14:薔薇の茶会(三)
「シュネーケンの? それって……」
アリスが口にした地名に、ラプンツェルの眉が上がった。
「姐さんが今対応してる騒ぎが、それじゃなかったか?」
「そう……だから、私に特に聞いてほしいと言っていたのね」
得心したようにアンネローゼが艶然と微笑んだ。
「それで、その事件の何を教えてくれるの? あの蜘蛛の群れがどこから森にやって来ているかがわかれば嬉しいのだけれど」
「それは私もわかりません」
ゆるゆると首を横に振ると、アリスは抱えていたウサギを膝の上に乗せた。
そしてテーブルに手を伸ばす。そこにはスコーンやアップルパイなどのお菓子が並んでいるが、それには手を付けない。皿を持ち上げては端へと移動させ、テーブルの真ん中に何もないスペースを作る。
「私が調べてわかったことは魔物の動きではなく、事件そのものの動きです。こちらをご覧ください」
そう言ってアリスがポケットから取り出したのは一枚の紙だ。折り畳まれたそれを丁寧に開き、今しがた作ったスペースに広げる。
それは地図だった。ただしアリスが書き込みをしていたような手書きのものではない。行商人などが用いる一般的な旅地図である。
「事はシュネーケン近くの森、キッツカシータから起こりました」
城塞都市の東から南東に広がる森林地帯の一角に、アリスはこれまたポケットから取り出したチェスの駒を置いた。
「そしてここから二方向に動き出します。片方はシュネーケン方面へ森を西に進み、もう片方はフックスグリューン、シェーンウィードと南下していきます」
アリスが地名を挙げるたびに黒の歩兵が地図に並んでいく。
狐の草原とは、城塞都市・魔法都市・ルチコル村を結んだ三角形のほぼ中央に広がる大草原地域のことである。そこに置かれた駒をシンデレラが思案気に凝視した。
「この駒の置かれた順に事件が発生している、というわけか?」
「はい。連日、これらの場所で魔物の集団行動が確認されています。昨日はシェーンウィードに大量のマナガルムが現れました。シュネーケンでの蜘蛛のように棲息地域が違うということはありませんが、異常さは共通しています」
隣席の姫の確認に頷いて、アリスはまた違う地域――狐の草原の西に位置する森林地域を指差した。
「この発生場所の流れから、魔物は何らかの意図をもって行動していると推察できます。知性の高い魔物が関わっているかもしれません。次に魔物の集団が出現するとしたら、道順に沿ってこの辺り……ヴォルフォーレが怪しいと考えていますが……。リーゼロッテ様、何かそのような異変はありませんでしたか?」
「へ!? うーんと……なかったかな」
急な指名に戸惑いを見せた赤ずきんだったが、否定するまでの時間は短かった。だがそこから一転、何かを閃いたように手を打ち合わせる。
「そういえば集団じゃないけど、異変っぽい報告はあったよ! 地図の、この辺に、見慣れない魔物がいたって!」
テーブルに身を乗り出して、リーゼロッテは狼の森北部を指し示した。
「昨夜のことなんだけど、見回りの騎士さんもどんな姿かは暗くてよくわからなかったって。ただ、すごく大きくて、角が一本生えているのはわかったって言ってたよ」
「なるほど……」
呟きながらアリスは、リーゼロッテの告げた地点に駒を置いた。そこは、これまでの事件発生地点とも近い。検証する価値のある情報だ。
「その魔物……仮に一角獣と呼びますが、それが関わっている可能性は大いにありますね。一角獣を探す方針で調査を進めるのはいかがでしょうか?」
アリスの提案に、アンネローゼは沈黙で答えた。瞑目し、何を考えているのかは窺い知れない。
会話が途絶えたその隙を見てイザベラが離席した。アリスに近付いてそっと耳打ちする。
「あんた、その内容をどうやって思い出したのよ。頭痛がするんじゃなかったの?」
「はい。今もずっと、しています」
答えた一瞬、アリスの微笑みに疲労の影がよぎった。
「でも、ファルクさんたちががんばってくれているのに、何もしないわけにはいきませんから。そう思って痛みをこらえていたら、思い出せていました」
「何よそれ……」
半ば呆れたようにイザベラは呟いた。
「あたしが訊ねたときは思い出せなかったくせに。それをどうして――」
「アリス。調査のことだけれど」
イザベラの言葉はアンネローゼの呼びかけに中断させられた。白雪姫の双眸がアリスをじっと見つめている。
「ひょっとして、アナタも騎士をその調査に派遣しているのかしら?」
「は、はい……」
問いかけに、アリスはすぐ首肯した。
ファルクはアリスを治すために調査に向かったのだから少し違うのだが、その微妙な部分を補足する前に、アンネローゼは取り出した手鏡に声を掛けていた。
「シャイト、聞こえる?」
『おお、白雪ちゃん。ばっちり聞こえてるぜ』
〝魔法の手鏡〟――手にした者同士での遠距離通信を可能とする魔法具の鏡面には、眼鏡をかけた青年の顔が映っていた。軽薄そうでありながらも整った容貌が満面の笑みをたたえている。
『そっちはどうだ? お茶会っての、楽しんでる?』
「それなりにね。それで、こんな話を聞いたのだけど」
主君と騎士の会話のはずだが、騎士の口調が軽いためか他愛のないお喋りにしか聞こえない。その調子で一角獣に関しての情報を伝えると、アンネローゼはふとアリスを見た。
「それと、ノンノピルツも調査に騎士を寄越しているそうよ。負けないようにがんばってね、シャイト」
「……ど、どういうつもりですか」
この事件はもはや二都市の共通案件だ。協力して取り組んでしかるべきものなのに、『負けないように』とはどういうことだろう。
「どうもこうも、勇敢な騎士に応援を送っただけよ」
アンネローゼは当然のように応じた。すでにその手鏡に青年の姿はない。
「情報には感謝するわ。でもねヘンテコ姫、私はアナタとつるむ気はないの。自分の都市のことは自分で対処するわ。覚えておきなさい」
「そう、ですか……」
鋼の意志に打たれたようにアリスが苦しげに胸を押さえる。
そしてふと、遠く北の空を仰いだ。
2月1日で部門賞の締め切りを迎えますが、作品は完結するまで投稿していきます。




