12:薔薇の茶会(一)
「キャハハハハッ、最高よ! あんたたち最高!」
庭園はバラの香りに満ちていた。
鮮やかな赤バラに囲まれたこの場所は、イザベラが城内でも特に気に入っている場所だ。だからこそ自らも出席するお茶会の会場としたのである。
「もう、おかしいったらないわ! キャハハハッ!」
「お喜びいただけたー!」
「大好評でうれしい~!」
椅子から転げ落ちそうなくらいお腹を押さえて笑うイザベラの前で、二人の娘がハイタッチした。
お茶会の開催からこちら、イザベラは、この双子の専属お笑い芸人たちに芸を披露させている。列席する五人の姫たちの反応は静かで、一部は冷ややかですらあったが、イザベラは目に涙をためて双子を称えた。
「やっぱりあんたたちを呼んどいて正解だったわ! つまんなさすぎて逆に面白すぎ! もっとないの? どんどんやりなさい!」
「ではでは女王様のご期待に応えまして!」
「できたてホヤホヤ新ネタを初お披露目!」
「はてはてそんなのあったかな?」
「はたして良いネタあったかな?」
「――もういい。茶番はもう充分だ」
ネタなのか素なのかリズムに乗って悩み出した双子を、勇ましくも怒気を秘めた声が打った。
美しい髪の少女だった。足まで届くほど長い黄金にきらめく髪をたくさんの花飾りが彩っている。着衣の丈は短く活動的で、外で体を動かすのが得意であると察せられた。
ラプンツェル――列席者の一人である鉱山都市ピラカミオンの姫は不機嫌を表すように金瞳を細めた。
「女王さん、いつまでこんなのを続ける気なんだ? アタシたちが何をしに集まったのかはわかってるんだろ?」
「なによぅ。女王のあたしがやりなさいって言ってるのに、あんた、邪魔をするわけ?」
「限度がある!」
姫とはいえ、他都市の女王に対して無礼な言動と言えなくもなかったが、都市間レベルで確執を抱えている彼女たちにとっては今さらのことだ。テーブルに拳を叩きつけて髪長姫は不満を口にした。
「黙って聞いていれば、つまらない漫才をいつまでもだらだらと……。これはノンノピルツ流の拷問か何かなのか?」
「あら、猿山の姫には難しかったかしらね? でも、もうちょっと聞いていなさい。いつかそのうち面白いネタが出てくるから」
「内容の問題じゃないんだよ! しかも今なんて言った? 猿山だと!」
暴言を受けて立ち上がったラプンツェルだったが、さすがに女王に直接手を出すのはまずいと弁えているようだった。拳を強く握りしめたまま、どかっと座り直す。
「くそっ、これだからノンノピルツは!」
「気持ちはわかるが、どうか抑えてくれ、ラプンツェル……。しかしイザベラ様、私も腑に落ちません」
苛立ちを隠せぬラプンツェルをなだめたのは、ラプンツェルとはテーブルを挟んで真向かいに座る凛々しい容貌の姫だった。透き通るような銀の具足に、鎧と正装を組み合わせたようなドレスが、戦地へ赴く戦乙女のごとき風格をもたらしている。
神聖都市ルヴェールの代表にして、聖女の救出を標榜する〝保守派〟のリーダーを務める少女――シンデレラ姫は、戸惑うように眉を寄せた。
「私たちは、アリスから話があると言われて、こうしてご招待にあずかったわけなのですが……アリスは今どこに? もしや、何かあったのでしょうか?」
「……実はあの子、急な病気にかかっちゃったのよ」
とうとう飛んできてしまった質問に、イザベラは用意していた答えを返した。
アンネローゼが言っていた〝大事な話〟を、結局アリスは覚えていなかった。悪い予感の通り、あの地図の調査にまつわることだったというわけだ。ファルクたちが何かつかんで帰って来ないかぎり、会合を進めることはできない。
イザベラとしては面倒くさすぎて投げ出したい気分でいっぱいだったが、仮にもノンノピルツが主催したイベントである。一方的な事情で取りやめてしまっては体裁が悪い。
そこでお笑い芸人を使って時間稼ぎを試みたわけだが……一時間すら稼げないとは、なんと使えない連中だろう。しかし愉快だったので許す。
心の中で双子芸人を評しつつ、イザベラは目を伏せて悲しげな表情を作った。
「アリスもお茶会を楽しみにしてたのだけど、歩くのも辛そうだから、あたしが寝かしつけてやったの。責めはあたしにあるわ。どうかあの子を許してやってちょうだい」
「なんと、そうだったのか……」
実際のところ頭痛以外に身体的な異常はないし、寝かせてもいないのだが、イザベラの殊勝な言葉と演技をシンデレラは完全に信じたようだった。その顔に濃い憂いが落ちる。アリスの現状を教えるわけにいかないがゆえの虚言だが、ここまでうまく騙されてくれると申し訳ないを通り越していっそ痛快だ。
「許すも許さないもない。もしお邪魔でなければ、お見舞いに伺いたいのだが」
「アリス、私も心配……」
シンデレラの提案に静かに賛意を示したのは、その隣に座る青い髪の美少女だった。儚げな面立ちの下、身に着けているのは貝殻の胸覆いと真珠の首飾りのみだ。腰から下は人でなく魚のそれとなっており、尾びれをすぐ隣のプールの水に浸している。港街ウォロペアーレの代表者、人魚姫ルーツィアだ。
「具合はいかがなの? お薬が必要ならすぐにでもウォロペアーレから取り寄せるわ」
「あたしもお見舞いに行くよ! 林檎を剥いたげる」
同じく賛同したのは、羽織る赤い頭巾とマントが特徴的な少女だ。豊穣の里ルチコル村の代表を務める姫、赤ずきんことリーゼロッテは元気よく挙手した。シンデレラやルーツィアと違い、リーゼロッテは改革派についている姫なのだが、派閥の違いを気にしている様子はない。その手にはルチコル村の特産品である林檎が、つやつやと光っている。
「気持ちは嬉しいけれど、もし伝染るようなものだったら悪いわ」
そんな危険性は露ほどもないと思いつつも、イザベラは姫たちの厚意をやんわりと受け止めた。
「薬もこちらで用意できるからご心配なく。気持ちだけいただいておくわね」
「そういうことなら、さっさと言えよな」
心底うんざりしたようにラプンツェルが吐き捨てた。
「こちとら忙しい合間を縫ってはるばるやって来たっていうのに、肝心な奴が病欠なんてな。何が悲しくて魔女とお茶なんかしなきゃいけないんだ」
「ラプンツェル、口を慎め」
挑発するような物言いを、シンデレラが鋭く咎めた。
「他者を貶めるようなことを、姫ともあろう者が言うものではない。礼節を守られよ」
「礼節? そいつはこっちのセリフだ。そこの魔女様にぜひとも守ってもらいたいものだね!」
だが注意を受けてなおラプンツェルは言葉遣いを改めなかった。むしろ最前よりも語気を強めてイザベラを睨みつける。
「そっちの姫が出席できないってんなら、もっと早くアタシたちに言うべきじゃなかったのか? いや、アタシはまだいいさ。アリスが病気だろうがなんだろうがアタシの知ったことじゃないからね。でもな、姐さんはどうなる!」
豪奢な金髪を振り乱さんばかりに、ラプンツェルは目に炎をたぎらせて怒声を張り上げた。
「大事な話があるって言うから姐さんは来たんだ。魔物のせいで都市が大変だってのに、わざわざ時間を作ってさ! それを――」
「――もういいわ、ラプンツェル」
髪長姫の糾弾を遮ったのは、この場で唯一、沈黙を保っていた黒髪の美姫だった。
「ね、姐さん……」
「私のために怒ってくれてありがとう。でもいいの。自分の意思は、自分で言うわ」
カップを皿に静かに置いて、白雪姫アンネローゼは自分より年上の妹分を優しく窘めた。ついで席から立ち上がると、女王に正面から向き直る。
「おそれながらイザベラ様。私、これにてお暇させていただきます」
「……そう、残念だけど仕方ないわね」
こちらが追い返してしまっては体面が悪いが、勝手に帰ってくれる分には問題ない。丁寧にお辞儀をする白雪姫を特に引き止めるでもなく、イザベラは頷いた。思ったよりも怒ってないなぁ、などと考えながら、近くに控えさせていた侍女たちを手招きする。
「あなたたち、白雪姫をお送りしなさい。……アンネローゼ、アリスにはちゃんと、早急に大事な話とやらを伝えるよう言い含めておくわ」
「ありがとうございます。ついでと言ってはなんですが、こうも伝えていただけませんか。『もう二度とノンノピルツで会合なんかしないわ』と」
やっぱりすごく怒っていた。
ラプンツェルがその後を追うように立ち上がり、アンネローゼの親友であるリーゼロッテも不安げに視線をさまよわせては、椅子から腰を浮かせている。シンデレラとルーツィアは帰る気配こそないものの、他の姫たちを引き止められる道理もなく、この事態に手をつかねていた。
もう、お茶会は実質お開きだ。姫たちを見送るべくイザベラも立ち上がり、フレノンノ城の方へと振り返る。
「あら? もうお菓子がなくなってしまったのですか?」
振り返った先に、大きなリボンをつけた金髪の少女――アリスがいた。胸元には仔ウサギを抱え、縦ロールを揺らして歩いて来る。
「イザベラ様、皆様、遅れてしまい申し訳ありません。アリス、ただいま参上いたしました」
動きを止めた一同に、アリスは満面の笑顔で会釈した。




