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春休みはあっという間に終わり、今日から3年生である。
あと1年で卒業と思うとさみしいが、今年は受験もある。
勉強も青春もめいいっぱい満喫したい。
私は弟と共に登校する。
すると、ばったりと蓮見と出くわした。
「おはよう」
「ごきげんよう」
「おはようございます」
私と蓮見ははにかむように微笑む。
すると、私たちをじっと見ていた弟がぼそりと言う。
「姉さんたち、なにかあったの?なんか、雰囲気が……」
「別になにもないわ。いつもと同じよ?」
「そうかなぁ……?怪しい……」
「怪しまれても、本当になんでもないのよ?ねえ、蓮見様?」
「ああ」
「うーん……まぁ、そういうことにしておく」
弟は納得できなさそうだが、引き下がった。
本当になんでもないのに。疑り深い弟だ。
私たちはそのまま、入学式の準備に取り掛かる。
飛鳥は生徒代表として祝辞を述べなければならないので、祝辞を読み込んでいる。
紙見て言うんだし、そこまで読み込まなくてもいいんじゃないかなぁ、とは思うが、飛鳥らしいので黙っておく。
そして入学式の準備が終わり、待機をしていると、甘く高い声が響く。
「奏祐様ぁ!!」
ああ、出た……。
そうだ、彼女も今年から桜丘学園に入るんだった……。
すっかり忘れていた。
目の敵にされている私としてはあまり嬉しくない状況である。
「姫樺」
「奏祐様、私の制服姿、どうですか?似合っています?」
そう言って彼女はくるりと蓮見の前で回って見せる。
蓮見が「似合っているよ」と言うと彼女は破顔した。
そして蓮見に抱き付く。
「きゃっ。嬉しいですわ!それに、今日から奏祐様と同じ学校に通えるなんて、とっても幸せです!」
「姫樺……人前で抱き付かない。はしたないよ」
「あ……ごめんなさい。嬉しくて、つい……」
しゅん、とした顔で謝る彼女に蓮見は困った顔をする。
あ、あざとい……絶対計算して表情作っているよ、この子……。
と、いうか、蓮見に近づきすぎ。
いくら幼馴染みといえど、距離感は大切だよ?さあ、離れた離れた。
なんて心の中で呟いても口に出せない私はただのチキンである。
「新入生はそろそろ時間だから、行ってきなよ」
「はい……奏祐様、またあとで」
「ああ」
彼女はそう言うと新入生の席に向かっていく。
そんな彼女を笑顔で見送っていた私に弟が一言。
「姉さん。笑っているつもりだろうけど、笑えてないよ……」
「あら?」
「今、すごく顔引きつっていたからね……気をつけなよ」
「え、えぇ……頑張るわ」
上手く笑えているつもりだったけど、笑えていなかったかぁ……。
次はもっと頑張ろう。次がないことを祈りたいけど。
決意を新たにした私を弟は不満そうに見つめていた。
入学式が無事に終わり、橘さんの蓮見への猛アタックを、顔をひきつらせながらもなんとか笑顔で乗り切り、片づけを終えて昼食を取り終えたら、今度は始業式である。
その前にクラス分けをみんなで見に行く。
今年も漫画通りのクラス分けかなあ?
そしてクラス分けを見た私は、見事に10秒以上固まった。
違う、これは、漫画と違う。
今年のクラス分けは、なんと、蓮見、ヘタレ、美咲様、飛鳥が一緒のクラスだったのだ。
え?固まりすぎじゃない?なにかの陰謀?
確か、漫画では蓮見と飛鳥は別のクラスだったはずだ。
漫画とは違うクラス分け。去年とは違うパターンだ。
さらによく見るとカイトも同じクラスみたいだ。
「みんな同じクラスとはな……いいんだろうか」
「さあ?いいんじゃないの?」
そう言いながらも、蓮見も眉間にしわが寄っている。
明らかにおかしいクラス分け。
もしかして、これも漫画の影響なのだろうか?
私が漫画とは違う行動をしたから、その影響がここに響いたのかもしれない。
「まあ、ここでうだうだ考えても決まったものは覆ることはないしな。ここはみんな一緒でラッキーだと思っておこう」
「そうだね。それが賢明か」
「…………」
私が考え込んでいると、ふと視線を感じた。
視線がした気がした方を見てみるが、特に怪しい人物はいない。
気のせい?
でも、それにしては最近視線を感じることが多すぎる。
気味が悪い。用心しておこう。
始業式の前に教室に顔を出すと、ヘタレと美咲様が楽しそうに教室で話をしていた。
うーん、仲が良いなぁ。早くくっつけばいいのに。
と、自分のことは棚にあげて思う。
美咲様たちが私たちに気づくと、笑顔で手招きをしてくれた。
私たちは美咲様のもとへ集まる。
「みんな一緒のクラスになれて、とても嬉しいわ。今年は修学旅行もあるし、みんなで周りたいわ」
「そうだね、美咲。僕もそう思うよ。ねえ、神楽木さんもそう思うでしょ?」
「え?ええ……そ、そうですね」
アレ?なんか笑顔が怖いぞヘタレ。
ああ、なんか嫌な予感がする……。
案の定、ヘタレは私に口パクで何かを伝えようとしている。
予想するに、あとで生徒会室へ、だろうか?
しかし残念ながら私は読唇術を会得していないので予想することしかできない。
いやあ、実に残念だなあ。
なんて私が知らん顔をしていると、私の携帯がブッブッと鳴った。
携帯を開くとメールが届いていた。
『あとで、生徒会室へ集合。僕を無視した罪は重いからね?(^言^)』
ヘタレからの、メールだった。
ていうか、顔文字!顔文字こわっ!
無視したわけじゃないよー何言ってるかわからなかっただけなんだってー。
第一、一般人が読唇術なんて会得してるわけないでしょう。
常識で考えてよね!
なんて、怖くて返信できるわけがなかった。
私はただ簡潔に『わかりました』とだけ返しておく。
ていうか罪ってなに……無視しただけで罪になるの。
東條法ですか。こわい。
始業式とホームルームが終わると、私は重い足取りで生徒会室へ向かう。
今日は生徒会の仕事はないので、生徒会室が使われることはないが、私用で生徒会室使うってどうなの。
私が生徒会室に入ると、飛鳥が先に来ていた。
「神楽木、顔が死んでいるぞ」
開口一番それですか。
飛鳥も私に対して辛口になってきたな。
「余計なお世話ですわ」
「まあ、気持ちはわかるけどな」
飛鳥は苦笑する。
そうか、飛鳥も同じ気持ちだったのか。
まあ、そうだよね。ヘタレの相手は疲れるもんね!
「やあ、お待たせ。二人とも」
いや待ってないし。
一番早く教室を出たくせになんで一番最後に来るんだ、こいつは。
「今日二人に集まってもらったのは……」
「修学旅行の話ですわよね。大体察しはついています」
「あ、そう?」
「ええ、そうですとも。修学旅行で美咲と二人で行動できるように協力すればよろしいんですよね?わかっていますわ。きちんと協力しますので、私はこの辺りで失礼します」
私は早口に言って立ち去ろうとするが、ヘタレにがしっと肩を掴まれる。
うっ。しまった……!
「察しがよくてなによりだけど、その態度はいただけないなぁ」
「まあ。なにか問題でもありまして?」
「君、今すごく面倒くさいって思っているでしょ?」
「まさか。そんなこと思っていませんわ」
思ってるけど。すごく思っているけど。
「そんな神楽木さんに罰ゲーム」
「はい?どうしてそこで罰ゲームになるのですか?」
「さっき、教室で僕を無視したでしょ?その仕返しだよ」
ヘタレはにっこりと満面の笑みを浮かべて、顔とは正反対の内容を言う。
仕返しってなんだ。
「飛鳥くんも強制参加ね。この中に一つだけ普通の饅頭があります。確率は三分の一。頑張って引き当ててね?」
「ちょっと待て。なぜ俺も強制参加なんだ?」
「ちょうど3つあるから」
「は?それだけか?」
「うん、それだけだよ?」
「あのう。東條様はなぜ激辛饅頭を持っているのですか?」
「僕はこの激辛饅頭が好きでね。小腹が空いたときによく食べるんだ」
「はあ。そうなのですか……」
なんという、理不尽さ。
これが王子と呼ばれる人物たる所以か。
ヘタレは笑顔で早く選べと迫ってくる。
追い込まれる私と飛鳥。
私たちは覚悟を決めて饅頭を手に取る。
「ふふ。みんな手に持ったね?じゃあ、せーので食べようか」
私、辛いの苦手なんだけど、大丈夫だろうか?
いや、でも1つは普通の饅頭なんだよね。
普通の饅頭が当たったと信じよう。
「せーのっ」
ヘタレの掛け声と共に私たちは饅頭を口に入れる。
ヘタレと飛鳥は普通の表情。
そして私はというと。
「からああああああああいいいいいい!!!ぎゃあなにこれからいいいいいい」
辛すぎて悶絶した。
口が、痛い。誰かー!誰か水をー!!
「うーん、やっぱりこれは美味しいなあ」
「普通の饅頭でよかった……」
のんきに感想言ってないで水くれー!
私は適当なコップに水を入れてごくごくと水を飲む。
水を飲んでも辛さは一向にひかず、私はひぃひぃ言う。
水を飲みすぎてお腹がガポカポになる。
ああ……本当に辛い……。
なんでヘタレは平気な顔して食べれるの……。
「神楽木さんは期待を裏切らない反応をしてくれるなぁ。神楽木さんのそういうとこ、僕けっこう好きだな」
ああそうですか。
まったく嬉しくないけどな!!