表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/28

10:賢者の導き

 エインセールがハッと顔を上げたときには、ファルクは地図を引ったくり、椅子を引いて立ち上がっていた。オズヴァルトを見下ろす顔には失望、侮蔑、嘲り……いくつもの負の感情が渦巻いている。

「最後に質問だ、賢者」

 真顔で見返すオズヴァルトに、叩きつけるようにファルクが言った。

「アリスを治す方法はなんだ。どうやれば、あいつを元に戻せる?」

「……申し訳ないが、それは僕にも〝視えて〟いない」

「だろうな。お前だって万能じゃないことくらい、百も承知だ」

 苦い返答に、ファルクは嘲笑するように口元を歪ませた。

「だが俺たちが欲しいのは、お前のその〝視えて〟いないことだ。地図の目的がどうとかなんざ手掛かりに過ぎない。これが解決に繋がってるのかすら不確かだってのに、期待はずれもいいところだ」

「あ、謝ってください、ファルクさん!」

 席を立った少年は、吐き捨てながら扉へと向かっている。退室しかけたその背中に、エインセールは震える声をぶつけた。

「ファルクさんも言ってたじゃないですか。このままじゃ行き詰まるって。でも、オズヴァルト様のおかげで前に進めるようになったんです。それなのに、そんな言い方ってないじゃないですか!」

「いいんだ、エインセール」

 妖精の非難を諫めたのは、罵られていた賢者その人だ。オズヴァルトは背筋を伸ばして少年を見据えた。

「君の言う通り、僕は万能じゃない。賢者だなんて呼ばれていても、普通の人間と同じだ。〝視えて〟いたところで助けになれるかもわからない、そんな役立たずだ」

「オズヴァルト様、そんなことは……!」

「でも、君がアリスを助けたい気持ちと同じくらい、僕も君たちを助けたい。その証として、最後に賢者らしく導きを贈るよ」

 気持ち――その言葉にファルクの嘲笑がさらに深まった。顔を背け、そのまま何も聞かぬとばかりに部屋を出ようとして――

「君が調査の過程で壁にぶつかったら、アイトツァーン邸を訪ねるといい」

 少年の足が止まった。

 弾かれたようにオズヴァルトに向いたファルクの顔に、もう嘲りの色はない。代わりにそこに湧き上がっているのは怒りにも似た激情だ。

「お前……」

 その声はまるで痛みに耐える呻きのようだった。何か言いたげにファルクは口を開いたが、結局、何も言わぬまま応接室を足早に後にする。少しして玄関口の開く音が聞こえた。

「オズヴァルト様、ごめんなさい!」

 口のつけられなかったカップから漂う芳香に、胸が締め付けられるものを感じながら、エインセールは賢者に頭を下げた。

「ファルクさんは、本当は優しい人なんです。でも今はアリス様のことで頭がいっぱいで、それで……」

「大丈夫。わかっているよ」

 オズヴァルトが微笑んで、詫びる妖精に頭を上げるよう促す。

「それに、彼がああなってしまったのは僕のせいでもあるんだ。僕には、彼の言葉を受け止める責任がある」

「……え?」

 先ほどの会話のことではないだろう。自分の知らない事情があるのを感じて、エインセールは小首を傾げたが、

「エインセール。これからも彼を支えてあげてくれるかい?」

「はい……もちろんです!」

 言われるまでもなかった。大きく頷いて、エインセールはもう一度頭を下げた。羽をきらめかせて、テーブルから飛び立つ。

 応接室から廊下に出て、開いたままのドアから外へ出る。左右を見回すと、シュネーケン方面へと歩くファルクの背中が見えた。

 アルトグレンツェと城塞都市シュネーケンは、隣接しているかと思うほどに近い。村から小鹿の森キッツカシータに行くには都市を経由するのが最短ルートとなっている。

「やっぱり時間の無駄だったな」

 エインセールが近づくと、後ろも見ないでファルクが呟いた。

「あの程度の情報、シュネーケンで聞き込みすればすぐに集められただろ。それを長々と」

「労せずして情報を得られたとも言えますよ。そう言わないで、なんとかお茶会が始まるまでに調査を……え、なんです?」

 前に回り込んだ妖精に、ファルクは懐から丸い物を取り出して見せた。掲げたそれ――懐中時計は十二時五十九分を指している。

 エインセールが秒針の動きを目で追っていると、長針がカチリと進んだ……午後一時。

「……えっと、お茶会って何時に始まるんでしたっけ?」

「俺に聞くな。だがたぶん、お前の想像通りだ」

「はうぅぅ……」

 イザベラはどうでもいいと言っていたが、それでもお茶会までに解決したかった。無情な時の流れにエインセールが肩を落とす。

「で、でもでも、他にも情報はありましたもんね。アイトツァーン邸って、なんですか?」

「知るか」

 言い捨てたファルクが、村の境である石門をくぐった。そこからさらに歩いて、ほどなくシュネーケンの堅牢な門が見えてくる。

 そこを通過した途端、まるで世界が変わったかのようだった。噴水広場へと続く道は石で規則的に舗装され、どこまでも広がる波のような美しい模様を描いている。歩道を挟むように家々が建ち並び、店先は人々の往来で賑わっていた。

「魔物の襲撃にさらされているだなんて、到底思えないですね」

「市民を不安にさせたら騎士団のメンツは丸潰れだからな」

 遥かそびえるシュネーケン城を振り仰いでいたエインセールだったが、人混みに構わず進むファルクを慌てて追った。はぐれないように真上に滞空する。

「この人通り、さすが大都市シュネーケンです。ファルクさん、転ばないように気を付けてくださいね」

「はっ、お前、誰に物言って――」

 鐘の音が鳴り響いたのはファルクが鼻で笑ったのと同時だった。

 直後、やにわに群衆の動きが加速した。散策をしていた老人も、店先で談笑していた婦人たちも、血相を変えて我先とばかりに駆け出す――どう見てもただ事ではない。

「おい、どうした!」

 衝突しないようとっさにバランスを整えて、ファルクは近くを走る男性の肩をつかんだ。

「なんの騒ぎだ!」

「なんだよ、半鐘が聞こえてるだろ!?」

 唾を飛ばして男性がわめいた。連続して響いている鐘の音に負けぬ声音で、ファルクに叫び返す。

「魔物が襲って来てんだよ! あんたも早く逃げろ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ