5:姫の異常
「あああああ謝りましょうアリス様! い、いえ違います違います」
腕をぱたぱた振って取り乱していた妖精がベッドに着地した。顔面をシーツにこすりつける。
「アリス様は悪くなくて、変なことを言った私がいけないんです。どうか、どうかお許しください~」
たとえ冗談でも、基本的に女王に対する侮辱は有罪だ。姫といえども許されるとは限らない。中には、いくつ首を斬られても追いつかないほど無礼を働いたにもかかわらず、なぜか生き長らえているような例外もいるが、自分もそうなれる自信はエインセールにはない。
「そうだな。変なことを言ったお前が悪い」
その例外が、ばっさりと断じた。
「唆したエインセールの首を刎ねるべきだな」
「ええ、そうね。あなたもそう思うでしょう、アリス?」
「はい、イザベラ様」
「ええええええええええええ!?」
バカ呼ばわりされた二人のみならず、庇ったはずの姫にすらあっさりと見捨てられて、エインセールがよよよと泣き崩れた。
「そんなぁ~。ひどいです冷たいですあんまりです~」
「……やっぱりな」
「ええ……これは参ったわね」
シーツに小さな涙のシミを作る妖精を、ファルクとイザベラはすでに見ていなかった。きょとんとした様子のアリスに、イザベラが深くため息を吐く。
「ああ面倒くさい……。業腹だけど、あんたの言った通りみたいね。この子をこのまま放っとくわけにはいかないわ」
「お茶会はどうするんだ?」
「そんなの中止に決まってるでしょ……と言いたいところだけど、時間も迫ってるし、難しいわね」
険しい表情で言葉を交わす二人を、ウサギにぽふぽふと頭を撫でられていたエインセールは「あれ?」という顔で見上げた。自分の処刑の話をしているわけではないらしい。
「あのぉ、何のお話をされてるのですか?」
「こいつが本当におかしくなってたって話だ」
アリスを親指で差し示し、ファルクが固い声で応じた。
「気付かないか? こいつ、さっきから何を聞かれても『はい』しか答えてないだろ」
「え……!」
そう言われて、エインセールはここまでの会話を思い返した。
同意を求めるイザベラに、怒ってきそうなファルク。この二人に拒否や反対意見を出すのは、けっこう勇気がいりそうである。アリスが頷いたのも、てっきり逆らいにくいからだと思っていた。だがもし、そうじゃなかったのだとしたら。
「それじゃあ、私の処刑にも頷いたのは……」
「ああ、それではっきりした。さすがに、処刑にまであっさり同意するやつじゃないしな。こいつは今、何を言われても肯定しかできないようだ」
「まったく、冗談じゃないわよ!」
憤慨をあらわにしたイザベラに、エインセールも息を呑んで首肯した。
口で言うよりも事は深刻だった。他の者ならばともかく、アリスはノンノピルツで様々な権限を与えられた存在である。政治的な選択をすることもあるし、都市の代表として他の姫たちと議論することもある。それらを承諾だけで乗り越えていくのは不可能だ。それどころか、改革派との対立がある現状、今のままでは致命的な事態を招く恐れまである。
「魔法で無理やり治したいところだけど、原因がわからないんじゃ、やりすぎて逆に頭を壊しちゃうかもしれないわね。ああもう、面倒くさい……!」
ぶつぶつと恐ろしいことを呟いていた女王が椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「あんたたち、今すぐ原因を調べなさい! アリスを元に戻さないと!」
「は、はい! そうですね、お茶会が始まるまでにどうにかしませんと……」
「そっちはどうでもいいのよ」
「えっ?」
「こんな調子じゃまともに話せないだろうし、欠席させるわ。問題はその後よ。これじゃ仕事を任せられないし、あたしの負担が増えるじゃないの!」
「そっちですか!」
なんとも勝手な主張だが当人には深刻な問題のようだった。妖精のつっこみに当然とばかりに頷いて、ワンドをびしりとファルクに突き付ける。
「で、何か心当たりはないの? ヘンテコだったアリスに最後に会ったのは、あんたなんでしょ?」
「言われてもな……」
ファルクが眉を寄せて言いよどむ。
部屋では話をしていただけだから、まったく見当がつかない。いっそ不思議な現象でも起こってくれていれば良かったと思うくらいだ。
「あの、私、わかります」
助け舟は思わぬところから出た。
渦中のアリス自身が小さく挙手をしたのだ。