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16:逃れの庭

「そっちはどうだ?」

「駄目だ。向こうを探そう」

 市街地の道端でそう交わす騎士たちを、エインセールはすぐそばの生垣の隙間から覗いていた。遠ざかる騎士たちが見えなくなってから、押し殺していた息を思い切り吐き出す。

「さすがに緊張しました……」

 守備隊長の宣告通りファルクを捜索する騎士たちは五分経過してから散見するようになったが、下準備は早急に行われたようだった。アルトグレンツェへ通じる門はもちろん、ワープ屋や転送石を扱う道具屋までも先に押さえられ、都市の外へ出る手段をことごとく奪われてしまった。

 そのうえ騎士団は市民との結び付きも強いようで、積極的に周辺に聞き込んでは情報を得てファルクたちの足跡を正確に追って来ている。

「ファルクさんが、この辺りに土地鑑があって助かりました」

 さすがは任務で各地に飛ばされる騎士、といったところだろうか。彼が徹底して人目につかない道を選んでいなければ、今ごろとっくに捕まって、こうして一息つくなどできなかったろう。

「それにしても、これじゃ私たち、まるで犯罪者ですよ。どうしてこんなことに……」

「さあな」

 二人が隠れているのは、大きな邸宅の敷地の一角だ。塀を飛び越えて侵入したのだが、倉庫周辺に木箱やら角材やらが雑多に置かれていて、しかも生垣で外からの目は遮られるため身を潜めるのに都合が良かったのだ。家人に見つかれば一巻の終わりだが、少しは体を休められる。

「誰が何の目的で、俺の拘束を命令したのかは知らないが」

 地べたに座りこんだファルクは、目の前に積まれた木箱の木目をぼうっと見つめながら呟いた。

「そいつが無能なのは間違いないな。こんなことをして、何の得になる」

「そうですよね……」

 生垣の縁にちょんと腰かけて、エインセールも首を捻った。

 実際、この騒動で得をする者は皆無のはずだった。ファルクたちはもちろん、シュネーケンの騎士たちも仕事が増えるのは嬉しくないだろう。

「もし何かの容疑者にされたんだったら、守備隊長さんも何か言ってたはずでしょうし……あ、ひょっとして、ファルクさんが騎士たちの悪口を言ったのをどこかで聞いてたんでしょうか。それでこんなことを」

「そんなわけあるか……いや、ありえるかもな」

 エインセール自身ありえないと思いつつ言った推論だが、少年は薄く笑って受け入れた。

「偉そうにふんぞり返っていながら辛い作業は部下任せ。手柄は主張するが失敗の責任は押し付ける……そんな奴がやりそうなことだ。口先だけの奴が上に立つと、いつも下の連中が割りを食う」

 一般論を語っているようで、あたかもそういう人物が目の前にいるかのように、虚空の一点を見つめながらファルクは嘲弄した。疲労のせいか声音はいつもより力ないが、その分、突き刺すような敵意が浮き彫りになっている。

「あのぅ、口先だけの奴って、ひょっとしてオズヴァルト様のことも言っているんでしょうか?」

 知らず表情をやや険しくしてエインセールは訊ねた。

 ファルクは、肝心なことを語れない賢者を軽蔑していた。しかしオズヴァルトは決して口先だけの人ではないし、アドバイスをする以上のことができないのにも理由がある。もしさっきの発言の矛先がオズヴァルトにも向いていたのなら、エインセールは断固抗議をするつもりだった。

「いや……あいつは違う」

 だが妖精の覚悟は不発に終わった。独り言を呟くように否定して、ファルクは空を仰いだ。

「あいつに上下関係なんてもんはないし、責任を押し付けるような真似もしない。俺の夢に手を貸したときだって――」

「夢?」

 少年が呟いた単語にエインセールは反応した。

「ファルクさんの夢って、何ですか?」

「……」

 妖精の疑問に、ファルクは口を閉ざして雲が流れるのを見ていた。だが、やがてどうでもいいとばかりに溜め息をつく。

「姫や女王にも並ぶ地位を手に入れること。それが俺の夢だ」

「お姫様や、女王様にも並ぶ……」

「笑うか?」

「い、いえ」

 自嘲するように訊ねた少年に、エインセールは首を振った。

「ただちょっと、想像がつかなくて……」

 口ごもりながら正直な感想を述べる。

 姫は地域の代表者という側面が強いが、女王となるとその地域のトップだ。それに並ぶ地位となると同じ王族か、聖者や聖女といった世界の導き手といったところか。いずれにしても一介の騎士が望んでなれるようなものではない。

「想像がつかない、か。そうかもな」

 舌の上で転がすようにファルクは妖精の返答を繰り返した。

「以前、夢を賢者に言ったら、奴はこう言った。『君には無理だ』ってな」

「え……」

「だが、さすがは賢者だったな。口ではそう言いつつ、的確な助言をくれた。俺がドジらなければ、もしかしたら上手くいってたかもしれないくらいに」

 囁くように言う横顔は遠いどこかを見ていた。もう戻らない、遠いどこかだ。

 それきり黙ってしまった少年を、エインセールはじっと見ていた。

 彼の過去に何があったのかエインセールにはわからない。どうしてオズヴァルトが突き放すようなことをファルクに言ったのかも。

 しかしそのことが、今も少年の心にしこりとなっていることは、はっきりとわかった。

「辛かったでしょうね。無理だなんて言われて……」

「慣れてたけどな。夢のことは数えるほどの奴にしか話したことはないが、全員に無理と言われた。……ただ一人、あいつを除いてな」

「あいつ?」

 ふいに騒がしくなったのはエインセールが聞き返した直後だった。

 生垣の外でいくつもの足音が近付いてくる。覗き見れば、騎士たちが三人ほど近くを通り過ぎるところだった。それだけではない。そのまま動きを追っていると、彼らは敷地の入り口へと踏み入ってくるではないか――とうとう捜索の手がここまで回ってきたのだ。

「思ってたよりも休めなかったか」

 妖精の静かな動揺から状況を悟ったか、ファルクが腰を浮かせた。その手は背中に差した双剣に伸びている。

「妖精。聞け」

「は、はい。何でしょうか?」

「ここから先は別行動だ。お前は一人で調査を進めておけ」

「ええええ!?」

 思わず大声になりかけたのを、エインセールは両手で口を押さえて驚愕を飲みこんだ。

「な、なんでですか。私一人なんてそんなの無理ですよ!」

「無理でもそれしかないだろ。俺だって、いつまでも逃げられるわけじゃない」

 妖精がうつむく。確かにそうだ。追う側の騎士たちが人海戦術をとる一方で、逃げ続けるこちらは疲労が溜まるばかりだ。ファルクの言うように、捕まるのは時間の問題だろう。

「お前なら連中のマークも薄いし、奴らの目を盗んで門を飛び越えることもできるだろ。俺が合流するまで少しでも情報を集めておけ。魔物が出たら逃げ――」

「ダメです! 私、行きたくありません!」

 噛みつくように妖精が拒否した。それは恐怖に基づく後ろ向きな主張ではない。ファルクの正面に回りこんで、エインセールは両手を腰にあてた。

「一緒に行きましょう。私だけじゃ調査がはかどるか知れませんし、ファルクさんだけじゃ捕まった後にいつ放してもらえるかわかりません。でも一緒なら力を合わせられるはずです」

「駄目だ、二人とも捕まったりしたら」

「そのときは、私がファルクさんの分も頭を下げます」

 ファルクが瞠目した。

「お前……」

「お願いをするなんてファルクさんにはやり辛いでしょう? 大丈夫です。アリス様のためでもありますから。そのくらいへっちゃらです」

 言葉を失ったように妖精を見つめるファルクに、エインセールは柔らかく微笑んだ。

「ファルクさんはアリス様が大事なんでしょう? 私だってそうです。だから、一緒にがんばりましょう?」

「……べつに、あいつが大事ってわけじゃない」

 少年の声は震えていた。

「あいつだけだった……あいつだけが、俺の夢をわらわなかった。変だけど面白い、って……だから俺は、元のあいつを……」

「それを、『大事にしてる』って言うんですよ」

 エインセールの微笑は次の瞬間、近付いてきた芝生を踏む音に硬直した。

「その辺りも調べてほしい」

「はい、騎士様。ただいま」

 騎士たちが住人に敷地をあらためさせているようだ。今ここを飛び出せば、確実に見つかってしまうだろう。

「……わかった、妖精。一緒に行こう」

 いっそう声を低めながら、覚悟を決めたようにファルクは応じた。

 足音がファルクたちを隠す箱の前で止まる。

 住人の手が、箱に掛かった。

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