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GWが終わればすぐ修学旅行だ。
修学旅行のあとに中間テストがあって、中間テストが終われば体育祭が待っている。
今からは校内行事が盛りだくさんである。
そのため、生徒会の仕事がとても多くなる時期でもある。
「神楽木、そちらは終わったか?」
「ええ、今ちょうど終わったところですわ。蓮見様の方は?」
「こっちも終わった」
「よし、では次にこっちを片づけよう」
決めないといけないこと、やらないといけないことが目白押しで、かなり遅くまで居残ることもしばしばである。
ああ、忙しい。去年も忙しかったけれど、今年は最終学年だから、私たちが中心になって動かないといけない分、余計に忙しい。
生徒会役員一同、無言で仕事に勤しむ。
「はい、姉さん。お茶とお菓子。少しは休憩しないと、また倒れるよ?」
「悠斗……そうね。ありがとう。頂くわ」
私を気遣ってくれる弟に、私は笑顔でお礼を言う。
弟は私が学校で倒れたあの日以降、とても過保護だ。
事あるごとに「大丈夫?」「具合悪くない?」と聞いてくるようになった。
心配してくれるのはとても有難いし嬉しいのだが、弟にこんな過保護にされる姉ってどうなんだろう、と思わなくも、ない。
「ねえ、悠斗。そんなに心配しなくても大丈夫よ?」
「姉さんはそう言ってすぐ無茶するから、姉さんの大丈夫は信用できない」
「うっ……」
身から出た錆、とはこのことか。
弟に信用されない姉。つらい。
私たち姉弟のやり取りを聞いていた生徒会メンバーからクスクスと笑いが零れる。
うう……居たたまれない。
私は気まずい思いをしたまま、生徒会の仕事に集中した。
なんかみんなから温かい目で見られている気がするけど、これはきっと私の気のせいだ。
GWに美咲様と修学旅行の準備のための買い物に行く約束をした。
今日はその買い物の日である。
GW中なだけに、いつもより人通りが激しい。
私はいつぞやに美咲様とヘタレが待ち合わせをしていた場所に来ている。
ここで美咲様と待ち合わせをしているのだ。
私が携帯をいじっていると、美咲様に名前を呼ばれたので顔をあげる。
美咲様が申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
「ごめんなさい。待ったかしら……?」
「ううん。そんなに待ってないわ。暑いし、早く屋内に入りましょう。5月の紫外線量をなめていると痛い目に遭うって言うし」
「そうね。行きましょう」
屋内に入ると、私と美咲様は早速買い物に取り掛かる。
まずは化粧品から。
日焼け止めは必須だよね。なにかいいのあるかな~。
あ、このボディークリームよさそう。
色々見て、自分に合ったものを選んでいく。
たまにはいつも使っているのじゃなくて、違うのを使うのもいいよね。
これぞ旅の楽しみって感じ!
次にルームウェアを見に行く。
あっ。このワンピースのやつ、美咲様に似合いそう。
これどうですか?と美咲様に持っていくと、美咲様は可愛いと言って試着までしてくれた。
に、似合う……!私の目論見通りだわ!
なんて感激していると、今度は美咲様がルームウェアを持ってきた。
もこもこ素材のパステルカラーのパーカーとショートパンツのセットだ。
可愛い!え?これどうかって?
美咲様の勧めなら喜んで着ますとも!
私はすぐに試着室を借りて試着してみた。
どうですか?
「とっても可愛いわ、凛花!」
にっこり笑顔でそう言ってくれた美咲様にやられた私はそのルームウェアを購入した。
美咲様も私の選んだルームウェアを買ってくれた。
なんだか嬉しい。お互いが選んだルームウェアを旅行先で着れるなんて。
なんというか、親友って感じがする。
細々した小物を見たあと、私たちは近くにあったカフェで休憩をした。
買い物したあとに食べる甘味はとても美味しい。
美咲様と買い物もできたし、ああ、とても幸せだ。
「修学旅行が楽しみね、凛花」
「ええ。とっても楽しみだわ!」
「海外じゃなくて残念だけれど……それは卒業旅行で行きましょうね」
「まぁ、素敵」
「でしょう?」
ふふふ、と私たちは笑い合う。
「凛花はどこを回るのが一番楽しみ?」
「私?私はもちろん小樽よ!洋菓子のお店がたくさんあるもの」
「ふふ、凛花らしいわね。奏祐と二人で回ったらどう?奏祐も甘い物好きだから」
「えっ!?あ……そ、そうね。それも、いいかも……?」
私はいい、と否定しそうになって、ヘタレの協力してね、という黒い笑顔が思い浮かんだので慌てて肯定する。
考えてみれば、私と蓮見が二人で行動すれば、自ずと美咲様とヘタレも二人での行動になるわけで。
これって一石二鳥?
嬉しいけど、ちょっと照れくさい気も、する。
「修学旅行が待ち遠しいわね」
「ええ、そうね……」
修学旅行は楽しみなのだけど。
目の前にいる人の意味ありげな笑顔のお蔭で、一抹の不安を覚えた。
なにを企んでいらっしゃるのでしょうか、美咲様は……。
修学旅行前日の夜、私は荷物の最終確認をしていた。
弟と一緒に。
ん?なぜ弟も一緒に荷物の確認しているんだろう。
「姉さん、タオルは持った?」
「持った」
「折り畳み傘は?」
「持ったわ」
「ティッシュは?」
「もちろん、持ったわ」
「着替え」
「入れた」
「お小遣い」
「もちろん持っ……てなかった!?」
危ない危ない。
現金は貴重です。現金がないと、買い食いできないからね!
忘れたら修学旅行最大の楽しみが失われるところだった……。
弟が一緒に確認してくれてよかった。
「忘れ物しそうだなぁ、と思って確認しに来てみれば、やっぱり忘れ物してたね。姉さん、ちゃんとしないとだめだよ?もう17なんだから」
「はい……気を付けます……」
「本当に手がかかるんだから……」
「申し訳ありません……」
私は小っちゃくなって弟に謝る。
弟はそんな私を見てにっこり笑顔で言う。
「この手間賃として、お土産たくさん買ってきてよ?」
「うん……もちろん、悠斗にはたくさん買ってくるわ。チョコレートと、チーズケーキと……」
「……食べ物以外もなにかほしいな」
私がお土産リストを言うと、弟の笑顔が引きつった。
えー?だって北海道って言ったらチョコレートじゃないの。
お土産にチョコレートは外せないでしょう!
そういうと、弟はため息をついた。
なんで?
「姉さん迷子にならないように気を付けてね……?オレは行けないんだから、水無瀬さんとか、東條さんや蓮見さんと、あと会長に迷惑を掛けないように」
「わかっています。……もう、悠斗ったらお母さんみたいよ?」
「しょうがないだろ。姉が姉なんだから……」
弟の言葉がグサリと私の心臓を貫いた。
私の心臓からびゅうびゅうと血が流れる。
い、痛い……今の一言は心臓にきたぞ、弟よ……。
否定できないのが、悲しいけれど。
「気を付けてね、姉さん。オレ、心配なんだ……オレが駆けつけられない場所でまた姉さんが倒れたらって思うと……」
弟が心配そうに私を見て言う。
そんな弟に私の心がほっかりと温かくなる。
ああ、なんて姉思いな良い子なの。
私はぎゅうっと弟を抱きしめた。
「ちょっ……姉さん!?」
「大丈夫よ、悠斗。心配しないで。もう、あの時みたいに倒れたりしないから」
「姉さん……約束、だからね?」
「ええ、約束よ。そうだ、指切りしましょうか」
私は弟の小指に自分の小指を絡めて、指切り拳万、と歌う。
「指切った」
私は歌い切ると同時に弟の小指を離す。
そして私はにっこりと笑って弟に言う。
「これでもう私は約束を破れないわ。だから安心して?」
「……わかった」
そうは言ってもまだ不安そうな弟を、もう一度ぎゅっと抱きしめて言った。
「いってくるわ」
弟はぎこちなく笑う。
「うん……いってらっしゃい。楽しんできてね」