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1:森の獣

 花弁が舞っていた。

 吹き抜ける冷たい風が赤バラを纏い、色とりどりの花を咲かせる森に鮮やかな彩りを加える。

 獲物はこちらに背を向けていた。

 腰の双剣を鞘走らせると、ファルクは前傾姿勢で駆け出した。ブーツが雑草を踏みしめる音を置き去りに、瞬く間に標的へと迫る。

 標的――マナガルムが振り返ったのと、双剣が閃いたのは同時だった。ファルクの不意打ちを避けられず、狼魔獣の背に二筋の裂傷が生じる。だがマナガルムは牙を剥くと、負傷を物ともせずファルクに躍りかかった。剣を振り終えた姿勢で固まった少年を押し潰すように巨体がのしかかる。

 ファルクの両手中で刃が回転した。

 天を向いた切っ先を、少年はすかさず頭上へ突き出した。二振りの剣が巨狼の下顎から脳天までを貫く。目玉がぐるりと動いたのを最後に、マナガルムの生命活動は停止した。

 魔物の四肢がだらりと垂れ下がったのを確認してファルクが息をつく。そのときポンポンと軽い音が少年の耳に触れた。

「おおー、鮮やかな手際だね! お見事なのです!」

 小さな拍手で称賛するのは、フリルをふんだんにあしらった装いの少女だった。大きなリボンで飾られた豊かな金髪は左右でロールし、切り揃えられた前髪の下では、愛らしい顔立ちの中で口唇が愉快げに吊り上がっている。

 少女――アリスはファルクのそばまで歩み寄ると、さらに笑みを深めた。

「あれだけいた魔物をこの短時間で仕留めるなんて、やっぱりキミは優秀だよ!」

「これで一安心ですね」

 心底ホッとしたようにアリスに笑いかけたのは、彼女の傍らに浮かぶ、ランタンを携えた妖精の少女だ。

「もうバラを荒らしてる魔物はいないようですし」

「みたいだね、エインセルセル。イザベラ様もご満悦間違いなし! それじゃあ報告に戻ろっか」

「……いや、まだだ」

 軽い足取りで踵を返したアリスの背に固い声が掛かった。アリスが振り向いたときには、ファルクは巨狼の死骸を打ち捨てて、双剣を構え直している。切っ先が向いているのはバラの花が咲く茂み――たった今仕留めたマナガルムが、ファルクに攻撃される直前まで見ていた場所だ。

「えっと、いったい何が……っ!?」

 意図がつかめず妖精――エインセールがおずおずと尋ねかけたのと、茂みが大きく揺れたのはほぼ同じタイミングだった。直後、白い何かが草地を這うように茂みから飛び出す。

「ストップだよファルク!」

 アリスの制止が一拍遅ければ、ファルクはその白い小動物を掻き切っていたかもしれない。双剣は小動物に命中する寸前でぴたりと動きを止めた。ちょうど首筋に刃をあてがった形だ。

「魔物じゃなくてウサギだったったー! ファルクってば腕はいいのにおっちょこちょい!」

「おい、気を付けろよ。ウサギに似た魔物の可能性だって」

「ないない。もしそうだったらエインセルセルが気付いちゃってると思うよ? 妖精は危機感知能力がバツグンだからね~」

 少年の忠告を受け流し、アリスは命の危機に怯える白ウサギへと軽やかに近付いた。しゃがみこんでにっこりと笑いかける。

多彩の森シェーンウィードは魔物の増加傾向があるけど、そうじゃない普通の動物も隠れ住んでいたりするのです。そういう子たちが魔物に襲われないよう保護するのも大事な仕事だね~。ほーら、よしよし」

 にこやかに手を差し出すアリスに、ウサギは怯えの色を隠さなかった。先刻は魔物に目をつけられ、その次は人間に刃物を突きつけられてとあっては無理もない。だが、アリスが頭を撫でているうちにどのような心境の変化があったのか、見る間に震えが止まり、傍目にもわかるほど警戒がほどけていく。少女の指に鼻をすり寄せる様子はまるで飼い主に出会ったかのように安心しきったものだ。

「いい子だね~。恐がらせちゃってごめんね? ファルクは新人だから、大目に見てくれるとアリス的には嬉しかったり」

「アリス様すごいです! その子、もうすっかり懐いてますよ」

「いや、つーかなんでウサギに俺の弁明をしてんだよ……」

「だってだって本当のことだから?」

 少女はすくっと立ち上がると、興奮する妖精とぼやく少年に向き直った。その腕には白ウサギがしっかりと抱えられている。

「さぁさぁ早くノンノピルツに帰ろ~。イザベラ様が首をぐにーんと長くして待ってるよ!」

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