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4:寝台の姫

 この世界で単に〝呪い〟と言えば、それは世界を突如覆った、触れた者を覚めぬ眠りへ誘う謎の呪いのことを指す。

 聖女が呪いによる眠りについたあの日以来、人々に害をなす異形の生物――魔物の増加、凶暴化は各地の深刻な問題となっている。それぞれの都市で対応策が打ち出されては、その場凌ぎの成果しか挙げられていないのが現状だ。

 魔法都市ノンノピルツでもそれは変わらないが、一つ、他の都市とは違う点があった。それこそが、天才姫と名高いアリスの存在である。

 彼女の明晰な頭脳は一を聞いて千を知るが如く、些細な情報から魔物の挙動を未来予知に近いレベルで言い当てることを可能としていた。また彼女は魔法研究分野でも広く知られており、数々の発明品は拠点防衛のみならず都市の生活水準向上にまで幅広く貢献している。

 美味しい紅茶、高品質のポーション、家庭用便利グッズ――人々を幸福ハッピーにする〝魔法〟が世に生み出された場所こそが、フレノンノ城一階奥の研究室。すなわちアリス姫の寝室である。

「ふーん。事情はわかったわ。そのうえで言わせてもらうけど」

 ベッドに横たわったアリスから隣の少年へと視線を移し、イザベラは単刀直入に尋ねた。

「本当はあんたが何かやったんじゃないの?」

「やってねえよ!」

 疑いの眼差しを向けてくる麗貌を横目で睨み、ファルクは唸った。

「妙な口調で喋り出したかと思ったら、急に倒れやがって。こっちがいい迷惑だ」

「つまんないわね。あんたがアリスに悪さしてたって方が面白かったのに。本当にそうなら首を刎ねてるけど」

「こんなときにまで娯楽を求めてんじゃねえよ……」

「だって、本当にたいしたことなかったもの」

 アリスの呼吸は穏やかで、どこからどう見ても健康そのものだ。姫の寝顔を一瞥し、イザベラは少年と妖精に診断結果を告げた。

「結論はさっきと同じ。異常なしよ。ちょっと熱っぽいけど風邪でもないようだし、せいぜい、のぼせたってところかしら」

「お、驚きです……。イザベラ様がまともに診察をできるなんて、意外な特技でしたね」

「それにしたっておかしいだろ」

 女王の鮮やかな手際に声を震わせるエインセールに対し、ファルクは仏頂面を崩さなかった。

「なんで俺の部屋でのぼせるんだよ」

「そんなのあたしが知るわけないでしょ。あんたの部屋が温室だったら話は別だけど。というか、間借りの分際で偉そうに来賓室のことを『俺の部屋』とか言わないでよね」

「間借りだろうと、俺の部屋には違いないだろうが」

「へ、部屋といえば、アリス様のお部屋ってずいぶん変わりましたよね!」

 舌戦と化しつつある二人の会話にエインセールが介入した。室内を見回して、険悪な雰囲気を和らげようと努めて明るく振る舞う。

「前に来たときより広くなってますし、綺麗になってます!」

「ああ、そうだろう、そうだろう」

 エインセールの気配りは正しく報われた。ファルクが得意げに頷いて、寝室の一角を指さす。

 そこは一見、実験で使用した廃材の置き場のようだったが、よく見れば円形に並んだ鉄板は柵のようだ。羽ばたいたエインセールが円の内側を覗きこめば、そこには柔らかそうなカーペットが敷かれ、隅には雑巾のような白布が四角に折り畳まれている。少し離れた位置にある箱からは干し草がこぼれ、その隣の容器には水が入っていた。

「あのウサギ部屋を作るときに掃除したんだ。ついでに材料に使えそうな廃品があれば再利用してな……まあ、いろいろと大変だったが」

 昨夜の作業を思い出して、一瞬、ファルクの声が沈んだ。だが、改めて完成品を目の当たりにしたことで作り手特有の充足感を得たのか、すぐに元の張りで喋り出す。

「材料も限られてたから少々お粗末な感は拭えないが、俺の手にかかればざっとこんなもんだ」

「すごいですね~。そっかぁ、昨日のウサギの……あれ、でも……」

 ウサギ部屋を見下ろしながら、エインセールは首を傾げた。

「あのウサギさんはいないみたいですね。お散歩でもしてるんですか?」

「なんだと?」

 ファルクが大股で柵に近づいた。エインセールの言う通り、中に仔ウサギの姿はない。探しながら円に沿って回りこめば、並んだ鉄板の一か所、出入り口用にと開閉式にした板が外れているのを発見する。

「あいつ、閉め忘れたんだな……」

 十時にウサギの世話をしたと言っていた。板は、ウサギが自力で外せるようには作っていなかったから、そのときにアリスがやらかしたと決めつけて間違いないだろう。

 しかし囲いから逃げ出したところで、この寝室からは出られなかったはずだ。

「……あ」

 どこかにいるはず――そう思って部屋を見渡すと、存外すぐに発見できた。

 ベッド脇の椅子に座るイザベラの足下で、耳の長い小動物がちょろちょろと動いている。ふわふわの白い体がスカートにぶつかっているが、イザベラは気付いていない。

「おい女王、そこをどけ」

 このままではイザベラが気付かぬままウサギを蹴飛ばしてしまうかもしれない。行き同様に大股でベッドの傍まで戻って、膝を突いた。お尻を向けているウサギにそっと手を伸ばす。

 女王のワンドが、ファルクの後頭部を直撃した。固い物同士がぶつかる重い音がして、少年が床に突っ伏す。

「いきなり何しやがる!」

「それはこっちのセリフ! いきなりレディの足下にもぐりこんでるんじゃないわよ!」

 顔を上げて抗議するファルクに、イザベラも怒鳴り返した。憎々しげに少年をキッと睨みつける。

「あんたの無礼千万にはいいかげん我慢の限界よ! アリスのお気に入りだからってもう容赦しない! 首を刎ねてやる!!」

「上等だ! やれるもんならやってみろ!」

「ふ、二人ともやめてください! どうか落ち着いて……あっ!」

 売り言葉に買い言葉でヒートアップする両者を仲裁しようと割って入ったエインセールだったが、ふとベッドの上を動く何かに気付いて声を上げた。

 いつの間にやらウサギがベッドに飛び乗っていたのだ。シーツの上をとっとこ駆けて、枕元まで移動。眠るアリスの頬を鼻先でつっつく。

「う、ううん……」

 愛らしい吐息が漏れた。ゆっくりとアリスの目が開く。

「アリス様!」

 互いに頬をつねり合っていた少年と女王がハッと喧嘩を中断する中、エインセールが喜色満面で飛び込んだ。

「お目覚めになられて良かったです。すっごく心配しましたよ~!」

「エインセールさん……」

 体を起こしたアリスが妖精を見て呟いた。続けてベッド脇へと視線を移す。

「イザベラ様……それに……」

 アリスとファルクの目が合った。その瞬間、頬をカッと赤く染めて、アリスが視線を逸らす。

 その反応に、エインセールとイザベラが「こいつ、まさか本当に何かしたんじゃ……」と言いたげなジト目でファルクを見る。それを肌で感じながら、少年は一つ咳払いした。

「お前ら、よく聞いてろよ……アリス、大丈夫か? どこか痛むところはないか?」

「は、はい」

 おどおどしながらも姫は首肯した。

「どこも痛くはありませんし、大丈夫です。ファルクさん、ありがとうございます」

「……聞いたか?」

 確認するファルクに、エインセールは驚いた顔でぶんぶんと頷いた。

「ばっちり聞きました。ファルクさんって、あんな優しいことも言えるんですね!」

「そこじゃねえよ!」

「えへへ、冗談です。ちゃんと最初からわかってますよ。ファルクさんが何もしてないってことくらい」

「そこでもねえよ! お前の頭はカボチャか何かか!?」

「なるほどねぇ……」

 エインセールが涙目になる一方、イザベラは得心したように腕を組んだ。

「あんたがさっき言ってた〝妙な口調〟ね。たしかに、アリスがおかしくないなんておかしいわ」

「……あ!」

 ようやく気付いたようにエインセールが声を上げた。

 アリス姫の喋り口調は独特だ。凡人には追いつけない思考速度の表れであるかのように、珍妙な言い回しや楽しげなリズムで構成されている。誰もが使うような普通の敬語など彼女は用いない。それに彼女はエインセールのことをさん付けで呼ばない。愛称でエインセルセルと呼ぶのだ。

「でも、別にいいんじゃない?」

 イザベラがベッドに身を乗り出した。慣れた手つきで姫の乱れた髪を整える。

「死ぬわけじゃなし、口調くらいどうってことないでしょ。礼儀正しくなるんならむしろ良い変化だわ。あんたもそう思わない、アリス?」

「はいイザベラ様。そう思います」

「でしょでしょ!」

「おい、ふざけんなよ女王。良いわけないだろうが」

 即座の賛意にイザベラが上機嫌になる。その得意顔をファルクは睨みつけた。

「普段からヘンテコヘンテコ言ってたやつだぞ。それが、これだ。異常に違いないし、なによりこいつが……」

 そこでファルクはまたアリスに目を向けた。顔を赤くして見返してくる姫を見ているうちに、知らず、拳を強く握りしめる。

「こいつが、こんな自分自身に納得しないだろ。そうだろ、アリス!」

「は、はい……そうです」

 剣幕に押されるようにアリスが頷いた。ファルクがふんと鼻を鳴らす。

「やっぱりな。見たか、女王」

「何が見たか、よ。ほとんど恐喝じゃないの」

 イザベラは鼻先で笑い飛ばした。

「それにこの子なら、こんな状況をこそヘンテコって面白がるわよ。そうよね、アリス?」

「はい、そうですね」

「無理して頷くなよアリス。本当は辛いんだろ? あ?」

「は、はい」

「だから脅すんじゃないっての!」

「お前こそこいつの気持ちを決めつけんな!」

「ああもうっ、ケンカはやめてくださーーーーい!!」

 額を突き合わせて確執を再燃させた両者を、エインセールが真ん中で叫んで引き離した。腰に手を当てて、目を血走らせている二人に物申す。

「それが、さっきまで倒れてたアリス様の前ですることですか! そんなことじゃ二人とも、アリス様にバカだって思われちゃいますよ! ねえアリス様!」

「はい、そう思います」

「ほらほらやっぱり……え?」

 まさか頷くとは思わなかったのか、妖精が思わずといった様子でアリスを見た。

 少し遅れてアリスがハッと気付いたように口を押さえる。

 バカ呼ばわりされた女王と少年が無言でアリスを見る。

 どうにも気まずい雰囲気になった。

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