかは分からないが、紅茶を飲む機会くらいはあるだろう。そう思いつつ、ミュヘン男爵やクラスメイトと待つこと三十分程。
コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
中にいたメイドの一人が扉を少し開けて、外にいる誰かと会話を交わす。そしてそのメイドが今度はミュヘン男爵へと歩み寄り、短く何かを耳打ちした。
ミュヘン男爵が俺たちクラスメイトへと言う。
「では皆様、謁見の準備が整いましたので、玉座の間へとお連れいたします」
◆◇◆◇◆
王。それは一国を統べる最高権力者であり、象徴だ。
だが、俺たちが住んでいた日本には王は居なかった。あえて言うなら天皇がいるが、世界で唯一『エンペラー』の称号を許されている天皇も、あくまで象徴であり、統治はしていなかった。地球の一部の国には、未だ国王制はあったが、それだって俺たちには縁のない話だ。
「さて、王との謁見に際しての、諸注意お伝え致します」
俺たちの前を行くミュヘン男爵が言う。
「現在のあなた方の立場は、平民となります。ですが、異世界からいらっしゃったという事には、一国の英雄と同じかそれ以上の付加価値というものが御座います。そして、今回はあの大森林の女王の手紙も御座いますので」
「つまり、王国側は私達をどの程度の地位として迎え入れるべきか決めかねてる、と」
「その通りです」
要はこういうことだ。
俺たちは異世界人だ。異世界人と言えば過去にその全員が例外なく途轍もない功績を残しており、俺たちも同じくそうなる可能性は極めて高い……と、少なくともこの世界の人々は考えているようだ。
だが一方で、俺たちはまだ何一つ功績をあげていないという事実がある。つまり俺たちは貴族出すらないただの平民ともいえるのだ。
具体的にどれほどの影響力があるのかは俺たちには分からないが、シェリネーラさんのくれた手紙があることも、今回の件を拗らせる一端となっているらしい。
「身内の恥を曝すようなことになりますが、我が国ほどの国になりますと一枚岩とはいかないのです」
申し訳なさそうに頭を下げるミュヘン男爵。
「私から何をしろと言うつもりは御座いませんが、王国側としてもあなた方とは良好な関係を築きたいと思ってので、できればあまり刺激を与えるような発言は控えて頂けるとありがたいです」
「分かりました」
◆◇◆◇◆
巨大な扉が開かれた先には、豪華絢爛な空間が広がっていた。
扉から奥へとつづく真っ赤なカーペット。その左側には軍服らしき衣装に身を包みどこか威圧感のようなものを放つ人たちが、右側には豪奢な服を身に纏いながらも理知的な雰囲気を醸し出している者たちが並んでいる。
俺たちは、ミュヘン男爵に導かれて彼らの間を抜けて行く。
そこにいたのは、玉座に座る圧倒的な存在感とオーラに身を包む壮年の男。この大国ギナティア王国の頂点に立つ者だった。
「ワット・フォン・ミュヘン。異世界の客人をお連れいたしました」
「ご苦労」
「恐悦至極に御座います」
直々に労われたミュヘン男爵は、そう言って速やかに下がり、右の列の一番扉側へと並んだ。
「よくぞ参られた。異世界の客人たちよ」
玉座に座る男は立ち上がり、鷹揚に両手を広げる。
「余がギナティア王国国王クラウン・イル・カルワーン・ギナティアだ。我が国は貴殿等を歓迎しよう」
「あ、ありがとうございます。陛下」
その威容に気圧されながらも答える町田。流石だ。この状況で何か返事をすることが出来るのは、クラスメイトの中では町田を含む数人だけだろう。元に、クラスメイトの大半が緊張から固まってしまっている。
この場で答える人は一人の方がいいとのことなので、事前に町田が全て答えることになっていた。
まあ、これまでも成り行き的に町田が代表をしていたので、やることは大して変わらないが。
「さて……貴殿等は我が国に何を望む?」
国王が尋ねる。
ここからはアドリブだ。この返答によっては俺たちと王国の関係すら変わってくる。
多過ぎる望みをすれば、王国側に不快感を与え、少なすぎると逆に舐められてしまう。
町田なら、多分このあたりの配分は大丈夫だとは思うが……
「では……衣食住の保証をお願いします」
俺は思わず目を見開いた。
有り得ない。それは実質的な王国の傘下へと成り下がることを意味する。相手が友好的ならいざ知らず、この状況では完全な悪手。
完全に主導権を奪われた。それも自分たちから手放す形で、だ。
「良かろう。王国は貴殿等の衣食住を保証しよう」
俺はその時、国王が微かに嗤ったように見えた。
死にそうです。ぎぇええええ!