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24:黒隼の帰還

 花弁の一枚一枚が人の顔ほどもある鮮やかな花に、数人をすっぽり覆えるほどの巨大な傘のキノコ。

 まるで体が小さくなってしまったかのような違和を感じさせる多彩の森シェーンウィードは、現在、時ならぬ狂騒に見舞われていた。

「怯むなよ! やっつけろ!」

「都市に入れるな! 体力の限界まで戦え!」

 魔法都市ノンノピルツを背に、騎士たちが自陣を鼓舞する。

 彼らと睨み合っているのは、百は超えようかという狼魔物の大群だ。

 魔物たちの突然の襲来に、初めこそ哨戒していた騎士たちが被害を受けたが、今は持ち直している。変わり者の多いノンノピルツだが、なんだかんだで弱いわけではない。

 だが両陣営の拮抗はそこまでだった。

 森の奥から、巨大な獣が花々やキノコを押し倒しながら猛然と駆けてきたのだ。

 その獣に戦闘の意思はなかったのだろう。だが、まるで遠慮のない疾走は、騎士たちの布陣を紙でも破り捨てるかのように蹂躙した。

 跳ね飛ばされた騎士が意識を失う前に見たのは、都市へと一直線に突き進む額から角を生やした巨大兎と、それに続く狼魔物たちの疾走だった。


「…………」

 イザベラは苛立たしげにテーブルを指先でつついた。

 侵入した魔物どもによって都市は荒らされ、あちこちで戦端が開かれている。開いたそれが閉じるのなら良いのだが、上がってくる報告は正門前の援軍要請だの、新たに西側の外壁が崩されただの、嬉しくない類のものばかりだ。だんだん剣戟の音も近くなってきた気がする。

「キーッ、何をやってるのよ! 魔物なんてさっさと片付けなさいよ!」

「イザベラ様、どうか落ち着いてください……」

 癇癪かんしゃくを起こす女王をなだめつつ、アリスは列席する姫たちに視線を移した。さすがと言うべきか、この大事件を前にして誰一人取り乱していない。魔法の手鏡を通して自らの護衛の騎士たちに指示を飛ばし、都市防衛に力を貸してくれている。

「皆さん、どうか転送で避難してください」

 腕の中で震える仔ウサギをぎゅっと抱きしめ、アリスは五人の姫たちに呼びかけた。

 ノンノピルツはアリスが代表を務める都市であり、そして姫たちは大事なお客様だ。彼女たちをこれ以上、この危地に留まらせるわけにはいかない。

「事態が収まるまでどうか避難を。このようなことに巻きこんでしまい、申し訳ありません」

「水臭いな、アリス。そなたらしくもない」

 立ち上がって深く頭を下げるアリスに掛けられたのは、穏やかながらも芯の強い響きだった。席を立ったシンデレラがアリスの肩にそっと手を置く。

「私たちは友達だ。そして友の窮地は我が窮地。巻きこまれたなどとは少しも思っていない……どうか遠慮せずに頼ってくれ。ルーツィも、構わないだろうか?」

「ええ、もちろんよ」

 ルーツィアが頷いた。

 彼女は現在、透明な球状の膜に全身を包まれ、水面の直上にふよふよと浮かんでいる。陸を歩けないルーツィアが用いる、特殊な浮遊魔法だ。

 儚げなかんばせをほのかに朱に染め、人魚姫はシンデレラに微笑んだ。

「私の護衛の騎士たちも迎撃にあたってくれている。みんな強いから、すぐに魔物を追い払ってくれるわ」

「それは頼もしい。連携して、ノンノピルツを守り抜こう……アンネローゼ、そなたも協力してくれるだろうか?」

「お断りよ――そう言いたいところだけど」

 シンデレラを見返す視線は刃のように鋭いものだったが、その眼差しをすっと伏せ、アンネローゼは溜め息まじりに手鏡をいらった。

「ここでわたくしが去れば、魔物に恐れをなして逃げたとも受け取られかねないわ。城塞都市の代表としてそれは許されない……。私を守りにシュネーケンから援軍も来たことだし、彼らのためにもここに残るわ。リーゼ、ラプンツェル、あなたたちは自分の都市へ帰りなさい」

「おいおい、そりゃないぜ姐さん!」

「そうだよ! アンネが残るのに、そんなのできるわけないでしょ!」

 食ってかかったのは、帰るように言われた二人の姫だ。立ち上がったリーゼロッテが腰に手を当ててアンネローゼを見下ろす。

「あたしたちだって同じだよ。一緒に戦うんだから」

「それに逃げる理由なんかないさ。なにせうちの騎士たちは一騎当千だからね」

 身の丈ほどもある重厚な大槌を軽々と肩に担ぎ、ラプンツェルが同調した。

「ノンノピルツの連中とは鍛え方からして違う。アタシらはここでどっしり構えて、勝利を見届ければいいのさ。なんなら、いっちょアタシも出撃しようか?」

「それはやめなさい。もういい、わかったわ……」

 今にも飛び出していきそうな妹分を溜め息で押し止め、アンネローゼは席を立った。

「まったく、わざわざ居残るなんて物好きなこと。それとも、戦場に気にかけてる騎士でもいるのかしら?」

「ちょ、何言ってるのアンネ、べつにそんなんじゃ――」

「ご報告します!」

 姫たちの会話に割り込んだのは、庭園を横切って駆けてくる兵士の声だ。

 荒い息を吐きながら、兵士は女王の前で膝をついた。

「北から新たな魔物の軍勢! こちらに真っ直ぐ向かっております! どうか今すぐご避難ください!」

「北ですって?」

 まさか、そちらの城壁も崩されたのか?

「――急いで城の中へ!」

 アリスが血相を変えて声を張り上げた。

 危機が迫っている以上、姫たちをいつまでもこの場に座らせるわけにはいかない。少なくとも、庭園より城内の方が安全なはずだ。

 耳障りな唸り声が乱入してきたのはそのときだった。

 薔薇の生垣を破って現れたのはマナガルムだ。続けて二匹、三匹……食い止めようと騎士や兵士たちが立ちはだかるも、手が足りない。魔物が次々と防衛ラインをすり抜けてくる。

「皆さん、城へ走って!」

「ルーツィ、私につかまれ!」

 シンデレラがルーツィアを抱きかかえた。浮遊はできても速くは動けないルーツィアを連れ、城内へ走ろうとしたのだ。アンネローゼたちもそれに続いて走り出す。

 だが、魔物の疾走に比べれば遅すぎた。姫たちの背中に、マナガルムが容赦なく飛びかかり――

『ッ!?』

 中空でマナガルムの体が大きく弾き飛ばされた。

「プ、剣の防御錐プロバイド……いや、もっと高位の防御魔法か……!」

 最後尾で迎え撃とうとしていたラプンツェルが呻いた。

 いつからあったのか、半透明のドーム状の障壁が、姫たちと魔物を隔てて出現している。

「何を止まってるの。さっさと逃げなさい」

 イザベラがゆるりと席を立ちながら、平時と変わらぬ口調で呼びかけた。

「まあ、あたしのバリアの中にいる方が安全と思うけど。死にたくないなら、ここを出ないことね」

「おい、ふざけんな!」

 ラプンツェルが大槌を肩に担いで怒鳴った。

「なによ、山ザル」

「うっせーよ魔女! そんな魔法使えるんなら、アンタがさっさと狼どもを追っ払えよ!」

「はぁ? これだから山ザルは。女王様のあたしがなんで兵士のマネをしなきゃいけないのよ?」

「アンタの都市の一大事だろうが!?」

 赤の女王と髪長姫が言い争う間も、マナガルムどもは障壁を突破しようと試みていた。牙をたて、爪をかざすが、厚いバリアを破ることはかなわない。障壁の外縁をめぐりながら、獰猛に吠えたてる。

 アリスの両腕がぶるりと震えた。

「あっ、ま、待ってください!」

 慌ててアリスが駆け出した。仔ウサギが、恐怖に駆られたのかアリスの腕から飛び出したのだ。

 呼び止める声を背にバリアの外へ抜け、どこに逃げるか迷うかのように動きを止めたウサギのお腹に手を回すことに成功する。

「危ないから逃げちゃダメです。早く、バリアの中へ――」

 狼魔物の動きに気を配っていたアリスの全身が、大きな影に覆われた。

 陽の光を遮った巨体――額に尖角ホーンを戴いた魔物に、アリスが息を呑んだ。少女へと、一角兎ユニホーンヘアが頭を振って角を突き下ろす。

 白い閃きと、鮮血が散った。

 硬い衝撃と宙に浮かびあがった感覚がアリスを襲う――しかし、痛みはまったく訪れない。

「アリス、無事か?」

 固く閉じていた目が、聞き慣れた声に見開く。

 防具だけはここをったときとは違うシュネーケンの騎士鎧だったが、ところどころ跳ねた黒髪に、無愛想ながらも心配げな表情の少年を見間違えるはずもない。

 抱きかかえられたまま、アリスは笑顔をもってファルクに答えた。

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