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27:魔法都市の夜

 ファルクの容態は、見た目以上に深刻だった。

 シャイト、ダーチュラ、そして一角兎ユニホーンヘア……連戦により蓄積したダメージで、彼の全身はボロボロだった。

 特に抉られた脇腹と、強打を受けた肋骨のヒビがひどく、たとえ完治してもまた騎士として戦えるかどうか……

「……それが、飲み薬ポーション一本で全快するとはな」

 指先につまんだ空き瓶をぷらぷら揺らして、ファルクはうそ寒げに呟いた。

 ベッドに寝転がる彼の上半身は裸で、包帯すら巻かれていない。だが、数時間前までたしかにバックリと抉れていた脇腹は、何事もなかったかのように元通り塞がっていた。

「飲むだけで肉が盛り上がるとか……何が入ってたんだよ、この薬」

「もちろん、アリスの想いがたっぷり詰まった、幸せになる魔法なのです!」

 答えたのはベッド脇の椅子に座るアリスだ。治療の経過観察と称してファルクの部屋に訪れた姫は、さも誇らしそうに胸を張った。

「まだ試作品だから市場には出てないけど、首がちょん切れても治っちゃうくらいすごい薬なのです。試してみる?」

「誰がするか!」

「え~、しないの~? 効果てきめんなのにな~、本当なのにな~」

 首が切れた者にどう服用させるというのか。

 膨れっ面で恐ろしいことを勧めながら、アリスはポケットをごそごそと探った。

「この薬さえあれば、いつイザベラ様に首を刎ねられても大丈夫なんだよ? そんなに嫌がるなら、これ、使っちゃおうかな~?」

「おい、それって……」

 取り出された見覚えのある果実に、ファルクが反射的に跳ね起きる。

 間違いない。一角兎がエインセールに食べさせた、洗脳の果実だ。

「なんで持ってるんだ!?」

「うふふ、ウサギさんたちを帰すときにね、もらっちゃった!」

「だからなんでだよ!?」

「だって、あのウサギさんが持ったままだと、また同じことが起こっちゃうかもでしょ? だからアリスがもらったの」

 得意げに『没収』の類語表現を言い放ち、アリスはそれが宝石であるかのように上機嫌な様子で果実を見つめた。鼻歌すら歌っている。

「これを使えばファルクもアリスの言いなり~。あ、その前に研究して、量産しちゃおっかな?」

「やめてくれ……。そんなことして、うっかり口にしても助けてやらないぞ」

「またまた~。そんなこと言って、助けてくれるんでしょ?」

「知るか、バカ」

 能天気に笑う姫から目をそらし、ファルクは窓を開けた。

 星空の下、市街地はまだ復旧作業が続いている。作業自体は魔法ですぐ完了するはずなのだが、修復に用いる材料の運搬に時間がかかっており、加えて怠けながらの作業のため遅々として進まないのである。

 今も高笑いが夜風に乗って聞こえてくる。誰かが酒でも飲み歩いているのだろう。

「ウサギさんたちは多彩の森シェーンウィードに帰したよ」

 夜風になびく金の髪を押さえ、アリスは明るい市街地のさらに向こう、ひっそりと月影を帯びる森を示した。

小鹿の森キッツカシータはアンネロネロのお膝元だからね……元の棲みかに帰れないのは悪いと思ったけれど……」

「いや、よくやったと思うぞ」

 シュネーケン方面に戻ってしまえば、また争いの火種になりかねない。

 それに、大切なのは場所そのものではない。

 自分と一緒にいてくれる人、その隣こそが、帰るべき場所なのだ。

「そもそも帰れないくらいがなんだ。こっちは街中を荒らされるわ、鎧も壊されるわ……生きてるだけマシってもんだろ」

「あ、そうそう、鎧と言えば」

 軽く毒づいたファルクの耳を、ポンと手を叩く音が打った。見れば、アリスが足元に置いていた紙袋を探っている。

「ファルクに新しい服を用意してたのです」

「服? ああ……」

 そういえば今日の昼から言っていた。だがそれは、今日あった会合のためではなかったのか?

「じゃじゃーん!」

 取り出されたのは執事服……ではなく、黒い長外套ロングコートだった。

 しかもデザインは以前着ていたもの――アイトツァーン邸で脱ぎ捨てたものとほぼ同じで、目立つ違いといえば、傷がまったくない新品ということくらいだ。

「前の格好はあまりにもあんまりだったからね。ファルクの好みに合ったのを探してみたけど、気に入った?」

「お前の言い草は気に食わないんだが、これは……ありがとな」

 頬を緩め、ファルクはベッドから降り立った。

 受け取ったコートを羽織る。肌に直接だったが、前ボタンも留めた立ち姿はさまになっている。

「うんうん、よく似合う! それに喜んでくれてよかった!」

 まるで自分が贈り物をされたかのような笑顔で、アリスは両手でファルクの手を取った。

「体も大丈夫みたいだし、イザベラ様に挨拶しに行こ!」

「女王に?」

「うん。イザベラ様も、なんだかんだで心配してたから」

「あの女王が? 嘘だろ?」

「ほんとほんとっ」

 訝しさを拭えないファルクを、アリスが強引に引っ張った。


 姫に手を引かれるまま部屋を出て、騎士が後ろ手に扉を閉める。

 誰もいなくなった室内に、廊下から二人の声がかすかに響いた。

 ――そうだ。この果実、イザベラ様に食べてもらったら面白いかも?

 ――……いい考えだな。

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