第10話《襲撃》
連続投 九日目。
感想、指摘等は大歓迎。
それは突然に起こった。
もう、クラスの皆のルーティーンとなり始めていた朝食後の屋敷の広い庭での鍛錬。
これは主に2つのグループに分かれて行われる。
一つは、魔術やそれに類する魔法を使う後衛・支援グループ。この中には弓などの飛び道具を使う者も含まれる。
こちらは主に命中精度や様々な状況を想定しての技術向上などを図っている。
そしてもう一つは、剣や槍などを使い、戦う前衛グループだ。
こちらは今は主に初歩的な戦闘勘、つまり接近戦闘で重要な経験から来る瞬間的な判断力を養う訓練の真っ最中だ。
シェリネーラ曰く、先ずはこの戦闘勘が掴めなければ幾ら技術や能力が向上しようと格下にすら負けるという。
逆に、この戦闘勘がずば抜けていれば、技術や能力では数段上の相手でも負けない、少なくとも逃げ切れる可能性は桁違いに跳ね上がるという。
兎も角、それに最初に気がついたのは彼らの内でもずば抜けて戦闘勘が優れているとシェリネーラに誉められていた音田だった。
「……んっ?」
「どうした?」
「いや……何か感じないか? なんていうか、背筋がゾワゾワして気持ち悪い感じの気配みたいな……」
その時、庭に吹いていた心地良い微風がピタリと止んだ。
と同時に、
――グォォオオオオッ!!!
五感では感じ取れないなにか謎の覇気のようなモノが彼らを襲った。
「俺も感じた……」
「私も分かった……」
「俺にも」
今度は音田以外にも明確に分かったらしい。彼らは口々に不安の声を洩らす。
「おや、これはこれは……」
突如、彼らの上空から声が響いた。
驚いて、皆がガバッとその声の方へと振り向くとそこには漆黒のスーツ姿で見下している男の姿があった。
「お初にお目にかかります。私、通りすがりの悪魔に御座います」
慇懃にお辞儀するスーツ姿の男。背中からは蝙蝠のような黒く禍々しい羽が生えている。
「あ、悪魔……」
「ええ。少々用事がありましてお邪魔したところ、あなた方を見掛けただけのただの悪魔に御座います」
悪魔。
地球上では数多くの神話や御伽噺に出てきては多くの人をたぶらかし、時には神すらも騙す存在として登場する。
ファンタジーのこの世界に存在していても可笑しいところはない。
これだけ白昼堂々と現れたのだ。きっとこの世界ではそんなに珍しい存在ではないのだろうか。そして、少なくとも目の前の悪魔と名乗る男は話が通じるらしい。
その二つの点から、彼らが驚いただけでパニックになったりいきなり攻撃を仕掛けたりしなかったのはある意味必然だったのかもしれない。
「そ、それで。貴方はその何の用があるんですか……?」
「おお、そうでしたそうでした。ええとですね、実はある探し物をしておりまして……つい先日その気配がこの辺りからいしたので、訪ねてみた次第で御座います。そこで皆さんにお尋ねしたいのですが、この辺りで白髪の少女を見かけませんでしたでしょうか?」
白髪の少女、と言われても心当たりなどあるはずもない。そもそも、彼らが此処へきてから、金髪のシェリネーラと自分たち以外に人という人を見たことがない。そして彼らの中には白髪の少女などいない。
いや、人型という意味であればある意味精霊もそうなのかも知れないが、此処で見掛ける精霊はどれも一様に大人びた見た目でとても少女とは言えない上、白髪ですらない。
「見たことあるか?」「いや?」「私も知らない」と口々に言い合う彼らに悪魔は溜め息を洩らした。
「そうですか……」
「あの……その女の子の気配って、この屋敷からしたんですか?」
「ええ。そこそこ離れていたので正確にこことは言えませんが、このあたりであることは間違いありませんよ」
「そう、なんですか……」
女子の一人の質問にそう答えた悪魔。
この屋敷周辺の地理はもう皆それなりに詳しくなっている。彼らの中に、屋敷以外に人の居そうな場所に心当たりがある人が誰もいないということは、即ち屋敷から数キロ圏内にその白髪の少女はいないということだった。
そこで、また別の女子が思い出したように尋ねる。
「あの……その気配って今はしてないんですか?」
「はい。読み取れたのはほんの一瞬でしたので。ですが、場所がこのあたりなのは間違いありませんよ」
これでは埒が開かない。
そう判断した町田が、悪魔に提案する。
「ちょっと待っててくれませんか? 家主のシェリネーラさんが来れば何か分かるかも知れないですから」
「いいえ……それに及びませんよ。あなた方を全員消して、何処にいるか分からない彼女が帰って来る前に見つけますから」
悪魔はそのまま大きく息を吸い、
――キィィイイイイイイインン!!!
全てを破壊する高周波の声を放った。
彼らはなにも出来ずにうずくまり、強烈な痛みを訴える両耳に手を当てる。そしてその好機を逃すことなく突撃する悪魔。
「シィッッ!!」
最初に狙われたのは後衛・支援のグループだった。
悪魔は未だ状況を正しく認識出来ていない彼らの一人に魔術で生成した漆黒の剣で攻撃を放った。
その時。
悪魔の視界の外から放たれた土魔術が、剣での攻撃にぶつかり相殺した。
そして、その魔術の飛んできた方向から聞こえてくる鋭い口調の言葉。
「誰です! どこから入り込んだのっ!」
言わずもがな、シェリネーラだ。
シェリネーラは悪魔を敵と認識すると同時に恐ろしい程の速度で巨大な風魔術の展開を始めた。
「私の領域でこんなことをして、唯で帰れるとは思わないことね!」
ゴウッ、と突如として屋敷の庭の草木や周囲一帯の木々が一斉に震えるほどの暴風が悪魔を薙いだ。
その余波に耐えられず転倒してしまう者がいる中で、羽を巧みに操り何事も無かったかのように空中に留まる悪魔。
「ああ……不覚でした。そういうことでしたか。納得です」
その悪魔が何かに気がついたようだった。
その視線の先にあったのはシェリネーラと誠が出てきた薄緑色の揺らぎ。
「正直、あなたには遭遇したくはなかったのですが……これでは仕方がありませんね」
悪魔は深い溜め息を吐いた。
そして悪魔は仰々しいお辞儀をして言う。
「初めまして、〈断戒の大森林の女王〉。私は〈天上の四男〉、スツーニと申します。宜しくお願いします」
シェリネーラはスツーニの言葉には反応せず、ただ睨み付けた。
「では、早速ですが……その亜空間、こじ開けさせて頂きますよ……ッ!」
「まさかっ!!」
シェリネーラを無視して一直線に薄緑色の揺らぎに向かっていったスツーニ。
「させませんッ!」
シェリネーラが瞬時にスツーニと揺らぎの間に縦横3メートルほどの分厚い土の障壁を生み出す。
しかし、それを予測していたのかスツーニはその見るからに強硬そうな土壁にぶつかる前に、自らの軌道を修正し、回り込もうとする。そして同時にシェリネーラへの牽制として、二十を越えるであろう数の風魔術で創った鎌鼬の如き風の刃を放つ。
だが、その攻撃がシェリネーラへと届く前に、土壁のすぐ脇を抜けようとしていたスツーニの足に何かが接触した。
「面倒なことをッ!!」
スツーニが状況を理解するのに掛かる時間はほぼノータイムだった。
直後、足に接触してきたソレはスツーニの対処によって力を失うように離れていく。
だが、そのときには既に遅かった。
足のソレへ対処する間に全身へと巻きついて、スツーニの動きを阻害する。
最後の悪足掻きか、スツーニが揺らぎへと伸ばした右手を素早く振るような仕草をしたように見えたが、そんなことはお構いなしにソレはスツーニを拘束してゆく。
そう、スツーニを襲ったのはシェリネーラの作り出した土壁から生えてきた無数の蔦だった。その一本一本は太く、流石のスツーニも体中の蔦を同時に対処する術は無いようだ。
「惜しかったですが、〈領域の王〉として自分の領域で一悪魔如きに負ける訳にはいきませんので」
シェリネーラのその言葉に、蔦に縛られて指の一本すら動かせないであろう状態のスツーニはなぜか不敵な笑みで応える。
「そうですか。では、貴方をほんの少し出し抜いた私は善戦したとは思いませんか?」
刹那、揺らぎが強烈な光を放ち爆発を起こした。
そして、その爆発の中から現れたのは様々な金属片や硝子片に謎の濃い紫色の珠。そして、あの白髪の少女も。
「あっ!」
いきなりと事に驚き、一瞬スツーニを縛る蔦へからシェリネーラの意識が離れる。
その隙を付くようにしてスツーニが蔦の拘束から抜け出す。拘束していた筈の蔦を見ると、何故か全体的に干からびている。
逃げ出したスツーニが、高速で薄緑色の揺らぎの在った場所に倒れている少女の方へ向かうのを見たシェリネーラは瞬時の判断で叫んだ。
「マコトッ!」
未だ揺らぎの傍にいた誠に。
だが誠が、数ヶ月の戦闘訓練をしたとはいえ、一秒にも満たない速度で少女の目の前の辿り着いてしまったスツーニの早さについていける筈もなく……。
「死になさい!」
スツーニの掌底が少女の体を打ち抜く――かと思われた、が。
――シュゥゥゥゥゥッッッ……
「ウグッ……!」
掌底が少女に触れる直前、突如現れた謎の光の線によってスツーニの右肩が撃ち抜かれた。
11話更新は明日の21時。
戦闘、分かりにくかったらすいません。
追加:勝手にランキングのタグを設定しました。是非クリックして下さい!